誰もが知っている食材で、感動を与える
25歳にしてオーナーシェフとなった藤井亮悟氏
——まずは店名についてお聞かせください。ご自身の名前を冠するお店が多い中で、どのような想いから命名したのでしょうか?
「有涯」とは、文字通り限りの有るという意味です。僕は15歳からお料理をしているのですが、始めた頃は簡単に手に入った食材や、無限に感じた時間、当たり前にいてくれていた生産者さんや漁師さんなどにも、全てのものに限りがある、ということを今実感しています。限りがあるからこそ、全ての出会いに感謝をこめて大切に繋いでいきたい。お客様に届けたい。そういった思いから有涯という言葉を選びました。
看板の文字は、藤井氏と同じ歳の女将・跡部光里氏によるもの
——お料理の着想は、どのようなところから生まれているのでしょうか?
特定の何かからインスピレーションを得るというより、美しい景色やおしゃれなファッションなど色なところからはいっていくことが多いです。実際に料理を考えるときは、まず届いた食材を見て、“どうすれば一番おいしく召し上がっていただけるか”を考えます。“僕だったらこう食べたい”という視点を大切にしています。
その姿からは想像できない豊かな風味に驚かされる『焼きなすのアイスクリーム』
——例えば、他ではなかなかお目にかかれない『焼きなすのアイスクリーム』はどのようにして生まれましたか?
以前、神楽坂の会員制のお店を任されていたのですが、飯田橋駅からきつい坂を上ってくる場所にありました。夏場、お客様に“最初の一皿で体を冷やしてもらいたい”という思いから、冷たい焼き茄子のアイスクリームを先付としてお出ししていました。思い入れのある大切な一皿なので、今のお店でもコースの途中、お肉の前のお口直しの一皿としてお出ししています。
ソースが決め手となる『のどぐろの幽庵焼き』
——では、スペシャリテである『のどぐろの幽庵焼き』はいかがですか?
のどぐろの持つ力強い脂身をあえて切らずに旨みのあるソースと合わせることで、味わいの層を作り余韻を長く持たせるような設計にしています。想像がつく料理というより、僕が表現したい料理。誰もが知っている食材でも、感動を与えられるような体験をして欲しいと思っています。
—— 食材の選び方や、特に思い入れのある食材について教えてください。
今では“旬”の基準もどんどん変わってきていますが、実際に食材を見て、“この食材、いい顔しているな”と感じるものを選ぶようにしています。そのおいしい顔に出合うために生産者さんのところにお邪魔して、勉強させていただくことも多いです。生産者さんの顔が見えると僕自身もより思いが乗りますし。その中でも、特にこだわっているのが、自分で作っている御殿場のお米です。
御殿場で手掛けるお米『きぬむすめ』
——どのようなご縁からですか?
もともと箱根で修行していた時期に、バイクの免許を取りに行った教習所で出会った方が“お米農家を目指したい”と言っていて、彼の話に感銘を受けたんです。『いつか店を持ったら彼と一緒にお米を作って、そのお米をお店で使いたい』という話をしていて。6年ほど前から毎年、チームで田植えに行っています。
お米の個性がしっかりと伝わってくる
——自慢のお米の魅力を教えてください
『きぬむすめ』という品種で、甘みが強いのが特徴です。炊き込みでも白米でもおいしく食べられます。コースのなかでは、おじや、煮えばな、炊き込みご飯という3つの表情を持たせて提供しているのも【銀座 有涯】の特徴です。
父と毎日食べた、ぐちゃぐちゃのだし巻き玉子
真剣な眼差しで料理を仕上げる藤井氏
——料理人を目指したきっかけを教えてください
もともと父が寿司や日本料理の料理人だったので、小さい頃から料理は身近でした。中学卒業後すぐ、高校には進学せず料理の世界に入りました。勉強が得意ではなかったので、専門学校へは行かず、現場で先輩たちに怒られながら教えてもらう方が自分に合っていると思ったんです。そのおかげで自分に足りていないもの、やらなきゃいけないことが明確にわかりました。
——専門学校で学ぶ基本的な技術や知識などは、どのようにカバーしていましたか?
もちろん自分で勉強もしていましたし、おやっさんや先輩方にも色々と教えてもらっていましたが、何せ包丁も持ったことがない状態で料理屋さんに入ったので、最初、大根のかつらむきとだし巻き玉子を任されたのですが、一向に上手にならないんです。毎日大根1本と卵1パック、近所のスーパーで買って帰って、ひたすら練習しました。父との2人暮らしでしたが、ひどく不揃いの大根サラダと、ぐっちゃぐちゃになっただし巻き卵を食べる毎日でした。今でも父には結構いじられますね(笑)。
カウンター内の焼き場で鮮やかに魚を焼き上げる
——お魚の扱いについても、かなり努力されたそうですね。
そうですね。「魚も下ろせないの?」と言われたのがショックで悔しくて。朝早く市場に通って、魚の捌き方を勉強してから出勤するという生活を続けていました。16、17歳の頃には近い将来自分のお店を持つと決めていたので、誰よりもそのための時間を使わなくてはいけないと思い、寝ずに朝は魚屋に行って、夜はお店の仕事をしてという生活を休みなく繰り返していました。
——独立するまで精神面での支えやモチベーションは何でしたか?
年齢は関係ないと思っていました。周りの先輩たちにできて自分にできないことがあるのが悔しくて、彼らより練習して、おやっさんにもすごくアピールしていました。根っからの負けず嫌いなので、負けそうなことはそもそもチャレンジしないですね。
等身大で、今できる最大限のおもてなしを
「一生勉強し続ける」と、熱く語る藤井氏
——料理人を志すことになった原点であるお父様はどのような存在ですか?
目標であり、超えたい、認められたいという気持ちで料理をしています。独立してからは毎月料理が変わるタイミングで食べに来て、ああじゃないこうじゃないって散々言われていますが、そのなかでも少しずつ成長しているところを見せられたらと思っています。
——若くしての独立、年齢に対する考えは?
年上のシェフが偉いとか、すごいというよりも、その人がどれだけ食材と真摯に向き合って、その食材がどれだけおいしくなるかが大事だと思っています。もちろん若いシェフほど経験年数が少ないのは事実ですが、修行をしていても、お店を構えていても、職人とし て「一生勉強し続ける」ということは変わりません。その中で僕は「今の藤井亮悟が作りたい料理を多くの方に食べてもらいたい」と思ったので、お店を構えることを選択しました。
作り手と食べ手の距離の近さも魅力
——お店の雰囲気づくりは、どのように意識していますか?
変に畏ろうとか変に大人ぶろうということはないですね。等身大で、今できる最大限のおもてなしをしたいと考えています。僕や女将含め、若いチームだからこその活気をお客様に伝えられることが【銀座 有涯】ならではの強みだと思っているので「お客様にお食事を楽しんでいただける空間づくり」を常に心がけています。まずは料理を作っている僕やサービスマンが楽しまないと!という精神でやっています。
藤井氏曰く「いつかは憧れられる側の存在に」
——最後に、今後の展望をお聞かせください。
短期的な目標で言いますと、ミシュランを獲得することですね。料理を始めた頃から目標にしていることで、人の好みってもちろんあると思うのですが、やはりわかりやすい評価として僕も星が欲しいというのはずっと思っています。長期的な目標は、僕を見て料理を始めたいと思う料理人や、どこかの誰かに何かいい影響を与えられるような人間になりたいと思っています。料理ってスポーツだなと感じることが僕は多くて、一つのフィールドの中で色んなチームが色んな色で思いを届ける。修行時代からかっこいい先輩方に憧れて今日まで料理をしているので、同じように僕も何かを与える側の人間であり続けたいなと思います。
撮影 / 佐藤 顕子 取材・文 / 外川 ゆい 2025.6.4