そばもん ニッポン蕎麦行脚

流しのそば職人から学ぶ“マニュアルに頼らない仕事術”

作品データ/『そばもん ニッポン蕎麦行脚』 作者:山本おさむ、監修:藤村和夫(元「有楽町・更級」四代目) 『ビッグコミック』連載、全20巻

“慣れ”からくる自覚なき惰性が仕事の質を下げる

 仕事や恋愛の悩みで何となく食欲がない…なんて場合、食事を取らないと体力も持ちませんし、お肌の調子も悪くなってくるというもの。

 そんなときにオススメなのが、そば。

 軽く食べることができるから食欲があまりない日でも箸が進みやすいですし、腹持ちもいいですからね。

 さらにはそばに含まれているルチンという成分は血流をよくして、シミやシワを作る活性酸素を抑制する抗酸化作用があるためアンチエイジングの効果もあるんだとか。また、お通じをよくする食物繊維に、脂質の代謝や疲労回復にも効果があるビタミンB群、お酒の飲みすぎで気になる脂肪肝に効果があると言われているコリンなども含まれているそうです。

 つまり、お米や小麦粉を使った麺やパンよりも美容効果が高い主食こそがそばなんです! そう聞くと、なんだかそばを食べたくなりませんか?

 そばには“二八”に“十割”に“更科”と種類もあり、その奥深さも魅力ですが…いまいちよくわからないという方も少なくないはず。

 そういったそばに関する疑問を紐解いて解決してくれるのが『そばもん ニッポン蕎麦行脚』の主人公である矢代稜です。

 この矢代稜は、そばの名人であった祖父から江戸そばの技術をすべて伝授されたという男で、店を持たずに全国を旅しながら人に呼ばれてそばを打つという“流し”にして希代の職人。

 “流し”のそば職人…その響きだけで、いぶし銀な物語が想像できますよね。

 さて、矢代は問題がある店に厳しく問題を指摘することもあります。

 ある店の店主が病院から出前でざるそばを頼まれて持っていくと、病室に寝たきりの老婆が…。しかし、その老婆はざるそばを見るなり、「こんなくた~っと寝転がったそばがうまいわけがない」、「私はね 見ただけでそばの味が分かるんだよ」と言い、金を払うから持って帰ってくれと…。

 老婆はそう言いながらも、何度もその店に出前のざるそばを注文してきます。けれども、店主が試行錯誤してなんとか美味いそばを作ろうとしても、老婆は見るなり、いちゃもんをつけくるのです。

 店主がその話を矢代にしたところ、矢代は「そのばあさんはただ者じゃない……」「そばの良し悪しは目にみえるもんなんだ」、そして「俺たちにとって一番怖いのはそのばあさんみたいな本当の通だ」と語ります。

 しかし、さすが江戸そばの技術をすべて伝授された男。矢代は店主の仕事を見るや、こう指摘するのです。

「仕事が少し緩んでいる」と。

 そばは全身の力を込めてこねなければならないはずなのに、店主は長い間、仕事をし続ける中で気づかぬうちに体が楽をしようとして、その「わずかな楽が積み重なってあんたの仕事を緩ませてしまったんだ!」というのです。

 “初心忘れるべからず”とはよく言いますが、実際には仕事や家事でも、効率や楽さを求めて動きがちですよね。その結果、最初のころの“一生懸命やる”という気持ちが少しずつなくなっていき、それが仕事にも表れてしまう…。これはそば職人に限らず、どんな仕事をするどんな人にだって起こりえることでしょう。
      

一流のビジネスパーソンにも通ずる職人的思考

 また、作中にはこんなエピソードもありました。

 ある中年男性・田中さんがそば屋の開業をめざすといったエピソードでは、矢代は直接的な指導をしていませんが、田中さんの妻に矢代の指示をメールしてもらい、間接的に問題を解決したこともありました。

 田中さんは脱サラ後にそば打ち教室に通い、そのツテを使ってそば屋に住み込みで修行をしていました。しかし、そば打ち教室では優等生だったものの、住み込みで修行を始めてから店主が口下手でよい・悪いしか教えてくれず、全然、修行が進まないということで矢代に相談をしてきたのです。

 彼はそば粉に水を加えて練り上げる木鉢の修行でつまづいていました。そば打ち教室で習ったマニュアルが通用せず、何度やってもそば粉がまとまらず、麺もベトベトしたり、切れやすかったり…。

 必死に練習するあまり、腱鞘炎になってしまった田中さんは、住み込み先の店主に憤りをぶつけるとこんなふうに言い返されてしまいます。

「あんたが変えなきゃいけねぇのはそばの打ち方じゃねぇ!! ものの考え方だ!! “こうやればこうなる”じゃねぇんだ、そば打ちは!! “こうなる”ように、どう打つかだ!!」

 今ではどんな会社の仕事もほとんどマニュアルがありますよね。そのマニュアルに則って進めればたいていの業務は卒なくこなせます。

 でも、マニュアルがあったとしても、その仕事にお客様や取引先の担当者といった他者が介在する場合、話は変わってきますよね。人間ならば顔も違うし性格も違うわけですから。

 それは料理だって同じ。一つとして同じ食材はないわけです。

 マニュアルに頼りきるのではなく理想型にどう近づけられるのか、“こうなる”ためにはどうすればいいのかを常に考えなければということを、住み込み先の店主は伝えたかったのです。

 芸術家と違って職人は常に同じものを同じクオリティで作り続けなければなりません。こういった職人的思考は現代のビジネスパーソンも忘れてはいけないスタンスのようにも思えませんか?

 ――紹介した二つのエピソードに共通していたのは、理想のものを作るためには、同じ作業をし続けていてはいけないということ。マニュアル通りの作業をしても、長年行ってきた作業でも、少しずつ理想から遠ざかっていってしまいます。

 では、そんなときに名店と言われているそば屋の職人はどうするのか?これも作中で紹介されていました。

 常に温度や湿度、それに関連するそばの仕上がりなどに気を配り、マニュアルに頼らず、経験と直感を信じて、理想のものに近づくように試行錯誤していくそうです。

 つまり、“毎度、同じように仕事する”のではなく、“毎度、同じように仕上がるようにする”のが職人なのです。

 この職人的思考を常に持っておくことで、どんな業界の仕事でも結果を出すことができ、信頼を生み出すことができ、実績を積み重ねていくことができるのではないでしょうか。

 是非、おそば屋さんに入って職人の作業を見たときは、そんなことを思い出してみてくださいね。
      

<文/牛嶋健(A4studio)>

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