地方鮨の最激戦区 北陸鮨行脚 | ヒトサラ
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すし処 めくみ
- 柾目檜の一枚板を使用したカウンターは、御神木などに使用される樹齢数百年の貴重なもの。簡素かつ慎ましい店ながら、壁や椅子、天井まで、店を形作る素材は全て本物にこだわったという
- 銀座の老舗【ほかけ】を皮切りに、いくつかの鮨屋で江戸前を修業後、地元・石川県で独立した山口氏
- こだわりのシャリは氷水で浸水させた後、湯炊き。粘りの少ないササシグレを使用する
- 山口氏の代表的なネタのひとつが『蒸し鮑』。秒単位で時間を調整し、とろける食感の中に旨みを凝縮させる
- 鮨職人としては珍しいサウスポー。小気味良い所作から絶妙の握りを次々と楽しませてくれる
市場を走り、眠らない
孤高の頂きを目指す鮨職人金沢のお隣、野々市市の住宅街に全国の鮨ファンがこぞって訪れる名店がある。立地も圧倒的に不便、かつ値段は東京、いや銀座の名店と肩を並べるほどの高価格帯。それでも年間何度と通うファンは数知れず、予約は常に数ヶ月先まで埋まる、噂の【すし処 めくみ】とは一体どんな店なのか?
「自然が作り出すものの前では、私の鮨なんて、小手先の技術だと思うんです。だからこそ、まずは圧倒的なネタを集めたいと奔走しているのかな」
そう語るのは、店主の山口尚享氏。毎朝、野々市市から能登の七尾公設市場までの約100kmを車で往復。市場はもちろん帰るや否や、すぐに神経締めなど、下処理を施し、夜の営業までは仕込みを続ける。営業後の片付けが終わるのは深夜の1時、2時。そして仮眠を取り、再び4時には能登を目指す生活を続けているのだ。
そうまでして手に入れる能登の魚介は、白身や小魚、エビなど足の早いものも多数。それらを市場の誰よりも極上品を目利きし、価格も聞かずに購入、驚くほど丁寧にしかも迅速に下処理し、店へと運び、提供する。
その魚介のクリアな味わいといったら、一度味わうと忘れがたい感動の連続。だからこそ2度、3度と通いたくなる店であるのだ。シャリへのこだわり、水へのこだわり、仕事と、こだわりはまだまだ尽きない。その感動とこだわりはぜひ自らの舌で体験されたし。ほとんどのネタが、江戸前ならぬ能登前で構成される【すし処 めくみ】。まさに能登の海を再現するようなコースは春夏秋冬、さまざまな表情の魚介を楽しませてくれる。10月からはいよいよ海老と蟹のシーズン。「この時期は本当に寝る隙がないほど忙しいです」と山口氏
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鮨 木場谷
- 「店を構えるまでに本当にいろいろな方にお世話になりました」と常に腰の低い木場谷氏。大柄な身体かつハスキーボイスのジェントルメンは、周囲を明るくさせる人間力も魅力のひとつだ
- 『白エビ』。最初に口に当たる端にゴマを付け、まずは風味を楽しませる工夫が。すだちと塩でさっぱりと
- 『シンコ』。名店で学んだ江戸前の仕事が冴える。天候や個体差により酢締めの時間を調整
- 塩と酒のみでふっくら煮る『煮アワビ』。左に添えられているのはアワビのくちばし。こちらは稀に提供
- 金沢らしい古民家を改装した店内。檜のカウンターに波を打たせた天井、土壁まで贅沢な設え
毎朝氷見を訪れ鮨を握る
激戦区・金沢の注目株金沢に実に面白い鮨職人がいると噂が流れてきた。2016年の4月に、鮨激戦区・金沢にオープンした【鮨 木場谷】がその店であり、巨大な体躯とは裏腹に実に繊細な握りを供する主人・木場谷光洋氏がその人だ。
まずは経歴。サラリーマンを経験した後、築地の魚屋に務めたことをきっかけに魚に開花、築地務めと両立させながら夜間の調理師学校を卒業する。その後は、【すきやばし次郎】の兄弟弟子、船橋の【よしうら】で鮨の基礎を学び、一度は地元の富山に帰るも、まだ学び足りないと、今度は銀座【鮨 青木】の門を叩く。そこでもみっちり鮨を学び、いよいよ独立。しかし、木場谷氏が選んだのは店を持たないケータリングの鮨職人であったのだ。富山県小矢部市を拠点に要望があれば北陸界隈のいたるところに出張し、鮨を握ってきた。6年間続けた出張鮨職人は、鳴かず飛ばずの時代も長かったと言うが、後半は引きも切らない人気を博していた。
それは冷やかしで人気を得たわけではないだろう。実は木場谷氏、毎朝氷見の魚市場まで車を走らせ、自らが仕入れに行っていたのだ。それは金沢に店を構えた今も継続している氏のこだわりでもある。
「最初は市場の方に嫌がられていたと思いますが、自分の目で氷見の魚を見てしまったら、これを握りたいという思いが強くなって、毎日通いだしてしまったんです」
木場谷氏はそう笑うが、その努力はオープン後、程なく予約で埋まる今の現状を見れば一目瞭然。抜群の目利きと、名店譲りの握りは金沢に新たなウェーブを巻き起こしている。寝る間を惜しんで毎日、富山の氷見まで魚を仕入れに行く木場谷氏。毎朝仕入れる魚介を状態を見ながら時にじっくり寝かし、時にシンプルに当日提供するなど、最高の状態で楽しませる。富山のネタに合うよう、シャリも変え、赤酢と米酢をブレンドしている
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鮨処 あさの川
- 【小松弥助】の閉店後(現在は再開)に、直に森田氏の薫陶を受けた乙部氏。「指導というより、森田さんの握りや姿勢を目の当たりにする事で多くを勉強させていただきました」。『アカイカ』の握りなどに師の技が色濃く映る
- 「鮨は握れば握るほど奥が深い」と乙部氏。和食を経験したからこそ、鮨の難しさを実感しているという
- 金沢らしい和の風情あふれる店内。夜のおまかせ8,000円では先付け、前菜、造り、握りをコースで提供する
- 食べやすよう包丁を入れた『赤身の漬け』。短時間で漬けにすることで、鮪ならではの旨みも活かす
- 『手取川の大吟醸 吉田蔵』や『常山』など、鮨に合う北陸の地酒も多数用意する
弥助イズムを受け継ぎつつ
独自の鮨懐石を披露薄く3枚におろした地物のアカイカをシュシュと箸でまとめたかと思うとシャリとの間にゴマを忍ばせ握る。赤身は、薄口醤油をベースに煮きりで短時間漬けにしたものを、賽の目に切れ目を入れてすっと差し出す。
「握りひとつで、気づく方もいらっしゃいます」とは【鮨処 あさの川】の付け台を守る乙部友寿氏。何に気がつくのかと言えば、アカイカや漬けをこうして握るのは、東の次郎、西の弥助と謳われた、名店【小松弥助】の大将・森田一夫氏なのだ。そう、乙部氏は今や数少ない森田氏から味を受け継いだ職人のひとり。金沢を代表する名所・浅野川の畔で、森田氏が名付けたという【あさの川】で氏直伝の味を提供しているのだ。
さらに特筆すべきは京都などでの和食経験の長かった乙部氏。先付けから始まるコースでは、うざくに、子持ちコブ、鴨ロース、へしこやうるかまでを八寸に盛り込み提供する。これが見事に酒と寄り添うのだ。自らが研鑽を重ねた和の仕事と、森田氏直伝の握り、2つの軸でこれまでにない鮨懐石を楽しませる。
「和食が長かったんで、鮨はそこそこできるかと甘い気持ちでしたが、鮨はごまかしがきかない。仕事、素材、さらには自分の精神が映し出されるようです」
だからこそ乙部氏は自らの出自とまっすぐ向き合い、鮨に和食を合わせ提供したのだ。気の利いた肴で一献傾け、端正な握りで〆る。酒好きならずとも嬉しい一軒。握りはもちろん、しっかりと仕事を施した先付け、前菜、焼き物などの和食を味わえるのも【鮨処 あさの川】の醍醐味。地物を使ったたこのやわらか煮はとろける食感、金沢名物のバイ貝のうま煮など、郷土の味も盛り込む
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鮨 十兵衛
- 高校卒業後、すぐに札幌の名店【すし善】で研鑽を重ねた塚田氏。6年間に及ぶ下積みを経験後、福井に戻り父と共に店を切り盛り。5年前に塚田さんが主となり、店は4年前に全面改装し、今の設えに
- 『赤身』。この日は大間のはえ縄漁船。口の中でひと粒ひと粒ほぐれるシャリはマグロや青魚との相性に合わせた
- 『ケンサキイカ』。越前の定置網で揚がった極上品。美しい隠し包丁で、なめらかな食感に
- 地物を使った柔らかい『煮タコ』。活けのマダコを-60度で冷凍保存し、年間通して使えるように調整
- 「日本酒はやはり地元の酒を中心にラインナップしています」と塚田氏。福井の銘酒を厳選して提供
独自の路線で勝負する
福井きっての若手職人JR福井駅からならばタクシーで約4km。えちぜん鉄道三国葦原線に乗り継ぎ福大前西福井駅からならば徒歩9~10分といったところ。決して好立地とはいえない幹線道路沿いに、福井随一、いや北陸でも屈指の名店【鮨 十兵衛】はある。店を仕切る二代目・塚田哲也氏は言う「父の代までは、どこにであるような町の寿司屋でした。でもせっかくならば、どことも違うことがやりたくて、自分が店を継がせてもらうことになり、約5年前に今のスタイルにガラリと変えました」
店は一枚板の奈良檜をメインに、華美な装飾は一切なしの木の温もりあふれる空間。さらに夜のおまかせは1万円と1万5000円の2種類。一年間寝かせて程よく水分が抜けたコシヒカリと福井のハナエチゼンをブレンドし、赤酢と米酢でシャリは気持ち温かく仕上げる。握りは修業先であった札幌【すし善】のスタイルを元に、自身が一番しっくりくる立て返し(仏壇返し)で勝負。修業時には、多い年には年間50回以上の鮨の名店を食べ歩き、研究を重ね、独自の鮨を生み出した。
さらには2日に一度は直接、浜を訪れ北陸ならではの魚介を仕入れる。越前港、金沢中央、築地や明石など、必要とあれば、地の魚だけにこだわるわけではない。江戸前の真似事でもなければ、町の寿司屋でもない。そこには、福井の魚をメインにした旨い鮨が並ぶ。そう、至極シンプルに“旨い”を追求した鮨が並ぶのだ。越前港すぐの浜で直接買い付ける越前ならではの魚介が中心で、浜ですぐに神経締めしてくれる魚屋を懇意にしている。地の定置網のサバは、酢締め後、塩で約10時間寝かせ、すっきりと旨みを引き出す。子持ちの甘エビは、2尾を1貫で握ってくれる
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和香奈寿し
- この日のメインで扱う大半のネタは近隣の漁港や友人の魚屋から仕入れる北陸の魚介。それらを丁寧に仕込み、美しいネタ箱に並べる。この仕事を見ただけでも氏の鮨への愛情が伺える
- まだ30代半ばという領毛氏。若くして店を継ぎ、試行錯誤の末に現在のスタイルを生み出した
- 氷見産の『真鯛』は少し寝かすことで歯ごたえも楽しませる。柚子胡椒のほかネギもアクセントに使用
- 塩焼きにした『クロムツ』。揚げなすで作ったすり流しをソースのようにあしらい楽しませる
- あっさりとした味わいの『キツネガツオ』は海苔と出汁のソースで旨みを増幅させて提供
独創的な握りが楽しい
富山きっての若手の注目株鋳物の街・富山県高岡市で50年以上続く老舗として愛される鮨店が【和香奈寿し】。町に愛され続ける昔ながらの店と思いきや、2代目の領毛龍生氏の鮨は如実に今のトレンドをとらえているから面白い。それは富山の人気店【鮨人】の主人・木村泉美氏も「富山で頑張っている、若手の注目株!」と太鼓判を押すほど。
「先代が早くに倒れてしまい、急遽修業先の金沢から戻ってきました。だから仕事がきちんと完成できなかったこともあり、独学で工夫をした部分が大きいですね」と領毛氏。
金沢での鮨の基礎に、父とスタッフから教わったこだわり、領毛氏はそこに自ら食べ歩き発見したアイデアや感性を随所に忍ばせていくのがスタイルなのだ。
例えば、最初に供された小鉢の『牡蠣』。昆布出汁でじっくり火入れした牡蠣には、トマト、タマネギ、オレンジなどを加えたオリジナルのポン酢を合わせる。さらには、『真鯛』。錦胡麻も美しい見た目なのだが、味わうとピリッと辛い柚子胡椒が忍ばせてある。味わうたび、そうした驚きと発見を楽しませてくれる鮨なのだ。
さらに変化に富んだ握りの合間に、キツネガツオや、アラなど、富山で捕れる種類豊かな魚介ネタを挟み飽きさせず、地の魅力も伝えてくれる。
「まだまだ完成形ではない。早く自分の型を見つけたい」と領毛氏。勉強熱心かつ独創性に富んだその握り、型となる日もそう遠くはないだろう。既成概念だけにこだわらず、さまざまな食材と北陸の魚介を合わせるのが領毛氏の鮨のスタイル。氷見生まれで、現在も氷見に暮らす生粋の富山人だからこそ、地魚の味わいをさらに楽しませる工夫が随所に