第100~103回のゲストは、
すし処めくみ 山口 尚享氏
ON AIR No.100~No.103
1972年、石川県出身。 漆器職人の家に生まれ、自らもとことん道を極める職人気質。銀座の老舗【ほかけ】での修業を皮切りに都内で寿司店を渡り歩いた後、2002年に野々市市で【すし処 めくみ】を開業。ミシュランガイド富山・石川では寿司店では唯一の二ツ星を獲得。ほか、第3回料理マスターズブロンズ賞なども受賞。独自の世界観が高く評価され注目を集めていらっしゃいます。
ON AIR No.100~No.103
1972年、石川県出身。 漆器職人の家に生まれ、自らもとことん道を極める職人気質。銀座の老舗【ほかけ】での修業を皮切りに都内で寿司店を渡り歩いた後、2002年に野々市市で【すし処 めくみ】を開業。ミシュランガイド富山・石川では寿司店では唯一の二ツ星を獲得。ほか、第3回料理マスターズブロンズ賞なども受賞。独自の世界観が高く評価され注目を集めていらっしゃいます。
ON AIR No.100 第1回
まったく予約が取れないといっても過言ではないほどの人気を誇る【すし処めくみ】。金沢は野々市市にあり、繁華街から少し離れたベッドタウンにも関わらず、世界中からファンが訪れている。お目当ては山口氏の織りなす渾身の能登前鮨。食材の仕入れやお店のしつらえ、すべてにおいて本物を求めるご主人ならではの究極のお鮨とは。
――世界中から訪れるお客様はどんな方々なんですか?
山口:ある程度、年配の方が多いんですけど、お金持ちというより、食べることが本当に好きで、東京で食べ歩き、京都で食べ歩き・・・そして金沢へ来られるという方が多いですね。9割は県外から、1割は地元のリピーターの方です。金沢はおいしい魚のイメージがあるんでしょうね。そろそろ蟹の季節ですし、気合が入ります。
――お店はシンプルな内装ですが、驚いたのは柾目の檜の一枚カウンター。これ、御神木ですよね?これはすごい。こだわりをものすごく感じますがこれが“めくみさん”という感じがします。
山口:これは300年くらいの檜ですね。伊勢神宮の建替時でも100年くらいの檜を使っていて、御神体の部分で300年って言いますよね。しかも柾目は中々ないんですよ。変態って言われ慣れましたが、その中でも一番になれればいいかなと。
――七尾の市場まで一日往復4時間、片道100キロを毎日通ってらっしゃるんですね。
山口:そうです。雪が降ってると6~7時間かかることもありますね。そこまでする?といわれますが、そこまでしなければならないんです。なぜ美味しいか?勉強して考えているうちに、そうでないと美味しくないと科学的にわかれば、辛くても眠くてもそこに行かなきゃいけないし、送ってもらってもいいものとわかれば送ってもらいます。欲しいものが決まれば、高くても安くてもいい。値段という枠をはずして、美味しいか不味いかだけで判断していますね。辺鄙な場所ですから、それをきちんと続けることで信用を積み重ねていかなきゃと思っています。
「めくみを訪れるためだけに金沢へ」という鮨通が後を絶たない。それは、能登のおいしい魚を食すのでは事足りない、能登で“一番”おいしい魚を食すことに人生をかけた山口氏の鮨がここにあるから。
ON AIR No.101 第2回
寝ても覚めても魚と真摯に向き合い続ける山口氏。その知識たるものは想像を絶し、日々鍛錬という言葉がよく似合う。「脂肪の含有率と脂肪酸組成が産卵期によって変わってくるんですが、赤身は脂肪が・・・」と口を開けば科学的なお魚の話が始まる。もはや2時間でも3時間でも語れるといった様子の山口氏の瞳は、とてもキラキラと輝いていた。1日24時間では足らないであろう職人の一日に迫る。
――立って寝るのは日常茶飯事、睡眠時間40分の日が3日間続く時期もあるとか。
山口氏:朝4時起きが基本で蟹の時期は1時とか2時の時もありますね(笑)。仕込みが重要なので。日本では血抜きや神経締めなどは30年以上前から確立されている技術ですが、それだと下処理は50%程度。血液や内臓に酵素があるので、そこから腐っていくんです。内臓を取って鱗を取って、塩水や真水で洗うんですけど塩水の場合そこから塩抜きして・・・これで処理が100%になるんです。魚と出合った時に、どのくらい疲れているとか、どのくらい酸素の量を取り込んでいるかなど「魚の健康診断」をするんです。温度でどんどん酵素が分解されエネルギーが消費されていくので、いっぺんにそこまで下処理をさせないといけないんですね。
――こないだ伺った時は「自分は技術が足らないんで、原理を考える」とおっしゃっていたのが印象的でした。しかも非常に科学的でしたね。
山口氏:技術は、いつかはうまくなるとは思いますが、感覚でやっているとブレちゃうんですよ。なぜこのお刺身が今美味しいのか。それをわかっていないとまた美味しい状態で出せないんです。次の日に同じものを出せるのか。感覚って最後の数パーセントなんで、そこまでは原理が重要なんです。データではわからない部分はほんとの最後の最後。もちろん感覚でもわかってはいるんですけど、解明されている技術はなるべく解明して、食材に対する理解を深めたいんです。田舎の僕が言ったところで覆せないことも、科学的見地から物を言うと覆せる時代になったんですよね。
ON AIR No.102 第3回
一見、穏やかな見た目からは想像もつかないほどストイックな山口氏。前回、前々回では山口氏の鮨にかけるこだわり、そして職人としてのプライドが唯一無二の「能登前鮨」をつくりあげていく様をお届けしてきたが、今回はなんと、そんな山口氏を影で支える妻の由恵さんにご登場いただいた。和やかな雰囲気の仲睦まじい二人の姿にほっこりしつつ、トークは白熱していく。
――店名、【すし処めくみ】の由来となった奥様。奥様がものすごくいいサポートをされているように思いますが、この一体感がたまらないんですよね。仕事が終わる深夜からお米をひとつずつピンセットで間引きする作業などをこなされているんだとか。
由恵氏:はい、夜な夜な二人で作業することもありましたし、黙々と蟹をむいたり、白エビをむいたりしていますね。「おいしく食べてもらいなよ~」と思いを込めつつ(笑)。
山口氏:お鮨って、上が旦那で下はカミさんなんですよね。目立たないけどシャリがないとネタが活きない。上は常に良いものが必要なんですが、上を生かすのは常に下のシャリ。でもシャリが目立ちすぎるといくらネタがよくてもおいしくない。いつもそんな風に説明しています。
――なるほど。鮨も夫婦もお互いがあってこそ、か。いい表現ですね。
――お二人の丁寧さが本当によく出ていて、細部までこだわっていらっしゃる。最近のメニューを教えてください。
由恵氏:お通しにモクズガニですね。わかりやすくいうと上海蟹。8匹むくのにだいたい1時間。次はお刺身で、今だとアオリイカ、甘エビ、赤西貝。これは昭和天皇がお気に入りで有名になりました。そして蒸しアワビ。甘エビのお団子、のどぐろ、珍味、握り…白身が来て雲丹、赤身、〆ものと続きます。
山口氏:蒸しアワビはピンポイントで温度を入れていくと柔らかくておいしくなるんです。ゼラチンを舌全体で感じられるような、生ハムのような薄さで。白エビは一匹ずつ丁寧にむいて重ねています。1日300匹くらいむいていますね。料理人でも途中で切れちゃうほど長くむくのが難しいんです。25~30匹でひと口。なんとも贅沢なひと口です。
ON AIR No.103 第4回
いよいよ蟹がおいしくなる季節が到来。奥様がひとつひとつ丁寧にむいた蟹を堪能できる時期とあれば、世界中のグルメたちがこぞってやってくるのだ。確実に忙しくなる日々がはじまるにも関わらず、「一番辛い時期でもあり、一番楽しい時期でもあるんです」と意気揚々に話す山口氏。そんな鮨への愛情が深い山口氏は、意外にもパン屋さんになりたくて上京したという一面も。鮨との出合い、そして職人を目指す方への熱きメッセージとは。
――普段から睡眠時間がないのに、蟹の季節はさらに眠れない。寝る間を惜しんでまでベストを尽くす、蟹へのこだわりは?
山口氏:東京大学教授の東原先生に香りの実験していただいたり、論文を読んだりして日々勉強ですね。蟹はミネラルのない水で茹でます。蟹の鱗や汚れのマグネシウムなどと水道水中の金属が反応して酸化して臭みにつながるので。蟹の中の不飽和脂肪酸は時間が経つにつれて増えてきてお水と反応して臭くなるんです。水の鉄系のミネラルを抜いた状態で茹でて、臭み、雑味のないように仕上げている。塩分濃度は個体に合わせて1.5~1.6%。この1%で大きな違いが出るので、計算しています。産地によっても特徴があるのでそれに合わせて1.7%の時もあるかな?味噌の量、身のしまり具合、ゆで汁が染み込みやすいか…などのチェックが第一段階です。北陸というと蟹ですもんね。蟹と酒。鮨がいらないんじゃないかな?と思うくらい酒の肴にピッタリだと思いますね(笑)。
――めくみさんのベースは銀座の鮨屋、【ほかけ】と聞きました。でも逃げ出しちゃったとか?
山口氏:そうですね。当時は親方が命の時代。僕らから上の世代の厳しさ、プレッシャーに負けて…。いやいや、そもそも上京時はお鮨屋さんではなく、パン屋さんになりたくて修業に入ったんです。そこでマイナス20度の部屋でひたすらクロワッサンの層を重ねる作業をする毎日。このままだと凍死するかもしれない(笑)と。それは冗談として、自分で料理をやりたいと思ったのがきっかけですね。軽い気持ちで、「家庭的なお店です」という募集に惹かれて修業に入ったんですが、土地柄、黒塗りの外車がバンバン停まっている時代(笑)。親方は80歳近い今も毎日市場に通われている現役の職人なので頭が下がります。僕らの年代でもまだまだ若手なんですよね。当時学んだことが今の私のベースになっています。
山口氏:体力です!(笑)。それと「おいしいものをつくり続ける気持ち」これが一番大事なことですね。最後まで職人でいてほしい。食べた人が幸せになることがとても大事。
プロデューサーとしてパフォーマンスをして活躍するのもありだとは思いますが、常にお客様においしいものを届け続ける職人になってほしい。それをさぼるような職人になるくらいなら、ならない方がいい。お金儲けしようと思ってもお客は喜ばないんです。たくさんのお客様に喜んでもらうことが、結果的に自分もお客様も幸せになれる方法だと思う。その“重なり”が大事だと思います。