





シチリア料理を新たなフェーズに昇華する
郷土料理の冒険者
【L'ottocento(ロットチェント)】 樋口 敬洋氏 イタリアン
伝統料理を再構築するコース一本で、イタリア料理界を席巻してきたサローネグループの最新店は、アラカルトのオステリア。その真意を、統括シェフ・樋口敬洋氏のヨコガオから探ります。
シチリア料理を新たなフェーズに昇華する
郷土料理の冒険者
伝統料理を再構築するコース一本で、イタリア料理界を席巻してきたサローネグループの最新店は、アラカルトのオステリア。その真意を、統括シェフ・樋口敬洋氏のヨコガオから探ります。
――9月末にオープンしたこの【ロットチェント】ですが、店自体の企画は、樋口シェフがされたそうですね。
僕がサローネグループに入ったのが2005年。そして、イタリア修業の中で感銘を受けた「クレアティーバ」(*)のスタイルのコース一本で提供し始めたのが2007年のことなんです。その当時は、そういったスタイルの店はあまりありませんでしたし、他店がやっていないことでお客様をおもてなししたいという気持ちで始めたんです。でも、おまかせコースメインの店も一般的になってきて、自分の中でもちょうど10年経ったこともあり、新しい方法でお客様に喜んでもらえるものをつくらなければと考え始めた時期だったんです。結果、自分にとっての答えの一つがアラカルトでした。
――とすると、原点回帰としてのトラットリアというわけではないんですね。
そうですね。そもそも自分自身、サローネではアラカルトでやったことはないので、新たなステージだと捉えています。
例えば、コースだと3時間くらいかかりますし、料金的にもそれなりにします。そういった時間と予算が、お客様にとって”制約”だと考えると、それらを一回取り外して、新たな楽しみを提案したかったんです。なので、お客様によって1時間でも2時間でも、3000円でも1万円でもそれぞれの楽しみを見つけて頂きたいと思っています。オープンから10日経って、現在は、昼はパスタ屋、夜はイタリア居酒屋という空気感で運営できています。
――なるほど。
ただ、【ロットチェント】で始めたことがゴールではなく、様々なものを詰め込み、光が当たりそうな部分にフォーカスして行きたいと思っています。それを自分としてではなく、お店としてやっていきたい、お店はその発信拠点でありたいんです。
今までのコース一本のスタイルだと、『浅草開化楼』の不死鳥カラス氏のパスタを使うのも難しかったんですが、【ロットチェント】では使えます。コースという制約を外したために、できるようになった様々なこともありますね。
*伝統料理や地方料理を最新の技術をも駆使して再構築したイタリア料理
――料理に関しても、シチリアの伝統料理をベースにしていますが、なんて言えばいいんでしょうか…。
忠実にレシピや出し方を再現しているわけではないですね。
――でも、明らかにシチリアの空気は詰まっているところが不思議だともいえます。
和食に例えるならば、ご飯に脇にお焦げを乗せるようなものだと思っています。おでんの鍋底の大根でもいいです。お焦げの、あの香りとパリパリとした食感は最高じゃないですか。おでんにしても、鍋底で眠っていた大根のトロトロ感が、やけに記憶に残ってしまうということもありますよね。
それと同じで、僕がシチリアで味わった「時間や食体験」を凝縮したような味を追体験して頂きたいと考えています。
――具体的には、どんなところに表れていますか。
『たこジャガ』として出しているのは、イタリアでは『タコのインウミド』というメニュー名になるのですが、今うちで出しているものより、もう少したことジャガイモが独立して盛り付けられます。でも、『肉ジャガ』に親しんだ日本の方なら、もう少しごった煮感を出しても楽しんでいただけるのではと思い、そういったつくり方になっています。でも、そこには、僕が体験したシチリアのエッセンスはぎゅうぎゅうに詰まっている、と。
――これまでと違ったかたちでの再構築みたいなことでしょうか。例えば、伝統的なものをモダンに仕上げる従来の再構築ということではなく、そもそもこうだったのだろうというようなプリミティヴな料理を再構築しているような。
いやいや(笑)。そこまで言うとややこしくなるので、単に楽しんでもらえればいいですよ。
――その樋口シェフのバランス感覚の良さは、どこからくるのでしょうか。
もともとは料理に、あまり興味がなかったことも影響しているかもしれません。でも、大学生の頃、バイトしていたイタリアンの統括シェフの、イタリアでの修行の話が面白くて。いつも、食い付き気味で聞いていたんです。「海外に飛び込み、何らかの技術で生き残る」というサバイバルな感じに惹かれたんですよね。
それで、イタリア語も英語も分からず、おまけに料理にも興味がない状態で、大学を辞めてイタリアに渡ったりもしたんです。結果、その渡航は失敗に終わって一か月ほどで帰ってくるんですが、まあ、その時のリベンジみたいな気持ちで、日本で少し仕事をしてから、再度イタリアに渡ったり。
――それがシチリアだったんですね。
シチリアに行ったのは、偶然といえば偶然なんですけど、そこで食べたものは、「海外の味」としか言いようのない、自分にとっては衝撃的なものでした。それが、郷土料理を再構築した「クチーナクレアティーバ」になるわけですが、今みたいにコンテンポラリーな感覚は薄く、つくり込みすぎていない、ある意味で一番いい時期の「クチーナクレアティーバ」だったかもしれません。
――当時の印象に残っている料理はありますか。
例えば、魚のごった煮なら、魚をしっとりスチームで煮たものに、ごった煮を下に敷くといった具合なのですが、クリエイティブな料理には、より深い知識が無いと料理を再構築できないことも知るわけです。イワシのパスタやアランチーニの様などこにでもあるものではなく、例えば2~3百年前に伊勢海老のスープにターメリックを入れて煮込んでいたという文献からレシピを拾い、それを現代風に調理していくのです。その、シチリアの料理という枠から決してはみ出さずに、現代風にアレンジされている部分に鳥肌が立ちました。
――その当時から見て、現在の樋口シェフのいる場所はどんなところでしょうか。
今は統括料理長というポジションですが、あまり変わっていないんじゃないでしょうか。自分は、調理という意味での職人には、あんまり興味が無いんです。むしろ、店としての結果の方が大事。予約が取れないくらいの状態にするとか、行列ができるとか、月に10回行ってしまう熱心なファンがいるとか、そういった結果をどう導き出すためにお客様に何をご提供したらよいかという関心ですね。
代表の平も、GMの藤巻も、サローネグループのトップは皆同じで、主役でも脇役でも構わないタイプなんです。ディレクションはするのですが、自分が前に出たほうが結果が良くなると判断すれば主役を張りますし、逆に前に出ずに脇役に徹したほうがいいと判断すれば、皿洗いをしていてもいい。
今は、かつてのようにスターシェフがいれば、お客様が絶えなく来るといった時代でもないので、どんなお客様にも喜んでもらえるようにしたいな、と考えています。そのためには、しっかり店を見て行きたいし、見られる人を重宝するし、見られない人にはサポートをしていくことが大事です。そういった意味で、調理長ではなく、料理長でありたいと思っています。
撮影/玉川 博之 文/杉浦 裕(2016.10.10取材)
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