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菰田 欣也 氏菰田 欣也 氏菰田 欣也 氏
菰田 欣也 氏菰田 欣也 氏菰田 欣也 氏

謙虚に向き合い、真摯に遊ぶ“中華料理の達人”

【4000 Chinese Restaurant】菰田 欣也中華

日本中華の重鎮・陳建一氏のもとで約30年グループを支え続け、満を持して独立した菰田欣也氏。五反田、麻布十番に次々と火鍋専門店【ファイヤーホール4000】を開店し、50歳を目前に集大成ともいえる【4000 Chinese Restaurant 南青山(ヨンセンチャイニーズレストラン)】をオープン。中華の達人が見つめる料理業界の“未来”とは。

Interview

30年務めたグループの総料理長から、独立へ

刺身で食べられるほど新鮮な車海老を贅沢にも肉団子に。熱々ではなく半生に仕上げているので、割ると中に射込んだエシレバターがゆっくりと溶け出す

──19歳で陳建一さんの【四川飯店】へ入社されましたね。陳さんとはどのように出会ったのですか?

出会いは大阪あべの辻調理師専門学校ですね。中国料理を専攻したのですが、特別授業の第一回目の講師が陳さんでした。その時、マッシュルームをバーッて切ってピンッて弾いたら扇のようにきれいに広がったのを見て、「この人は天才だ!」と思ったんです。

──直感で「ついていこう」と決めたんですね。そこから約30年もの長い間グループを支え続けられたのはなぜですか?

皆に30年ってすごい長いねと言われるんですけど、思い返すとあっという間。日々一生懸命やっていたら30年経っていた感じです。陳さんの料理技術はもちろんですが、料理に対しての愛情と、人に対して、お客様だけじゃなく部下に対しての優しさ、人間的な器の大きさに惚れたのだと思います。

それから、当時僕は「料理の鉄人」で陳さんの助手をやらせてもらっていて、「料理」というカテゴリーがメジャーになっていく過程をすぐ横で見させていただいた。あんなに人から見られる場で料理をつくれるのはすごいな、と。学ぶことがとても多かったですね。

ドリンクは、ワイン、紹興酒が豊富に揃う。ワインは、希少なケンゾーエステイトから、ブルゴーニュ、ボルドーまで幅広い

──そして2001年に渋谷【スーツァン・レストラン陳】の料理長、2008年からはグループ全体の総料理長となり、満を持して2017年に独立されました。なぜこのタイミングだったのでしょう?

単純に言うと世代交代かなと(笑)。
それから、「スーツァン・レストラン」という大きな看板から外れて、個人で勝負してみたかったのも大きいです。【スーツァン・レストラン陳】と【四川飯店】グループの総料理長を任せていただいてたので、その中で外れてはいけないラインというものがありますよね。自分勝手な料理をつくるわけにはいかない。だから、自分の中で出てきた「やりたいこと」をやるために、最後は自分の店で好きな料理をつくりたいと。そう考えると、50歳を過ぎたらもう難しいかな、と思ってのタイミングでした。40代で火鍋の【ファイヤーホール4000】をやって、ここ【4000 Chinese Restaurant】は50歳になる2週間前ぐらいにオープンしました。

ステージを降りた“洗い場”から見えてきたもの

──独立してまずオープンされたのは、五反田の【ファイヤーホール 4000】。長い間ホテルの高級店をやられていましたが、カジュアルな価格帯の火鍋専門店から始めたのにはどんな思いが?

自分の目線が高くなりすぎてはいけないと思ったんです。身近な街で、ちゃんと世の中を見て、感じて、やらなければと思いまして。
なのでオープンして1ヵ月はずっと洗い場を担当してました。

──シェフが洗い場を?! なぜ?

自分がいいと思った料理がウケているのかが分かるのは、洗い場なので。残食率を見て、お客様に好まれるのはどこなのかをしっかりと見極めようと思ったんです。

それに、大きな組織の上にいたときはスタッフが大勢いて、自分でやらない作業が多かった。なので、一度ステージをしっかり降りようと。【ファイヤーホール4000】は元々、自分が最前線でやろうと思ってなかったので、料理は部下につくってもらい、僕が洗い場とホールをやって、という感じでしたね。

圧迫感を与えずに、うまく会話を楽しめる空間にしたかったというカウンター席。「食べている人の表情を見ながら、自分の料理が正しいのかを見極めていますね」

──菰田さんが注文を取りに来たらお客さんもびっくりしますよね?

昔からのお客様がそんな僕を見て「やめて! あなたの手はおいしいものを作る手でしょ!」と(笑)。でも僕はいいんですよ、全然。大変だとも思ってないですし。ホールでは若い女の子に怒られてましたね、「さっきの レモンサワーどうしたの?」とかって。「すいません、忘れてました!」、「ホラ、書かないから忘れる!」なんて言われて(笑)。

でも、おかげでとてもいい経験になりました。ターゲット層として若い方が多いので、お客様の声が直でバンバン来るんですよ。ホテルだとお客様も気を遣われる方が多いですが、もう、五反田あたりだと激しく絡んでくる方もいらっしゃいますし(笑)。どの層であっても、払った金額に対してお客様が喜ぶことが大事であって、決して千円より一万円が偉いわけじゃない。そう考えられる土俵に立てたのは、五反田をやったおかげですね。
ゼロから作り上げた火鍋のスタイルでしたが、ワイワイガヤガヤ、お客さんもたくさん入ってくれました。

──そして、2018年4月に麻布十番【ファイヤーホール4000】を、12月に南青山【4000 Chinese Restaurant】をオープンされましたね。

はい。火鍋が順調にいったことで、これでレストランをこだわり抜いてできるかなって。でも、【4000 Chinese Restaurant】は物件が決まるまでに時間がかかりましたし、内装から器選びまでもじっくり時間をかけました。洗い物とホールしかやっていない期間が一年以上あったので、「自分の料理を欲する気持ち」が溢れていました。まぁ、そういう気持ちをあえて溜めていたのですが。トマトを甘くするために、あえて水を与えないのと同じです(笑)。

僕がつくるのは、“四川”出身の“東京”の味

「十勝ロイヤル マンガリッツァ豚」のバラ肉をつかった『回鍋肉』。味のしっかりした新鮮なマンガリッツァ豚の甘味が十分に味わえるよう、甘味噌や醤油は不使用

──じゃあ「料理がしたい」という気持ちを溜めて溜めて、【4000 Chinese Restaurant】で一気に爆発ですね! ここではどんなことをやっていきたいですか?

素材にとことんこだわって、じっくりと料理に向き合いたいですね。例えば今は、営業日数をあえて減らしている分、前までよりもっと素材の鮮度や火入れにこだわることができています。この『海老の肉団子』なんかは、活きた車海老を締めて、たたいて、すぐ団子にする。半生でいいんです。鮮度が良くないとしっかり火を通さなきゃいけないですが、弱い蒸気で長めにやるとか、瞬間的にバッと蒸したりとか、色んな選択肢が選べます。そういう「手間」をかけられるんです。
『回鍋肉』も、マンガリッツァ豚の皮付きバラ肉をつかっているので、皮のもちもち感と、油のやわらかさを感じてもらえるかと思います。普通の豚に比べて融点が10度ぐらい低いので、すごく甘く感じますよ。

──マンガリッツァ豚って、“ハンガリーの国宝”に指定されている希少豚ですよね? こんなに贅沢なことができるんだ、と思いました。

正直、原価はかかってます(笑)。でも、いいんですよ、お客様を喜ばせるのがレストランなんで。もちろん利益も大事なのですが、それだけがすべてじゃない。商売なので、もちろん結果は残さなきゃいけないですけど、焦る必要はないと思っています。一番重要なのは料理のクオリティだと思っているので。たくさんのお客様を入れてさばくほどの力を、うちはまだもっていません。おまけに週休二日だし、夜も一回転しかやらない。やる気あんのか?って思われるかもしれませんが(笑)、やる気はすごくあります!

『フカヒレ』のゼラチン質をほどよく残したまま、香りを消さずに臭みを消す技術は、長年、ホテルで研鑽を積んだ菰田シェフの賜物

──『フカヒレ』のお料理では、味付けを日によって醤油ではなく塩味に変えたり、『小籠包』にトリュフを使ったりと、創意工夫が溢れていますね 。菰田さんにとっての四川料理とはどんなものでしょうか?

四川料理は辛いものと思われがちですが、中国四千年の歴史から見れば、実は唐辛子の文化は五百年ぐらいしかないんです。なのでそれ以前は辛くないものが多い。僕が今つくっているのは、辛さが突出していない、いわば「おいしい中国料理」みたいな感じですね。縛りが緩いというか、自分の中でカジュアルになっているというか。漢字で「四川」と書くとガッチリ四川料理になってしまいますが、店名をあえて数字で「4000」としたのはそこに理由があります。

看板には、菰田シェフが大切にしている孔子の言葉が英語で記されている

──看板の店名の下に「Visiting Old, Learn New」(温故知新)と刻まれていますね?

学んできたものを忘れてはいけないですし、やっぱり伝統的な料理を軽視してはいけない。なので、四川省に行ったら重慶に寄って、昔ながらの料理を食べるようにしています。そこから、気候風土と文化の違いの中で、どう自分のフィルターを通して料理に落とし込めるかを考えます。四川料理の枠は緩くしても、本質を忘れてはいけないという意味です。

僕が30年やってきたのは四川料理なので、あくまでもベースは四川料理なんですけど、自分の思う食材で、ここからは自分流スタイルで料理をつくっていきます。それを食べてください、という感じですかね。「出身は四川です、でも今は東京で料理作ってます」って感じですね(笑)。自分の料理はまだ完成形ではないので、ここからまた変わっていくと思います。これから徐々にスタッフも増やして、力をつけていきますよ。

技術と環境を次の世代へ

──これからもどんどん進化していくのですね。

はい。そのために 料理と同じぐらい並行して考えなければならないのは、次の世代を育てるということ。今はなかなか料理人を目指す人が少ないですよね。若い人が育たないと業界自体がなくなってしまうので、そこに対する危機感はあります。料理を目指して来てくれた人たちに対して、技術的な面だけでなく職場環境も整えていかないといけない。お店を週休二日制にしているのも、そのうちのひとつです。

──労働環境は、今の料理業界全体の問題ですよね。菰田さんのような影響力のある方が旗振り役として立たれることは、すごくいいことだと思います。

今、経営者である僕らも努力しなければいけない部分だと思います。自分自身がおいしい料理をつくればいいというだけではない。スタッフに対してできることを考え、何か努力していかないと絶対変えられないので。売上ばかりに固執してしまうと休みを削りがちですけど、そうではなくて。僕は、そんなに無理してガンガン稼ぐ必要もないでしょ、と思いますね。もちろん商売ですが、お金だけを追わないで内容を大切にしています。

──でも、従業員の環境を良くしていくためには、ある程度お金は必要ですよね。

そうですね、そういう面では。なので会社として決算をむかえるごとに、福利厚生の厚みを増せる会社にしていきたいと思っています。去年は皆でスパリゾートに一泊してきました。次の目標は海外旅行です。そういうところでスタッフに還元していけたらと思います。そのためには、ビジネス本も読みますし、走り書きのメモもたくさんあります。もはや趣味ですね。

モダンかつ重厚感のある店内は、昼は明るく、夜はムーディーな雰囲気に変化する

──会社を設立して約一年半で、そうした仕組みをつくられているのはすごいですね。

いえ、まだ若葉マークが取れたぐらいですよ。なので今は事務も全部自分でやっています。給料や業者への振り込みから、全部。人に任せることは簡単ですが、自分自身がお金の流れを知っておかないと、足元からすくわれてしまうという考えがあるので。
今は月の売上を把握して、どこにいくら払って、ということを頭の中でちゃんとハンドリングできています。それは、食材もちゃんとしたものをつかっている、という自分への認識にもなります。高いと思ってケチってしまわないよう頑張ろうとも思いますし、売上から換算して、この食材で間違っていないと確認できるんですね。

──3店舗とも、すべてご自分でやられているんですね。

経営者として、一番使いやすくて力をもっている駒は自分なので。自分を第三者的に駒として考えたら、「飛車」みたいに一番動かす駒なのかなと思います。でも、いつまでもそれに頼ってちゃいけないんでしょうし、次なる「飛車」を育てていくことが大事なんだとも思いますね。

輪島塗りのランチョンに映える、有田焼の器。「机の板の色を決めてから、ランチョンを作家の輪島キリモトさんに特注でお願いし、そこに合う器を選びました」

──最後に、今後の展望をお聞かせください。

料理人であり、ビジネスマンにならなきゃいけないとは思ってますね。でも、仕事だけで終わろうとも思ってないです。料理を勉強することもそうですけど、自分自身の人間としての深みを増す経験を積む、余暇を楽しむ、という面でモノをつくる。それがほかの人にも共感してもらえて、料理業界に広まっていくといいなと思います。

──新たなお店の計画などはありますか?

実は2020年に火鍋の店をもう一店舗出すんですよ、虎ノ門に。まだ構想中ですけど、そこは五反田よりカジュアルにやろうと思ってます。モダンな虎ノ門ヒルズの中で、あえてチープにやろうかと。人がやっていないことが好きですかね、僕は。

撮影/大鶴 倫宣 取材・文/関口 潤(ヒトサラ編集部) 2019.3.6取材

シェフの裏ワザ

「自家製の“完全発酵”豆板醤 」

豆板醤は自家製のものを使用している。原料は、そら豆、塩、唐辛子、麹、そして発酵を促すための豆板醤。発酵を止めていない、生きた“完全発酵調味料”だ。雑菌が入ると傷んでしまうなど手入れが大変だが、その分、香りが段違い。蓋を開ければ、火を通さずとも華やかな香りが広がる。舐めてみると、辛味と塩味は少なく、旨味が強い。「辛いものと思われがちですが、発酵させるほど辛さは飛んでいきます。むしろ、旨味や塩味調整のためにつかっていますね」。

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