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  3. 「炭火焼肉なかはら」中原健太郎氏インタビュー
中原健太郎 氏 中原健太郎 氏 中原健太郎 氏
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焼肉を“至高の料理”に
昇華させた職人

【炭火焼肉なかはら】 中原 健太郎 焼肉

つい頬が緩んでしまう肉質、カッティングの妙、計算されたコースの流れ――
これまでとは一線を画したハイレベルな焼肉で、美食家をアッと言わせてきた【炭火焼肉なかはら】。まったくの未経験から焼肉店を継ぎ、独学で肉を学び、至高の焼肉を提供するに至るには、どんな想いが隠されていたのか。 オーナー中原健太郎氏のヨコガオに迫りました。

Interview

お鮨のように、出された料理をお客様がすぐ口に入れる。
そんな関係をつくりたいというのが、僕の焼肉なんです

――【なかはら】さんのコースは、焼肉ではあるのですが、きちんと”料理”されていることが伝わります。

 そうですね。僕の場合は、両親も美味しいものを食べるの好きなんで、子供のころから、お鮨屋さんのカウンターの中でやっている仕事のようなことこそが飲食店のやるべきことだと思っていました。なので、焼肉店をやることになったときも、そのイメージがあって、実際にやってしまったということです。

――それはまず具体的に肉のカッティングに表れていると思います。日本料理でも切る技術一つで、野菜も刺身になります。

 お客様の目の前で調理をするわけですが、うちは炭火なので、肉を焼く香りが出せるんです。そこで、お客様の期待感を高められることに、ほかの料理よりアドバンテージがあります。そして、口に入れたときの食感を楽しんでもらって、その次に舌で味を楽しむという流れになるのですが、その中でも食感は、すごく大事にしています。見て美しいということも大事ですが、切り方により食感が変わります。
 例えば、ネガティブなほうを考えると、アサリの中に砂が入っているのと同じ。一粒でも砂が入っていたらダメ、ジャリっていっちゃった瞬間から、次のアサリを食べるのが嫌になってしまう。だから、食感にこだわったカッティングを徹底して、【なかはら】の肉は大丈夫だという信頼を得る必要があります。お鮨にしても、何か変なものが入ってないか眺めてから食べる人はいないですよね。出されたら、すぐ口に入れる。お客様と、そんな関係をつくりたいっていうのが僕の焼肉なんですね。

来てくれた方すべてに同じレベルの肉を。「今日は当たりだ」
とか、食べる側のストレスを完全になくしたい

――仕込みに関しても、かなり徹底して、枝肉を削いでいくことも知られていますね。

 そうですね、うちの場合、原価率は非常に高いです。通常の飲食店の倍はかかっているはずです。それは、全てのお客様に同じものを出してあげたい、不公平感が出てしまうストレスを完全になくしたいからなんです。「今日は当たりだ」とか「今日は外れだ」ということにはしたくないという気持ちがまずあります。
 そういうことを考えていくと、一個のお肉の部位っていうのも、ひとつの筋肉ですから、位置が少し違えば硬さも大きさも違います。それを同価格で出すにはどうしたらいいか。大きさを揃える、見て美しくするにはどうしたらいいのかっていうことを、僕はかなり極端にもっていっていますね。

――使う肉の選び方には、独自のメソッドがあるんでしょうか。

 入口としてブランドにはあまりこだわっていないですね。ただ、僕が欲しいタイプというのは決まっていて、わかりやすく言うと、脂が軽いことなんです。すると雌牛で飼育日数が長いものになっていきます。これが絶対条件です。あとは経験の中で、良し悪しが分かってきました。例えば、包丁の入り方が違うんですよ。同じ室温や条件のなかで、同じようなカットをしていても、すうっと気持ちよく切れる牛がたまにあるんです。何が違うかというと、融点が低い。そして、肉の味がしっかりする。そういった選び方です。

――なるほど。

 焼肉屋だから、何でも良い肉を使えばいいってものではないんです。うちは炭火で焼いて、こういう薄いカットだったり、生だったりという条件が揃っているので、そういう牛が合っていると僕は思うんですよ。もし僕が無煙ロースターを使っていたら、もっと脂が硬い牛を選ぶと思います。良いとか悪いとかではなくて、マッチするかどうかが重要です。タレもそうですね。もしロースターだったら、もっとどろっとしたタレを使っていると思いますが、今のコンディションにマッチするのは、サラッとしたタイプですね。

ほかのジャンルの料理と同じで到着点が決まっているわけでは
ないので、一生愚直に向き合っていく以外ない

――移転前の【七厘】もそうでしたが、【なかはら】が特別な店である理由の一端がうかがえます。そもそも中原さんが焼肉店をやるようになったきっかけは何だったんですか。

 家内の実家が焼き肉の【七厘】をやっていたというだけのことなんです。ぼくが27歳のころですが、ちょうど狂牛病などの問題もあった時期で、お客さんもほとんど来ない状況で……かといって店をつぶせというのも無責任なので、じゃあ、中に入って、立て直した方がいいんじゃないかなっていうことでした。

――何か勝算があったんですか。

 いやあ、ないですよ。それまで包丁だってさわったことなかったんですから(笑)。飲食店で働いたことはあっても、ホールだったので、果物の皮をむけなかったですから。そこからですね。目の前の現状をみて、「こりゃまずいな」と。まず変えなければならないことが見えますよね。スタッフとか、店のあり方とか。

――その状況から名店が築きあげられたというのも、すごい話ですね。

 僕の中で後々わかってきたことですが、焼肉店で修業経験がなかったことは、かえって良かったと思います。肉の流通からわからなかったので、一から学ばなければならないことが山ほどあって大変ではありましたけど、通常の流儀を知りませんから、自分にとって悪しき慣習にも無縁でいられたわけです。例えば、ほとんどの焼肉店が、冷凍で切り置きしていたんです。そのことさえ知らないから自分はやらなかったわけですが、今考えてみれば、それはお肉にダメージを与えているとしか思えません。
 和牛は、海外のスーパーで日本の3~4倍の価格で売られていて、それでも食べたい人がいるくらいの素晴らしい食材なわけです。少し肉のことがわかるようになってきたとき、日本人が100年以上かけてつくってきたその和牛というもののポテンシャルをいかすようなことをしないのか、それはなぜなのか?って考えるようになったんです。結論としては、日本の焼肉店には職人がいないってことに行き着くんですが、僕はそこを変えたかったんです。

――具体的には、どのように変えていくということなんでしょうか。

 良い肉を、ちゃんとお客さまが食べてくれるだけの対価を払うような状況をつくらないといけないということです。そこに至るには、提供する側が、ちゃんとした素材の知識を持ち、それを扱う技術がないといけない。これは当然なのに、焼肉の分野では全くなかったんです。魚をおろせない鮨職人はいないように、自分が牛一頭さばけないで、何が焼肉屋だっていう感じでやってきた結果として、今があるんだと思います。でも、まだ先は長いですね。和食やフレンチ、イタリアンなどほかの料理と同じように到着点が決まっているわけではないので、一生愚直に向き合っていく以外ないですよね。

撮影/岡本 裕介 文/ヒトサラ編集部(2016.4.7取材)

シェフの裏ワザ

【炭火焼肉なかはら】流、カッティングへのこだわり

肉を丁寧に薄くスライスすることで知られる中原氏。「その技術が今まで業界として必要なかったので、焼肉店用の包丁ってないんですよ」と特注でオーダー。「きちんとした道具と技術があれば、今までできなかったカットが、みんなができるようになる」と中原氏と語ります。【なかはら】の絶品肉は、こんな細部の積み重ねから生まれています。

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