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三井 祥 氏三井 祥 氏三井 祥 氏
三井 祥 氏三井 祥 氏三井 祥 氏

自身の腕と感性を武器に、若きチームで新たな江戸前鮨を拓く

【みつい】三井 祥

三つ星に輝く銀座の鮨屋【青空(はるたか)】で8年半にわたって研鑽を積んだ三井 祥氏が、西麻布【鮨 祥】の店主を務め上げ、2025年5月に麻布十番に【みつい】を開業した。これまで培った江戸前の伝統技術を感じる潔い鮨を軸に、鮨屋では珍しい鯨の握りやお酒のペアリングなど新たな挑戦に溢れている。女将の三井美紀氏と共に“チーム力”でゲストをもてなすスタイルも「食事の数時間で、映画やライブを観た後のような感動を感じていただきたい」という三井氏の思いを具現化するためだ。若き鮨職人の新たな舞台に迫る。

Interview

【青空】の鮨に惚れ、一生やれる仕事だと確信した

自身の名を冠した鮨屋【みつい】を麻布十番に開業した三井氏

——5月に【みつい】をオープンするとすぐに食通やメディアから注目されることとなりましたが、最初に、なぜ鮨職人という仕事を選ばれたのかお聞かせください。

小さい頃から“職人”に憧れていました。職人といえば鮨職人だし、お客様と対面で接客する鮨屋は最たるサービス業だと思ったんです。魚が好きだったことも大きいですね。

——数ある鮨屋から【青空】を修行先に選んだ理由を教えてください。

実はもともと和食の料理人になりたくて上京し、和食店で修業を始めたのですが、途中からほかのジャンルにも興味が湧いてお鮨が気になり始めました。そんな時、たまたま【青空】さんが求人を出していたので、まずは食べに行ってみようと緊張しながら行ったんです。目の当たりにして「すごくかっこいい。この世界なら一生やれる仕事なんじゃないか」と感じました。その翌日、すぐに電話をしたところ「とりあえず話をしよう」というところから始まりました。実際に働いてみて、本当に良い時間でしたね。幸せでした。

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【みつい】の表札の書は【青空】の高橋氏によるもので、三井氏の故郷である長野県のりんごの木を使用している

——8年半という長い修業期間、親方である高橋青空氏から学んだことを、精神面と技術面、振り返っていかがでしょうか。

精神面では「絶対に自分がおいしいと思ったものしか出さない」という姿勢です。常にトップであり続けようとするその姿勢はとても尊敬していますし、自分もいつかそうなりたいと思っています。技術面では、質問すれば何でも教えてくれる方でした。例えば小肌の締める時間や、特にテクニックを要する赤貝のひものお鮨なども時間をかけて丁寧に教えていただきました。

——見て覚えろ、という職人さんが多い中で、言葉で丁寧に教えてくださるタイプなんですね。

はい。しっかりと言語化して質問には必ず100%答えてくれる方です。

長年の試行錯誤の末に誕生した、名物の鯨の握り

江戸前の仕事を象徴する魚の酢締め。春子鯛にはまろやかな橙酢を使うのが三井氏のやり方
凛とした佇まいの春子鯛の握り。口に入れるとふわりとした柔らかさに驚かされる

——現在の三井氏の仕事のやり方で、高橋氏から受け継いだものと、ご自身のオリジナリティーを出しているもの、それぞれ教えてください。

江戸前の仕事である締める時間や買う魚の選び方などは叩き込まれました。自分なりに変えていきながらも親方ならこういう風にするだろうなと考えたりします。魚一匹一匹に適切な処置をするなど細かい部分まで本当に勉強になりました。オリジナリティーとしては、僕は締め物が好きなので自分なりに研究しています。例えば春子鯛ならお酢ではなく橙酢で締めることで、見た目は同じでも中身は全然違うものに。修業先で学んだエッセンスを感じてもらえるよう意識しつつ、日々試行錯誤しています。

シャリには長野県産の「五郎兵衛米」を単体で使用。温度帯にもこだわり、羽釜で2回に分けて焚いている

——シャリについてはいかがですか?

僕はブレンドせず1種類で、今安定して使っているのは、地元・長野県佐久産の「五郎兵衛米」の古米。粒が大きく、酢の入り具合のバランスがとても良いお米です。日本橋のお米屋さんに依頼しているのですが、その方は初代お米マイスターで、割れた米や色が悪い米をすべて目視で選別してくれるんです。そういう細かい仕事が美味しさに直結していると感じます。

鮪は豊洲市場の仲卸「やま幸」から。コース内で、中トロ、赤身、大トロと3貫続けて供する

——魚についてはいかがですか?

大部分は豊洲から仕入れます。毎朝自分で行って、穴子などは持ち帰ったらすぐ捌くようにしています。スピードが大事ですからね。生産者さんと会うのも好きで、毎月どこかしら訪問しています。どんな人がどう処理しているのか、相手の顔が見えるのが好きなんです。「今回はこうでしたよ」など、やり取りを大事にしています。

前職から向き合い続けている思い入れのある鯨。この日は、ニタリクジラの尾身を使用

——握りでは珍しい鯨を提供されていますが、工夫されている点など教えてください。

今は夏場なのでニタリクジラやイワシクジラという種類を使っています。季節によって変わりまして、冬場はナガスクジラがメインです。どの場合でも必ず自分の目で確かめ「これはおいしそうだ」と思う部位を選ぶようにしています。実は前職の西麻布の【鮨祥】の頃から使っていて、最初は握りではなくつまみで出していました。その後、シャリやタレなどを改良し「これなら名物にしてもいいかな」と納得できる今のかたちに落ち着きました。

鯨の握りに刷毛で煮切りを塗る三井氏。風味を際立たせる生姜や葱といった薬味を挟んで提供する

——お客様の反響はいかがですか。

とても良いですね。鯨が大好きで「どうしても!」とテイクアウトされるお客様もいらっしゃいます。普段はテイクアウトをおすすめしていないのですが、10貫ほどまとめてお持ち帰りになった方もいますよ。

鮨職人と女将、2人のチーム力でもてなす

【みつい】の店主である三井祥氏と女将の三井美紀氏
カウンター内にあるおくどさんに置かれた羽釜で蒸し燗をする女将

——奥様もお店に関わっていらっしゃいますよね。

はい。妻は元々看護師でした。開業にあたり仕事を辞めてもらい、お酒やホール業務の勉強をしてもらいました。日本酒専門の居酒屋でお燗の勉強をしたり、知り合いの先輩の店で学んだりして培った知識を、女将としてこのお店に落とし込んでもらっています。

女将と共に考案する、鮨屋では珍しいお酒のペアリング

山恵錦という若い酒米から醸された長野の『narai sankei』をはじめ、日本酒は季節や料理に応じて各地の銘酒をセレクト

——そのお酒に関しては、女将とふたりで考えているとか。三井氏ご自身も酒ディプロマを取得されるほど精通していると思いますが、料理人としてお酒はどんな存在ですか?

僕にとっては良きパートナーです。旨味を引き立てたり、魚のクセを和らげたり、お客様との緊張感をほぐす役割もあります。いわば「3人目のスタッフ」です。

——鮨屋では珍しいペアリングを展開されていますが、【みつい】ならではのルールや考え方はありますか。

つまみでは、酸みや泡感のあるものから始め、後半はどっしりした焼物などが出てくるので旨みの強いものを。握りに移ると白身など淡いネタに合わせて少し苦味のあるきれいな味のお酒を選びます。この時、地元の長野のお酒を好んで出すことも多いですね。鮪には蒸し燗を合わせていますが、徐々に温めることで非常にまろやかに。お酒もコースの一員として考えています。料理が全部で20品ほどに対して、ペアリングのお酒は7種類。7品に1種類ほどの組み合わせで、最後のデザートには貴醸酒や熟成させたお酒、時にはラムを合わせたりしています。柔軟にお楽しみいただけたらと考えています。

白木の変形カウンターは付け台との距離が近く、職人技をじっくりと楽しむことができる

——今後【みつい】をどのようにしていきたいとお考えですか。

以前から生産者さんや常連さんなど、人との繋がりをとても大事にしていました。この店では、その思いをさらに強めたいと思っています。店名を自分の名前である【みつい】にしたことで責任感も大きくなりましたが、その分、いろいろな方に助けていただいた恩をお返ししていきたいですし、仲間にも還元していきたいという思いがあります。お店をしっかりと長く続くお店として営んでいくことは勿論ですが、お鮨はシャリとネタ箱があればどこでもできる自由度の高い料理なので、出張鮨やコラボイベントなども積極的にやっていきたいです。そうすることで、自分自身も成長できると思うので、どんどん挑戦してきたいです。

「人生において外食の数時間はとても貴重なもの」と語る三井氏

——お客様に対してはいかがですか。

お越しいただくお客様にとって2〜3時間の食事はとても貴重な時間です。ですので、いい映画やライブを観た時のように「感動した」「心温まった」と思ってもらえるお店にしたいです。

撮影 / 佐藤 顕子 取材・文 / 外川 ゆい 2025.7.9

味わいたい至極の逸品

『鯨の握り』

【鮨 祥】から握り続けているシグネチャーである鯨は、柔らかな食感に驚かされるエレガントな一貫。夏場はニタリクジラやイワシクジラ、冬場はナガスクジラなど時期によって使い分け、状態の良い部位を厳選している。この日はニタリクジラの尾身を、生姜や葱を間に挟んで。シャリは鯨と鮪に標準を合わせているため見事な一体感がある。果実のような甘酸っぱさを感じる日本酒『伊根満開 古代米酒』がしっとりと寄り添う。

三井 祥

1988年、長野県生まれ。調理師専門学校を卒業後、ヒルトン東京の日本料理店で料理人としての基礎を学び、ふぐの調理免許も取得。三つ星の鮨屋【青空】の高橋青空氏の鮨に惚れ、8年半にわたり師事。西麻布【鮨祥】の付け場を務め上げ、2025年5月、麻布十番に【みつい】を独立開店。女将の三井美紀氏と共に“チーム力”でゲストをもてなす。
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