料理人として異色のキャリアを築いて
1985年生まれの荻原氏
――お店を訪ねて、まず民家風の佇まいに惹きつけられました。実に隠れ家的です。
皆さん、そんなふうに前向きに受け止めてくださいますが、開業資金に限りがあっただけ。狙ったわけではないんです(苦笑)。
参宮橋駅から徒歩1分の場所にある【参宮橋 あさや】。通りから引っ込んだところに置かれた控えめな看板が店の存在を伝えている
――ご実家は栃木県鹿沼市で【あさや】という日本料理店を営んでいらっしゃるとか。どのような経緯で料理の道に進んだのですか?
幼少期から店の厨房に立つ父の背中を見て育ったので、気づいた時には料理人を志していました。初めは調理師専門学校で学び、地元の割烹料理店に就職したのですが、魚をきちんと捌けるようになりたいという思いも芽生え、鮮魚店で働くようになって。その後、先輩が都内の店を紹介してくれたので、再び料理人として再出発することになりました。
――【参宮橋
あさや】をオープンする直前は、恵比寿にある中国料理の名店【わさ】で修業されたと聞きました。鰻料理と異なるジャンルの店を選んだのは、何か理由があってのことですか?
【わさ】には目黒区八雲で営業していた時代から客として何度かお世話になっていて、店主の山下昌孝さんとは言葉を交わす仲だったんです。ある時、僕が独立を考えていることを伝えると、「物件が決まるまでうちの店を手伝わない?」とご提案いただきまして。山下さんが生み出す料理には惹かれるところがありますし、それが生み出される現場に接することができるなんて滅多にないチャンスだと思って、それで一年ほどお世話になった次第です。鰻料理と中華料理のジャンルの違いは気になりませんでした。
――山下さんのお料理のどんなところに惹かれるのでしょうか?
ひとつのテーマを極め抜くところです。餃子にしても、春巻きにしても、選び抜いた素材と方法で表現しようとする。料理に無限の可能性があると信じて、日々、途方もない研鑽を重ねていらっしゃるんですよ。僕が鰻の仕入れや火入れについて探求したいと思うようになったのは、その飽くなき挑戦を間近にしたからに他なりません。
――独立する上で「鰻だけのコースを作ること」を目指したのはなぜですか?
実家の店の強みが鰻だったこともあって、若い頃から色々な養鰻場を見学させてもらいつつ鰻のことをよく考えてきました。料理の基礎は日本料理で身に付けましたが、店をやるのなら何かしらわかりやすい特徴があった方がひとの目を引いて可能性が広がるはず。そう考えて【参宮橋
あさや】では鰻だけのフルコースを提供することにしたのです。
――鰻料理の店にしては珍しいカウンター席のみの設えにしたのも、何か考えが?
料理の温度帯を大切にしたかった。なので、カウンターを作ることは絶対に譲れない条件でした。
席はカウンターに8席のみ。控えめな明かりに照らされた空間はなんとも居心地がいい
鰻料理の概念を覆して感動を呼ぶ
――料理のメニューは“おまかせコース”一本。今はどんな内容ですか?
一例にはなりますが、1品目は鱧のように骨切りを行った鰻を湯引きし、蕪のすり流しと共にお椀に仕立てたもの。2品目は鰻の春巻き。3品目は鰻のお造り。4品目は肝焼き。5品目は鰻の卵料理で、今は『うな玉』をお出ししています。それから印籠焼き、ヒレ焼き。ヒレ焼きは「うざく」のイメージで酢の物に仕立てています。さらに蒲焼き、鰻の中華風、白焼き、鰻重と続いて、デザートでおしまいです。
塩、わさび、鰻の胆のうと塩を合わせた“肝塩”でいただく『白焼き』
――まさに鰻尽くしのフルコース。実際に白焼きを口にして、バリッと焼き上げられた皮目とふんわりとした身のコントラストに衝撃を受けました。のけぞるほどの感動です。やはり火入れに相当なこだわりがありそうですね。
伊勢志摩備長炭で火を起こし、蒸すのではなく地焼きにしています。火の上で串を操る時は鰻の身を折り重ねるようにして何度も叩くんですよ。火が入って筋肉が縮まる瞬間、強引に繊維をほぐしてあげるイメージですね。こうすることで皮目と身に亀裂が入ってゼラチン質が焼き落ち、表面がバリッと仕上がります。また、鰻の脂が全体に行き渡り、空気も織り込まれるので、表面がバリっとしながらも、中はふわっとやわらかく仕上がります。炭の組み方など、まだまだ試行錯誤を重ねているところではありますが。
まめにひっくり返して丹念に火に抱かれた鰻はバリッと香ばしく焼き上がる
――印籠焼きの調理工程と旨み豊かな味わいにも心を掴まれました。鰻という食材をひとつ取っても、エンターテイメント性があるんですね。
鰻を印籠焼きにする時は、鰻を吊るして身を開かずに中骨を抜く。カウンター席からはその様子を眺めることができる
中骨を抜いた鰻は5分ほど蒸してから炭火で焼き上げ、生醤油や赤酒をつかったタレを纏わせる
やはり鰻尽くしですから、最後まで美味しく食べてもらう工夫が必要。季節の野菜を取り入れて飽きさせないことも大事ですし、地焼き、関東焼き、湯引き、お刺身、印籠焼きと、いろんな調理法で表現することも大事。鰻の中華風のように、ナンプラーで洗ってさっと下焼きした鰻を巻いて揚げたりもしています。同じ調理法がひとつもない鰻のコースでお客さまを楽しませることが理想ですね。
鹿児島県産の筍を焼いたものと蕗味噌が添えられた印籠焼き
蒲焼き。この日は宮崎県のブランド鰻「味鰻」が使われたが、仕入れの具合により2種の食べ比べで提供されることもある
鰻を徹底的に使い分けた料理でさらなる高みを目指す
――コースを通して色々な鰻に出会えるのも魅力です。何種類ご用意されていますか?
大体、常時4~5種類ぐらいです。例えば、宮崎県の「味鰻」、大井川の伏流水で育った「共水うなぎ」、鹿児島県の三栄養満、徳島の天然鰻、天草の「海うなぎ」。7〜8種類ぐらい揃う時もあります。お客さまに料理をご提供する時には、使用した鰻のことを必ずご説明します。特徴を楽しんでいただけたらと思いまして。
全国第3位の鰻の生産地である宮崎県・中村養鰻場のブランド鰻「味鰻」。一ツ瀬川の伏流水を用い自然に近い環境で育てられている
――どのように使い分けているのですか?
身質を見極め、それを活かせる調理法を採用するようにしています。例えば、地焼きでお楽しみいただきたい『白焼き』には、ふんわりと仕上がりやすく臭みのない「味鰻」をよく選びます。
――鰻の養殖技術が進化してきましたが、どのように受け止めていますか?
その通りだと肌で感じています。天然鰻の良さはもちろんありますが、僕自身は全国各地の養鰻場と繋がって、いろんな鰻の身質を学び、理解を深めたい。そしたら焼き方や蒸す時の温度帯、調理法にもさらにバリエーションが出るのではないかと思うのです。
――今後の展望は?
正直なところ、今は目の前に集中すること以外、何も考えていません。とにかく鰻料理でひとを喜ばせたい。店名を実家の店から取ったのもそんな気持ちからです。鰻料理には無限大の可能性がある。そう信じて、やれることを地道に精一杯やっていきたいと思っています。
カウンターの向こう側にある板場に立つ荻原氏。鰻界の風雲児になる予感がする
撮影 / 佐藤 顕子 取材・文 /甘利 美緒 2025.4.10