深夜食堂

意外と共感できる?自分だったかもしれない“誰か”に会える店

作品データ/『深夜食堂』 作者:安倍夜郎 『ビッグコミックオリジナル』連載中、既刊16巻(2016年8月現在)

新宿×深夜…ディープでエキセントリックな人間模様

 深夜0時をまわってから食べるごはんって、「食べちゃダメだ」と分かってはいても止められない甘美な誘惑がありますよね。

 そんな時間ともなると、ようやく仕事を終えてありついたのか、お酒を飲みに行ってシメに食べるものなのか…。

 食べている料理の背景から、その人の人生が透けて見えてくる。そんな漫画こそが『深夜食堂』です。

 タイトルにもなっている深夜食堂は新宿・花園の路地裏にある、ちょっと強面のマスターがひとりで切り盛りしているお店。深夜0時から朝7時までというディープな営業時間もさることながら、驚きなのは基本的にメニューは豚汁定食とお酒だけということ。

 …なのですが、マスターはこう言います。

「あとは勝手に注文してくれりゃあ、できるもんなら作るよ、ってぇのが俺の営業方針さ」

 何でもとまでは言いませんが、注文したら出てくる料理は赤いウィンナーにはじまり、猫まんまから生姜焼き定食、オニオンリングにプリンまでジャンルを問わない取り揃え。

 深夜から朝までしか営業していないのにお客さんがやってくるのは、マスターのそんな心意気に惹かれてくるのでしょう。

 しかし、深夜に食事をしにくるのですから、客たちも一筋縄ではいかない面々。その筋の方から、業界人に年老いたゲイボーイ、ストリッパーに売れない漫画家。もちろんお堅い職業の客もいるのですが、どこかこじれてしまったようなエキセントリックな人々ばかり。

 例えば、こんな三人組も客としてやってきます。

 大学が同期の女性三人組はいつも結婚式の二次会帰りに深夜食堂にやってきて、それぞれしゃけ、うめ、たらこのお茶漬けを注文。毎回、判を押したように同じ注文をしては結婚した友人に先にいかれた愚痴を言い合うらしく、「お茶漬けシスターズ」なんてあだ名をマスターにつけられています。

 ですが、あるとき、彼女たちのうち、いつもたらこ茶を注文する女性の母親が倒れたという理由で彼女は実家に帰り、一方でしゃけ茶の女性がうめ茶の女性の元カレと付き合い始めたことで大喧嘩…!

 マスターはその顛末を聞き、「女に友情は無いのかね」とぼやくと、ニューハーフのジュンちゃんがピシャリと一言。

「ないわね、この世に男がいる限り!」

 しかし、うめ茶の女性が独りで深夜食堂のお茶漬けをすすっていると、しゃけ茶の女性がやってきて、いつもはしゃけのお茶漬けを頼むはずなのにうめのお茶漬けを注文。マスターも何かを察して、黙ってうめ茶を作ります。

 そして、しゃけ茶の女性は「別れちゃった…どうしようもないわね、アイツ」と言い、うめ茶の女性も「だから言ったでしょ」と返し、仲良くお茶漬けをすすり…。

 結婚式が終わった後の講評なんてものは年頃の女性ならば誰しもが経験あるでしょうし、恋愛のイザコザなんていうのは言わずもがな。

 そう、深夜食堂に訪れる客たちは一見すると変わった人々に見えますが、きっと誰しもが共感できる部分を持ち合わせているのではないでしょうか。人生の浮き沈みのなかで必死にもがいて、心を寄せ合い、深夜に自分の好きなものを注文してしまう…。

 そう思ってくると、料理と一緒に語られる登場人物の人生がとても愛おしくなってきませんか?
      

悲壮感さえも笑いに変えるマスターの軽妙さが救い

 ちなみにお茶漬けシスターズの大学の先輩が登場する回も、年頃の女性ならちょっと笑えるエピソードとなっています。

 その先輩の名前は衣子さん。バツイチのシングルマザーで、女が人生で大切なものは「子供・オトコ・コラーゲン」の順番だと言ってはばからない剛胆な女性です。

 衣子さんは深夜食堂に来るたびに、毎回決まって豚足を注文。お茶漬けシスターズも一緒に豚足を注文するようになったとマスターはぼやきます。

 そんな衣子さんの特技(?)は、結婚式で『愛の讃歌』を歌うと、何と必ず新郎新婦が離婚すること!これまで9回も離婚を成立させたと恐れられています。

 しかし、衣子さんが18歳年下の彼氏との結婚式をあげるとなったときに、披露宴会場に『愛の讃歌』のイントロが流れてしまい…。

 このように、料理を通して見えてくる人生の楽しさや悲しさを、わずか10ページで見事に物語として完結させるのが『深夜食堂』の十八番(おはこ)。

 しかも、どこか擦れてしまった老若男女の悲喜こもごもは普通に見ていたら気分が欝々としてしまうこともありそうですが、その人間模様をあっけらかんと語るマスターの軽妙さによってついクスッと笑ってしまえるようになっているのです。救いですね。

 同作は実写版もとても人気が高く、ドラマ版が4期も制作され、映画版も2作目が2016年秋に公開。さらには韓国や中国でもこちらを原作としたドラマが作られていて、アジアでも大人気。是非、漫画を読んで、自分に似たキャラクターを数多くのエピソードの中から探し出してみて下さい。
      

<文/牛嶋健(A4studio)>

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