店名【ess.】に込められた想いとは?
「レストランにおいて、お客様も料理人も楽しめることが大切」と語る北野氏
――料理人という職業、そしてイタリア料理を選んだ理由を教えてください。
昔からパスタはすごく好きだったので、イタリア料理をやりたいっていう想いはあったんですけど、最初からイタリア料理をやるって決めて学校に行こうと思っていたわけではなくて。もしかしたら自分では別のジャンルが向いているかもしれないという想いもあり、専門学校に行って一通り和洋中全部をやってみたいと思ったところからスタートしました。結果、全部やってみたところ、やっぱり、自分の中でイタリア料理が1番なにかしっくりくるところがあって、そこからイタリア料理をやろうって思いました。
――それからイタリア料理一筋の道を歩んでこられたわけですが、料理人として大切にしていることはなんですか?
おいしいものを提供するのは、料理人として当たり前というか、絶対的なものではあると思うんですけど。お店ですごく大切にしているのは、来ていただくお客様に楽しんでもらうことが1番かなと。お客様に最終的に「楽しかった」って言ってもらえるようなお店であり、「楽しい」って思ってもらえるような料理をするという部分で、そのためには自分たちもすごく楽しく料理をするっていうのが大事だなとは思っています。なので、営業している時も、ただただ必死にやっているだけじゃなくて、料理が好きでやっているというのが伝わるよう、料理を作る様子の見せ方みたいなところも大事にしています。
足元に灯る小さな看板を目印に階段を下ると、居心地のいい【ess.】の空間が広がる
――厨房スタッフも楽しんで働いているのは、実際にカウンターで食事をさせてもらって伝わってきました。そういった想いは、店名【ess.】にも込められているのだとか。
【ess.】っていうのが、ラテン語のessentia(エッセンティア)の最初の3文字essを取っているんですけど、essentiaっていうのが「本質」という意味で、レストランの本質を改めて考えてみた時に、レストランの語源もrestore(レストア)で回復させるという意味があって、ただ料理を食べに来るだけじゃなくて、日頃の疲れとか嫌なことがあった時に、お客様がそれを忘れて回復できるような、居心地のいい場所を作りたいっていうところから。その本質を見直すっていうところで、【ess.】という名前もessを取って、そこの文字をエスという読み方に変えました。
“restore(レストア)”のための空間づくりとメニュー構成
広々とした空間にゆったりとした間隔で客席が並ぶオープンキッチンのカウンター
――続々と話題のニューオープンが続く神泉ですが、このエリアを選んだ理由を教えてください。
最初は、神泉エリアって、実はほとんど考えてなくて物件も見てなかったんです。それこそ南青山とか、外苑前、表参道、そういうエリアを見ていました。色々物件を探しているなかでここの物件見に来て、縁というか直感的に「なんかここいいな」っていうのも大事だと思うので、ここに来た時にそう1番感じた空間だったので即決しました。
――内装デザインや席数など、空間におけるこだわりはどのあたりにありますか?
内装も先ほどのレストランの本質を見直すっていうところで、居心地のいい空間ですね。お客様が会話して、食べて、過ごす時間の中で窮屈にならないような空間づくりを大事にしています。テーブルクロスというのは結構カチッとしちゃう、かしこまった感じで来ちゃうと、それはそれで(ちょっと違う)っていう感じにもなるので。スタッフとの間もカジュアルにやり取りできるような空間だったり、カウンターの広さだったり。あとは、内装にも木を使ったりとか、布があるところで抜け感があったりとか、そういうところで落ち着く空間を意識してデザインしてもらっています。
カウンターの後ろにある丸テーブルは、当日予約のゲストのために空けている
――メニューは、アラカルトとコースの両方を用意する構成ですよね。それは、どのようなお考えからですか?
やっぱり、今の全国的な流れとしておまかせ1本が増えてきています。お店の世界観をつくるうえで、おまかせ1本が1番シェフの思いを伝えやすいというのはあります。ただ、お客様の目線で考えた時に、僕たちが目指している本質のところで、落ち着いてリラックスできる空間であることや、使い勝手の良いお店でありたいという思いがありました。気軽に行けることや、予約なしでも利用できることを大切にしたかったんです。
もちろん、おまかせがいいっていう方もいらっしゃるので、コース料理のご用意も当日対応できるようにしています。ただ、お客様には「食べたいものを食べてもらいたい」という想いがあるので、アラカルトで、前菜からメインディッシュまで、自分のオリジナルで組んでもらうのも1つですし、パスタをたっぷり食べてメインディッシュのお肉は食べないという方もいらっしゃいます。ワインだけで利用したい方もいますし。お客様の様々なニーズに合わせて使い勝手のいいお店にしていきたいっていうところから、コースとアラカルトの両方をご用意しています。
手打ちパスタは、イタリア産小麦とセモリナ粉をブレンドして卵黄を多めにすることで、歯切れの良い口当たりに
――メニューを拝見するとズラリとパスタメニューが並びますが、何種類ご用意されていますか?
パスタは、乾麺と手打ちパスタを含めて常に10種類以上ですね。今だと14~15種類ぐらい。仕入れ状況などによって変わるので、ソースや食材の組み合わせも毎日変わります。もちろん、一気に全部変わるわけではないんですけど、1週間の間で5~6皿変わる時もあったりするので、毎日ご来店いただいても変化を楽しんでいただけると思います。
日々多彩な手打ちパスタを用意するのも、お客様に楽しんで欲しいという想いから
パスタ生地をギターのように弦を張った器具にのせて押し出すことで、断面が正四角形のキタッラが完成
――パスタメニューの食材やソースの組み合わせなど、どのようにレシピを生み出していますか?
オリジナリティのある料理も、基本的にはこれまでの経験の中で生まれた組み合わせをベースにしつつ、そこに自分なりの工夫を加えてつくっています。旬の食材、日本の食材、イタリアの食材、さまざまな要素を組み合わせながら考えています。ただ、その中でも「イタリアンをやっている」というというところで、イタリアには伝統的な料理や郷土料理があり、日本と同じように四季があって、地域ごとに特色のある食文化があります。そうした背景があるからこそ、日本でも再現しやすいです。
南イタリアの郷土を豊かに感じることができる『兵庫県産真蛸とピゼッリのサフランソース パッケリ』
だからこそ、イタリア料理の基盤となる伝統や郷土性は崩さないよう考えながら、日本の食材を活かしたり、オリジナリティを加えたりしています。一方で、あえてイタリアのクラシックな伝統料理をバンッて出すようなスタイルの料理もつくっていて「イタリアン」であることは常に忘れずに大切にしています。
――今後、挑戦してみたいメニューはありますか?
今まだやってないところでは手打ちのラビオリですね。中に詰め物をしたパスタは、今後いろんな種類をやっていきたいと思っています。パスタメニューは今後さらに増やしていきたいと考えています。
Wシェフ体制によって広がる可能性
和歌山県のふなき農園が手掛ける艶やかなフルーツトマトを使ったソースに、手打ちのタヤリンを投入
――山口智也氏とのシェフ2人体制とのことですが、どのような経緯や想いから今回【ess.】で一緒に働くことになりましたか?
もともと前職のサローネグループで一緒にシェフをしていて、その後はそれぞれ別の店で働いていました。ただ、このお店をオープンする前から、お互いに意見交換をすることが多くて、よく2人で話していく中で「目指しているものが似ているな」「目指す方向が一致しているな」と感じるようになったんです。お互いに独立を考えていたタイミングでもあったので、それなら一緒にやろうとなりました。
――目指す方向が一致とのことですが、具体的にはどのような部分ですか?
料理面でこういうことをやりたいというよりも「お客様に楽しんでもらうことを大事にしたい」という想いです。もちろん料理も大切ですが、それ以上に空間づくりやお客様目線で考えたときに居心地よく過ごしてもらいたいという気持ちが大きいですね。お店をつくるうえで、そういった方向性が一致していたことが、僕たちにとっては何より大きかったと思います。1人のシェフだと自分の意見だけで進めていくことが多くなりますが、2人で話し合いながら「こういうお店にしたいよね」と方向性を決められたことが、とても重要だったと感じています。
厨房が良く見渡せるカウンター席に座ると、パスタを仕上げる様子などを間近で楽しむことができる
――お2人の役割分担などあれば教えてください
明確な役割分担は決めていません。例えば「パスタは僕がやって」「前菜は誰がやって」といったことはなく、お互いにやりたいことを話し合いながら進めています。枠にとらわれず、一緒に考え、相談しながら料理を作っているという感じですね。
――タッグを組んだからこそ発見できたことや良かった点はありますか?
料理人って、すごく頑固なというか「俺の料理を食べてくれ」という感じが結構多くて。もちろん僕たちにもそういう部分が全くないわけではないですが、一緒にやっていく中で、お互いの意見を積極的に取り入れ合うことが多いですね。自分が作った料理も自分1人でOKと決めるのではなく、必ず2人で試食をしています。でも、そこで「いや、それは違う」みたいな話にはならず、いつも自然と意見を取り入れながら進められるんです。お互いに目指している方向や大切にしていることが似ているからこそだと思います。もちろん、納得できないことまで無理に受け入れることはしませんが、意見の言い合いはしっかりできる。それが相性の良さでもありますね。
北野氏曰く「Wシェフ体制によって、新たなことに挑戦できる可能性が広がります」
シェフ2人体制の店というのはあまり多くないですよね。一般的には、シェフとサービス担当という組み合わせはよくありますが、シェフ同士だと意見が合わなかったり、バランスが難しかったりすることも多いので。ただ、最近はレストラン以外でも料理人が活躍する場が増えてきています。1店舗のシェフが1人でやっていると、店のクオリティを維持しながら外部の仕事にも挑戦するのはなかなか難しい。でも、2人体制なら、お互いに負担を分担しながら、店のクオリティを保ちつつ、新しいことにも挑戦できる。そういう点でも、このスタイルは理にかなっていると感じていますし、そうした考え方の部分でも一致したので。
――外部のお仕事というお話がでましたが、具体的になにかお考えですか?
お店がオープンして間もないこともあり、まだ明確に「こういうことをやっていく」と決まっているわけではありません。今後いろいろなことに挑戦していけたらと考えています。例えばイタリアンの料理に関する仕事や、大規模なケータリング業なども視野に入れています。ただ、何よりも店舗が一番大切だと思っているので、その軸を大事にしながら、さまざまな可能性を広げていければと考えています。
料理人とお客様との一体感が感じられる解放的なオープンキッチンに立つ北野氏
――多彩なスタイルのレストランが増えるなかで、【ess.】はどのような存在のレストランでありたいと考えますか?
「どういうレストランでありたいか」ということは、ずっと考え続けています。僕たちがこのお店をやるにあたって大切にしているのは、「レストランの本質を見直す」ということ。料理がおいしいのはもちろんですが、それだけでなく、お客様に「楽しい」「居心地がいい」と感じてもらえるような、様々な感情が生まれるレストランにしていきたいと思っています。
撮影 / 佐藤 顕子 取材・文 / 外川 ゆい 2025.3.6