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  3. 「神楽坂 石かわ」石川 秀樹氏インタビュー
石川 秀樹 氏石川 秀樹 氏石川 秀樹 氏
石川 秀樹 氏石川 秀樹 氏石川 秀樹 氏

今日の自分にできることを全力で考え、ひたむきに取り組み、笑顔の連鎖を紡ぎ続ける料理人

【神楽坂 石かわ】石川 秀樹日本料理

東京・神楽坂に、実力と風格を兼ね備えながら気さくで、笑顔が印象的な料理人がいる。『ミシュランガイド 東京』にて2009年から連続で3つ星を獲得する日本料理店【神楽坂 石かわ】の店主・石川秀樹氏、56歳。努力と才能が必要な料理の世界において弟子を一人前に育てるのはたやすいことではないはずだが、彼の門人が料理長として腕をふるう【虎白】は同じくミシュランの3つ星に、【蓮三四七】と【波濤】は1つ星に輝き、コロナ禍のなかで産声を上げた新店【NK】と【愚直に】も着実にリピーターを増やしている。“石かわグループ”がひときわ勢いをもつのはなぜなのか。その理由をひも解くべく、石川氏のヨコガオに迫った。

Interview

「おやっさんには、愛がある」

——以前、石川さんのお弟子さんであり、【NK】の店主を務める角谷健人さんに“石かわグループ”に入社した理由をたずねたことがあるんです。角谷さんは言っていました。「調理師専門学校時代におやっさんの講演を聴いて、この人のところで修業させてもらいたいと思った」と。

うれしいねえ。でも、なにをしゃべったんだっけ。一生懸命だったのは確かなのですが(笑)。

——石川さんのところには修業システムのようなものはあるんですか?

これといったものはありません。ただ、ぼくは最初から料理界を背負って立つリーダーを養成するつもりで接しているので、“自分で考えるクセ”をつけさせるように意識しています。手とり足とり教えはしない。そうされたら大抵の人はやれちゃうんですよ。でも、肝心の“考える力”が養われないじゃないですか。もちろん、お客さまをがっかりさせたり、損したと思わせたりしたらいけませんので、【石かわ】としての最低限のレベルは担保しつつ、そこから先は一人一人にまかせます。たとえば焼き場担当だったら、毎日、自分が焼いたものを自分で味わってみる。そうしないことには工夫しようがありませんから。で、昨日より今日、今日より明日、よりおいしく仕上げるにはどうすればいいかを真剣に考えて、行動に移す。そのくり返しこそが成長に繋がると、ぼくは信じています。

——いわゆる「獅子の子落とし」ですね。でも、お弟子さんたちを見ていると、みなさん、石川さんを慕っているように思われます。そういえば、角谷さんも「おやっさんには愛がある」と話していました。

56歳の誕生日を迎えた石川さんと、お祝いにかけつけたスタッフたち。

僕はこどもの頃から人と交わるのがとにかく苦手で、20歳で上京すると23歳までフリーターをやっていたんです。自分は人からどう見られているんだろう。こんなことを言ったらバカにされるんじゃないか。怖くて、怖くて、定職につく勇気が出なかった。板前に興味を持ったのは、人としゃべらなくてもどうにかなるのではないかと考えたからです。店に入っても同じ調子。飲み会となると、自分がいたら場がしらけると思って、きまって逃げ出していましたよ(笑)。まあ、とにかく自己肯定感や自尊感情が極端に少ない人間でした。だから、苦しんでいる人の気持ちは手に取るようにわかります。若い子が店に出てこられなくなっても、理由を問い正すようなことはしません。理由なくして休む人間なんて、この世にはいない。なにかしらに傷ついている。とりあえず休んでおけ、出てこられるようになったら出てこいと、言うだけですね。

——根性論を振りかざさないんですね?

いや、そうとも言いきれませんね。人の心は、理不尽なこととか、自分にとって都合が悪いことが起これば起こるほど強くなっていく。さっきも言いましたけど、昨日より今日、今日より明日、過去の自分を越えていくのは大事なこと。そうやって成長すれば、社会に貢献できる。だから、根性論もときには必要だと思っています。

「自分には自己肯定感が極端に少なかった」と語る石川さんは、『変な人の成功法則』(斎藤一人著)や『嫌われる勇気』(見 一郎/古賀 史健著)をはじめ数百冊の本を読みながら、心理学や脳科学、哲学などを学び、50歳のときにようやく心にかかっていたもやが晴れたという。長く苦しんだ分、そのまなざしは温かい。

目標なんて持たないほうがいい

——話は変わって、今度は経営についての考えをお聞かせください。現在、“石かわグループ”は都内に6店舗。グループを大きくしていく構想は、前からあったのですか?

いいえ。仲間が成長してきたので、「あれっ、お前、もう一人で店をやれるんじゃない? じゃあ、やるか?」という感じで、おのずと大きくなってきたというのが正直なところです。うちには売り上げ目標、対前年比といった数字の概念がいっさいなく、気にしている人間もいません。昨日できなかったことを今日、一生懸命にやるだけ。そうすればみんなが成長して、店全体がよくなり、ひいてはグループが上向きになる。経営者としてのぼくの方法論です。

——未来を見ない、と。

ええ。56歳の誕生日にもInstagramに似たようなことを投稿しました。「目標なんて持たずによい」ってね。些細なこと、単純なこと、同じことの繰り返しでも、やるべきことは日々、誰にでもあるんです。明日、なにが起こるかわからないのに、先のことばかり考えていてもしかたないんですよ。大切にするべきは今日一日。いまをひたむきに生きるんですよ。ポジティブな結果は勝手についてきます。

石川氏は身ぶり手ぶりを交えながら全力でインタビューに応じてくれるので、こちらも前のめりになる。単純なことだが、これこそがポジティブな連鎖だと実感できた。

——第1回目の緊急事態宣言が出たあと、【石かわ】ではお弁当を販売した。まさに目の前に起こっていることに素直に反応したというわけですか。

おっしゃるとおりです。緊急事態宣言が出て店を閉めなければいけなくなったので、翌朝にスタッフ全員を集め、お客さまに情報をリリースするためのメールのリストをつくったり、販売の仕組みを考えたり、献立を練ったりして、3日以内にすべてをまとめました。

——じつにスピーディーでした。

うちにはいい意味で「NO」がないんですよ。うまくいかなかったら新しい仮説を立てて、ふたたびトライする。駄目だったら、引っ込めればいい。

——失敗して評価が下がるという心配は?

失敗したら、努力する。本気でやれば、おのずと挽回できるはずなんです。あと、大切なのは笑顔。うちの店では帰るときにハイタッチをしていく。そして、“ひっしょう”。かならず笑う。営業中にやらかして恥をかいても、それは過去のこと。引きずって悲しい顔をするのではなく、いま、笑顔をつくる。すぐにやれる努力のひとつです。うちのエースは屈託なく笑える子だったのでバイトとして働いていた頃から、カウンターに立たせていました。暗い顔をしている子が目の前にいるより、にこにこしている子がいた方が、お客さまの気持ちも明るくなるでしょ。笑顔も貢献なんですよね。

毎年恒例の正月の一コマ。石川さんほか“石かわグループ”のスタッフが神楽坂の毘沙門天に集まり、お祓いをすませたあとに記念撮影。聞けば、ほとんどの方が最初は笑えなかったそうだが、いまや胸がすくような笑顔ばかりだ。

いつも、柔軟でありたい

——ところで、お休みの日はなにをされていますか?

ぼ~っとしています。うちは特別休暇が長いんです。正月は11日。ゴールデンウィークも10日ぐらい。完全に仕事を忘れますね。

——ずいぶんと思いきった連休です。

じつは去年から週休2日制も導入しました。ふだんしっかり働いているんだからよかろうと。ただ、若い子にはこれだと修業になりづらい。そう思っていた矢先、【波濤】の熊ちゃん(※店主・熊切大地氏)から「リクエストが多いので、月曜日も営業していいですか?」と相談されましてね、全店共通で、やりたければやっても構わない、もともとは定休日だから給料は上乗せする、という方針を改めて打ち出しました。【石かわ】は月に2回、月曜日に料理長の江藤が【豊後もん江とう】という店を、【虎白】では、新卒で入って【虎白】ひと筋の料理長心得・鷹見が【寅黒】という店をやります。

——二毛作のよう。新しい発見がありそうで、興味深い。石川さんは型にこだわりすぎないんですね。

日本料理の基本を守りつつ、一方で脳を柔軟にしておこうと思っています。今年の正月は、いつものようにスタッフみんなと毘沙門天でご祈祷してもらって、その後、いい話をしましたよ。自分で言うのもなんですけど(笑)。

——どんな話ですか?

サスティナブルについてです。この数年、鰻や太平洋マグロの漁獲量の減少が問題視されているじゃないですか。それを話題にして、うちのグループでなぜ鰻を太平洋マグロを使わないのかを話しました。「本当に必要としてるお店はたくさんある。鰻に頼らずとも、おいしい料理をつくれる、そう考えられるのが俺たちチームの力だろう!?」って。使えないことを受け入れるとね、別のアイデアが出てくるはずなんですよ。そうすると、自分に備わっている技と知恵がより進化し、深化する。いまを生きながら社会に貢献するってそういうことだと、ぼくは思っています。

撮影/岡本 裕介 取材・文/甘利 美緒 2021.2.4 取材

味わいたい至極の逸品

『牛しゃぶ炊き込みご飯』

釜で炊いたご飯の上に薄切りにした黒毛和牛のサーロインを生のまま敷き詰めた、〆の一品。しゃもじでざっくりと混ぜ合わせるうちにご飯の余熱で牛肉に熱が入り、脂が溶け出して甘みが出たところで味わうという趣向が新鮮だ。

石川 秀樹

1965年生まれ。新潟県出身。20歳で上京して料理の世界に入り、乃木坂【神谷】などで修業した後に独立。師弟関係にあった小泉瑚佑慈氏らに支えられ、2003年に【石かわ】をオープンする。その後、2008年には【虎白】、2009年には【蓮】を開業。また、2017年には【RESTAURANT NANPEIDAI】、2020年には【波濤】【NK Nanpeidai Chef’s table featuring Kakuland】【愚直に】を立て続けに開業し、石かわグループをまとめ上げている。
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