1. ヒトサラ
  2. シェフのヨコガオ
  3. 「unis」薬師神 陸氏インタビュー
薬師神 陸 氏薬師神 陸 氏薬師神 陸 氏
薬師神 陸 氏薬師神 陸 氏薬師神 陸 氏

「カリナリープロデューサー」という肩書を持ち、食の世界に新しい価値を創造するシェフ

【unis】薬師神 陸フランス料理

急激に進化し続ける街、東京・虎ノ門に一軒のレストランが産声を上げた。店の名前は【unis(ユニ)】。シェフを務める薬師神 陸氏が掲げるコンセプトは、“ハレの日のための8席限定のシェフズテーブル”だ。誕生日や記念日にレストランを利用するのはよくあること。なぜ、今、それを敢えて打ち出したのだろう。ご本人に話を伺い、そのヨコガオに迫ると、かつて予約の取れない【SUGALABO】の立ち上げに尽力し、そのスーシェフとして料理を振る舞った薬師神氏ならではの想いと、さらには彼が食の世界に吹き込もうとしている“新しい風”が明らかになってきた。

Interview

レストランで食事する目的を明確にしたかった

ハレの日を彩る花束をイメージして考案された【unis】のスペシャリテ。食べ進めるにつれて甘味、塩味、苦味、酸味、旨味といろんな味を感じられる一皿だ。

——まずは単刀直入にお聞きします。人気店【SUGALABO】を辞め、新たに【unis】を手がけることにした理由はなんでしょう。

念のために断っておきますが、須賀洋介シェフとはけんか別れしたのではありませんよ(笑)。【SUGALABO】での 5年間は僕の人生にとってレストランの概念を大きく変えた経験でした。ゼロから店の立ち上げに関わらせていただきましたし、食材探しの旅を通じて全国の自治体や生産者さんと強力なコネクションをつくることもできました。ただ、2015年にオープンしてから4年が経った頃、自分の中に別のコンセプトが芽生えはじめて、ある違和感に葛藤するようになりました。それが日増しに大きくなっていく……かと思っていた矢先、幸運なことに、今回のプロジェクトが少しずつスタートしました。【unis】では、今の自分にとっても、これからのニューノーマル時代のレストランとしても、新しい形を追求できたのではないかと思います。

——「ある違和感」とおっしゃいましたね。具体的に教えてください。

レストランの利用動機に対する違和感です。本来のレストランは、おいしい料理を食べたいとか、誰かを喜ばせたいとか、素朴な気持ちで出かける場所ではなかったでしょうか。でも、たとえば格付けで高く評価されると、その店の席を押さえていることがステイタスになり、一部のお客様の間で“席があるから誰かを誘う”という現象が起きるようになりました。その様子を働きながら目の当たりにして、どうしようもなくモヤモヤしてしまったのです。それで、いつしか思うようになりました。レストランで食事する目的をもっと明確に打ち出したい、と。【unis】のコンセプトを“ハレの日のための8席限定のシェフズテーブル”としたのはそういうわけです。

——“ハレの日のため”と謳うことで店の存在理由を明らかにしたんですね。

僕はお客さまの大切な日を演出する料理人でありたい。料理をつくる者として幸せを感じるためには、自分が想っていることをきちんと言葉に出してお客様に伝えることが大切なのではないかと思っています。だから、【unis】ではそうした考え方をご理解いただいたうえでご予約をいただくようにしています。もちろん、“ハレの日のため”と謳うからには、お料理はもちろん、空間にも工夫を凝らし、記憶に残るひとときを精一杯、誠実に演出するつもりです。

シックな雰囲気のウェイティングスペース。その壁の向こうには思いがけず明るいダイニングが広がり、案内されるとゲストは意表を突かれることになる。

異色の経歴で培われた、料理人としての在り方

——【unis】のエントランスには印象的なオブジェが飾られていますね。

あれは僕がもっとも尊敬している祖父の持ち物で、愛媛の神社にあった御神木の根の部分を、お弟子さんに保管していただいていました。祖父は宮大工をしていましたが本当は料理が好きで料理人の道を志したこともあったそうです。「ずっと残るモノづくりをしたい」という思いから宮大工を継ぐことにしたと聞いています。

エントランスの天井から下げられたオブジェ。見るからに凄まじいパワーをみなぎらせている。

——もしや、薬師神さんは御祖父様の果たせなかった想いを汲んで料理人になったのですか?

そういうことではありませんが、祖父の影響を受けて料理の世界に進んだのは事実です。6歳のときに父を亡くし、母が働きに出ていたので、よく祖父と一緒に過ごしていまして、祖父が作業場のみんなに食事の用意をするときは、きまって手伝わされました。里芋の皮を剥いたら水にさらしとけ、サバが釣れたらさばいとけ、などと指示されて。だから周りが「仮面ライダーになりたい!」なんて言っているときから、僕はコックさんになりたいって(笑)。小学校5年生のときに祖父が他界してからは、放課後に買い物して帰ってきて、弟と、帰宅の遅い母のために料理をつくるようにもなりました。そんな生活をしていたから、料理人になることしか考えられなかったんですよね。

写真の右端が御祖父様、その隣が薬師神さん。

——それで、辻調理師専門学校へ。興味深いのが、卒業後の進路です。どこかの店に入って修業するのが一般的だと思いますが、薬師神さんは辻調で教鞭をとる道を選びました。

僕自身、学校の授業に「なんで?」と疑問を持つことが多い生徒だったんです。きっとほかにも似たような思いを抱えている学生は多いだろうと思って、「先生になれませんか?」と辻芳樹校長に直談判したんです。実際に教員になってみて、最初は必死で年上の先輩たちについていく思いでしたが、だんだんと仕事に慣れてくると今度は1年単位で毎年同じカリキュラムをする学校の業務が、どこかルーティンのように感じられて、少しずつ不安を覚えるようになりました。自分の技量が世間でどれだけ通用するのか、他人から見た自分の位置の確認をしたくて、その頃は、毎年のように料理のコンペティションに参加もしました。
……と言うと、教員としての5年間がネガティブな感じに聞こえてしまうかもしれませんが、もちろんプラスもたくさんありました。たとえば、生徒たちと向き合い、どう伝えたら伝わるのかをつねに考えていたこともあって、伝えることの大切さを学びました。それと同時に相手が何を求めているのか感じ取ることも。また、辻調での最後の1年間は学校での業務を離れて、テレビの料理番組や、ドラマに登場する料理を監修したり、教科書をつくったりしていたので、料理人が力を発揮する場所は皿の上に限らないということを、身をもって知りました。これはじつに意義のある発見で、今の僕の料理人としての在り方に作用しています。

料理人が幸せになる方法を考えて行動する

「uni」とは“一つ”を表す接頭語。店名にはそれ以外に、「Unison(調和)」「Union(集合)」「Unity(結束)」などの意味も奥に込めている。

——そういえば、薬師神さんはシェフのほかに“カリナリープロデューサー”という耳慣れない肩書もお持ちですね。

「カリナリー」という言葉は、日本ではまだ普及していませんが、海外では食全体を指し、楽しませるというニュアンスをともなって使われています。僕はプロデュースというスタンスで、食に関して何か新しい気づきを提供できたらと思っているので、この肩書を背負うことに決めました。実際、僕は【unis】のシェフを務めるだけでなく、食にまつわるさまざまなプロジェクトにも携わっています。【unis】と扉一枚隔てた向こう側にはミレニアル世代のシェフと企業がコラボレートし、新メニューの開発や試食会などのイベントを行う「Social Kitchen Toranomon」という施設があり、その運営も手がけています。

——立派な調理設備やプロジェクターが完備するなかでさまざまなシェフが連携しながらクリエーションする様子を垣間見て、ワクワクしました。

別の店のシェフ同士が共同で限定ディナーを提供するみたいなコラボレーションは今までにもありましたが、これからはレストランを飛び出して一緒にモノづくりしたり、地方を活性化させたり、料理観や働き方をシェアしていけばいいと、僕は思っています。

——シェアを推進する。その心は?

僕は料理の世界に入って、教員と、おそらく日本一忙しいレストランのシェフを務めました。そこで両極のワークスタイルを経験したことが関係しています。つまり、教員をしていたときはルーティンワークを終えて、夕方5時に終礼が鳴ったら、ちょっと残業して帰路に就くという生活を送っていました。休みも確保されていました。そして、その後は一転。朝から深夜まで働き、休みも地方に行くために返上するというアスリートさながらの暮らしぶりでした。だから、どういう風に働けばバランスが良いのかよく考えるんですけど、結局、店単体で劇的な変化を起こすことは難しいと感じています。やっぱり業界全体で取り組まないと。「Social Kitchen Toranomon」が数多くの企業やシェフとの交差点になることで、食の世界に新しい風が吹き込まれ、料理人がもっと幸せになれたらと思います。料理人が幸せでないと、お客様にも還元できませんからね。

料理人がインプットする時間を確保するのは難しいが、インプットしなければアウトプットできない。薬師神シェフはインプット6に対してアウトプット4を実践できるように、つねに意識しているという。

——では、ずばり料理人が幸せになるために必要なこととは?

コストパフォーマンスを向上させることではないでしょうか。シェフってコスパの悪い職業だと思うんですよ。一皿の料理を仕上げるためにどれだけ手間ひまをかけようとも、目に見えない部分はなかなか評価していただけない。鮨屋はカウンター越しにこだわりをアピールできるので、お客様も価値を見出しやすいでしょうが、フレンチは大抵が奥まったキッチンで調理するので、それが叶わないんですね。本来の価値を正しく伝え、それに見合う代金をいただくためには、食べる側のリテラシーがもっと向上するようにつくり手側はもっと働きかけていくべきだと思います。カリナリープロデューサーとしてそれを料理界に広く提案することで料理人が働きやすくなれば、みんなのインプットの時間が増え、新しいアイデアも生まれやすくなります。【unis】と「Social Kitchen Toranomon」から、料理業界に「パラダイムシフト」を起こすつもりで、どんどん新しいことに挑戦したいと思っています。

【unis】の店内。オープンキッチンをぐるりと囲むようにカウンターと座席が配され、シェフの仕事ぶりを間近にできる。

撮影/原 務 取材・文/甘利 美緒 2020.12.1取材

味わいたい至極の逸品

『栗と黒トリュフのフラン』

12月~1月に提供される12品のおまかせコースの序盤に登場。栗餡を使った洋風の茶碗蒸しに、トリュフの香りを溶け込ませたソース・ペリグー、さらに細く刻んだトリュフを合わせている。香炉を模して作ったという伊万里焼の器の蓋を取ると、中からトリュフの香りがふわりと立ち上り、鼻孔が大いにくすぐられる。食欲がすっかり刺激されたところでフランを口に運ぶと、芳醇な味わいが口中に充満し、トリュフを噛むたびにさらに香りが鼻に抜けていく。食べ終わる頃には薬師神シェフの「記憶に残るひとときを演出したい」という想いを受け止められているに違いない。

薬師神 陸

1988年、愛媛県出身。6歳で父を亡くし、働きに出ている母や幼い弟に料理を作り始めたことが原点。宮大工の祖父がかつて料理人を目指していたことも影響し、高校卒業後は辻調理師専門学校へ。卒業後は同校のフランス料理講師となる。2014年【SUGALABO】の立ち上げから参加、須賀洋介シェフの右腕として同店の人気を支えた。2020年にハレの日のためのレストラン【unis】をオープン。
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