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登坂 涼 氏登坂 涼 氏登坂 涼 氏
登坂 涼 氏登坂 涼 氏登坂 涼 氏

「10種のパスタ、好きなだけ」にみる 幸せの循環

【TOSAGE】登坂 涼イタリア料理

たった二人の厨房。デザートの前にゲストが食べたいだけパスタを提供するのが、登坂涼氏率いる【TOSAGE】流のホスピタリティ。「誰かが幸せそうに笑っている姿を見るのが好き」、そんな気持ちが高じてのサービスだが、メニューにある10種類全部、20gずつ、というオーダーが入ることも。「ちょっと気が遠くなるときもありますね」と笑うが、カウンターに向き合う厨房を前に、見事な手さばきでみるみるうちにパスタを仕上げる登坂氏の姿に、ついたあだ名は「千手観音」。シャンパンの泡のように、おいしいものを囲んだ笑顔が弾ける場所に、自分の思いをのせて。「ドサージュ」から着想を得た名前には、そんな温かさがあふれている。

Interview

活気あふれるカウンターから生み出される
「思い」をのせた料理

店名は100以上も候補を出したものの「ピンとくるものがなかった」。ふと思いついた名前が、【TOSAGE(トサージュ)】。

――高級住宅街、元麻布の一角、知る人だけが扉を開くことができるような、まさに隠れ家的なお店ですね。どんなお店なんだろう、と重厚な扉を開けると、イタリア料理らしい活力があふれていて。

カウンター8席、個室1室というこぢんまりした店なんですが、厨房をあえて客席に向き合うようにつくって、ライブ感も楽しんでいただける、旬の食材を使ったおまかせコースを楽しんでいただくお店です。

――【TOSAGE】という名前は、新しくつくったそうですね。どんな意味が?

【TOSAGE】は私が登坂(とさか)って名前でして、シャンパンをつくるときに、最後に甘いリキュールを加えることを「ドサージュ」というのですが、その言葉を組み合わせてつくりました。僕のエッセンスとか気持ちをお皿に加えるっていう意味が込められています。ロゴの王冠のようなものは、トサカをイメージしています。

故郷で父が育てる「登坂米」など、生まれ育った新潟の食材も使い、自分らしいイタリアンを提供する。

――お店に入ると、最初に目に飛び込んでくるのがカウンター。厨房を挟んでゲストと向き合う形になっているのが面白いですね。

通常は背を向ける形の厨房が多いと思うんですが、対面でつくることによってお客さんの表情を見ながら、お話ししながら楽しめるのでこういう形にしています。大事にしてるのは、緊張感もありつつ、スタッフみんなが楽しく仕事をして、笑顔もあって、お客さんとお話ししながらみんなで一緒にお店を盛り上げていくことを心がけています。

――十日町市ご出身ということなのですが、料理人としての原点はどんなところですか?

本当にもう山の奥で育ったので、小さい頃から山に登って、山菜を自分で採りに行っていました。元々ものをつくるのが好きで、料理人の原点は家族にご飯をつくったところから始まっています。家族に「おいしい」って言ってもらえるのが嬉しかったのと、追求したくなるタイプで、毎日玉子焼きを満足できる形ができるまでつくってみたり、松の実を買ってすり鉢でつぶしてジェノヴェーゼをつくってみたり、ということもやっていました。

落ち着いた照明の店内。座り心地のよい椅子や箸など、細部までゲストがリラックスして楽しめる工夫が。

――いろいろな料理がある中でイタリアンを選ばれたのはどうしてですか?

子どもの頃は中華や和食をたくさんつくっていたのですが、専門学校の先生がイタリア語もバリバリに話せるすごい方で、それがとてもカッコよかったのと、イタリアンのいい意味で豪快な、みんなでワインを飲みながらワイワイとおいしいものを食べる、そういう雰囲気もすごく好きでイタリアンを選びました。

――もともとイタリアンの老舗【ダルマット】の系列で、おまかせ料理を出す【オッジ ダルマット】にいらっしゃった。どんなことを学ばれましたか?

調理師学校にいるときに研修でお邪魔して以来、その雰囲気に惚れ込み、卒業してそのまま入った店が【オッジ ダルマット】です。最初はサービスを1年、その後厨房に入り、最後の3年間は料理長をしていました。合計12年もいたので、仕事の取り組み方から料理、人間性に関することまで、すべて僕の土台をつくってくれた場所です。この場所も【オッジ ダルマット】の齊藤誠社長にお世話になって、「より高級な食材を使ったファインダイニングを」というコンセプトでつくりました。

――客単価が上がったことで、【TOSAGE】では使える食材も増えて、活けのハモや毛ガニも使っているのですね。

お店でさばいて骨切りして。なかなか骨切りもやっぱり難しいですけど、自分で勉強して日々工夫を重ねています。日本には四季だけでなく、1か月ごとに旬の食材があったりするので、新しい食材同士をどのように組み合わせるかを考えるのはとてもやりがいがあり、楽しいです。

海をイメージした皿に、リズミカルにさまざまな味の要素を配置した『スミイカのカルパッチョ サラダ仕立て』。

日本人が食べてきた味に根差した イタリア料理

炭火で焼き上げる肉も、魅力の一つ。遠火から近火に、時間をかけてじっくりと、芯まで熱々に仕上げる。

――イタリア料理だと地域に基づいた定番の組み合わせがありますけれど、日本にあるイタリアンだけに日本らしい定番、新しいオリジナリティーをつくっていきたいという思いはありますか?

もともとある料理からイメージを膨らませて組み合わせを考えることが多いですね。たとえば肉じゃがであったり、中華料理であったり、昔からあるものはやっぱりおいしいから残っているわけで、それらの組み合わせを自分なりに解釈してコース料理に取り入れてます。

――小さい頃につくってきたおかずをはじめ、日本人が食べてきた料理っていうのが根底にあって、それをいかにイタリアンの形にしていくか、でもあるのでしょうか?

そうですね。ですが、一歩踏み外すとどうしても創作料理になってしまうので、自分のエッセンスを入れつつその線引きはきちんとして、イタリアンの基本的な調理法を取り入れてつくっています。僕がつくったものをおいしいと言ってくださる方であれば、僕が食べて育ってきた実家のお米であったり、地元の野菜や日本酒であったり、そういう僕の骨となり血となるものもおいしいと感じてくださると思っているので、それを使うことで【TOSAGE】らしさが出るのかな、と思います。

『山形牛熟成フィレ 炭火焼き』。魚沼産黒舞茸、2日間かけてつくるスーゴディカルネのソースを添えて。

――そんななかで【TOSAGE】が目指すのは、どんなレストランでしょう?

東京にあるイタリアン、「東京イタリアン」を目指しています。イタリアの魚醤、ガルムを使ったり、日本の魚醤を使ってみたり。あとは時折、隠し味程度に味噌もちょっと使ってみたりと、日本のエッセンスを取り入れたりして、このコースでしか食べられないイタリアンを目指しています。炭火はもちろんなんですけど、コースの中に焼き物、炭物、あとは揚げ物も入れて、色々な調理法を入れることで、コースの幅が縦に広がると考えています。

――そして、みんながいちばん驚かれるんじゃないかなと思うのが、デザートの前のパスタ。10種類の中から、1種類20gで好きなだけ注文できるっていうシステム。この発想はどこからきたんですか?

そもそも、おまかせコースをやるなかで、ほかとは違うことをやりたいなと思って、最初は10種類から3種類選べますよっていう形にしようと思ってたんですけど、そこまで食べる人はいないだろうと思って、ノリで10種類にしました(笑)。お客様に「すごい茨の道を歩んでますね」ってよく言われますね。

――実際に、全種類というオーダーが入ったりすることも?

週に3組ぐらいは10種類召し上がる方がいらっしゃいますね。よく腱鞘炎にならないかって心配されるんですけど、僕は大丈夫ですので、いっぱい食べていってください。

10種類のパスタは、それぞれのソースと相性のよいパスタ生地を合わせて。全種類制覇する人がいるのも納得。

奥深いパスタの世界

こだわりのパスタ。素材の状態、水分量、塩分、温度感、すべてをぴったりと合わせるよう、細心の注意を払う。

――炭火で焼いたお肉に加えて、パスタが一つのシグネチャーでもあるわけですけれども、パスタの魅力というのはどんなところですか?

乾麺も生パスタもいろいろありますが、状態と仕上がり、あとは塩分すべてが一致しないとおいしい状態にならないと思っているので、何回つくっても、とても追求しがいのある料理だと思います。生地をどうつくるか、どんなふうに生地の状態を持っていくか、どんな加熱をしてどんな具材にするか、無限の可能性があります。

先輩たちから教わったことのいいところだけをとって、自分なりに解釈して、魚介系のオイルベースだったらこういう風にしようとか、ソースによって茹で加減も違いますし、麺の混ぜ方も全部変えていますし、仕上げのオリーブオイルもいま3種類ぐらい使い分けています。

――ご自身のパスタのオリジナリティー、理想形はどんなものですか?

とくに手打ちパスタは、コシが強くて表面がツルツルして、食べ応えのある麺を目指しています。あとは、最後まで飽きずに食べられるように中に入れている野菜や食材を加熱しすぎない。たとえば、仕上げの香草やチーズは加熱をすると味が飛んでしまうので、仕上げに入れています。あとは熱々の温度帯も心がけています。 パスタというのは、状態を気にしながら最終的な塩分も考えないと美味しく仕上がらないので、もうめちゃくちゃ難しい料理だと自分は思っています。

トリュフをたっぷりと削りかけたタヤリン。鮮やかなオレンジは、ブランド卵「蘭王」の黄身の自然の色。

――とくに20gでとなると、火がすぐ入ってしまったり、かなり精密な構成力が必要になってくるのではないかなと思うんですが、そのあたりはいかがでしょうか?

10種類のパスタそれぞれに、理想の仕上がりの水分量が違いますし、野菜が入ることによって水分が出てきたりするので、難しいですね。少量からで、つくる数も多いので、なるべく自分の中で、味がぶれないように、なるべく営業中は塩を逆にしないで、貝のだしであったり、ゆで汁で、塩分を全部決めています。

あとはタイミングも難しいです。どの卓も、お待たせするわけにいかないけれど、スタッフもサービス入れて3人なので、盛る人がいないと、どんどんつくっても、盛れない状態。パスタは瞬間の勝負ですから、本当に茹でたら、もうそこからもう、逃げられないというか。ですから、これをあと何分のときに次の麺を茹でたらかぶらないとか、そういうの全部計算して、頭の中で組み立ててつくっています。

自分の頭の中で料理の提供の段取りを決めて、どんどんどんどんつくっていくような。こういうスタイルは僕にしかできないことだと思っています。

――手間のかけ方に、料理に対する姿勢が感じられますね。

ただ、手は込んでいても、食べるときにはできるだけシンプルに食材のおいしさが感じられるような料理を目指してます。

――独立されたことで、これまでと違う食材との向き合い方みたいなのはどんなものでしょう?

いままで使ったことのないような食材や魚介が使えるようになったので、自分たちで調理して、あーでもないこーでもないと決まるまでつねに試作や実験的なことも繰り返して、自分なりにどうすればその食材がいちばんおいしくなるか、そこを考えて毎日やっています。

もちろん、日々の営業もあり、無理矢理時間をつくりださないといけないので、仕込みから効率的な段取りを考えて時間をつくるようにしたり、空いた時間でやっていますね。

あまり表面上では見えないんですけど、意外にどの料理も結構手間をかけているんです。パンにしても毎朝生地を練ったり、手打ちパスタも毎日つくったり、リゾットのお米も毎日精米したり。説明しきれないほど時間をかけ、心を込めてやってますので、お客様が満足していただけると、「ああ、報われたな」って思います。

幸せの循環が生まれる場所

料理をつくっていると、自然に笑顔に。「ここではマイナスな気持ちは忘れて、幸せな気持ちで帰ってほしい」

――おそらく原点として、お客さまが喜んでいるのを見るのが、すごく好きなんですよね。

そうですね。人を喜ばせたり、人が笑っているところを見るのがとても好きですね。

――だからこその対面型のキッチンであり、カウンターであり、ゲストが10種類全部のパスタが食べたいと思ったら、食べられるコースであり。「お客様ファースト」の背景には、やっぱり原点である「誰かが喜んでいる顔を見たい」というのがあるんですね。

子どもの頃から、料理人になって、知り合いとかお世話になった人をいっぱい呼んで、すごいみんなで楽しくしたいっていう思いがあったんです。楽しい空間を一緒に味わうことで、恩返しをしたい。そんな、自分の原点である喜ぶ顔っていうのをいちばん表現できるのが、ここ【TOSAGE】だと思います。どんなに大変でも、手間をかけて、体が動く限りやり続けようと思います。

――そこまでのバイタリティーというか、エネルギーのもとになるのは何ですか?

「今日おいしかったよ」って言ってもらえたり、お客さまがもう一回来てくださったりすると、疲れも全然なくなります。パスタはもちろんですが、パスタ以外の料理もしっかりつくってますので、最後にお客さまとお話しして「今日はアワビのリゾットがおいしかったよ」とか言われると、食材に僕の気持ちをちゃんと「ドサージュ」できていたのかな、と思って嬉しくしくなります。

――イタリア料理らしい豪快さと、繊細な日本の季節を織り込みながら人と人が出会う、つくり手と食べ手が出会うような空気感も含めての【TOSAGE】ということですね。10年後はこうなってほしい、という理想の【TOSAGE】の姿はありますか?

つくってるときはつねに幸せですし、怒ったり、負の感情があったりすると、おいしい料理をつくれないと僕は思っています。つねに笑顔で、明るく楽しい気持ちで、お客様の側の気持ちになって、毎日料理をつくり続けていたいです。

集中していて緊張感はあるけど、どこかやわらかいような温かみのある、この空気感は、ほかにはないかなと思います。お客様にも、マイナスの感情はどっかに置いてきてもらって、ここに居るときはつねに幸せな気持ちでいてほしいし、幸せな気持ちで帰ってもらいたい。そういう幸せの循環みたいなのが、ある場所にしていきたいですね。

撮影 / 三橋 優美子 取材・文 / 仲山 今日子 2022.11.7

味わいたい至極の逸品

『黒トリュフのタヤリン』

香り高いトリュフの下には手打ちのタヤリン。その鮮やかなオレンジ色は、イタリア小麦の粉を、ブランド卵「蘭王」の卵黄だけで練り上げているから。茹でてもコシがしっかり感じられるのは、生地を練り終わってから一晩寝かせ、軽く乾燥させていることに加えて、ひとまわり太めに麺を仕立てているからこそ。ごく少量のパルミジャーノチーズと、発酵バターのソースで旨味を絡めた、シンプルだからこそ素材の良さと技術が際立つ一品。

登坂 涼

1990年、新潟県生まれ。国際調理製菓専門学校在学中、研修で訪れた、齋藤誠氏率いる【オッジ ダルマット】に惚れ込み、そのまま就職。1年間のサービス経験を経て、厨房へ。【オッジ ダルマット】の料理長を3年間務めるなど、合計12年間働いたのち、2022年1月、齋藤氏の支援も受けて【TOSAGE】オープン。お客様と対話しながら料理を作る、という理想を形に、オープンキッチンのカウンターイタリアンを実現。
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