至福の逸品~dish stories~ vol.32

江戸の庶民に愛された滋味深き夏の活力源『泥鰌(どじょう)』どぜう飯田屋(東京・浅草)

どじょう料理を食べたことはあるだろうか。夏を表す季語であり、かつては身近にある“精が付く食材”として一般家庭の食卓でも並んでいたが、今ではその姿を見る機会も少なくなった。江戸の時代から、庶民に愛されてきた『どじょう料理』。“日本食”に注目が集まる今だからこそ、この伝統料理の魅力に迫りたい。

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撮影/岡本裕介

今、注目すべき「どじょう」の食材としての効能

夏にどじょう、と聞いてあまりピンとこない方がいるかもしれない。
    昔は夏場になると店先で生きたどじょうを並べていた魚屋やスーパーも見かけたが、日本人の食生活の多様化や稚魚の減少などを理由に、次第に食卓の隅に追いやられ、今では馴染みの魚というポジションをはく奪されてしまった。
    しかし食の文献を紐解くと、江戸時代の頃には庶民に愛される身近な食材であったことがわかる。句集『誹風柳多留』では「どぢやう汁 内儀(ないぎ)食ったら忘れ得ず」と詠まれるなど、その味は広く評価されていたようだ。また、江戸っ子から愛された理由のひとつに、「ウナギ一匹、ドジョウ一匹」と例えられる、うなぎに匹敵する栄養価の高さを挙げる意見もある。どじょうには多種類のミネラルとカルシウムが大量に含まれている。カルシウムをうなぎと比較すると、その量はおよそ9倍。そのうえ、カルシウムの消化を助けるビタミンDもたっぷりと含んでいるのだ。加えて夏に不足しがちな鉄分も豊富だ。こういった栄養面での効能しかり、夏は脂が強いうなぎよりも、さっぱりとしたどじょうをとは江戸っ子らしい考え方ともいえよう。
    これからジメジメとした梅雨や暑さの厳しい季節を迎えるが、先人たちはどじょう料理を食べることで乗り切ってきた。我々もこのタイミングで、伝統料理として、どこか遠い存在となってしまったどじょうを、もっと近くに手繰り寄せてみよう。

全長は平均10cm程度。泥鰌の名が示す通り、泥低地を好むがため、調理する際は、鮮度を保つことと供に徹底した泥抜きが必要となる

「どじょう」との距離を縮める足掛かりに“酒肴”をつまむ

「元来、どじょうは安くて栄養価の高い食物として親しまれてきた。『どじょうでも食べに行くか』と気軽に接するのが、正しい付き合い方」。もっと、どじょうを身近に感じてほしいと訴えるのは、浅草の老舗【どぜう飯田屋】の若旦那、飯田唯之さんだ。どじょうがどれだけ地元を中心とした“江戸っ子”に親しまれてきたかは【どぜう飯田屋】のメニューからも垣間見える。鍋に蒲焼、から揚げに南蛮漬け、丼物や汁まである。様々な調理法が確立されているのは、それだけ身近で、愛されていた食材であるという証拠にほかならない。
    一方で、その特異な形状と料理の仕上がりから、最近では最初のひと口に及び腰になる人もいるようだ。この点について飯田さんは「まずは食べてみる。これがどじょうの誤った評価を覆す方法」と断言する。さりとて、どじょうビギナーがいきなりどじょう料理の代名詞『どぜう鍋』を頼むというのも、江戸っ子から「野暮」という声が聞こえてきそうなものだ。
    そこで、一杯やりながら、どじょうを使った酒肴を頼み、自分とどじょうとの相性、距離感を測ってみるという方法もある。
    おすすめは『どぜう汁』。江戸甘味噌ベースの汁にどじょうが丸ごと入っている。やや苦味のある身はほっくりした食感。汁にどじょうの滋味が溢れているが、そのわりに、後味はさっぱり。胃袋がすっきりする印象だ。飲み屋をはしごした後に店に立ち寄り、【どぜう飯田屋】でシメのメニューとしてこれだけを頼む常連も多いという話も頷ける。

板長の北川さんは、【どぜう飯田屋】一筋で40年。どじょうを知り尽くすその舌と、経験に裏打ちされた確かな技から紡ぎだす逸品が常連を魅了している

奥ゆかしき「どじょう」の魅力が滲み出す『どぜう鍋』

『どぜう汁』で小腹が満たされたところで、メインディッシュの鍋の登場である。今回はまるのままのどじょうを煮込む『どぜう鍋』ではなく、頭を落として身を開き骨を抜いた『ほねぬき鍋』をオーダー。そして、5月中旬から9月中旬までしか味わえないどじょうの卵を燻した「子(粉)」を追加する。
    旬を迎えたどじょうのほのかな甘みを湛えた味、野趣を含んだ“子(粉)”の香ばしい香りが一瞬広がったかと思うと同時に、柔らかな身がほろりと溶けていく。惜しむらくはこの儚さ、一方でこの微かな余韻が、どじょうを1匹、酒をもう1杯と往生際を悪くさせているようにも思えてくる。次にささがきの牛蒡。どじょうと一緒に噛みしめることで牛蒡の旨味が格段に引き上げられていることに気づかされる。考えても見れば、お互い泥の中で育った組みわせ。相性が悪いわけがない。
    この鍋を食べ終えて感じたのがどじょうの食材としての懐の深さだ。『どぜう(ほねぬき)鍋』と命名されながら、どじょうが鍋全体のバランスを保つ役割も担っている。出汁に溶け込み、時に他の食材の食感のアクセントとなる。メインに据えられながらも、小さな身体で縁の下から鍋全体を支えているようにも思える。
    単体であればしっかりと個性を残しつつ、ほかの材料と一緒になったとたん自身は控えめに、周りを引き立て、料理全体を盛り上げる。そんな奥ゆかしさもどじょうの魅力である。今からでも遅くない、このいかにも日本らしい魅力を備えたどじょうを、“日本食”の大事な食材として再評価すべきではなかろうか。

【どぜう飯田屋】の場合、ささがきの牛蒡などと一緒に生のどじょうが鍋に盛られるが、これをテーブルに備え付けられたガスコンロで客が自分好みの“頃合い”でいただく

常連客が勧める逸品

常連客が勧める逸品

心と身体をほっこりさせる『どぜう汁』

江戸甘味噌と呼ばれる味噌を使用。全体に甘めのやや濃厚な味わいながら、後味はさっぱり。どじょうのほくほくとした身も味噌汁の具として相性良く成立している。たらふく酒を飲んだ後のシメのメニューとしてはもちろん、平日の昼時には『どぜう汁定食』としても好評を博している。

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「もう一杯」を誘発する酒肴

「もう一杯」を誘発する酒肴 

その食感がクセになる『どぜう南蛮漬』

素揚げした小ぶりのどじょうに、醤油や酢、みりんを加えたタレを垂らし、白髪ねぎを散らした酒肴。どじょうの身のほのかな苦味が酒を進め、サクッとした食感に箸が止まらなくなる。一方で、どじょうビギナーが、どじょうとの相性を見極める最初の一品としてオーダーすることも多いのだとか。

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このページで紹介したお店

どぜう飯田屋 【東京・浅草】

どぜう飯田屋 【東京・浅草】

【営業時間】
11:30~21:30(L.O.21:00)
【定休日】
水曜日 年末年始
【TEL】
03-3843-0881

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編集後記

今回のテーマがどじょうに決まったとき、どんな味の食材だったのか思い出せずにいた。10年ほど前に別店で食べた経験はあったが、美味しかったのか、そうでなかったのか肝心な部分の記憶が抜け落ちていたのだ。
取材当日、飯田屋が居を構える浅草に降り立った頃からじわじわと、若旦那が時おり江戸言葉を交えてどじょうの魅力を説明する頃には完全に「この料理を食べたい」という欲求が身体を満たしていた。
どじょうを実際に口にしたときに一瞬惚けてしまった。その複雑玄妙な味への感動、そして記憶が蘇った衝撃からだ。やっと思い出した。どうやら私はどじょうが好きだったようである。

どぜう飯田屋

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記事一覧

Vol.32
江戸の庶民に愛された夏の活力源『どじょう』 ~どぜう飯田屋~
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