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  3. 「はっこく」佐藤 博之氏インタビュー
佐藤 博之 氏佐藤 博之 氏佐藤 博之 氏
佐藤 博之 氏佐藤 博之 氏佐藤 博之 氏

サービスマンから鮨職人に転身し
“鮨のグランメゾン”を目指す心熱き料理人

【はっこく】佐藤 博之

食の名店が立ち並ぶ東京・銀座。とりわけ名だたる鮨店がしのぎを削るこの地に、握りで勝負する店がある。名は【はっこく】。店主の佐藤博之氏は、レストラン事業を広く展開するグローバルダイニングでサービスマンを務め、25歳のときに鮨の世界に入ったいわば “異端”。だが、【鮨 とかみ】に在籍していた時代には、マグロを極め、赤酢を使った独特の酢飯でミシュランの星を獲得。独立して自身の店【はっこく】を持ち、2年余りが経過した2020年には、支店として新たに【寿志團】をオープンさせた。いかにも順風満帆な料理人としての人生――。何故、彼にはそれが可能なのだろう。ご本人に話を訊いた。

Interview

発想の原点は「自分ならどうするのか」

1匹のマグロからわずかしか取れない頭の付け根部分を、赤酢のシャリと有明産の海苔で巻いた『突先』。佐藤氏の名刺代わりとなる一品。

——全32品のおまかせを一通りいただきました。トップバッターの「突先」と〆の「玉子」以外がすべて握りとは思いきりましたね。このスタイルに落ち着いた経緯を、まずはお聞かせください。

単純ですよ。自分が鮨屋に行ったら、鮨をお腹いっぱい食べたいからです(笑)。最近の鮨屋って、つまみから握りのおまかせコースが主流でしょう。それがお客さまのご要望なら仕方ないのかもしれませんが、鮨職人はやっぱり鮨を握ってこそ価値がある。それに、そもそも江戸前鮨の原点は握りじゃないですか。だったら、僕は潔く握りで勝負しようと。「30貫も出すなんて」と言われることもあります。でも、実際にお出ししてみると、皆さん、あったらあったで意外と食べちゃうんですよ。

秋刀魚の握り。「包丁の入れ方は常に研究している」と佐藤さん。芸術的な外観と絶妙な食感を両得する一貫だ。

——わかります。最初は途中で食べられなくなったらどうしようとそわそわしていましたが、最後まで気持ちよく完走できました。

それはよかった。お出しするタイミングにはとても気を遣っています。変に間延びすると、お腹が膨れますからね。また、お客さまの召し上がり方をそれとなく確認し、ペースが落ちてきたと感じたら、シャリを少なくして小さく握るようにしています。

——小さくてもしっかりと旨みを感じられる鮨です。

シャリには赤酢を使っています。うちでは「やま幸」さんという仲買さんのマグロをお出ししているのですが、これがふつうの酢飯だと負けてしまうんですよ。

佐藤氏の代名詞にもなっている、赤酢のシャリ。パンチが効いている。

——マグロの仲卸で日本一の「やま幸」さんですね。

ええ。「やま幸」さんとはもう長いお付き合いになります。僕らから欲しいマグロをリクエストすることもありますが、僕らのシャリも食べてもらっていて、それに合ったものを調達してもらうことがほとんどです。鮨は鮨職人の技術さえあれば完成する代物ではなく、目利きの仲買さんがいて昇華するもの。ほぼ毎日豊洲に出向いてコミュニケーションはきちんと取りますが、そのすぐれた目利きのセンスに全幅の信頼を寄せています。

——中盤にマグロの握りが5貫も登場。一方で、〆物や貝類などをバランスよく配置しているという印象を受けました。

やはり種類が多いので、その日の魚のコンディションによって提供する順番を微調整したり、同じ味が重ならないように工夫したりと、メリハリをつけるように心がけています。コースの合間に野菜の小鉢をお出しするのも、同じ考えからで、酢に慣れた舌をリセットしてもらいたいのです。手前味噌になりますが、お客さまが幸せな気持ちで店をあとにできるかどうかは、そういうちょっとした工夫にかかってくるのではないでしょうか。  いまの時代、おいしい鮨を出すのはあたり前。そのなかでトップを張ろうとするならば、“おいしい”をあらゆる方法で昇華させないといけないでしょう。だから、店名は【はっこく】。白黒はっきりつくまでは引き下がらない侍をイメージしました。僕にどれだけのことがやれるかわかりませんが、鮨職人として銀座という大舞台に立つチャンスを与えてもらったからには、とことんチャレンジしたい。そう思っています。

——屋号に込めた想い、熱いですね。

鮨屋の屋号には店主の名前が使われがちですが、それは自分の考えに即していないんですよ。僕の店にいるのは僕一人ではなく、若い職人たちが何人もいる。僕はみんなで一丸となって店をつくり上げていきたいですね。

鮨のグランメゾンをつくりたい

漆黒に囲まれたウェイティングスペース。ここで“はっこく劇場”への期待がぐっと高まる。

——ところで、かつてはサービスマンをなさっていたそうですね。

はい。19歳のときにアルバイトでグローバルダイニングに入り、ウェイターを経験しました。そこで人を喜ばせる楽しさを知り、そのまま就職。飯倉の【ZEST】では店長もやらせていただきました。

——それが、どうして鮨の世界に?

アメリカを旅したときに感じたんです。日本とはサービスの在り方が違う、日本でサービスマンをやるには限界があるのではないか、とね。そのうち、僕の実家が鮨屋だったこともあって、鮨職人という職業に興味が出てきました。カウンター越しに接客しますから、当然、コミュニケーション力が必要になる。となれば、これは究極のサービスマンかもしれないぞ、と。それからご縁をいただき、神泉の【鮨 秋月】で修業させてもらいました。鮨職人としての生き方は、ここで教わりましたね。

——「鮨職人としての生き方」とは?

僕なりの解釈ですが、ひとつひとつの事柄に真摯に向き合うこと。そうしていれば誰かが認めてくれて、出会いも広がっていく。そこでめぐり合った人と、今度はしっかり信頼関係を築いていく。それに尽きます。

——そして、ご自分の店を持った。「鮨のグランメゾン」を目指しているとのことですが、その心は?

フレンチのグランメゾンを訪ねると、料理はもちろん、空間やサービスに至るまで細やかな配慮が行き届いているのを感じます。一方、僕らがいる鮨の世界はどうか。まだまだです。ほぼ、カウンターですべてが完結してしまっている。それを否定する気はありませんが、僕なら、お鮨を楽しんでいただくと同時に、優雅な時間を提供したいと思うんです。サービスマン出身ならではの発想かもしれません。それで、まずはとウェイティングスペースを設けました。

——【はっこく】の店内にはカウンターが3つあって、それぞれが個室になっているのも特徴的です。どんな意図が?

カウンターに立って鮨を握るチャンスを若手に与えてあげたかったんですよ。でないと、辞められてしまう。せっかく同じ哲学を共有してやってきた仲間なのですから、もったいない。しかし、そうかと言って、18席のカウンターを1つつくって3人横並びで握ることにすると、若い職人は僕に気を遣うだろうし、僕も彼らの振る舞いが気になりかねない。お客さんにしてもそうだと思います。そこで、カウンターを3つ作り、それぞれを独立させることにしました。そして、それぞれに1人ずつ職人が立つ。もちろん、技術の差はあります。でも、僕の鮨だって500人、1000人を感動させられるレベルかと言われたら、そうじゃない。合う、合わないは絶対に出てくる。鮨は人が握るものですからね。でも、同じものを仕入れて、同じように仕込んでいるので、方向性にはブレがない。それに、鮨は握らなければ上手くならないんですよ。だから、鮨の未来のためにもどんどん経験を積んでもらいたいですね。

店内にある3つのカウンターのうちの1つ。定員は6名。障子で仕切られている、独立した空間。

鮨は人を幸せにするためのツール

——ところで、2020年には未曾有の事態が巻き起こりました。営業に変化はありましたか?

お客さまと従業員の安心と安全を確保できなければ、店を開けるべきではないと考えました。ただし、僕らも営業しないと生きていかれない。それで、緊急事態宣言が出ていた間は、全従業員を自宅待機とし、私が仕入れ、仕込み、サービスのすべてを一人でまかなって、1日4名様まで受け入れていました。

——コロナ禍に見舞われていたなかで、広尾の複合施設【EAT PLAY WORKS】に【寿志團】をオープンさせました。カジュアルな新業態で、注目を集めています。

「今日、お鮨を食べたいな」と思いついたら気軽に行かれて、好きなものを心置きなくつまめる、街鮨のような店をつくりたかった。僕は結婚して、子どももいるのですが、そうすると高級店には出かけづらいんですよね。店名は、想像できるかもしれませんが、「氣志團」さんからインスピレーションを得ました。以前、氣志團さんが主宰するフェスの、アーティストブースで鮨を握らせてもらいまして、そのとき、もじって「寿志團」という屋号を付けたんです。今回、新たにカジュアルなお店を立ち上げるということになり、その屋号と、ボーカル・綾小路 翔さんの愛情深い人柄が頭に浮かびました。それで、承諾を得て店名にしました。

——それから日本酒の酒蔵とも積極的にコラボレートしているらしいですね。

はい。お世話になっている酒蔵まで出張して、蔵人さんに鮨を握るという活動を細々とやっています。コロナ禍でイベントが減って日本酒業界も大打撃を受けているので、盛り上げて元気になってもらいたくて。現場の人と顔を合わせて酒造りに対する想いを聞くのはいいものです。 僕ら飲食人には、生産者と消費者をつなぐ役目がある。生産者さんと交流し、ものづくりへの想いを深め、それをお客さまにお伝えできたら最高じゃないですか。蔵人さんたちだって、自分たちのお酒がどういう料理と一緒に飲まれているかがわかったら、モチベーションが上がるのではないでしょうか。もちろん売り上げの数字からも想像はつくでしょうけど、やっぱり体験による理解には勝らないと思うんですよね。

——体験には勝らない。いままでの佐藤さんのお話にも共通することがありますね。では、最後に聞かせてください。ずばり「鮨」とは?

「人を幸せにするためのツール」です。僕は鮨を握ることしかできない。サービスすることしかできない。その中で若い子を育てて独立を支援したり、自分のまわりの大切な人たちが幸せになるお手伝いができたりすればいい。そのためには、先ほども申し上げましたように、一つ一つに真摯に向き合う。ていねいに鮨を握る。鮨を握る環境を整えてくれている仲買さんや生産者さん、スタッフ、そしてお客さまに誠実に応じる。あたり前のことですが、そのあたり前をまっとうする。そんな人間でありたいと、本気で思っています。

1978年生まれの佐藤さん。鮨を握る表情は真剣そのものだが、つかず離れずの接客で飽きさせない。

撮影/石井 宏明・岡本 裕介 取材・文/甘利 美緒 2020.11.2取材

味わいたい至極の逸品

「マグロ大トロ」

佐藤さんが【鮨 とかみ】にいた頃からしっかりと信頼関係を築き上げてきたマグロ専門の仲卸「やま幸」の、圧倒的な目利きが冴える大トロを握りに。シャリは、酒粕をしっかりと長期熟成させて、旨み、コク、香りが出たところに塩だけを足してつくった、シンプルな酢飯。だが、じつにパンチが効いている。大トロの旨みにまったく負けておらず、バランスが素晴らしい。口に入れた瞬間、シャリとネタの完璧なまでの共演にハッとすることうけ合いだ。

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