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  3. 「BOTTEGA」笹川尚平氏インタビュー
笹川尚平 氏 笹川尚平 氏 笹川尚平 氏
笹川尚平 氏 笹川尚平 氏 笹川尚平 氏

イタリア料理のボッテガ(工房)で
伝統と革新に挑み続ける職人

【BOTTEGA(ボッテガ)】 笹川 尚平 イタリアン

イタリアの郷土料理を突き詰め、追いかけ、日々探求して20年。そこには決まったレシピもなければ手順もない。あるのは経験に裏打ちされた技術と感覚と“もっと良くなりたい”という強い思い。それでも20年毎日打っている手打ちのパスタでさえ、“完璧”と思う日はないという。19歳のときに恋に落ちたイタリア料理に、毎日黙々と挑み続けるシェフからは、工房(ボッテガ)で仕事をする職人というイメージが頭に浮かぶ。オープンしてわずか10か月でミシュラン1ツ星に輝いた、今注目のイタリア料理のシェフに迫る。

Interview

たかがトリッパ、されどトリッパ

【ボッテガ】のスペシャリテ、『トリッパ、ギアラ、小腸の煮込み』

――このトリッパ、すごく濃厚でおいしいです! 小腸が入っているものはあまり見たことがないですね。

 おいしいでしょ? 普通はハチノス(トリッパ)だけですが、僕は小腸やギアラなども入れています。日本で作るイタリア料理ですから、ギアラや小腸など日本らしいモツをいれて作ったらおいしいんじゃないかなと考えて作りました。ワインと合いますしね。あと、普通はモツはゆでこぼすのですが、うちはゆでこぼすことはしません。信頼できる肉屋からきれいなモツを仕入れているのでモツのゆで汁もうまみとして考えています。ギアラとトリッパはゆでて、その煮汁を使います。小腸は香味野菜と別にゆで、合わせたものをオーブンで煮込む。オーブンで焼きながら煮込むことで、雑味を含んだ脂が熱で上にあがってくる。それを焼き切るイメージです。

――肉も大きく切られていてブリブリで存在感がすごいです。コクがあってパンチがある。下にしのばせたスカモルツァチーズがまたいいですね。

 そのチーズもいいでしょう? うちは一人のお客様もいらっしゃるから、全部飽きずに食べてもらえるように一つの皿の中で食べながら変化していくイメージで料理を作っているんです。あと、決まったレシピがないので、毎日作り方を変えています。トリッパにしても決まったものはありません。内臓の処理の仕方、脂の抜き方、煮込みの仕方、ボイルの仕方。焼く時間も数分単位から15分単位で変えたり。煮込みは奥深いです。目の前で焼くものでもないし、合わせるものでもない。仕込みの準備がすべてです。ライブ感が出せないだけに、そこに濃縮した様々な調理や自分にしかわからないこだわりがあるんです。でも、それってチリもつもれば……ではないけれど、お客様に必ず伝わる。カウンター越しにお客様の反応を見て、自分のやったことがいいか悪いかすぐわかるんです。たかがトリッパ、されどトリッパ。僕がイタリアで修業して一番印象に深く残ったのは例えばこのトリッパのような煮込み料理でした。

19歳でのめり込んだ“イタリア”という、魅惑の世界

――そもそも、なんでイタリア料理のシェフになろうと思われたのですか?

 15歳のときから料理人をやると決めていましたが、最初は中華料理の道に進みました。東京で中華料理のお店に入って修業をはじめ、休暇のときにはいろいろと食べ歩きました。そのときに自分の地元・富山にはなかったイタリア料理の文化に初めて触れる機会があった。そして触れれば触れるほど、その魅力にはまってしまったんです。料理だけでなく、言葉の響き、映画やファッションに至るまですべてがかっこよく思えた。お世話になった中華料理店が1年で移転することになり、そのタイミングでイタリア料理をやりたいんです、と話をして、そこからイタリア料理店で働き、イタリアに行く目標をたててお金を貯めました。

――中国料理からイタリア料理。全然違う分野への転身ですね。

 そう思えるかもしれませんが、実は共通するところもあるんです。中国料理に興味を持ったのもその文化や歴史にひかれて。僕が料理人になって一番最初に買った本『隨園食単』に大変影響を受けました。料理人としての基礎を学び古典を学ぶこと。地方料理を深堀りしていくのは、中国料理もイタリア料理も同じベクトルでできる。自分が好きな世界だとすんなりと移行しました。そこからイタリア料理の本もたくさん読みました。でもやはり現地で現地の食を体験したい。そう思いICIF(Italian Culinary Institute for Foreigners)の制度でピエモンテに留学しました。そしてその近くの【リストランテ・グイード】というピエモンテ郷土料理で有名なシェフの店で働かせてもらった。  初めてのイタリアの現場ということもあって、強烈なインパクトがあった。郷土料理に興味がある自分はいろいろと学ばせてもらいました。

笹川さんの愛読書。イタリア料理の本はもちろん、建築の本まで幅が広い

――イタリアはピエモンテだけで修業されたのでしょうか?

 イタリアには数年いて修業するつもりだったのですが、ちょうどテロがあった時期でビザ取得が難しかった。1年しかいられないなら、自分が興味のある地域はすべて行こうと思い、ピエモンテの後は、カンパーニャ、トスカーナと行きました。カンパーニャではベスビオ火山のふもとに住むシェフのもとで働いたのですが、みんな家族のように接してくれて。よく家に招いて家庭料理をふるまってくれました。カルチョーフィーの蒸し焼きなどが印象に残っていますね。トスカーナではスローフード協会に関るオーナーの店で働いて、キアーナ牛や豆料理、トスカーナ州の郷土料理を学びました。実はトリッパの煮込みの作り方のヒントはこの店にあります。あるときオーナーが米をゆでたゆで汁を飲んでみろという。「米のうまみが出ているだろう?」と。だだのゆで汁だけど、言ってみればズッパ・デ・リゾ(米のスープ)なわけです。オリーブオイルと塩だけでめちゃくちゃおいしかった。素材からでるものは“うまみ”なんだな、と体感したきっかけでした。

――イタリアに住んでいた頃のレシピ本を拝見しましたが書き込みがすごいですね。1日に何ページも勉強されている痕跡があります。

 短期間しかいられないから、限界まで学ぼうと思いました。各地で、「なんで、この食材使うの?」「なんでこの組み合わせ?」なんで、なんで、とうるさがられてもとにかく聞きまくった。そうしたら出会ったシェフたちがこの本いいから読んでみたら、と本を紹介してくれたりするんですね。取りつかれたように読みました。日本に帰ってからも、イタリアの郷土料理の原書をコツコツと訳し勉強してきました。

ボッテガの特等席はカウンター。シェフと気軽に話をしながら料理を楽しむことができる

丁寧に積み重ねる。積み重ねた時間が、
感覚を研ぎ澄ませる。感覚から美味が生まれる

――イタリアから帰国して、【アロマフレスカ】で料理人として経験を積み、その後姉妹店【カーザ・ヴィニタリア】のシェフになられましたね。なぜ【アロマフレスカ】で働こうと思われたのですか?

 イタリアに行く前に【アロマフレスカ】で食事をしました。行ってみて三カ月予約が取れないことが心から納得できる店だったんです。レストランとしてのバランスの良さがとても心地良かった。原田慎次シェフがつくる料理のおいしさはもちろん、サービス、タイミング、当時の自分でもわかるくらい完璧でした。この店ならではの丁寧な仕事、そのバランス感覚を学びたかったのです。

――そこから40歳までシェフとして【カーザ・ヴィニタリア】で働かれた。どんなことを学ばれましたか?

 トータル11年、いろいろなことを学ばせていただきました。原田シェフは僕の経験を本当に生かしてくれる方でした。【カーザ・ヴィニタリア】では一から店を作ることができたのもいい経験です。そして何より原田シェフから学んだことは、丁寧な積み重ねが大事だということです。

トリュフがたっぷりかかったタヤリン。トリュフの立ち上る香りと、バターとパルミジャーノのコクとうまみがタヤリンに絡まり至福の味わい

――そして満を持しての独立ですね。自分の店をやるならこうしよう、というイメージははっきりとあったのでしょうか。

 最初は20坪20席くらいの規模をイメージしていました。けれど、ピンとくる物件がなかなかなくて。この場所に出会うまでに7か月かかりました。当初思い描いていたのとは全く違う、9坪で地下の店。でも、こんな店ができるかも、とイメージが膨らんでいったんです。40代くらいのイタリア料理を食べ慣れた方に来てもらえる店。メニューは郷土料理を基本としたシンプルなもの。カウンターでワインと一緒にアラカルトで楽しんでもらいたい……。それには、この店だけのなにかシグニチャーが欲しいなと考えたときに絶対にやりたかったのが手打ちパスタです。イタリアではお店ごとにパスタも個性がある。職人が打つ“手打ちパスタ”はその店によって味が変わります。

【ボッテガ】の手打ちパスタ。上から時計回りに、全卵と卵黄で作るマルタリアーティ、タリオリーニ、卵黄だけでつくるタヤリン、全卵・卵黄でつくるトンナレッリ、セモリナ粉とイタリアの小麦と水でつくるカバティエッティ

――手打ちパスタのレシピや配合は何種類くらいあるのですか?

 そもそもレシピがないですね。その日の気温、その日の湿度、天気によってどんなパスタにするかを決めます。同じソースでも夏は軽めに、ならパスタはこんな感じだろうな、という感覚です。すべては経験から積み重ねてきた手の感覚で作ります。ほんの少しの微調整で大きく変わります。ですから常連のお客さんが同じものを頼んでもちょっとずつ味が違ってますよ。そういう感覚も、ある意味ライブ感じゃないかなって思うんですよね。わかるかわからないかのほんのちょっとの変化を楽しんでほしい。そしてカウンター越しに“今日のはこうだった”とか感想を言ってくれたらうれしいですね。

――笹川さんと話していると、本当に“ボッテガ”(工房)の職人という感じがします。

 でも、20年毎日手打ちパスタつくっていても、“完璧”と思ったことは一度もないです。自分でも、“こんなにやっても思えないもんなんだなあ”と改めて思うほどです。目の前にあるものを、どうおいしくするか。そういうことに集中して毎日ヒリヒリした感覚で料理していますよ。食材の仕入れ先とか調味料の銘柄などをとりたてて謳うことはないです。信頼している業者さんから入れたいいものをその時の状況で一番おいしく料理する。本当に、それだけです。先ほどのトリッパもそうですし、この黒毛和牛だって、部位はもちろん、その日の肉の状態で焼き方は当然変わります。

ピエモンテの修業先【リストランテ・グイード】はトリュフで有名なお店だったそう。「うちでも楽しみにしてくれるお客様が多いから」と12月から3月くらいまでの黒トリュフのシーズンは様々なメニューでトリュフが登場する

今も未来もイタリアの“地べたの地方料理”を追求したい。
そしてその魅力を楽しんで欲しい

――19歳のときにイタリアに魅せられて、21年経ちました。今思うイタリアの魅力はなんですか?

 イタリアの魅力は……。色々な方と出会って感じた、“温かさ”です。こんな知らないアジア人に対しても、みんな家族のように迎えてくれた。イタリア人の温かさは包み込んでくれる、ほっとする温かさです。料理もそうですね。トスカーナにいたときに、「パッパ・アル・ポモドーロ」(トマト味のパンのお粥)や「リッボリータ」(野菜のパン粥)を食べていたら味噌汁なくても全然さみしいと思わなかった。僕にとっての煮込み料理はそんなイタリアの温かさの原点なのかもしれません。

――これからどんなことにチャレンジして行きたいですか?

 まだまだイタリア郷土料理を深堀りできてないなあ、形にできてないなあと思うので、もっともっと追いかけていきたい。恣意的な創作はしないけれど、イタリア料理の基本を生かして、日本人がおいしいと思う料理にするのは料理人の使命だと思っています。だから、基本は守りつつも工夫はしていきます。原点を目指し、深堀りをし、イタリアの“地べたの地方料理”を提案して、その世界を楽しんでもらいたい。結局そこですね。

シックな雰囲気だけれど、リラックスできる。まさに大人が日常使いしたくなる空気感

撮影/佐藤 顕子 取材・文/山路 美佐(2017.12.11取材)

シェフの裏ワザ

「手打ちパスタ」

毎日5種類のパスタをお客様の来るタイミングにあわせて手打ちする。業務用の機械は使わずに、手で回すパスタマシンでつくるのが信条。「このパスタマシンだと、生地を触りながら調整できるからいいんです。ほんの少しの厚みの違いで食感が変わってしまう。粉の配合なども、季節や湿度、粉自体の乾燥度などを見ながら微調整します。調整する量は本当に繊細。少し手に粉をつけるかつけないかくらいの微差が仕上がりの差を生むんです」。緻密に自分の手の感覚だけでつくりあげるパスタの数々は、職人の手仕事から生まれる一級品。

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