





失われつつある日本の食文化
“だし”の物語を紡ぐ人
【木山(きやま)】 木山 義朗氏 日本料理
「カッカッカッ」と目の前で削られる鰹節の音に思わず引き込まれる。美しいガラスの作家もののボウルに、黄金色のだしが注がれると客席中にふわっといい香りが広がった。日本の食文化の基本となる“だし”をゲストに印象づけたコースは日本人のDNAに響き、訪れる人々を魅了してやまない。開店後1年経たずにミシュランの星を取り、予約困難店となった名店の料理人に取材した。
失われつつある日本の食文化
“だし”の物語を紡ぐ人
「カッカッカッ」と目の前で削られる鰹節の音に思わず引き込まれる。美しいガラスの作家もののボウルに、黄金色のだしが注がれると客席中にふわっといい香りが広がった。日本の食文化の基本となる“だし”をゲストに印象づけたコースは日本人のDNAに響き、訪れる人々を魅了してやまない。開店後1年経たずにミシュランの星を取り、予約困難店となった名店の料理人に取材した。
――お客様一組ずつ目の前で、鰹節を削るところからだしを取る。すごく印象的なシーンでした。誰もやっていなかったことをやってみようと思ったきっかけはなんですか?
私は【和久傳】で15年半仕事をさせてもらいました。自分の店を出そうと思ったときに、どういうお店をつくろうか、【和久傳】で総料理長を務められていた岩崎武夫さんに相談しました。すると、「今は削りたての鰹節でだしを取ることが無くなりつつある。その文化を継承するという意味でも、お客様の目の前でやったらどうか」と提案されました。その提案に共感し、“だしを目の前でとる”ということを決めて店づくりを考えたんです。さらに“水の縁”もありました。店の場所を決めて、工事をしていたときに、担当していた工務店の知り合いの井戸を掘る方が、「この場所は、いい水脈がある。掘ったら良質な水が出ますよ」と教えてくださったんです。そういうことなら、と掘ってみたら、本当にいい水が出たんです。水の縁を感じ、ますます日本料理の根幹でもある“だし”をキーにした料理をお客様に出そうと思いました。
――コースの最初に井戸水を少し温めた白湯を出してくださいますね。それも、料理を支える“水”と“だし”についてゲストが意識する序章になると感じました。
だしをつくる水の味をまず知ってほしいと思い、お出ししています。お席に着かれて、ほっと一息ついてもらうのに、うちのすべてのお料理の基本になっている井戸水でまず口を潤していただく。コースの“メイン”は椀物ですから、そこへの流れというのはやはり考えました。たとえば、コースは飯蒸しから始まり、小吸い物に続くのですが、小吸い物はメインの椀物のだしとは違うもの、つまり“昆布と鰹のだし”以外のものでつくるようにしています。すっぽんや、ハマグリや鮑などの貝のおだしなどを使ったものですね。違う旨みをもってくることでメインの椀ものとの違いを感じてほしいんです。
――なるほど。確かにそうでしたね。そして旬菜を挟んでいよいよ椀物です。一人でも大勢でも、来たお客様一組ごとに目の前で鰹節を削るところから始まりますね。大変じゃないですか?
大変じゃないですよ。これがやりたくて店やってるんですから。好きでやっていることって、“大変”だなんて思いませんよね? お客様の目の前で鰹節を削るための削り箱も特注しましたし、昆布だしとあわせて濾す器も、作家もののガラスの器を見つけたりして自分でも楽しみながらやっています。
――とはいえ、手首、痛くならないか心配です。
痛くはならないけれど、このスタイルをずっと続けていきたいから、手首を大切にするようになりました。お風呂でも桶をかついで手首で返してお湯をかけることをしなくなったり(笑)、日常的な動作でも気を付けるようになりましたね。
――昆布と鰹と鮪の節、というブレンドは【和久傳】のときと同じですか?
はい。【和久傳】のときから、昆布、そして荒節、本枯節と鮪節でだしを取ってましたので基本的に変わっていません。昆布は3~4年寝かせた香深産の利尻昆布です。井戸水に昆布を入れて2日間冷蔵庫で水出しします。それを80℃に温めたものに、削った三種の節を客前であわせています。少し置いてから濾してだしの完成です。
――目の前で合わせて、濾してだしをとるときに、だしの香りが広がるのがいいですね。そして、だしだけをお猪口で味見させてくださいます。なにも味つけをしていないのに、それだけでおいしかった。
だしはいい香りがしますね。そしておだしの色は本当に美しいと思います。けれどおだし自体はあくまで食材だと思っています。そこにほんの少しの塩味を加えることで料理になる。その違いを知っていただけるよう、おだしだけでちょっと味見をしてもらってます。味つけは、だしに極力雑味を加えないため、卵白と塩を練って、灰汁を濾した塩水とほんの少しの薄口しょうゆでお椀に仕上げています。
――確かに、最初にそのままでいただいたおだしと、お椀になったときのおだしは違いました。入っている食材の旨味や香りがだしに移って、その変化もまた楽しいですね。
まさにそうなんです。そういう変化も感じてほしいです。お椀の飲み終わりの最後の一口にちょうどよくなる塩梅を意識して味をつけています。そうすれば余韻が長くなる。そう教わってきました。
――木山さんはそもそも、なぜ料理人になろうとしたのですか?
食べることが好きだったんですね(笑)。あとは文化的なことが好きでした。進学校だったのですが高校を出て皆が大学に行くなか、僕は仕事がしたかった。たまたま中学・高校とフグ屋や焼き肉屋でバイトしていて飲食業に興味が沸いて。僕の頭の中には和食しかなかったので、父親が紹介してくれた地元の岐阜の料理屋に入りました。18歳のときですね。
――その後に【和久傳】に入られた。
最初の修業先の先輩に「和食をやるなら京都に行ったほうがいい。日本一は【和久傳】だと思うから、そこに行け」と言われたのがきっかけです。【和久傳】は、本当に僕の身と血と骨です。私という人間すべてが【和久傳】できていると言っても過言でないくらい、たくさんのことを教わりました。第二の実家のような気持ちです。
――19歳で【和久傳】に入られて6年は本店で働いて、25歳のときに京都駅構内にある【はしたて】創業の料理長に。若くして料理長とはすごいですね。
【和久傳】は年齢関係なしに若い人間にもチャンスをくれる場所でした。【はしたて】の料理長にと言われたとき、最初はお断りしたんです。当時、私は本店の煮方を担当していて、もっと師匠のもとで勉強したいと三回お願いしました。それでもやってほしいと言っていただいたので、料理長をお引き受けしました。25歳で現場40人の方と働くことになり、右も左もわからない。年上の方もたくさんいる。この中でやるのかと途方にくれました。でも、とても勉強になった。自分の原点がここにあるとも感じています。ですから【木山】の〆ご飯には、僕のルーツでもあるという思いを込めて【はしたて】の名物である季節の丼を小丼にしてお出しています。
――【はしたて】で3年料理長をつとめられた後、29歳で【京都和久傳】の料理長に就任。このころには、少し自信もついたのでは?
いや、まったく自信なんてつきませんよ。今度は50人の方と働くことになり、【はしたて】の頃よりも年上の方もたくさんいらっしゃいました。どういい店にしていくか、答えなんてわからない日々がずっと続きました。よく「苦労されたのでは?」と聞かれますが、苦労なんてしていません。苦労を感じる暇がないんです。目の前のことにただただ必死でした。今でも自信なんてありませんし、自分ができることを必死でやる、その毎日です。でも、本当にこの仕事が好きなんでしょうね。嫌だとか、辞めたいだとか思ったことは、不思議と一度もありません。
――そうして【木山】を開店、瞬く間に人気店になられました。おだしのおいしさもさることながら、木山さんのお料理は一品ごとに一口目がはっとする香りや味わいがありますね。
そういっていただけると嬉しいです。僕は特に切り方がどうとか、味つけがどうとか、そういうことにこだわりはありません。けれど、一品一品に思いを込める、ということは大切にしています。人の思いを大切にしたい、とはよく思っていて、食材選びも器選びも基本的に“人の顔が見えるもの”を使っています。人の顔が見える、ということは、その人の思いが込められているということだと思っています。距離や場所は関係ありません。食材は料理長をやっていたときにお世話になった仕入先からがメインです。魚は三重県駿河湾、丹後、北海道のものが多く、野菜は近隣の農家さんのものですね。
――僭越ながら、個人的に木山さんの器使いがとても好きです。
器は古いものと新しいものを混在して使っています。すべてはご縁。ギャラリーの個展などに足を運んでお目にかかって好きになったものが多いです。お世話になっている作家さんは、村田森さん、菊地克さん、辻村塊さん、岸野寛さん、佃眞吾さん……。魅力的なお人柄の方がつくったものには、やっぱり惹かれてしまいます。『ウニの玉締め丼』の器は7世紀の山茶碗を写して知り合いの古美術商の方がつくってくれたものです。
――やっぱり器も食材も料理も、人の“思い”を感じるものがいいですね。
今僕がしていることは、自分が積み重ねてきたこと、いいと思うことをさせていただいてるだけなんです。でも、そこに生産者、器の作家さんの思い、師匠から教わってきたことへの思い、お客様への思いはきちんと込めたい。そこは大切にしたいと思っています。
撮影/黒岩 正和 取材・文/山路 美佐(2018.3.17取材)
独立から20年の今だから、さらなる守破離の精神で“新華”を表現する
中国料理2024.12.10 取材
おいしさの頂点を目指し、オーソドックスを極め続けるレジェンド
鮨2024.8.21 取材
三つ星和食店出身、仏人シェフが生み出す「極上のボーダレス」
ウルトラ・キュイジーヌ2024.5.28 取材
世界で勝負するために選んだ「鮨職人」の道
鮨2024.3.13 取材
世界を旅する大野氏、福岡の地で新展開
フランス料理2024.1.13 取材
【kiki harajuku】野田氏、日本料理に転身
日本料理2023.12.26 取材
パリが認めた星付きシェフ、虎ノ門ヒルズからの華やかな挑戦
フランス料理2023.11.27 取材
温め続けた「ターブル・ドット」でもてなす、第3章が始動
フランス料理2023.9.12 取材
YouTubeから広がる、料理の楽しさを伝える店
イタリア料理2023.7.28 取材
「デザイナー」として、宝石のような鮨を世界に発信する
鮨2023.7.24 取材
アジアNo.1ピザ職人が東京に!
ピッツァ料理2023.6.12 取材
「自由への翼」を得るための小型店舗のあり方
フランス料理2023.4.17 取材
「いま、食べたい」気持ちに応えるテンションの高い料理
イタリア料理2023.2.27 取材
アジアのトップシェフ二人がコラボした新店とは?
イノベーティブ料理2023.2.21 取材
三つ星仕込みの技をカジュアルな価格で
アメリカ料理2023.2.2 取材
人気YouTuberシェフ・「George ジョージ」が独立した理由
フランス料理2023.1.17 取材
蕎麦屋の地平を切り拓く
蕎麦2022.12.5 取材
「お客様ファースト」から生まれる幸せの循環
イタリア料理2022.11.7 取材
「100年続くレストラン」の一部になるということ
フランス料理2022.10.12 取材
滋賀・湖北の風景を料理に託して
イノベーティブ2022.9.11 取材
「僕は仕事ができない」――コロナ禍に安定した肩書きを捨て、46歳での転身
フランス料理2022.7.11 取材
生態系を旅する料理――南米1位のシェフが 東京で表現するもの
イノベーティブ・ペルヴィアン2022.6.29 取材
負けてよかった――「鉄人」の経験から学んだ料理との向き合い方
中国料理2022.5.5 取材
料理は時代を映す鏡。「鉄人」が考える、飲食業界の形
中国料理2022.5.2 取材
「日本文化の現代語訳」を表現、23歳の若き料理人
和食2022.4.3 取材
「失敗したら死のうと思っていました」
イノベーティブ2022.2.25 取材
最高級の食体験をカジュアルに。
イタリア料理2022.1.19 取材
「伝統と革新」~新時代のホテル料理長~
フランス料理2021.12.6 取材
“シャトー” を受け継ぐ
初の日本人シェフ
フランス料理2021.12.8 取材
世界の舞台で戦う、
たった3卓のレストラン
フランス料理2021.11.8 取材
“好き”を突き詰めた世界で、
ガストロノミー界に新風を
フランス料理2021.10.4取材
時代が求める声に耳を傾け、
食の世界を通してつくる、幸せのカタチ
イタリア料理2021.9.7取材
日本の繊細な季節感を精緻な技で表現、日々昇華されていくフランス料理を
フランス料理2021.7.28/8.6取材
しなやかなアイデンティティとチーム力を誇りに“100年後の京料理”をめざすシェフ
イノベーティブ・イタリアン2021.4.27取材
畑とレストランを両立し、真の「Farm to Table」を実践するシェフ
イノベーティブ2021.4.26取材
今日の自分にできることを全力で考え、ひたむきに取り組み、笑顔の連鎖を紡ぎ続ける料理人
日本料理2021.2.4取材
「当たって砕けろ」精神と圧倒的な頼られ力を持ち、料理界で独自の存在感を放つ
ステーキ2021.1.29取材
「カリナリープロデューサー」という肩書を持ち、食の世界に新しい価値を創造するシェフ
フランス料理2020.12.1取材
サービスマンから鮨職人に転身し
“鮨のグランメゾン”を目指す心熱き料理人
鮨2020.11.2取材
パスタで”世界”をとった
若き日本人シェフ
イタリア料理2020.3.25取材
研究を重ねて編み出した
唯一無二の“白いとんかつ”職人
とんかつ2019.11.20取材
中華の枠を飛び出し、
世界を旅して自分を見つけた料理人
中華2019.08.27取材
フレンチの“エスプリ”を
次の世代へ繋ぐ料理人
フレンチ2019.6.13取材
人と土地に眠る記憶を、
清らかな料理に仕立てるシェフ
モダンスパニッシュ2019.04.18取材
謙虚に向き合い、
真摯に遊ぶ“中華料理の達人”
中華 2019.3.6取材
パリ凱旋帰国後に挑戦する
新しいシェフの形
フレンチ 2018.11.28取材
料理業界に新たな価値観を
提示する革命家
フレンチ 2018.8.27取材
日本の大地の恵みを
鮮やかな感性でイタリア料理に昇華
イタリアン 2018.5.24取材
失われつつある日本の食文化
“だし”の物語を紡ぐ人
日本料理 2018.3.17取材
美しい旋律のように
記憶に残る料理をつくる人
フレンチ 2018.3.7取材
イタリア料理のボッテガ(工房)で、
伝統と革新に挑み続ける職人
イタリアン 2017.12.11取材
日本料理 2017.10.12取材
フレンチ 2017.7.27取材
フレンチ 2017.7.19取材
寿司 2017.5.17取材
中華 2017.4.13取材
フレンチ 2017.1.25取材
フレンチ
イタリアン 2016.10.10取材
日本料理 2016.6.24取材
日本料理 2016.5.24取材
イタリアン 2016.4.17取材
焼肉 2016.4.7取材
フレンチ
フレンチ 2014.9.2取材
イタリアン
フレンチ
フレンチ 2015.11.20取材
京料理 2015.10.26取材
フレンチ 2015.10.12取材
フレンチ 2015.9.22取材
フレンチ 2015.3.7取材
日本料理 2015.7.8取材
フレンチ 2015.3.5取材
イタリアン 2015.2.9取材
寿司 2014.12.12取材
フレンチ 2014.11.18取材
フレンチ 2014.10.15取材
フレンチ 2014.6.18取材
イタリアン 2014.8.14取材
イタリアン 2014.7.10取材
イタリアン 2014.7.7取材
寿司 2014.6.5 取材
西洋創作料理
フレンチ
日本料理 2014.11.20取材
中華
日本料理
和食
フレンチ
イタリアン
中華
イタリアン
カフェ
イタリアン
フレンチ
日本料理
中華
日本料理
日本料理
フレンチ
イタリアン
フレンチ
アジア料理
イタリアン