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  3. 「星のや東京」浜田統之氏インタビュー
浜田 統之 氏 浜田 統之 氏 浜田 統之 氏
浜田 統之 氏 浜田 統之 氏 浜田 統之 氏

今の時代へのアンチテーゼを
美しい料理で表現するフレンチシェフ

【星のや東京ダイニング】 浜田 統之 フレンチ

2013年、世界中のフランス料理人たちが頂点をめざす「ボキューズ・ドール」で日本人初世界3位、魚部門で世界1位に輝いた浜田統之シェフ。一気に注目を集めた彼がつくる、軽井沢という地を最大限生かした独自のフランス料理を求め、当時彼がシェフを務めたブレストンコート【ユカワタン】には世界中から客が訪れた。そんな浜田シェフが2016年7月オープンした【星のや東京】の料理長に就任し「NIPPONキュイジーヌ」と名づけた料理で新たな境地を開いた。“魚と野草”に特化した一皿ごとに、自身のメッセージを込める気鋭のシェフに迫る。

Interview

長野から東京へ。制限することで見えてきた
“日本”を表現する料理

――【ユカワタン】から【星のや東京】のシェフに抜擢されたとき、東京ではどんなコンセプトで料理を作ろうと考えましたか?

 正直、どういうコンセプトにしようか本当に悩みました。テーマは信州から“日本”にぐっと広がった。“日本らしいものって何だろう”そう自問自答する毎日でした。築地や大田市場にももちろん通って考えました。けれど、“ありすぎて”かえってわからない。色鮮やかで種類が多くて、世界中のものが手に入る。こんなに食材があるのに本当に自分が使いたいものが見つからない。そこに、日本の今のあり方のいびつさを感じました。遠く離れたイタリアの野菜よりも、各地の伝統野菜に興味がありましたが、なかなか手に入らなかった。最初、メニューが浮かばなくて、本当に苦戦しました。

――流通が発達し、なんでも揃うのは東京のいい所のように思えるけれど、それはメリットには感じられなかったんですね。

 軽井沢にいたときは、「東京にないものをやってやろう」と考えて、清らかな水が育む信州にしかない豊かな山の恵みに目が向き、「水のジビエ」というコンセプトをつくりました。その土地に昔からある、ありのままの素晴らしい食材だけを使うという“制限”から生まれたものです。そこで、日本という広義に制限をつけるとしたらどうすればいいかを考えました。“ありすぎる”状態から、本来の意味で“日本の食材”っていったい何かと限定する。一見、良いものが豊富に揃うように見えて、日本にはナチュラルでいい食材が本当に少ない。そこに光をあててみようと思い、「NIPPONキュイジーヌ」のコースの根底にある“日本の天然食材だけで料理をつくる”というコンセプトが生まれました。

――それはある種、豊かな食材に溢れているように見える時代へのアンチテーゼでもあるのでしょうか?

 そういう部分もありますね。【星のや東京】開業直後は、自分が思う“日本らしい”食材を市場からとっていましたがしっくりきませんでした。和牛なども使っていたんですけれど、おいしくなるように手をかけて育てているものじゃないですか。もっと自然のままに育ったものに魅力を感じ始めたんです。
 僕たちのルーツを考えれば縄文時代にさかのぼったところにあると思うのです。そのころから日本にある天然の食材こそが、“本当の日本の食材”なのではと考えました。そして、それがなにかと考えると“魚”と“野草”しかなかった。けれど逆を言えば、そこに限れば全部天然物でできる。市場に頼らず、信頼できる生産者から仕入れる天然の魚と野菜・野草だけで料理を作る。東京にそんな店があっても面白いんじゃないかなって思いました。そして今年の3月からすべて天然魚と野菜は野草をメインに使うコースに振り切りました。

今の食のあり方に一石を投じる、
日本人にしかつくれないフランス料理

アートピースのように美しい料理を作る浜田シェフ。

――“魚”と“野草”だけというのは、なかなかハードルが高い選択のように思いますが。

 本当に日本の天然の食材を考えたらそれだと思うんですよ。あとはジビエ。ジビエも季節によってはちょっと使ったりします。【ユカワタン】では川魚という制限でコースをつくってきたけれど、川魚はやっぱり地方のほうがいいものが手に入るから、この店では海の魚だけでやろうと決めました。2年前に知り合って、大変尊敬している焼津の鮮魚店【サスエ前田魚店】の前田さんに“魚だけのコースでやりたい”と話をしたら、“できるっしょ”って言ってくれたんです。事実、寿司屋のような魚だけの業態があるわけだから、僕自身も“できる”という確信がありました。そしてやるからには、「魚しか使わない」という制限をつけてとことん突き詰めると決心しました。制限があるからこそ、その食材を生かす調理や下処理の技法やソースをどうしようかを深く考える。考えるからこそ、どんどん料理が洗練されていく。まだまだ始まったばっかりだけれど、もっとこうしたらいいなっていうのも見えてきています。

魚はほとんど焼津の【サスエ前田商店】からとっている。「前田さんからいろいろ勉強させてもらっています」

――料理も【ユカワタン】時代と少し変わったような気がします。たとえば前菜の『鰹の酒盗漬け』のひと皿のように、ぐっと和の雰囲気を感じるものがありました。

 あまり、フランス料理だから、とか、和食だから、とかジャンルのことを考えたりしません。酒盗って内臓で作るソースみたいなもの。ヨーロッパの人は肉の内臓は食べるしソースにもするのに、魚の内臓は食べない。でも、日本人は食べますよね? 鰹を発酵させた内臓のソース、つまり酒盗で漬けたものは僕の中では和食ではなく、あくまでフランス料理のセオリーの延長にもある「NIPPONキュイジーヌ」なんです。添えてある「鰹のブーダンノワール」は、鰹の血合いに豚の血を入れてブーダンノワールにしたもの。僕のなかで鰹のイメージは「海の血」なので、ブーダンにしようと思いました。

ある日のコースより『汕 鰹』。鰹の酒盗漬けに腹身のスモーク、鰹のブーダンノワール、赤ずいきのピクルスを添えて

 また、日本独特の食に対する考え方も料理に取り入れています。【ユカワタン】で出していた『6つの石』は、こちらでは『五つの意思』というメニューにしています。一口の料理を順に食べていくとミニコースになっているというコンセプトは同じなのですが、ここでは日本古来の食の考え方「五味」(酸・塩・苦・辛・甘)を表現しました。

浜田シェフのシグニチャー『石 五つの意思』。 きすのルーロー、トマトのガスパチョ、鰹のメルゲーズほか小さな料理が並ぶ

――メインに使われている魚のサメガレイ、あまり聞かない魚ですね。

 僕の生まれた鳥取県の港町は魚がおいしい場所で、昔から地元で取れる雑魚を食べて育ちました。どれも、いわゆる高級魚に負けないくらいの味なんです。それなのに、希少な高級魚はブランドになり高い値段がついている。高級魚は乱獲されて数は減るし、雑魚は獲れても価値がないから捨てられる。ここにも現代の食に対するいびつさを感じました。自分がコースのメイン料理を、あまり知られていない魚で作ることで光をあて、付加価値をつけたいと思いました。このサメガレイもコラーゲンが豊富で本当においしいです。ムニエルにしてウワミズザクラのベアルネーズソース、山葡萄の芽を添えて柚子の香りの蒸気で香りをつけています。

日本の“残すべきもの”に付加価値を作り、
次世代につなげていきたい

「ある日のメイン料理『鮮 サメガレイ』。北海道産のサメガレイをムニエルにして、酢漬けしたウワミズザクラのベアルネーズソースとともに

――白木の重箱から玉手箱のように蒸気が立つプレゼンテーションも驚きがありました。食器も料理にあわせて作られているのでしょうか?

 この重箱のプレゼンテーションは「ボキューズ・ドール」の魚部門で優勝したときに実際に使ったものです。ヒノキ工芸という昔からお付き合いのあるところで製作していただきました。これはとても好評でしたね。無垢の白木の器は日本が誇るもの。扱いも難しいですし、海外の人には真似できない、日本が誇るべき技術だと思います。海外のお客様には是非“真似したい”と思って欲しいですね(笑)。
【星のや東京】は「塔の日本旅館」というコンセプトなので、日本を感じる器は意識して使っています。【ユカワタン】時代から親しくさせていただいている、陶芸家・青木良太さんともこのダイニングのオープンに合わせてコンセプトを練りました。ダイニングが地下にあるので、地下から堀り起こしたような質感の和食器をオリジナルで何種類か作っていただいています。

ある日のコースより『涼 とうもろこし』。トウモロコシの芯だけでとった甘いスープとくずもち状のトウモロコシのポタージュ。器は青木良太さんの「アシェット・ブランシュ」シリーズ。木の折敷はヒノキ工芸のもの

――これからはどんな料理人になっていきたいですか?

 広い視野を持ち、ただ単においしいとか、目の前のことだけじゃなくて数十年、数百年の先まで考えて見据えた上で、自分の立ち位置を考えなくてはいけないと思っています。たとえば種の問題や後継者の問題で、日本にしかない野菜の何十種類、何百種類がどんどんなくなってく。そういったものを僕らは積極的に使い、残していかなくちゃいけない。そういう意識は常に持っていたいですね。
 そして料理人としては、「残る料理」を作っていきたいです。昔の人は料理で語っていたけれど、今は人が前に出て語る時代。そういう時代に、自分も昔の人のように料理で語り、その料理を残していけるようになりたいと思います。

撮影/小西 康夫 文/山路美佐(2017.7.19取材)

シェフの裏ワザ

【星のや東京ダイニング】流、古代日本食材へのこだわり

【ユカワタン】時代、軽井沢でしか味わえない食材を探すため、時間があれば山に入っていたという浜田シェフ。「縄文人が食べていた山の恵みは、体にいいものばかりなんです」。この『ウワミズザクラの酢漬け』に使われているウワミズザクラも縄文時代から人々の食生活に使われていた食材。ソースの酸味や料理のアクセントとして使用される。そのほかにも、山で採ったクロモジを使ったお茶など、日本の山に自生する自然の恵みがゲストにふるまわれる。

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