時代が移り変わっても選ばれる店。真摯な願いを店名に
店は、平安神宮のそばの閑静なエリアにある。半地下が一体となった空間とシックなトーンは、どことなく大人の秘密基地のようだ
――扉を開け、案内された客席は半地下に。いい意味で裏切られる、ゆったりとした空間ですね。
もともとフラットな空間だったのですが、スタッフ総出で地面を掘り起こして半地下フロアをつくりました。天井を高くして開放的にしたかったんです。大量に出た土は滋賀・信楽焼きの窯をお借りして、2500個のレンガへと再生。一つずつ、自分たちの手で成形しました。初めて来られたゲストが、階下を見て「あっ!」と驚かれるようすが厨房からもよくわかります。大きな窓越しに見える中庭も手づくりです。石(レンガ)とアイアンと、木。イタリアのレストランのイメージですね。時を経て鉄が錆びていく感じなども、店の味わいの一つとして楽しんでもらえれば。
シダ類が茂る中庭。ヨーロッパの雰囲気と、京都らしさが絶妙に溶け合う
――店名の「cenci」には、“古い布”といった意味があるとお聞きしました。
フィレンツェ地方の方言です。学生時代、ロンドンに短期留学をしていた頃に仲よくなったイタリア人が働いていたのが「cenci」という戦前の服などが並ぶ古着屋でした。週末にはイタリア料理を振る舞ってもらい、そのとき食べた人生初のカルボナーラが絶品で、のちにイタリアに行くきっかけになったほどです。彼に店名の意味をたずねたとき、「新しいものを考え出すことも大事だけれど、30〜40年経っても選ばれ、着続けたいと思える服って素敵じゃない?」と言われたのに感銘を受けて。まだどんな職に就くか考えていなかった、20歳頃です。
もともと、前衛的なものだけを追い求める料理にはしたくなくいと思っていました。トレンドや世界の動きを知ることは重要ですが、昔ながらの京料理の組み合わせ、たとえばお揚げと青菜の炊き合わせってすごくおいしい。じゃあそのエッセンスってなに?と、掘り下げて分解・再構築して、レストランで出せる一品へとつくりあげる。そこに魅力を感じていたので、「古いものを温める」という意味でつけました。温故知新、不易流行、僕の好きな言葉にもハマるなと思ったんです。
タケノコと、鮎。
京都らしさが軸の2つの料理
「僕、すごいタケノコに執着を持ってるんです(笑)。毎年いかにおいしく炊き上げて、香りとともに表現するかを考えています。和食屋さんに行くと、それぞれの店にこだわりがあるので参考にしています」と坂本シェフ
――今日のお料理は、この時期ならではのタケノコ、それから鮎も京都らしい食材ですね。
タケノコが大好きでして……。毎年いかにおいしく炊き上げて、香りとともに表現するかを考えています。究極にやわらかい若竹煮など、この時期の和食屋さんでは、それぞれのこだわりが感じられますよね。それをcenciでは、どう違う角度から素材の旨さを引き出せるのかな、と。
いま取り引きしているのは京都・塚原の田原農園さん。ここのタケノコがとてもおいしいんです。一年かけて土づくりをしながら、やわらかいタケノコを育てている。そのていねいさのおかげで、まったくアクが出ません。最近は、アク抜きのための糠(ぬか)を使う必要がない。塩水でゆがいて、その茹で汁がおいしいのでだしとして料理に使える、というのが今年の発見です。すごく甘くておいしいのはもちろん、タケの香りが凝縮されたゆで汁だからこそできるシンプルなリゾットです。
タケノコの香りと旨み、お米の甘みを存分に感じる逸品。素材のおいしさが極限まで出ていて、季節感もひとしお
――聞いてるだけでおいしそうです。鮎はどのような料理に?
ずっと京都でやってきたので、「京都らしさってなんだろう?」ということをつねに意識してきました。鮎といえば、夏の京都の風物詩ですよね。定番の塩焼きとは違うけど、十分においしい、という一皿にしたくて、毎年新しいアプローチで挑戦しています。
今日はフライにしますが、仕上げに骨を揚げたものを添えます。ギリギリまで身が落とされて、まるで標本のような。これが付くことで皿の上に躍動感が生まれ、料理のレベルが一段上がります。そして、フライといえばタルタスソースですね。みんなが好きな味だけど、マヨネーズを使うと油脂感が強くなってしまう。かわりに、岡山県の吉田牧場さんのコクのあるリコッタチーズにアスパラの根のピクルスを加えて、それに近い口あたりを再現しました。
生きた状態で滋賀県から届いた鮎。オーブンで絶妙に火を入れることで、きれいに骨を抜いていく
――生産者とのつながり、そして素材を大事にされているのが料理から伝わってきます。
米も生ハムも、それから器も、つくり手の姿勢に共感したものばかりです。ご縁でつながった生産者さんの思いまで、表現できるレストランでありたい。信頼できる食材だからこそ、何層にも味を重ねるよりはその一歩手前、シンプルな素材感をお皿の上に残したいと思っています。
チームで思いをひとつに。
めざすは100年後の京料理
2021年3月に発表された「アジアベストレストラン50」のバーチャル授賞式。左から【ヴィラ・アイーダ】小林寛司シェフ、【エテ】庄司夏子シェフ、【チェンチ】坂本健シェフ
――海外のシェフをはじめ、多彩なジャンルの業界の方たちとも親交が深いとか。
海外のシェフとの交流は、【IL
GHIOTTONE】時代に海外のプロモーションイベントを経験させてもらったことが大きいですね。料理人に限らず、ほかの業界の人と話す機会は多いほうかな。違う視点で【cenci】を見ることができますし、つねに世界を広くして刺激を受けることが大好きです。
最近では、「あしたの畑」というNPO法人の設立メンバーとして活動しています。紙職人、ガラス作家、木工、陶芸家など、多彩なジャンルの7名が集まり、日本の豊かな風土を未来につなげるためには? ということを一緒に考えています。業界は違いますが、「ものづくり」という視点はみんな同じ。つくる過程で、ストーリー性をとても大事にしている。料理に置き換えると、「なぜこの食材を選ぶのか」ということですね。背景もきちんと語れないと、と刺激を受ける日々です。
坂本シェフの言葉の節々に、「チーム」に対する思いと、たえずシェフ自身が向上心に溢れていることがうかがえた
――【cenci】の料理はイタリアンというより、日本料理に近いと感じました。
笹島さん(【IL
GHIOTTONE】のシェフ)が「もし、イタリアに京都という洲があったら」とコンセプトを掲げていたので、料理長をしていた頃から「イタリア料理らしく」というのはつねに意識していました。だけど、独立して海外のシェフと交流するようになったとき、自分が育った場所・好きと思えるものを大事にするべきだと思うようになったんです。意識すべきは「イタリア料理であるかどうか」ではない、と。料理人ごとの“色”を生かした表現なら、海外のシェフに対しても胸を張ってアイデンティティを語れますよね。
いまの思いは「100年後の京料理をめざす」です。イタリア料理の世界観、おいしさの方程式はもったまま。そこに自分の生まれ、京都というものを反映させた料理観をもって厨房に立ちたい。やがて共鳴する料理人が出てきて、「京都に行くと、最近ああいう料理がよく出てくるよね」と言われるようにまでなれば、もう京料理として認められたことと同じじゃないですか。まだまだずっと先、そう、100年後かもしれませんが(笑)。
――「100年後の京料理」、とても心に響きました。その思いはいつ頃から?
ソウルやシンガポール、香港などでイベントを重ねるうちに、少しずつでしょうか。海外のシェフのしなやかな料理観にふれ、個性豊かなローカルフードを口にするたび、組み合わせの妙に感動して気持ちがシフトしていきました。しぜんと、「身近な京都の食材で再現するなら?」と考えるようになりました。同時に、自分が体験してきたこと、訪れた国の空気は【cenci】で共有して、チームがおもしろいと感じていること、いま伝えたいことを表現できるレストラン。それって楽しいよね、とも感じていました。
――いまは、お客さまからのどんな言葉がいちばん嬉しいですか?
だからか、「いいチームだね」と言われるのがすごく嬉しいですよ。すべてがよく回っていないと、言ってもらえない言葉です。おいしいし、みんな楽しそうだし、気遣いができて、なんかすごくいいよね!って。先日の「アジアのベストレストラン50」入賞も、チームを認めてもらえた結果だという喜びが大きかったですね。日頃から頑張るスタッフたちへ、恩返しができたと思っています。
――チームの思いに共感したゲストが足を運び、一緒に楽しんでくださるのですね。いいチームづくりをするために、心がけていることはありますか?
うーん……ぼく、チームに、そんなに決めごとをつくっていなくて。料理の説明もマニュアルはなく、それぞれが感じたこと、伝えたいことを自分の言葉で発してほしい。あとは、なるべくコミュニケーションしやすい雰囲気づくりですね。自分も成長を止めたくないし、これからも現場で料理をし続けたい。オーナーシェフの自分がいてもけっしてチームのトーンが下がらず、意見がフラットに飛び交うようにと、心がけています。ぼくは、なんでも言いやす過ぎるみたいですが(笑)。
――素敵なチームですね。最後に、ご自身が感じる【cenci】の強み、そして未来への意気込みを教えてください。
オリジナリティーというのかな、いろいろな料理の見せ方ができる幅の広さがうちの店の強みですね。京都の食文化は独特で、ちいさな町に数えきれないほどの料理屋さんがある。そのなかで、「京都に行くなら、まずは【cenci】。日本料理はどこにしようか?」と、一番目に選んでもらえることが目標です。これからも「チーム・cenci」で、100年後の京料理になることをめざしていきますよ。
撮影/西尾 温 取材・文/外園 佳代子 2021.4.27 取材