型を破り、新たな世界を表現するための2つのスタイル
――初めてご自身の名を冠した【KOBAYASHI】ですが、想いをお聞かせください。
20年近く【桃の木】というレストランを自身でやってきまして、お料理やお店の運営について色々考えることがあったんですね。それで、新しいチャレンジをしたいなと思っていたところ、ちょうど一緒にやってくださるという方に巡り会えまして。その方と一緒にこのレストランをさせていただいています。
――2024年6月のご開業から半年ほど経つ現在、心境はいかがですか?
毎日がもうバタバタで、日々の仕事をこなすだけでもう手いっぱいなんですけれども、半年経ってちょっと落ち着いてきました。お客さまとの会話も色々できてきているので、方向性を整えて、来年(2025年)以降はさらに【KOBAYASHI】というレストランが光るような料理を作っていきたいと思います。
――今回、カウンターと個室という2つのスタイルを取り入れていますが、空間の違いだけでなく、コンセプトもまったく異なるそうですね。
カウンター席は、今までに私が作ってこなかったようなお料理にも挑戦させてもらえる席です。一方、個室は、今まで私が桃の木で作り続けてきたスペシャリテを中心に、お客様のニーズやご希望に合わせてアレンジしていくようなお料理を出していくスペースになっています。
――カウンターは限定8席で、“ULTRA K”と名付けられているのですよね。今回新たに考案されたなかで、特に象徴的なメニューはどのようなものですか?
そうですね、お料理はもちろんですが、まず使ったことのないようなお皿を使おうっていうところにコンセプトの1つがありまして。そのお皿に合わせて、料理が湧いてきたものがいくつかあります。例えば、鋳物のSTAUBの器を使ったお料理は、XO醤をアヒージョ風にお楽しみいただきます(『KOBAYASHI
特製 XO 醤 ULTRA
style』)。そして、カウンターはライブキッチンで、皆さんの目の前で作れる場所がありますので、中国料理の技術のなかでも鍋を使う技術をご覧いただけるお料理もいくつかコースの中に入れています。
――中華鍋を片手に調理しながらお客様に丁寧にお話している様子も印象的ですが。
僕が以前調理師学校の職員をしていたっていうことを知っている人も少なからずおられて、そういう方から「料理教室みたい」って言われることもあります。お料理の食材や調理方法を丁寧に説明しようと思う気持ちが、そのお料理教室のように感じていただけるのかもしれませんね。
――8年間にわたり専門学校に勤めていたのですよね。講師から料理人に転身したのは、どのような想いからですか?
料理が好きで調理師学校に入り、卒業後は就職する予定だったんですが、学校の職員として残りました。1年制の学校でしたので、毎年毎年生徒さんが変わるなか、お料理をお教えしたりしていたのですが、実際お客様にレストランで出してみたいという気持ちがだんだん強くなって。そして、自分の作ったものをどう評価してもらえるのかを試してみたいという気持ちがどんどんどんどん湧いてきまして。それで学校を辞めさせていただいて、現場に入ることにしました。
料理することが面白くなるほどの新たな食材との出合い
――【KOBAYASHI】から新たに加わった食材について教えてください。
たくさんあるんですけれども、まず1つが、山口県の「高森和牛」ですね。山口県には日本酒の『獺祭』がありますが、その酒粕を飼料として牛に与えています。結構刺しが入っているのですが、融点がとても低いので脂が口や胃に残らないんですよ。ですから、油脂に加えて、赤身特有の酸味がしっかりと感じられ、和牛としての旨味がすごく強いです。
――「高森和牛」は、ミートスペシャリストの沼本憲明氏が手掛けているのですよね?
沼本氏が目をかけ、自らの手でカットした肉質の素晴らしさに惚れ込み、実際に生産地へ出向き、牛の育成段階などをしっかりと確認してきました。「高森和牛」に出会えたことで、自分のなかで思い描いていた綺麗な『水煮牛肉』を完成させることもでき、作っていてとても楽しくなるような食材です。
お野菜に関しては、能登の高農園さんのお野菜を【KOBAYASHI】を開業するにあたって初めて扱わせてもらえることになりまして。週に2回、15㎏ずつ送ってもらっているのですけど、リクエストとしては、高農園さんに「もうなんでもいいから入れてください」と、こちらから指定はせずに。ですので、使ったことないようなお野菜が多々届くんですよ。それに合わせたり、それを見て試行錯誤しながら応用するのがすごく楽しいです。
高農園さんの存在はもう以前から知っていたのですが、どちらかというとフレンチやイタリアンの方がよく使うような農園さんなのかなと思っていました。いろんな種類のものが含まれているのですが、中国料理でよく使うマコモダケも立派で驚きました。夏場にも使ったことないようなお野菜がたくさん来まして、それはとても面白かったです。
――中国料理に欠かせない乾物についてはかいかがですか?
フカヒレはもちろん、陳腐、他には桃の木の切り口などからにじみ出る樹液が乾燥したもの(桃膠=とうきょう)。そういうものまで中国料理では使うんですが、【KOBAYASHI】ではとても幅広く使っていまして、フカヒレでも6種類くらい。一般的には、ヨシキリザメやモウカザメなどを耳にすると思うんですけど、ハンマーヘッドやレモンシャークというようなものもあります。
【KOBAYASHI】をスタートして最初に提供したコースでは、50年ものの陳皮を使っていました。実は100年ものの陳皮もあります。香港から買ってまいりまして、お汁粉に使ったりしていましたね。中国料理の乾物は色々な種類があるということを幅広くお客様に知っていただき、そして、楽しんでいただきたいと考えています。
【桃の木】時代から愛され続けるスペシャリテも健在
――カウンターで新たなお料理に挑戦する一方、個室では小林氏のスペシャリテである『茄子の唐揚げ 山椒
唐辛子風味』や『干し貝柱の炒飯』なども継続されています。長年通われているお客様からは新店【KOBAYASHI】についてどのようなお声が寄せられていますか?
最初に三田でお店を開業して以来、ずっと来てくださっているお客様もおられますが、まず1番は、茄子の唐揚げ、パパイヤのスープ、黒酢の酢豚、鶏のそばなど、私がつくることでその味や状態を変えないっていうことが、常連のお客様の希望でもありますし、通ってくださる理由でもあると思います。数少ないのですが、ずっと通ってくださっている方もおられますし、月に1度のペースで、もう何年も通い続けてくださる方もおられます。
――そういう常連様が“ULTRA K”と名付けられカウンターでのコースを体験されると、かなり驚かれるのではないでしょうか?
そうですね。この【KOBAYASHI】ができたので、まずはカウンターにとおっしゃってくださるのですが、常連の方というのは、お店や料理に思い入れがありますので、2回目からは個室になったりとか、お連れするお客様によって使い分けたりされています。
小林氏の原動力となる“新華”とは?
――【御⽥町 桃の⽊】【⾚坂 桃の⽊】をご自身で振り返り、料理人としての人生において、2つのお店はどのような存在ですか?
三田を開業した時は、自分はこれぐらいのキャパ、20席ちょっとですけれども、ずっと楽しく作り続けることができる大きさかなと思っていました。次に赤坂の物件を紹介された時に、とても広く大きいレストランだったんですね。三田で営業を続ける中で、毎日料理を作って、その日その日のお客様にお出しする楽しみはある一方、もっとこういろんなお料理を出してみたいとか、もっとこういろんなお客様に来てもらいたいっていう気持ちが、その都度その都度、いろんな方向で湧いてきまして。赤坂移転の時は、いろんなチャレンジをしたいと思ったところだったと思います。
――【KOBAYASHI】のご開業にあたり「進化と深化が⼀つになる世界、“新華”。」という言葉がとても印象的でした。今後のビジョンをお聞かせください。
今後のビジョンっていうほどいろんなことを考える時間がまだまだ全然ないんですけれども、日々たくさんのお客様に来ていただいて、お喜びいただけるようなお料理をご提供していけるようにしたいっていうところがまず1番。
あと常に考えているのは「少しでも早くお料理を作れるようになりたい」「少しでも綺麗に仕上がるような料理を作れるようになりたい」「少しでも美味しくしたい」。常に毎日考えていますので、それが僕の“新華”でもありますし、このレストラン【KOBAYASHI】の“新華”でもあると思います。スタッフにも日々その思いは伝えています。
撮影 / 今井 裕治 取材・文 / 外川 ゆい 2024.12.10