人の縁がつないだ焼鳥の世界
「多くの人に愛される親しみやすさ、シンプルだからこそ奥深い焼鳥の世界に魅せられた」と語る中村祥啓氏
――昨年6月にオープン、特に告知などはされていないそうですが、名店【鳥さわ】時代からのファンも多く、毎日満席が続いているとか。元々、どんな経緯で料理の道を歩まれることになったのでしょうか?
料理の専門学校を出てから、最初の頃は少しだけ銀座のフランス料理の厨房で働きました。でも、若い頃は色々なことをやりたくて、いくつかの仕事を転々としていました。20代中盤に、たまたま友人が働いていたサントリー系の会社が飲食店を経営していて、そこのホール社員として働き出したのです。そこでお世話になった方から、「本格的な焼鳥を出す居酒屋を出すから、一緒にやらない?」と声をかけてもらって転職したのが、焼鳥との出会いです。焼鳥のイロハを教わり、若いながらに厨房を任されました。7年ほど働き、次のステップを模索する中、友人を介して出会ったのが【鳥さわ】の中澤章大将でした。初めてお会いした時は、中澤大将のことは知らなかったのですが、出会った日に朝まで一緒にお酒を飲んで、言葉や態度の節々に感じる優しさに触れ、この方と一緒に働きたいと、友人にお願いしたのです。
――それまでも長年焼鳥をされていたそうですが、中澤大将のところは違いましたか?
そうですね、前の店も本格的な焼鳥を出していたのですが、一つの店でしか経験がなかったので、【鳥さわ】で働くことで、視野が大きく広がりました。例えば、中澤大将は、鶏の状態によって串の打ち方を変えていく。焼鳥は自由なもの、食材と向き合う、ということを教えていただいたと思っています。例えば、希少部位の「せせり」は、両側に筋肉が2本通っていて、真ん中に脂があるんです。通常なら筋肉、脂、筋肉と横に刺すところを、中澤大将は脂の所に真っ直ぐに串を打つ。そうすると、筋肉に脂が挟まれたような形になって、脂のジューシーさが楽しめるようになるんです。本当に目から鱗とはこのことでした。
切った鶏肉を串に刺して焼くだけ。だからこそ、それぞれの工程へのこだわりが違いを生み出す
また、前の店は厨房と客席が離れていたのですが、【鳥さわ】はカウンタースタイル。お客様に楽しんで帰っていただく、という中澤大将のサービス精神にも感銘を受けて「ああ、こんな風な職人になりたい」と思ったんです。中澤大将の人柄もあって、スタッフの側としても「凄いな、楽しいな、もっと知りたいな」というポジティブな気持ちになったのをとても鮮明に覚えています。そこで好奇心に火がついて、焼鳥をとことん追求しようと思うようになったのです。おかげさまで、【とり澤22】から、【とり澤
中目黒】、【とり澤 六本木】の立ち上げから、店を任せていただき、焼鳥の新しい世界を体感させていただきました。
【鳥さわ】で学んだ「自由」を翼に。【焼鳥なかむら】
中澤大将からは、技だけではなく、愛を持って仕事をし、カウンター越しに人を楽しませることの大切さを学んだ
――そうして3年間ほど働いた後、満を持しての独立。虎ノ門ヒルズという、国内外からも注目されている場所ですね。
このエリアでのオープンは本当に偶然なのです。新築でアクセスの良い物件がたまたま出たので決めたというのが正直な所です。とはいえ、場所柄なのか、海外からのお客様もいらしてくださる。半年、1年と物件が決まらないという話も耳にしていたので、比較的すぐ、条件に合う場所が見つかった自分は、運が良かったと思います。
虎ノ門ヒルズから程近い、真新しいビルの1階。自らの苗字をそのまま冠した「なかむら」に心意気が見て取れる
――新築のビルということで、店内のデザインも、想いを反映させたものでもあったようですね。
中澤大将は空間作りも上手で、色々と勉強させていただきました。年季が入ったように見える焼き台も、オープンの時は実は新品でした。あえて磨かないことで、逆に味が出ますよね?店の雰囲気作りも、今の時代は大切な要素です。個人的に一番気に入っているのは、天然木のカウンターです。高級すし店のような白木のカウンターとまではいきませんが、天然の木にこだわりました。この木のカウンターが、徐々に上質なものに変わっていくように、ここからスタートするチャレンジャーなんだ、という気持ちで作っていただきました。
中村氏自ら、デザインを考案した店内。天然の木にこだわったカウンターには、挑戦者としての想いを込めた
――【鳥さわ】時代からのお客様も少なくないと思いますが、焼鳥自体は当時とだいぶ変えているのですね。
はい。自分の店を始める時に、【鳥さわ】を受け継ぎつつも、違うお店にしたいという思いもあって、徹底的に試作しました。使う鶏肉も【鳥さわ】とは違います。オープンする前に、20種類以上の鶏もも肉を選んで、全部を同じように焼いて食べて。そうしていると、当然ながらお腹がいっぱいになってくるのですが、それでもこれは美味しいなと思った鶏を使っています。いくつかあって、その時によって違うのですが、気に入っている鶏の一つが、鹿児島の「赤鶏さつま」。まず味が良かった、それから、コロナ禍で生産者団体が解散してしまい、注文が減って困っていたそうなのです。せっかくお店をやるなら、誰かの力になれる店をやりたい。そんな思いで、よく使わせてもらっている鶏の銘柄の一つです。
――季節や状態に応じて変えていくということなのですね。何種類かのお気に入りの鶏の銘柄に、共通点はあるのですか?
基本的に旨みがしっかりとした地鶏が好きですね。料理は水分を操ることかな、と思っていて、焼く前に一度水分調整するのです。皮目は乾かすと、内側の身に水分が残っているので、焼いた時にバランスが良くない。だから、一定のところで乾燥を止めて、内側からの水分が皮目に出てくるのを待つ。具体的なやり方は秘密なのですが、内側と外側のバランスをとるようにしています。
――きめ細かく水分調整をして完成する「理想の美味しい焼鳥」とはどのようなものですか?
炭の香りと食感、シンプルだからこそ、それぞれの部位がその個性をしっかりと発揮できる焼鳥を提供している
食べた時のジューシーさですね。肉もただ柔らかいのではなく、噛んだときに弾けるような食感があって、しっかり肉を食べている感じがする方が好きです。
火入れは、ここは好みになってくるかと思いますが、私は強い火で近いところからドンと焼くのが好きです。イメージとしては、最初にしっかりと表面に火を入れて、水分を逃さないように壁を作るのです。でも、ただ強い火では無くて、強くて優しい火を作るのを理想としています。強いだけですと表面がただ焦げてしまうだけなので、肉の芯まできちんと温めることを心がけています。
火入れは「きつね色より少し強め」の色合いに。皮の表面の香ばしさと、その下でジュワッと弾ける脂が魅力
独立する際に、とり澤とは違う火入れをしようと思って色々挑戦したのですが、今は【とり澤】で教わったこの焼き方に落ち着いています。仕上がりは、いわゆる綺麗なキツネ色よりも、もう少ししっかり表面に焼き色をつけた感じが好きですね。食べ物なので、見た目も重要だと思うのですが、その焼き加減が、味も見た目もベストだと思っています。
――使っていらっしゃるのは、100%紀州備長炭。このあたりもこだわりですね。
はい。良いものはやはり香りも火力も違いますから、妥協できません。そして、炭も生き物なので、1本1本違いますし、全てが思い通りには行かないのです。ある程度は理想を持って炭を組んで、付いた火を見て修正しながらその日のより良い状態に持って行くようにしています。同じように見えて、毎日違う。実は飽きっぽい性格なのですが、焼鳥は飽きることがないですね。シンプルでありながら奥深い。それが、焼鳥の面白いところでもあります。
――絶妙な火入れが絶賛されていますが、中村さんならではの火入れのポイントとはなんですか?
絶妙な火入れはこの仕事をしていると皆さん言われた事のある言葉だと思うので、特別私が優れているとは思いませんが、レアではなく、きちんと中まで火を入れる事は一番に大切にしていることです。食材の味は、火が入った時にすると思っていますので、肉の弾力感や色の着き方、香りであったり、色々な角度から肉の状態を見て、自分の理想に持って行く様にしています。
その中で、水分量をどのくらい残すのか、表面の焼き具合はどこまで持って行くのかなど、食材によって調整しているので、そういう部分を感じ取って頂いているとしたら、とても嬉しいです。
「どのお客様も、くつろいで、楽しんで過ごしていただけるようにおもてなしする」のが中村氏のモットー
――焼鳥だけでなく、胡麻豆腐に鶏白湯スープをかけたお料理など、焼鳥+αのコース構成も人気の秘訣だとか。
どうしたら焼鳥をもっと楽しんでもらえるかを考えて、色々と工夫しています。勉強のために、プライベートな時間を使って、ファインダイニングに食事に行くことも多いです。特によく行くのは日本料理です。食材との組み合わせだったり、当たり前に知っている食材をどうやって美味しくするか、たとえば、本当にシンプルなことなんですが、ゴマ一つとっても、煎りたてだととても香りが良くなるとか、そういったことって、簡単に活かせるけれども、普段見落としている部分だと思うのです。そんな細部にも目を向けるきっかけになっていると思います。
焼鳥だけではないオリジナルの小皿料理も魅力。鶏白湯と鶏のだしで作ったスープをかけた胡麻豆腐
季節の野菜も大切にする食材の一つ。さっぱりとした大根おろしに、伝統的な調味料「煎り酒」を合わせた
お世話になった方々への感謝を胸に。焼鳥の魅力と描く未来
――ご自身のことを飽きっぽい性格とおっしゃっていましたが、焼鳥の仕事を始めて11年、そのシンプルさに惹かれるのだとか。
焼鳥は毎日食べても飽きない、手軽な料理。串なので手で誰でも気軽に召し上がりやすいですし、多くの方に楽しんでもらえる料理で、それが魅力でもあります。
やっているのはシンプルな仕事なのですが、なぜなんだろう、と考えていくのが楽しくて。自分の中で今日は100点、というのはそうそうないですし。だから面白いのかもしれません。自分を成長させてくれる仕事でもあると思います。
焼鳥の仕事は、単純に言えば、鶏を串に刺して焼くこと。踏み込みやすい仕事だと思います。もちろん、簡単なことではないし、その先の世界というのは永遠に続くと思います。私も、焼鳥がわかったと思ったことは一度もないですし。ただ、若い方の飲食業離れも言われる中ですが、若い人にも興味を持ってもらいたいですね。
――人の役にたつ、業界の役にたつ、ということを考えていらっしゃるのですね。
こうして店をオープンできるまでになったのも、大勢の方に応援していただいたから。お世話になった方々への感謝の思いがとても強いです。
実は、恩人でもある、最初に勤めた焼鳥居酒屋の社長に、先日初めて来ていただきました。「いつか自分の店を出すようになるまでは、ご連絡することはできない」とずっと思っていて。独立をきっかけに思い切って「店に来てください」とお願いしたのです。2時間くらいの食事時間、とても緊張しました。でも、来ていただいて、焼鳥をやっていて良かった、と思いましたし、まさに感無量でした。
仕事を教えて頂いた方々もそうですが、ずっと応援してくれているお客様や人生の分岐点に関わってくれた方、家族。特に子どもが生まれて、父親になったのも、大きな転機でした。将来、子どもが誇りに思える父親でいたい。本当に沢山の方の支えがあって今があります。恩返しのためにも、誠実に日々と向き合い、そんな方々に胸を張ってもらえるような仕事をして、常に賑わっている店でありたいと思います。
「お世話になった方にお返しできるような店に」感謝の思いを込めて、焼鳥の魅力を広く伝えていきたいと語る
――さらにその先、これから5年後、10年後、【焼鳥なかむら】の未来をどのように描いていますか?
まだオープンしたばかりで、毎日を大切にすることに重点を置いていますが、唯一これだけは言えるのは、常に変わり続ける焼鳥を出したいということです。試作してよかったら、変えることに迷いはありません。その時々で一番自分が美味しいと思う焼鳥を出していきたいですね。
それでも、おそらく何年先でも同じように答えるだろうなと思うのは、迎え入れたお客様に「また来たい」と思って貰える仕事をすることでしょうか。
それから、SNSの活用はこれからのキーになると思っています。SNSの影響はアナログ人間の私でもわかるほど凄くて。今では沢山の方がSNSで皆さん考え方や技術を発信していて、それをキャッチする機会も増えました。他の方の投稿を目にする度、勉強にもなりますし、自分の未熟さにも気付かされます。そして、SNSの影響か、海外からのお客様のご来店は今もありますし、これから増えてくれたら嬉しいなと思っています。
海外でも焼鳥屋の出店が最近増えているとも聞きますし、海外の方のニーズも捉えながら、チャンスが有れば海外出店も視野に入れていきたいです。
撮影 / 佐藤 顕子 取材・文 / 仲山 今日子 2025.2.5