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北野 司 氏北野 司 氏北野 司 氏
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「いま、食べたい」気持ちに応える テンションの高い料理

【malca】北野 司イタリア料理

人は気分屋だ。食べたい気分の料理は、そのときによって変わるけれども、最近は「夜はおまかせコースのみ」のレストランも多い。しかし、そんな「いま、食べたい」気持ちを真っ向から受け止めてくれる店が、2022年10月、外苑前に誕生した。信頼する生産者からの食材を活かし、熱々の温度感のイタリア料理を提供する【malca(マルカ)】だ。名店【TACUBO】のスーシェフを経て独立したオーナーシェフ・北野氏が目指すのは、素材のよさを直球で感じられる“テンションの高い”料理。実家が営む鮮魚店からの魚、半頭買いする神戸牛、契約農家からの有機野菜などを使い、食材の一番おいしい瞬間を、一番食べたい気持ちにバチンと合わせてくれる。

Interview

食材へのこだわり、極上神戸牛を扱うわけ

「自然界にある色」をテーマにした室内。壁には中野浩樹さんの波の情景をモチーフにしたアートピースが。

――【malca】という名前、一瞬「イタリア語?」と思ったんですが、由来がとってもユニークですね。

そうなんです。【malca】というのは、実家が兵庫県の淡路島なんですけど、祖父の代から魚屋さんをやっていて、それに由来しています。祖父の名前が「嘉平」といって、いまでも市場でうちに届くものは、発泡スチロールに通り名で「“○”に“カ”」って書いてあるんです。時代が変わって、業者の方も変わってるし、もちろんうちの現場も祖父から父に世代交代しているけれど、名前が残ってる、ってすごくいいことだなと思って。それで、その「マルカ」をローマ字にして、イタリア語っぽい感じにしました。イタリア語の意味は一切ありませんが、名前を残していくという気持ちと、祖父や父、地元への感謝を思って【malca】って名前を付けました。

――ご実家が淡路島で鮮魚店を営まれているということで、おいしいお魚を食べて育たれたのですね。

子どもの頃から、おいしい魚は人より食べてるかなと思います。淡路島ではなんでも獲れるんですよ。実際、淡路の魚って本当においしくて、地元だから使いたいというよりも、ふつうにおいしいから仕入れたいっていう方が強いですね。神戸牛も、同じ理由で使っています。

シンプルだからこそ魚の上質さが際立つ。分厚く切った身の、表面だけをサッと炙っただけのカルパッチョ。

――神戸牛も、淡路島で飼育されたものを使っていらっしゃいます。

神戸牛は、兵庫県で肥育された純血の但馬牛のことで、淡路島も兵庫県なので、純血但馬ならば神戸牛になります。いま、海外からの和牛人気が高いじゃないですか。肥育農家さんも利益を考えたら、太らせて歩留600〜700kgにした方が絶対に割がいいはず。それで、10年ぐらい前から太らせる農家さんが増える方向にシフトしてきたんですが、一方で、利益は出づらくとも昔ながらのやり方で、小さくてもおいしい黒毛和牛をつくり続けている神戸牛の生産者さんもいます。そういう方々はやっぱりすごいなと思うので、できるだけその生産者さんから買うことで支えたいという思いもあります。

――実際に、味も違うんですよね。

そうですね。赤身の味も濃いですし、肉質も柔らかく、サシもきめ細かくていいとこが揃ってるんです。

――神戸牛、そして和牛は世界的に人気ですが、良い品質のものを手にいれるためには信頼関係も大切ですよね。

【malca】をオープンする前に、「神戸牛を使いたい」と思って淡路島に帰省しました。そのときに、神戸牛を扱ってる業者さんを訪ね、「半頭で仕入れたいから、肉のことを勉強させてほしい」と直談判しに行ったんです。そこからお店のことなどを話しているうちに、先方も興味を持ってくださって。いまは1ヶ月半に一度、東京を始発で出て、その方と神戸牛の競りに同行させていただいてます。気になる牛を見つけたら「落としてください」と頼んでおいて、日帰りします。そういう特殊な経験ができるのは、めちゃくちゃ面白いですよね。

半頭買いだからこそ、希少部位も揃う神戸牛。実際にセリに同行し、これぞ、という牛を選んで使っている。

――そうまでして神戸牛を扱いたいっていうのは、なぜなんですか?

やっぱり「おいしい」が一番ですね。それから、将来的には焼肉屋もやりたくて、それもありきでいろんな勉強をしてる最中なんです。だからあらゆる部位を触って、さばいて、食べてみています。

「焼肉をやるから肉を仕入れたい」っていきなり押しかけても、多分そんなにいいお肉って出してくれないんですよね。やっぱり、いい食材を仕入れるには、時間をかけて人間関係を築いていかないといけない。一緒に競りに同行して「こんな感じがいい肉だよ」とか教えてもらいながら、業者さんとの関係性もつくるのも大事だと思います。

――野菜も、同じように信頼できる方から仕入れているとか。

野菜は、福島の郡山の鈴木農園さんのものを一番多く使っています。僕と同い年の方なんですけど、その方がお店に食べに来てくれたり、僕らが農場を訪問したり、お会いして話す中で、野菜に対する熱い思いを感じて。自分が育てる野菜だけじゃなく、農業界全体を考えて行動している。そういう情熱を持つ人がつくる野菜はもちろんおいしいし、人として面白いと思うから、レストランを抜きにしても付き合いたいと思える方ですね。

惹かれるのは“テンションの高い”料理

バリエーション豊富な手打ちのパスタ。タイプごとにイタリアと日本の小麦粉をブレンドしている。

――独立される直前まで【TACUBO】にいらっしゃって、最終的にはスーシェフをされていらした。どんなことを学ばれましたか?

学んだこと……、社会人としての常識から、もう全部ですね。

田窪さんのところでは、合計4年くらい働かせていただきました。すごく厳しい方だったので、料理はもちろん、人間的な部分を教えていただいたと思っています。すごい繁盛店なので、毎日お客さんで満席なんですよ。気が抜けない。求められるレベルももちろん高いし、お客さんも期待して来店するので、それを裏切ってはいけないと常にプレッシャーを感じる環境でした。

――【TACUBO】といえば、熾火(おきび)で焼いた肉がシグネチャーメニューですが、【malca】では特製の炉で炭焼きにしているそうですね。

店を施工するときに、業者さんにレンガを買ってきてもらって、積み上げて固めただけの炉なんですが、これがシンプルだけど意外といい感じで。中のレンガを動かせば炭の高さを変えて火力が調節できるとか、すごく原始的なんですよ。コンベクションオーブンやガストロバック、低温調理みたいな現代的な調理法や機器もおいしいとは思うんですが、【malca】では肉を焼く際にオーブンも一切使わないですし、炭で焼いて休ませるだけ。原始的な料理が好きなんです。

元々、ビステッカだって焼きっぱなしで「芯温が何度」とか、そういうものじゃないと思うんですよね。それがイタリアンの素敵なところだと思います。自分は現地で修業したわけではないですが、他のジャンルに比べてテンションが高い料理だと思うんですよ、イタリア料理って。そういうイタリアンの良さっていうのは、失いたくないという気がします。

レンガ造りの炭焼き台。シンプルだからこそ、中のレンガを移動させることで、自由自在な火入れが可能に。

――田窪さんも、すごくテンションの高い方だったんですか?

もう、あんなテンションの高い人見たことないぐらい(笑)。

イタリアンのシェフって、「楽しく料理したい」っていう気持ちが料理にも出ていると思うんですね。新鮮な野菜のシャキシャキ感、肉の香ばしく焼けた香り、できたての熱々のパスタから食欲をそそる香りが、わーっと湯気とともに上がってくる。そういうのが“テンションの高い料理”で、目指しているところでもあります。

だから、温度がすごく大事。温かいものは温かく、冷たいものは冷たく。スタッフにもよく「“この方が盛付けが綺麗かも”とか迷うぐらいなら、1秒でも早く出した方がいい。できたてのものを食べてもらった方が料理としての完成度は上がるよ」って言ってます。元々、修業していた大阪のお店も、もちろん田窪さんもそういうことを大事にされていたと思います。

――ある意味、「素」のまっすぐな料理。

「肉うまっ!」「レタスうまっ!」って感じてもらえるような、素材の味をそのまま活かす料理が理想です。多分、僕以外のイタリア料理のシェフもそうだと思いますが、「肉をどこまでおいしく焼くか」「野菜をどこまでおいしく出すか」っていうのを突き詰めてると思うんですよ。

イタリア料理は、そういうシンプルなことにめちゃくちゃこだわる料理。それが好きなところですし、料理じゃなくて日常生活でもそういうスタイルが好きです。

僕自身、着飾るのも格好つけるのもあんまり好きじゃないし、お客さんも自然体で、肩肘張らずにおいしい料理でワインを楽しく飲める。パーツが多くて複雑な料理より、ダイレクトに「これうまっ!」っていう料理がいいですよね。

「パスタは瞬間的に味が変わるので、肉を焼くより難しい」。麺のタイプによって仕上げ方を変える。

――そういう意味では、淡路島っていう色々なおいしい食材が手に入る場所で育ったというのも、影響しているのかもしれませんね。

言われてみると、素材だけで食べるものに感動した経験は多かったかもしれないですね。実家が魚屋というのもありますし、淡路島って野菜もお肉も、食材がとにかくおいしい。

前にシチリアに旅行したときに、「あ、なんか淡路島っぽいな」って思ったことがあるんですよ。漁港や漁師さんの雰囲気とか。逆にいえば、淡路島がシチリアっぽくもあるんですね。おいしい素材が揃うという意味では、淡路島はイタリア料理に適した島だと思います。まだわからないですけど、いつか淡路島でお店をやってみたいという気持ちも少しあります。

自然の流れに寄り添う、気持ちの温度感

「神戸牛の上質な脂のおいしさを知ってほしい」と、バターやチーズは最小限しか使わない。

――毎日かならず、当日予約の席を空けているというのも、お客さんにとってはありがたいですよね。

いまのところ、「ランチはコース一本、夜はアラカルト中心でコースもできます」というスタイルでやっています。夜の21時半以降の二回転目のみ、当日予約にしています。昔から、時間を決めて、料理を決めて、とやっていくとなんとなく作業っぽくなってしまう気がして。コース1本に絞らないのも、同じ理由からなのです。

――とはいえ、準備する側は大変そうですね。

仕事の日は激務ですよ。でも、スタッフが働いてて楽しいと思ってくれる職場環境にはしたい。経営のことだけ考えれば、コースだけにした方がやりやすいとは思います。でも、イレギュラーな部分が働く楽しさや、お店の雰囲気にも繋がっている気がするんです。

そもそも、楽しくないことなんてやらない方がいいと思うんですよね。しんどいことはやった方がいいけど、楽しくなければやる意味はないです。だから、【malca】も楽しい場にしたい。スタッフもそうですし、取引している生産者さん、配送業者さんもそう。それが来てくださるお客さんの楽しさに繋がるのかな、と思っています。

半頭買いした端肉も、ボロネーゼソースなどでおいしく使い切る。ソースに溶け込んだ脂の香りも絶品だ。

――何が起きるのかわからない、予定調和でない楽しさ、ということですね。

そうですね。コースだと、食材が揚がる自然のタイミングに合わせるのが難しいじゃないですか。漁師さんから「これ揚がったからどう?」と連絡がきた時に、コースだと一定の数が揃わないとできない。肉も野菜もそうですが、アラカルトならいかようにでも対応できます。そういう自由度の高さが僕にとっては大切。

ただ自由な分、毎日大変です。新しい食材がいきなり来て「どう仕立てよう」という場面もあるし、昼から夜遅くまで毎日営業して……。でも、こういうレストランって結構珍しいかなと思うんです。「いい食材が入った」って連絡をくれるときには、業者さんもテンションが高い。もう、こっちも盛り上がってその勢いで買うじゃないですか。それをパッと使って、テンションの高い料理にして、食べてもらったお客さんもテンションが上がるっていうのが一番いいなあと思うんです。テンション、テンション、テンション(業者・料理・客)。

――テンションの循環ですね(笑)。だからこそ縛られないスタイルが必要なのかもしれないですね。常に自由さと余地があって、いきなり予定外のいい食材が入ってきても対応できる。

仕事で何が起こっても大丈夫、日常生活も誰に誘われてもすぐ飛んで行ける。そんな対応力と自由度があるといいですよね。

さっきも言ったように、21時半以降は当日予約なので、誰が来るかわかりません。毎朝出勤するときに、自転車をこぎながら「今日は誰が来てくれるんだろう」って考えて、いつもワクワクしてるんですよ。こういう感覚を、大切にしていたいですね。

自分がそうだから、お客さんにも同じ気持ちでいてほしい。仕事が終わって「あ、今日は【malca】に行きたいな」と思ったときに、行けるお店。そういう店にしていきたいです。

ここを出発点に、「将来はイタリアンだけでなく、焼肉屋など、複数の店舗を経営したい」と語る北野氏。

撮影 / 三橋 優美子 取材・文 / 仲山 今日子 2023.2.27

味わいたい至極の逸品

『神戸牛の炭火焼き』

じっくりと火を入れてから仕上げはカリッと。あえてストレスをかけた火入れの技で、ビステッカのような食感に。その時その時で異なった部位と出会えるのも嬉しい。淡路島の天日塩、生コショウと黒ニンニク、バルサミコ酢の薬味を添えて。この日の付け合わせの野菜は、鈴木農園からのケールとブロッコリーの交配品種、冬花衣。炭で焼き上げることで甘みと旨みが凝縮し、神戸牛の赤身と脂、それぞれの旨みを引き立てる。

北野 司

1995年、兵庫県淡路島出身。実家は祖父の代から「丸嘉(まるか)」という屋号の鮮魚店を営み、レストランとの付き合いも多いことから、自然と料理の道に。料理学校を卒業後、大阪のイタリアン【sfida】(現【anu】)で4年間修業。代官山のミシュラン一つ星イタリアン【TACUBO】でも4年間勤務し、最終的にはスーシェフに。2022年10月にオーナーシェフとして外苑前にカウンターイタリアン【malca】をオープン。
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