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  3. 「HAJIME」米田肇氏インタビュー
米田肇 氏 米田肇 氏 米田肇 氏
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独自の美意識と世界観を表現し続ける
孤高のシェフ

【HAJIME】 米田 肇 フレンチ

緻密に計算された高い技術と妥協なき探究心をもとに、細部までこだわった料理をつくりだし、世界的にも高い評価と注目を集める【HAJIME】。悩み、考え、また迷い、決断する・・・
そんな葛藤の中から積み上げた思考の蓄積が、ある一瞬に溢れ出し、芸術の域にまで昇華されたかのような創作の源には何があるのか。米田肇シェフのヨコガオに迫ってみました。

Interview

ミシュランで三つ星を獲った後、スタッフも私もボロボロで、
仕事を辞めたいとしか考えていませんでした

――米田さんの仕事は、クリエイティブであり、とにかく他人と同じことはやらないというスタンスを感じます。

 シェフであること以前に生まれながらの性格でもありますが、昔から人がワーッと集まるところとは逆方向に行くタイプです。なので、自分が関わっていることがブームになりそうになったら、そろそろ足を引く頃だと直感的に違う方向に足を向けてしまうんです。でも、料理に限らず、ものをつくっている人というのは、みんな多かれ少なかれそういった部分があるはずですよね。オーナーシェフの立場としてブランド戦略を考えても、人がやってないことをやらないと経営自体が成り立たないという現実もありますしね。

――そんな米田さんでも、修行時代など、思うように“自分の料理”をつくれなかった時期もあると思います。それができるようになったのはいつですか。

 本当に自分の料理だと思えるようになったのは、2012年以降ですね。既に【HAJIME】オープンしていましたが、それまでランチとディナーを営業していたのを、新しい料理を考える時間も考えて、夜の営業だけにした頃です。
 人はある程度誰でもそうなのかもしれませんが、若い頃のほうが自己顕示欲はありますよね。自分も、ミシュランで三つ星を獲りたいとか。でも、実際に獲ってしまったら、これが完結ではないということがわかったんです。三つ星を獲った後は、毎日400件電話がかかってきて昼夜満席で、スタッフも私もボロボロでした。でも、他のお店は【HAJIME】のようになりたいと追いかけてくる。自分自身がもう辞めたいと思うくらい不安定な毎日を送っているのに、それが目標とされる状況は、構造的には間違っている、と。それだったら、もっと違うところに行くしかないと思ったんです。

自分で店を開いた当初から、世界を相手にすると決めていました

――目指す先は、どのようなところだったんですか。

 まずは自分を知ること、つまり日本人であることを知るところから始めようと思いました。とはいえ、フランス料理に出会う前は母親の家庭料理を食べているだけだったので、最初に日本の食文化の原点でもある京料理をむさぼるように食べ歩いてみました。
 一方で、千利休の世界から、そもそもの仏教を辿ってインド哲学まで勉強していったんです。そこで、じゃあ、自分はどうするか?と改めて考えたときに、千利休に影響されてお茶を始めようというのは違うと思うんですね。ある素晴らしい絵に出会ったとして、それがどんなに良くても同じ絵を描くのは単なるコピーじゃないですか。それは違う。そうやって考えていくうちに、利休にとっての宇宙と私の宇宙は平等だと感じることができたとき、自分にとって美しいものを素直に出そうと思ったんです。その瞬間に、自分の店から「フランス料理」という肩書きを取ろうと思ったんです。
 それが2012年のことで、「フランス料理」を取ったことでミシュランに嫌われて、星が一つ減りました。でも、そんなことは関係なく、自分の世界観を今後は出していかなければいけないという気持ちが強くなったんです。

――海外からのお客様が顕著に増えたのは、そのくらいの時期ですか。

 そうですね。年々増えてはいますけど、それくらいの時期がターニングポイントでした。とはいえ、店を開いた当初も、海外からお客様を呼んでくることは視野に入れていたので、日本の食材やワインを積極的に使っていました。わざわざ日本でどうしてフランス料理を食べないといけないかということも考えなくちゃならないわけですから。それに、現在では料理に国籍がなくなってきています。私も、海外で行ってみたいお店がありますが、行く直前まで、どこにあるか知らなかったりしますしね。だから自分の店に関しても、ここがニューヨークにあるとしたら何をやるんだ?ということを考えていました。

私たちがつくっている料理は、例えば宇宙人が
地球にやってきたときに、「こういう星で、こういうものを
食べていて、こういう環境の中で生きています」という人間が持つ
共通認識を説明しているようなものです

――そうやって生まれたご自身の料理を通して、お客様にどんなものを与えたいと考えていますか。

 それはオープン当初から変わらないのですが、世界最高峰の感動を与えたいということを基本テーマとして掲げています。そのために重要な要素の一つが、メッセージ性だと考えています。
 例えば、非常に歌が上手い歌手が「ハー」と声を発するだけで、みんな湧きますよね?ただ、それは料理に置き換えると、ただ「美味しい」というレベルなんですね。その段階を超えて――音楽で言えば、その歌手が歌をうたい始めて、そこに込められたメッセージがあると知ったときに、涙が流れるほど感動するわけです。それと同じで、料理にもメッセージ性は必要です。つまり、美味しいという基本を踏まえた上で、どんな音を選んで、緩急をつけて、メッセージを込めて、どうして今歌っているかをわかりやすく伝えなければと思っています。

――確かに、【HAJIME】の料理には、映画や交響楽を鑑賞することにも匹敵するストーリーを感じます。

 そうですね。日常世界から非日常世界に入っていくときにどうスタートを切って、ここで少しサプライズを入れ、一回落ち着かせて、次にハイライトを持ってくる、というような流れをつくることに関しては、非常に意識的にやっています。味や見た目、食感や温度帯に関して、どうストーリーを付けるかですね。

――『地球』『森』『川』『破壊と同化』『愛』といった独特な料理のタイトルは、どういった考えから生まれたのですか。

 基本的に私は料理人をやっているという感覚が薄いんです。もともとエンジニアでしたし、すごく斜に構えてこの業界を見ています。ただ、食べ物には興味がある、人が感動することには興味がある。そんなところからスタートしているので、必然的に科学や哲学、生物学など様々な本を読んで勉強しています。それらからの影響は強いと思います。
 自分がやっている食に関することを深堀りして、「なんで食べるんだろう?」「なんで人は存在しているんだろう?」と、いろいろ調べていくと、我々は宇宙に影響を受けていて、その一部じゃないかということに行き着きます。ですから、基本的に現在、私たちがつくっている料理は、食べるという行為に対して人間がどうあるべきかとだったり、そこに宇宙の法則はどう関わっているかを見出そうというものです。例えば宇宙人が地球にやってきたときに、「こういう星で、こういうものを食べていて、こういう環境の中で生きています」という人間が持つ共通認識を説明しているようなものですね。
 このような『地球』『愛』といった料理名も、当初は宗教的だとか言われることもありましたが、今は多くのシェフが料理にメッセージ性を込めてもいいと考えるようになりましたよね。そうやって広まってきたので、ちょっとは受け入れられやすい状況になったかもしれません。ということは、そろそろ私は次のステージに移らなくちゃいけない時期ということでもあるんですけどね。

撮影/高田ますみ
文/ヒトサラ編集部(2015.11.20取材)

シェフの裏ワザ

【HAJIME】流、塩の使い方へのこだわり

塩の使い方は、2パターンに分けられます。
まず細かくかける塩は、血液の塩分のパーセンテージに合わせています。だいたい0.8~1.1%のところで食材の水分量とともに調整しています。それがベーシックな使い方です。
もう一つは、コースや一つの料理の中で、塩分を上下に揺らすことによって、脳に音楽のように感じさせる使い方です。塩分は、食べる方のその日の体調や周りの副食材、飲み物によっても塩分の感じ方は変ってきます。小さな料理でも、ピンセットで大きさの異なる塩を的確な位置に置くことで、一口ごとに濃く感じたり、薄く感じたりという揺らぎのなかで、計算された「無秩序の秩序」を感じることができるんです。

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