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掛川 哲司
氏掛川 哲司氏 掛川 哲司氏
 掛川 哲司氏 掛川 哲司氏 掛川 哲司氏

フレンチの“エスプリ”を次の世代へ繋ぐ料理人

【au deco(おでこ)】掛川 哲司フレンチ

フレンチの名店【オーベルジュ オー・ミラドー】や【NARISAWA】で研鑽を積んだ後、独立して開いたのはビストロ【Ata】。その後も【グッドラックカリー】や、日比谷ミッドタウン【Varmen】など、カジュアルに食を楽しめる人気店を次々と開いてきた。そんな掛川哲司氏が、40歳を迎えてオープンしたのは、原点回帰ともいえる伝統的なフレンチ【au deco】。なぜ、いまクラシックなのか。掛川氏の思いに迫った。

Interview

原動力は“渇き”

『ボタンエビとウニのタルタル アイオリソース』。ブロッコリーのクレームの上にのったボタンエビは、茹でたての温かなブロッコリーの温度で甘味が増す

──掛川さんといえば、ビストロやカレー屋、商業施設への出店など、活動が多岐に渡りますね。そのどれも人気店というのはすごい。

ありがとうございます。こんなお店があれば絶対行くのに、と僕が思うものを形にしていたら、多業態になりました。代官山の【Ata】もそうで、僕らのような職業って、仕事が夜中に終わるじゃないですか。おいしいものが食べたいと思っても、ラーメン屋か居酒屋ぐらいしか開いていない。フレッシュな野菜や魚介、生牡蠣が食べれるお店ってないの? じゃあ僕がつくっちゃえって。夜中の2時までおいしい料理であたたかく迎え入れてくれるお店がやりたかったんです。それがなんとなく必要とされて、今もお客様がいらしてくれる。

──恵比寿の【グッドラックカリー】も、ランチには行列になる人気店ですよね。

欧風カレーにはたくさんチェーン店があるけど、当時、南インド系のスパイスカレーにはまだなかった。なので、スパイスカレーが食べたいなと思った時に、気軽に入れるお店をやりたかったんです。それから、他業態になることでスタッフの仕事の幅が広がればいいなとも思っています。【au deco】の出店を機に【Ata】の厨房を離れたのも、僕がシェフのままずっとお店にいるのではなく、次の世代に繋げたいという思いがありました。

──お店を残してシェフが移るという考え方なんですね。

はい。2代目がお店をより良くして、実力をつけて巣立っていき、3代目、4代目とシェフが変わりながら、20年も30年もお店が続いていってくれたら嬉しいですね。

明るさを落とした店内は、重厚感がありながらも温かみのある空間

──ところで、掛川さんが料理人を目指すようになったきっかけはなんですか?

両親が共働きで家に不在なことが多く、料理をつくる人がいなかったんです。リンゴをかじったり、毎日コンビニのパンや弁当を食べているうちに喉を通らなくなって、ちゃんとおいしいものが食べたくて料理を始めました。

──きっかけは「おいしいものが食べたい!」という強い願望だったのですね。

そうですね。僕の原動力は常に「渇き」だと思います。何かをしたいけど、できない。じゃあ自分がやろう、っていうのが、僕が新しい何かを始めるときの原動力なんです。修業時代にお世話になった、箱根の【オーベルジュ オー・ミラドー】に行くきっかけも「渇き」でした。

料理人になりたての頃の僕は、フレンチを学びたいのに学べない状態が6年続きました。就職する先がカフェや企業の社員食堂ばかりで、友達に「料理つくってよ」と言われても、「缶詰がないとつくれないんだよ」なんて状態でした(笑)。でも、フレンチをやりたいと思い続けていたある日、料理長が、そんなにやりたいなら【オーベルジュ オー・ミラドー】に行ってみる? と紹介してくれて。当時の勝又登シェフはとても厳しく、場所も箱根の山中で泊まり込み。新人には難しい環境だけれども、それでも行くかと聞かれ、気づけば4年もいた。フレンチがやりたくてやりたくて、「渇いて」たんです! コンソメをとるのも、最高に、感動的にうれしかった! だしのひき方から、料理人のあり方まで、勝又シェフにすべてを教わりました。

シグネチャーメニュー『タラバガニとカニ味噌スクランブルエッグのパイ包み焼き』は、季節によって中の蟹を変えながら、年間を通して楽しめる

フレンチの“エスプリ”を残すことが、
師匠への“恩返し”

──その後、現在の【NARISAWA】で3年修業、オーガニック料理店でシェフを2年経験。フレンチのクラシックからイノベーティブまでを学ばれて、独立して開いた【Ata】は、なぜカジュアルなビストロだったのでしょうか?

それは、よく聞かれましたね。きっかけは3.11なんですよ。それまでは独立したらイノベーティブをやろうと思っていました。そして、初めて料理人を辞めようと思ったのもその時期なんです。

──どうして、なりたくてしかたがなかった料理人を辞めようと?

震災があった2011年、僕は【デイルズフォード・オーガニック 青山店】のシェフをやっていて。レストランやデリカ、カフェを運営していたのですが、震災直後はお客さんが入らなくて。廃棄になってしまう食材の量が膨大だった。そんな時、テレビで被災地の状態を観て、東北で人が食べ物に困っているのに、時間をつかって廃棄作業をしているなんて、こんなに馬鹿げたことはない、と思ったんです。

それがきっかけで、独立したら、おいしいものを、楽しく、好きな人と食べる時間を手伝うお店を出そうと思った。「人とご飯を食べるのって楽しい、最高だよね」って感じてもらえる場所。「幸せだな」っていう瞬間をたくさん生み出せれば、それが一番いいなと思って、カジュアルなビストロの【Ata】を開きました。

4名までの完全個室。ヴィンテージワインを開け、気心知れた相手とゆっくり飲み明かす、そんな贅沢な時間を過ごすことができる

──料理人のあり方に悩んだ末、カジュアルなビストロを選択された。でも新店舗【au deco】は、伝統的なフレンチがテーマのレストランですね。なぜこのタイミングで?

昨年の10月にちょうど40歳になりまして。次の50代のために40代をどう過ごすか、何をするか、と考えていた時、たまたま【Ata】の常連さんがこの物件を紹介してくださったんです。今がタイミングかなと思ってお店を出しました。ちょうどその頃、【オーベルジュ オー・ミラドー】に行く機会があって。師匠である勝又シェフの背中を見て、「恥ずかしいな」って思ったんです。あんなに色んなことを教えてもらっておいて、ひとつもちゃんと恩返しできていないじゃないかと。

──“恩返し”ですか。

はい。僕らの世代って、勝又シェフのような先人たちがフランスに渡り、血肉を削って持ち帰った知識や技術を、情熱をもって教えていただけていた最後の世代だと思っていて。その僕らが、教わったことを次の世代に伝えないのは、罪だと思ったんですよ。だから、【au deco】でクラシカルなフレンチをやる理由は、原点回帰とか、現在のフレンチへのアンチテーゼなどでは決してなく、師匠への“恩返し”なんです。単純に僕がすごく好きなものだから。それをひねらずに、素直にお客さんに届けたい。色んな事に影響されずに、フランス料理が好きだというこの気持ちと、「フランス料理ってこういうものだったよね」っていう“エスプリ”が、僕らの追い求める、表現したいものですね。

フレンチとは“ロマンチック”な時間

──次第に薄れゆく、フレンチの“エスプリ”を改めて伝えたいという思いには、今の時代に対しての、ある種の危機感もあるのでは?

そうですね。フランス料理がどんどん広くなっていく中で、ワインを一本開けて、香りが変わっていくことを楽しんだり、リストを見ながらお客様とワインがどう出会って、どう食事を進めていくかなど、そういう本当の意味での“エスプリ”を置き去りにしてしまうには、早過ぎると思うんです。これから先、何十年も時代が進んでいく中でクラシックが淘汰されてしまうなら仕方のないことだとは思います。でも、それは僕の世代じゃない。まだ早いです。少なくとも、勝又シェフがいまだ現役でやられている以上は、僕は守っていきたい。

カリッとしたグルヌイユ、なめらかなジャガイモのピューレ、クリーミーなブルーチーズのソースが混じりあう『グルヌイユのフリット ニョッキとブルーチーズ』

──メニューに『グルヌイユのフリット』があることからも、クラシカルなものを残したいという思いが感じられますね。

グルヌイユ(カエル)こそ、ザ・フレンチだと思うので。そういう、おいしいのに無くなってしまうものを残したいんです。でもそれは、必ずしも伝統的な調理法だけでつくるという意味ではない。例えば、『グルヌイユのフリット』は食感を楽しめるよう和食の“おかき揚げ”をイメージして、カエルにおかきをつけて揚げていますし、『タラバガニのパイ包み』には、懐かしくてホッとする“お母さんの玉子焼き”のイメージで、スクランブルエッグを入れています。大事なのは“現代の中でクラシックをどう表現していくか”という考え方で、その中に“フレンチのエスプリ”がどう入っているか、というのが僕らのテーマですね。

パイ包みの中から、蟹とスクランブルエッグが顔を見せる。「カットした瞬間に香りが立つので、お客様に感じてもらえるようカウンターで切っています」

──クラシックがエスプリなのではなく、エスプリがクラシックにも内在するという考え方ですね。掛川シェフにとっての“エスプリ”とは、何でしょうか?

「ロマンチック」なものだと思います。僕は、基本的には女性をエスコートするものがフランス料理だと思うんです。“大好きな人に最高な時間を味わってほしいと思う気持ち”が“エスプリ”じゃないかな、と思っています。

ワインも同じで、何十年も前の液体が開封されることって、とても「ロマンチック」だと思うんです。料理と向き合ううちに、フレンチの基本はワインかもしれないと感じるようになりました。料理はもちろん必要ですが、料理が表現できることは、ワインが持っている力には勝てないのでは?と思うことがあります。自分たちの、この夜のためだけに一本開けて、飲み干してしまうなんて「ロマンチック」過ぎません? “エスプリ”って、ワインかもしれませんね。料理がワインに寄り添って、邪魔をせずにもっとおいしくなるようにつくっていく。これがフランス料理の根幹だと思います。

──ワインは古酒を中心に取り揃えてますね。最近は古酒を飲めるお店が少ないので、とても貴重だと思います。そしてお値段も高くない。

ありがとうございます。是非、味わっていただきたいので、値段も高く設定していません。こういうクラシックなフレンチをやるにあたり、料理と合う古酒が分かる専門家ときちっと仕事をしたいなと思って、ソムリエールの白仁田真澄と2人でお店を開きました。実は、彼女とは幼馴染で。彼女は東京のレストランで長年の経験があり、古酒を扱えるのを知っていたので、声をかけました。フランス料理はやっぱり、ワインがあってこそなので。

左から、NV ブリュット・レゼルヴ シャルル・エドシック、1997 ブルゴーニュ・ブラン キュヴェ・スペシアル ルモワスネ、1995 ピュリニー・モンラッシェ シャン・ガン レイモンド・デュルイユ・ジャンティアル、1995 メルキュレイ レニャー、1983 ジュヴレ・シャンベルタン ジョセフ・ドルーアン ※ヴィンテージワインのラインナップは随時変わります

──最後に、今後の展望をお聞かせください。

【Ata】を出した時は、30代。少し背伸びしたお店を出しました。【Ata】を離れる40歳になったときに、丁度、僕の等身大になったと思っています。この【au deco】もすごく背伸びをしていて。50歳になったとき、きっと僕がこの店をやるのがすごく自然になっていると思います。50代はホテルをやりたいので、だいぶ背伸びをするんでしょうね。そして、60歳でホテル王になるのかな、なんて(笑)。

──とても楽しみですね! ホテルというのは、やはり、勝又シェフの意思を受け継ぐという意味でしょうか?

そう、【オーベルジュ オー・ミラドー】のイメージですね。葉山マリーナで修業をしたこともあるので、葉山にホテルを建てたいと思っています。やっぱりこういう仕事をしていると、朝ご飯からディナーまで、全部をお世話したくなるんですよ(笑)。ホテルのブースやカフェもプロデュースさせていただいているので、そういうお仕事を経験しつつ、次の準備をしていきたいですね。

撮影/岡本 裕介 取材・文/関口 潤(ヒトサラ編集部) 2019.6.13取材

シェフの裏ワザ

「フレンチに欠かせないソースは、圧力鍋でとる」

例えばコンソメのように、滞留できないものにはつかえないが、滞留が可能なだしに関しては、全て圧力鍋でとっているという。「フォンドボー、フォンブランなど、普通は10時間以上かかるものを、圧力鍋だと1時間程度であがります」と掛川シェフ。ビスクやジュドキャナール、煮込みなども、3種類の圧力鍋を駆使し、仕上げている。

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