





料理業界に新たな価値観を
提示する革命家
【sio(シオ)】 鳥羽 周作氏 フレンチ
代々木上原の人気フレンチ【Gris】が、内装も新たに【sio】としてリニューアルオープン。繊細かつストレートなコース料理を提供するシェフの鳥羽周作氏は、Jリーグの練習生、小学校の教師を経て、料理の世界へ入門した異色の経歴をもつ。そんな彼が、代々木上原の地で新たに何を企むのか。シェフのヨコガオに迫った。
料理業界に新たな価値観を
提示する革命家
代々木上原の人気フレンチ【Gris】が、内装も新たに【sio】としてリニューアルオープン。繊細かつストレートなコース料理を提供するシェフの鳥羽周作氏は、Jリーグの練習生、小学校の教師を経て、料理の世界へ入門した異色の経歴をもつ。そんな彼が、代々木上原の地で新たに何を企むのか。シェフのヨコガオに迫った。
──7月から【sio】としてリニューアルされましたが、人気店だった【Gris】から独立しようと思われたきっかけは何ですか?
【Gris】の頃は雇われシェフだったので、自分で一からお店をつくりたいと思いました。別に、雇われていること自体が嫌だったわけではないですし、もちろん会社にも感謝しています。ただ、僕のやりたいことがいっぱいあったんです。それがゆえに不自由さも感じた。だから、お店ごと買い取って【sio】をオープンしました。
──その“やりたいこと”とは?
まず、料理業界の仕組みに対してずっと「なんで?」と思ってきたことを変えていきたいんです。それは、料理人の給与体系であったり、労働時間に対してもそう。独立して改めて感じましたが、自分で店を持つにはとてもお金がかかるんです。でも、今の給料じゃ、若い子たちが「独立したい」と思っても、相当な幸運や才能がないと難しい。だから【sio】では、スタッフにもいい条件で給料を支払うように努力しています。
──レストランの働き手の環境を改善することが、いいレストランをつくることにつながると考えたわけですね。
はい。人生をかけてそういう料理人業界の課題に取り組みたいと思っています。その一環として、独立を機に仲間と「ハレンチ」という会社を立ち上げました。「ハレンチ(破廉恥)=既成概念を打ち破っていく」という意味です。そこでフード事業をプロデュースしたり、料理人へ投資ができる仕組みをつくるために今、動いているところです。いずれは僕の給料はそちらからの収入だけに絞り、【sio】の収入はお店のスタッフに還元しようと考えています。
──料理業界を変えるために、まずは自分の店から新しいことを始めていこうと?
そうですね。【sio】は本当にゼロの状態からつくり上げました。働くスタッフはもちろん、お店を一緒につくってくれるメンバーも、自分がいいと思う人に声をかけて集めましたし、料理も内装も自分たちでつくり直しました。今がゴールではなく、ゼロから1をつくっていくその過程を楽しみたかったのかもしれません。
──お店づくりに、様々なジャンルのクリエイターが関わっているそうですね。
そうなんです。例えば、店内の音楽はDJの沖野修也さんにお願いしています。イベントで知り合って、その時の音楽が本当に楽しかったのでこちらからオファーしました。その後、沖野さんが【sio】の記事を色々と読んでくれたみたいで、僕の考えにすごい共感してくれたんです。BGMは【sio】のイメージで選曲してくれています。「上質さもありながらどこか本質的で、噛みつく危なさを秘めている」という印象から、コンセプトは「プリミティーボ×野蛮」だそうです。(笑)
テーブルウェアはプロダクトデザイナーの鈴木啓太さんがデザインしてくれたものを多くつかっています。例えば、シグニチャーのマカロンをのせているこの器は、料理の“葉っぱ”のイメージに合わせて“葉脈や枝分かれ”をテーマに3Dプリンタでつくってもらいました。それから、お店のロゴは「くまもん」をデザインした水野学さんにお願いしました。メニューの裏に、水野さん直筆の文字で「しゅうさく いつも おいしい」と書いてくれています。実は、この言葉のイニシャルが【sio】の由来なんです。(笑)
――独立してみて、何が変わりましたか?
これまでは、価格帯や原価率が決められた中で食材を選んでいたので、ある意味で受動的でした。でも今は、高値でも僕がいいと思った食材を選ぶことができるので、主体的に料理に取り組めています。料理の幅も広がりました。例えばこのラカン産の鳩。以前は価格的に仕入れるのが難しかったのですが、今では「【sio】の鳩は是非食べた方がいいと、人に勧められて予約をした」なんて言ってくれるお客様もいます。
ただ、意外な変化もあって。独立したら自分の好きな食材やものだけにお金をつかって、好きなようにやってやろうと思っていましたが、いざ独立してみると“皆のために何ができるか”と、周りのためにお金を使うように考え方が変わりましたね。なので、単に高級食材だけをつかったコース編成にはしていません。
──“自分のやりたいこと”のために独立した結果、“皆のため”を考えるようになったとは、逆説的ですね。
以前はスタッフに色々と求めてしまうことが多かったのですが、今は強要はせずに、尊重し合うようになりました。お店をマンパワーで引っ張るより、皆で一段ずつ階段を登っていく方がチームとしての結束力が高いと気づいたんです。メンバーには、料理人として一流を目指す人もいれば、経営者になりたい人もいる。独立したい人もいれば、ずっと【sio】でやりたいと言ってくれる人もいる。だから僕らは、それぞれに目標を掲げながらも、皆が互いの目指すゴールをリスペクトし合っています。
それはお客様に対しても言える大事なことで、お店に来るのは感度の高いグルマンの方もいれば、たまたまネットで知って初めて来てくれる方もいる。それぞれのお客様が何を求めているか、どうしたら喜んでもらえるか。相手を尊重して考えることが大切だと思います。【sio】では、お客様が気楽に料理を食べられる格好で来てくだされば、スーツでも、Tシャツ短パンで来ていただいても構いません。ご自分が食事を一番楽しめる格好で来てほしいですね。
──お店での鳥羽さんは、熱のこもったプレゼンをしたり、調理中もカウンター越しに生産者さんの話をしてくれたりと、とてもパワフルですよね。そのパワーはどこから来るのですか?
それも、お客様に楽しく過ごしてもらいたいという気持ちからだと思います。来店してから家に着くまでの間、ずーっと満足した気持ちのまま帰ってもらいたいんです。例えば、お客様が今日の料理に物足りなさを感じて、帰り道にコンビニ寄って何か食べちゃう、なんてのは嫌なんです。だから、デセールで出しているアイスには「最後に最高においしいアイスを食べて、大満足して帰ってもらいたい」という思いを込めています。それから、お店での時間をどうストレスなく過ごしてもらうかも大事。食べ疲れしないように、例えば、濃厚なアイスにハーブをあわせることで、あっさりとしつこくなく食べられるようにしています。「家に帰ったら気持ちいいまま寝れます」というのをやりたいんです。
人を楽しませることって、技術のもう一歩先にあるんです。レストランにおける、肉の火入れがうまい、魚をおろすのがうまい、といった自分の技術自慢では、お客様は喜ばない。そのもう一歩先にある、お客様に対する「愛情」があって初めて技術が活きてくる。技術は技術でしかなく、どう使うかによって初めて価値が生まれます。今、いいこと言いましたね、僕。(笑)
──鳥羽さんはどうして料理人になろうと思ったのですか?
Jリーグの練習生を辞めて小学校の教師をやっていた頃、テレビで同い年の選手が出ているのを見て、「自分の方がうまいのに……」なんて思っていた時期がありました。ある時、それがすごくダサいことだと気づき、何か違うジャンルで輝こうと思ったんです。両親が料理をやっていたことと、北欧の家具が好きだったこともあり、まずは代官山のカフェで働きました。でも、お店の場所柄、プロの料理人が客として来ることも多く、料理を出した時に「なんだ、こんなもんか」という顔をされるのが嫌で、一流の店で働きたいと思った。辞めてレストランで働きだしたらおもしろくて、料理の世界にどんどんのめり込んでいきました。
──そうこうするうちに、“料理業界を変えたい”と思うようになり、会社まで立ち上げた。行動に踏み出したきっかけは何ですか?
今のまま自分が60歳になったとき、料理人としての未来ってどうなんだ?
と思ったんです。料理人だって、例えばサッカー選手と同じように世間に認められてもいい。才能ある有名なシェフたちも、料理業界では知られていても、一般の人はその名前すら知らない。それが料理人の現実なんです。だからこそ、僕みたいな人間が外に向けて色々と行動したら、「こんなやつがいるのか」と、もっと興味をもってもらえそうじゃないですか。そういうきっかけをつくりたいですし、やっていかなければならないと思っています。
こういうことばかり言っていると、批判されることもありますが、僕は本気でやるつもりです。「何を言っているんだ」と笑われても跳ね返すだけの力がないと、十年後の定番なんて生み出せないと思っています。そこを覚悟をもってやっていけるかどうかだと思いますね。まずは自店でモデルケースをつくって、「あいつができるなら、やってみよう」と思ってもらいたいんです。
──パイオニアでありたい、ということですね。
そうです。今は料理がすべてではない時代。レストランの価値感はどの角度から見るかでガラッと変わります。料理がおいしいかどうかだけで料理人を判断するのは、もう時代に合っていない。レストランというものを通して、何を伝えて何をしていくかが大切だと思います。
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