至福の逸品~dish stories~ vol.27

新年の幕開けにふさわしい、ごちそう料理『すき焼き』~江知勝(東京・本郷)~

澄んだ空気にすがすがしさを感じる冬。新しい年を迎えた一月の街は活気に満ち、賑やかな宴席に呼ばれる機会も多くなる。そんな時節にふさわしい料理といえば「すき焼き」。今や日本を代表する肉料理のひとつとしての威厳を保つ。各地でつくり方も異なる、地域性あふれる「すき焼き」の奥深さに迫る。

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撮影/Matt Manmoto

日本の歴史とともに歩んできた、文明開化の料理

牛肉をネギや白菜、白滝に椎茸、焼豆腐、春菊などとともに煮込み、生卵を絡めていただく、すき焼き。日本に数ある「鍋料理」の中でも特に人気が高く、新年や祝い事など、人が集まるハレの日に食べることが多いことでも知られている。 この料理が登場したのは1800年代のこと。1801年刊の「料理早指南」に、鶏肉や鴨、鹿などの肉を使い古した鋤(すき)で焼き、食す料理だったということが記されていることから、当時のすき焼きがどのようなものだったのか、また牛肉を食すことは一般的ではなく、鶏や鴨、猪などが主流だったことがうかがえる。 その後、1859年に横浜が開港、国外から食肉文化が伝わって牛肉の需要が増え、牛肉の供給ができるようになると、横浜の居酒屋や東京の精肉屋が、牛肉の煮込みや、「牛鍋」を出し始めた。こうして牛肉は庶民の食、また文明開化の食べ物として浸透していったのである。登場した当初は角切りの塊肉を使うなど、肉の種類もバラバラだった牛鍋も、肉質が良くなるにつれて次第に薄切り肉が主流になり、次第に野菜や豆腐、白滝などを加えた、現在の「すき焼き」へと発展していった。

すき焼きに使用する肉は一般的には牛の薄切り肉。しかし、この料理が生まれたばかりの頃は、塊肉や、鶏肉、猪肉などを使用する地域や店もあったという。

肉質にこだわる、関東の老舗【江知勝】の『すき焼』

地域によっても違いがあるすき焼きは、出汁に醤油、砂糖、みりんや酒などを加えた割下に、野菜や肉を入れて煮込む関東風と、最初に肉だけを焼いて味わってから野菜や豆腐を加え、醤油や砂糖を入れて野菜や豆腐の水分で煮込む関西風とに大別される。数ある関東のすき焼き店のなかでも、老舗の名店として知られているのが、 130余年の間、その暖簾と味を守り続けてきた、東京・本郷にある【江知勝】だ。 すき焼きは肉の良し悪しが味を決めるといっても過言ではない料理。それだけに、肉の質にはとことんこだわり、【江知勝】ではA5等級 国産黒毛和牛の雌牛、あるいは去勢済の牛のみを使用している。肉は産地には敢えてこだわらず、長年付き合いのある指定業者に依頼。仕入れる際には、肉専門の料理人が、肉の質やキメの細やかさ、また脂のノリ具合を触って確かめながら決めていく。こうして仕入れたももやロースのほか、ざぶとんなどの稀少部位も含めた20種以上の肉から、『黒毛和牛 すき焼』や『しぐれ煮』など、適した料理に合わせて使い分けているのだ。

すき焼きに使用する肉は産地よりも肉本来の味わいを大切にしており、長年付き合いのある指定業者から「食べ頃」と「質」にこだわって仕入れている。

130余年の歴史が生んだ庶民のごちそう料理を味わう至福

肉とともに味の要となるのが割下だ。関東風のすき焼きに欠かせない割下は、予約人数分を女将が前日につくり、一晩寝かせてから使う。蕎麦の「かえし」や鰻の「たれ」のように継ぎ足しはしないが、醤油ベースで関西風に比べると濃いめに仕上げた濃厚な味わいは、出汁や日本酒を加えたり、差し引いたりと、店を営むなかで微調整を繰り返し、独自に生み出したこだわりの味だ。ここに春菊やネギ、シイタケ、白滝、焼き豆腐を加えて煮込み、最後に肉を入れる。肉は赤身がほんのりと残っている程度で引きあげ、卵をつけていただくのがコツ。肉と脂の質、キメの細かさに合わせて厚めに切った肉に濃厚な割下と野菜の旨みがしみ込み、絡んだ卵のまろやかさが程よい甘みを引き立てる現代のすき焼きは、高級料理としての品格さえ漂う。しかし「しょせん鍋物」と【江知勝】の先代が言うように、すき焼きは大人数で鍋を囲み、皆でつつきながら楽しく盛り上がる、もともと日本を代表する庶民のごちそう料理。ハイカラな文明開化の香りがする日本の伝統料理を、肩肘張らずに仲間と味わいたい。

すき焼きに使用する「割下」は、予約の入った分のみ、前日に女将が仕込んでいる。醤油ベースで関西のものと比べると少し濃いめの味付けにしているという。

常連客が勧める逸品 ~牛肉のしぐれ煮~

常連客が勧める逸品 ~牛肉のしぐれ煮~

『牛肉のしぐれ煮』(コースの前菜より)
A5等級の牛からとれる、様々な部位の肉を贅沢に使用してつくる『牛肉のしぐれ煮』は、「お持ち帰り用で販売して欲しい」との声が後を絶たない人気の前菜。甘さと醤油の辛さのバランスにこだわり、肉がパサパサとした食感にならないよう、みりんの代わりに砂糖を加え、たまり醤油でコクのある味わいに仕上げている。すっきりとした辛口の日本酒を添えて。

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旬の味覚 ~季節の酢の物~

旬の味覚 ~季節の酢の物~

季節の酢の物 ~カキのおろし ポン酢~(コースの一品より)
さっぱりとした後味が口直しに嬉しい、季節の食材でつくる酢の物。サッと湯通しをしたカキに山芋とわかめを加えて甘めの三杯酢で和え、おろしポン酢とあさつきをのせて仕上げてある。甘みと酸味の程よいハーモニーが、この後に続く、すき焼きの味わいをより深く感じさせてくれる。

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このページで紹介したお店

江知勝

江知勝 【東京・本郷】

【営業時間】
【平日・土・祝前】 17:00~21:30(L.O.21:00)
【定休日】
日・祝日 年末年始/8月の土曜日
【TEL】
03-3811-5293

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編集後記

湯島天神の入口から春日通りを少し進んだところにある、すき焼き専門店の【江知勝】。木の格子戸をあけて中に入り、奥へと進んでいくと、お店の方が入口で迎えてくれる。創業時の店舗は関東大震災で全焼してしまい、ここはその後に建てたのだそうだ。中庭に面した風情あふれる個室で、四季の景観が食事とともに楽しめるのも、この店ならでは。ここのメニューはコースのみのため、まずは季節の前菜、続いてメインの鍋をいただく。秘伝の割下で煮込んだ5㎜厚の霜降り肉を、ほんのり赤身が残る程度で生卵につけて堪能し、続けて肉の旨みが染みこんだ野菜を味わう至福。先代から言われ続けてきた「しょせん鍋料理なんだから、賑やかに盛り上がって食べてもらう方が嬉しい」という言葉の裏に、庶民の文化を大切にする心、そして130余年の歴史を持つ、すき焼きへの確かな自信が込められているような気がした。

江知勝

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