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コールマン・グリフィン 氏コールマン・グリフィン 氏コールマン・グリフィン 氏
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【noma】の遺伝子を継ぐ 若き米国人シェフによる“湖北キュイジーヌ”

【SOWER】コールマン・グリフィンイノベーティブ

サンフランシスコの三つ星レストランを経て、2019年に来日。「世界⼀予約が取れないレストラン」といわれた【noma】の遺伝子を継ぐ、【INUA】でスーシェフを務めたコールマン・グリフィン氏が、新たに始動。2022年4月、滋賀県・琵琶湖の湖北エリアにあるオーベルジュ「ロテル・デュ・ラク」内にオープンしたレストラン【SOWER(ソウアー)】の料理長に就任した。湖北の歴史や地域性に向き合い、この土地で独自に育まれた発酵や醸造などの食文化を料理で表現するコールマン氏。世界最高レベルのレストランで研鑽を積んできた、若きシェフの視点を通して料理で表現される「湖北キュイジーヌ」とは。

Interview

料理は、ストーリーを伝えるための手段

レストラン【SOWER】がオープンしたのは、琵琶湖国定公園内で約4万坪の敷地面積を誇る15室のみのオーベルジュ「ロテル・デュ・ラク」内。

――現在30歳。サンフランシスコで三つ星レストランを2つ経験し、2019年に来日後、スーシェフを務めていた東京・飯田橋の【INUA】は、『ミシュランガイド東京2020』で二つ星を獲得するなど、輝かしい経歴です。料理人を目指したのは何歳からですか?

私が料理を始めたのは15歳なのですが、厳密にいうと最初の2年間はサンドイッチショップのスタッフをしていたので、カウントできないと思います。私の最初の仕事は、みなさんもご存じ、【サブウェイ】でのサンドイッチづくりでした。

高校卒業後は地元のマンハッタン・ビーチや、ロサンゼルス周辺のいくつかのレストランで働き、そこから料理の仕事を続けています。それでもまだ19歳と若く、プロとして料理を始めたとはいえませんでしたね。

エントランスの大きな窓から琵琶湖を望む「ロテル・デュ・ラク」の本館。

――その後、サンフランシスコで初めて三つ星を獲得したレストラン【Benu(べヌー)】と、ナパバレー北部・セントヘレナにある同じく三つ星レストランの【The Restaurant at Meadowood(ザ・レストラン・アット・メドウッド)】で働かれています。それらの経験は、現在の料理にどのように影響していますか?

【Benu】はコリアンフュージョンレストランで、【Meadowood】はロッジやスパを併設するホテル内のレストランでした。二つのレストランでは、「料理は地域や食材、文化などのストーリーを伝えていくための手段」だということを学びました。

とくに【Benu】のシェフ、コリー・リーは私のキャリアに大きな影響を与えてくれましたし、料理の表現方法から、キッチンをどう組織するかなどのマネージメント部分まで、数多くのことを教えてもらいました。

彼の料理が素晴らしいのは、中国料理であっても、韓国料理であっても、もちろん日本料理でも、伝統的なおいしさや味覚を大切にしているところ。コース仕立てで、ゲストに料理の基本をきちんと感じてもらうことは、国ごとの食のストーリーを伝えるためには、とても重要な方法です。

一方で、多くの時間を過ごした【Meadowood】は地域密着型のレストランだったので、地元の方々や生産者とのつながりも強く、彼らとの会話によって、レストランの在り方から料理に関することまでたくさんのアイデアをもらいました。

農園も自分たちで運営していて、店で使用する食材は自家栽培、もしくは地元の生産者さんが育てたものですべてまかなえるという、とても得がたい経験でした。だからこそ、料理を通してその食材や土地のストーリーをゲストに伝えていくべきだと感じていました。“地産地消”という点では、現在の【SOWER】にも近いスタイルです。

8名席の半個室も有するレストラン【SOWER】。現在昼間の営業はしていないが、宿泊者はこちらの場所で朝食をいただける。

――同じ三つ星でも、二つのレストランではまったく別のことを学んだんですね。

そうですね。さまざまな経験を積みたいと考えていたので、この二つのレストランで働くことにしたんです。

一つは、中国や日本、韓国など異国の伝統料理や珍しい食材を積極的に扱うレストラン。もう一つは、地域性を大事にし、ローカルな食材や人とのつながりを大切にしているお店だったので、それぞれ違った面白さがありました。

ただ、どちらにも共通していたのは「視点をもつこと」の重要性を教えてくれたことです。

自分の料理を伝えていく方法が、“伝統料理”なのか、“地産地消”なのか。単にスタイルが異なるだけではなく、シェフとしてどういう視点をもって、何をゲストに共有していくのか。それが重要なのです。このことは、二つのレストランから学んだなかでも、とくに影響を受けた部分だと思っています。

――素晴らしいですね。その後、2019年7月に来日し、東京【INUA】でスーシェフに就きました。日本の食のシーンについてはどんなことを感じましたか?

日本のフードシーンは本当にすさまじいと思います。とくに外国人として初めてやって来ると、コンビニであろうと街角のラーメン屋であろうと、もちろん懐石料理のような別格の食体験も含めて、どこのどんな食事でもクオリティの高さに驚かされ、衝撃を受けると思います。

それに触れると、日本の食文化がどれだけ独自の進化を遂げてきたかがわかります。海外では日常的な文化とフードカルチャーはたいてい別モノですが、日本では全国どこに行っても、日常に食文化が溶け込んでいると感じますね。

「多種多様な人種が集まるアメリカでは、自分達の国以外の料理や文化も身近にあったので、アメリカ人シェフである自分の経験値は、きっとこの場所で有効的に生かせると思っています」とコールマンシェフ。

地域性に向き合い、自然に寄り添う「湖北キュイジーヌ」

世界におけるガストロノミーの潮流に影響を与えた発酵文化の地、滋賀県・琵琶湖の湖北エリア。

――ここ、【SOWER】で働こうと思ったのは、なにがきっかけだったのですか?

【INUA】の頃からお世話になっていたレストランのコンサルタントなどをされている「H3 Food Design」の菊池博文さんに紹介していただいて、この場所にやってきたのが始まりでした。豊かな自然と多様な食材に恵まれ、湖北のエリア(滋賀県の琵琶湖の北側に広がる地域)にとても感銘を受けたんです。

以前、勤めていた東京の【INUA】が新型コロナウイルスの影響で閉店となってしまったのは非常に残念でしたが、一方で、閉店したからこそ滋賀湖北の地にくる素晴らしい機会を得た、ともいえます。【SOWER】のオープンは2022年4月でしたが、その1年前にはこの場所に来て、オーベルジュ「ロテル・デュ・ラク」のレストランの基礎的な仕事に取り組み始めていました。

――【SOWER】とは、どのようなコンセプトのレストランなのでしょうか?

【SOWER】のコンセプト、そして核となる部分は、まさしく湖北の地域性に向き合うことだと考えています。琵琶湖で獲れる魚、農家から直接仕入れる野菜が、湖北の春、夏、秋、冬と四季を感じさせてくれ、この地域でつくられる信楽焼などをレストランに取り入れることで、湖北の“いま”が感じられる。

自分たちがいるこの場所の地域性を受け止め、環境に寄り添いながら再解釈する料理として、“湖北キュイジーヌ”と名付けました。

熱々の油をかけて、丹念に揚げるように焼くことで鯛のウロコが立つ『ウロコ焼き』。

――「湖北キュイジーヌ」では、どんな食材が登場するのでしょうか?

琵琶湖の漁師さんと話して新鮮な湖魚を仕入れたり、地元の農家さんから旬の野菜を仕入れたり、あるいは猟師さんが仕留めたジビエなど、湖北エリアで育まれた食材やそれらを使って製造された地元の生産者の加工製品なども使います。もちろん、それ以外の日本のいい食材も使用しています。

たとえば、今回の料理でいえば琵琶マス、おうみ海老や、大粒なのが特徴のお米の品種「いのちの壱」、「つやこフロマージュ」などは湖北の地域性を力強く表現する食材だと思いますし、若狭の敦賀湾などの赤イカや甘鯛など、隣り合う地域の食材も登場します。

こうした食材を扱うときには、いつもワクワクしますね。魚でも、肉でも、野菜でも、すべての食材に等しくリスペクトをもって同じテンションで向き合うことは、料理をする側にとっての大切なもつべき姿勢だと思っているので。

――ワクワクするような食材は、どうやって見つけることが多いですか?

私たちは、つねに新しい刺激的な食材を探している状態です。人伝いにたどることもありますし、キッチンスタッフもみんな意欲的に探してきてくれます。とくにスーシェフの一人である諏佐さんは本当に熱心で、彼はいつも若狭の敦賀漁港や、滋賀のあらゆる場所を回ってリサーチしてきてくれるので、今後も滋賀の新しい食材とたくさん出会い、地元の生産者さんとのつながりを築いていくつもりです。

敦賀湾産の甘鯛を使用したウロコ焼きに、とうもろこしのピューレと赤玉ねぎをソテーしたジャムを添えて。

個々の意欲を活かしたチームビルディング

そうめん南瓜とアカイカと、さまざまな夏野菜を発酵させた水キムチを合わせた一皿。「レストランでサービスマネージャーとして働く、パートナーのキャシー・ジオンが韓国系アメリカ人で、私も大の韓国料理好きなので、韓国冷麺へのオマージュでもあるんです」

――あらためて、いま、料理においてコールマンシェフが大切にしていることをお聞かせいただけますか?

大切にしていることは、三つあります。

一つは、料理の味わいのバランス。しょっぱい、甘い、酸っぱい、辛いという味のバランスもあれば、創造性やモダンなものと、伝統的でクラシカルなものとのバランスもありますし、提供するタイミングまで、ゲストにとって、すべてがちょうどいいバランスを心がけています。

二つ目は、サスティナビリティ。フードロスを極力抑えるのはもちろん、たとえば砂糖や塩、卵もプラスチックの包材のものは買わず、段ボールや紙で包装されたものを優先して扱っています。レストランをやる以上、大量に購入しなければいけないものもありますが、可能な限りプラスチックや発泡スチロールの使用を制限するように心がけています。

三つ目は、最も重要視していること、つまりチームビルディングです。一人一人がベストを尽くせる環境であり、安全で安心できる職場づくりによって、全員が充実感を味わえて、うまく機能する強いチームを目指しています。

シェフである限り、【SOWER】のアイデアや表現は私によるところが大きいかもしれません。ですが、一人一人がベストを尽くせる環境というのは、私がすべてをコントロールすることで生まれるわけではありません。もしレストランを船に例えるならば、操縦する船長ではなく、帆を正しい進路へ船を押すような風という役割が、私にとっても目標なのです。

入口のバースペース。店内の壁面や柱に使われているタイルには信楽焼を使用。琵琶湖で獲れる真珠貝の殻を砕き、釉薬に混ぜて使ったものもあり、100年後、もしレストランがなくなっても土に還る素材を使いたいという想いが込められている。

――強いチームビルディングを実現するためには、どんなことが大事なんでしょうか?

新しいスタッフが入ってきたら、トレーニングマニュアルとして「スターターキット」を共有しています。【SOWER】がレストランとして目指すゴールのことから、この地域の歴史や自然環境のこと、壁面や柱のタイルに信楽焼を用いていることなど【SOWER】を構成する要素や成り立ちまでが、書かれています。

安っぽく聞こえてしまうかもしれませんが、私たちは新しいスタッフを迎えたときに、「頑張って」と声をかけるだけのレストランにはなりたくない。本当の意味で、全員が上昇していけるようにできる限り努力をします。

ここに来て肉の調理方法を学びたい人もいれば、サービスを学びたい人もいますし、パンの焼き方を身につけたい人もいて、一人一人ここに来る理由は違う。それを個別に認識し、その意欲をチームにどう適用できるかを考えることは、職場環境をよくするだけでなく、最終的にはゲストが心地よいと感じるレストランづくりにもつながっていくと信じています。

食事を終えたらそのまま客室へ。全室レイクビューの2階の客室に加え、自然の中でプライベート空間を満喫できるコテージタイプの客室もある。

撮影 / 西尾 温 取材・文 / 藤井 存希 通訳 / Sara Aiko 2022.9.11

味わいたい至極の逸品

『マキノ産鹿、茄子、エゴマ』

湖北エリアの食材にフォーカスしたコースの一品。隣町であるマキノ町の鹿は、炭焼きでじっくり火を入れ、スッと歯切れのよい状態に。食べ手を刺激する香ばしさをまとい、旨みを蓄えた赤身肉は、その骨から取っただしをベースにエゴマの種を加えたソースで、自然の恵みを存分に味わえる。付け合わせは、とろける食感まで焼き上げたナスと、ナスのピューレ、味噌に漬けたニンニクや、野生のニラの花など、食感の妙を組み合わせた。

コールマン・グリフィン

1992年、米国ロサンゼルス、マンハッタン・ビーチ生まれ。ロサンゼルスの【The Foundry】、 ナパバレーの【The Restaurant at Meadowood】を経て、 サンフランシスコの三つ星レストラン【Benu】の副料理長に就任。2019年に来日し、“世界一予約が取れない”と称されるデンマークの【noma】が 東京に開いたレストラン【INUA】で副料理長に就任。2022年4月に滋賀県湖北地方の「ロテル・デュ・ラク」にオープンしたレストラン【SOWER】で料理長を務める。
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