冬の京都、名店の味わい | ヒトサラ
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瓢亭 本店
- はららご(イクラ)、カマスの焼き目寿司、栗と銀杏の酒蜜煮などともに『八寸』のなかで登場する名物『瓢亭玉子』。シンプルがゆえ、その旨さに感嘆の声が漏れる
- もともと刺身は二点、三点盛りだったものを先代から鯛一本に絞ったという『明石鯛へぎ造り』
- 「海外で講演する機会も増えた」と髙橋義弘氏。現地で得た食材や調理の知識は自店にも活かされる
- 客室は「くずや」「探泉亭」「広間」など5つから成り、いずれも独立した個室の形をとる
- 四季の移ろいが映し出される庭園。池の水には琵琶湖の疎水が引かれている
ただ、守り続けるのではなく
進化の連続を積み重ねた450年元治元年(1864年)に刊行された「花洛名勝図会」に名勝として数えられ、『瓢亭玉子』や『朝がゆ』は、今や世界の食通の間でもその名が轟く。この店には長く続く歴史があり、訪れた者はきっとその圧倒的な世界観をただ享受するだけ。そう勘違いしてしまいそうだが事実は異なる。「時の流れとともに変わるお客様の求める味、サービスに応えていきたい」と話すのは15代目の店主・髙橋義弘氏だ。
事実、その試みは店の看板メニュー『明石鯛へぎ造り』にもあらわれている。明石の1.8~2.5キロの雌を毎日活け締めで、という店の不文律を踏まえつつ、若き15代目は従来の土佐醤油に加えて、新たに「トマト醤油」を添える。
「繊細な香りや味が好まれる現代だからこそ、こういったものがあっても面白いでしょ」と髙橋氏は平然と言ってのける。確かに軽やかな口当たりと爽やかな酸味は、鯛の味の輪郭を際立たせる。それでいて【瓢亭】らしいな、と思わせる不思議な説得力がある。
この店の場合、一時が万事そうなのだ。古くは祇園で他に先んじて足入れ「掘り炬燵」を採用し、先代から出汁に鮪節を採用した。そこには屋号に対する過剰な重圧も、奇を衒おうとする気負いもない。自分たちが今できる最大限で、お客様に喜んでもらいたいという真摯な姿勢だけがある。だからこそ破綻がなく、店に自然と馴染むのだ。【瓢亭】の歴史とは、日々その形を変えるおもてなしの追及、一期一会の積み重ねなのである。 -
割烹 千ひろ
- 永田裕道氏のスペシャリテ『焼き茄子』。絶妙な火入れで仕上げられた茄子はじゅわりとジューシーな甘みを湛える。ともに供される胡麻生姜醤油で違う味も楽しめる
- 生鱧の浮き袋に梅肉と山葵を添えて。細切りにした塩昆布が、鱧の味を引き立ててくれる
- 祇園で生まれ育ち、【辻留】で学んだ後に【千花】を26年に亘って兄と支えてきた永田裕道氏
- 『ピオーネと生湯葉』。この品のように、さらりと果物を忍ばせるのもこの店の特長のひとつ
- 「シンプルであるなら本物を使うべき」と語る永田氏。そのため器にも尾形乾山の名作などが並ぶ
余計な手は加えない
研ぎ澄まされる“引き算の美学”見た目もシンプルな『焼き茄子』、『鱧の刺身』に添えられた塩昆布を前にして、ピンとくる食通の方も少なくないはず。これらの料理、フレンチの巨匠であるポール・ボキューズ氏らが足繁く通ったミシュラン3つ星店【千花】の看板メニューでもある。それもそのはずで、店の主・永田裕道氏こそ、【千花】の永田基男氏の次男なのだ。
【辻留】での修業を経て、その後、2001年の独立開業まで【千花】の厨房を支えた氏の料理は、確かに生家である名店の系譜に連なっている。選りすぐりの食材には極力手を加えず、素材の持ち味を最大限に引き出すことに心を砕く。“引き算の美学”は京料理全般に共通することだが、このテーマに対する愚直なまでの姿勢を、さらに深化させた形が【割烹 千ひろ】で披露されている。
先に挙げた『焼き茄子』は店主の永田氏の言葉を借りれば「水に触らず、焼いて皮を剥いたもの」。塩一粒もまぶされていないという。それにも関わらずこの逸品、供されると鼻先に魅惑の香気を漂わせ、口に含むと果物のようにしっかりと甘い。ただ焼いただけ、にも関わらず茄子の旨味を存分に楽しませてくれるのだ。
決して奇を衒うのでなく、食材の輪郭を際立たせるための引き算という選択肢。確かな腕前と食材を見極める慧眼があってこそ成り立つ【割烹 千ひろ】のアプローチに、京料理のひとつの方向性がみえる。 -
京星
- メニューは17~18品で構成されるコース1本のみ。これをお客様のペースにあわせてリズムよく提供する。榊原氏、そして奥さまの物越しの柔らかさもあって、和やかな雰囲気のなかで絶品の天ぷらが味わえる
- 固有のクセが抜け、甘みが際立つ『人参』。この遊び心のあるユニークな見た目も好評を博す理由
- ぐじにはことのほかうるさい京都人。その京都人も一目置くパリパリ感とジューシーさ。旨みも抜群だ
- 繊細な味の天ぷらゆえ、まろみのある自家製の塩とレモン汁など柑橘の果汁、その果汁を加えた大根おろしで味わう
- カウンター10席のみ。満席にはせず、1席は必ず空けるのは、隣席を気にせず、着物でも食事できるための心遣い
しなやかに一子相伝を守り
世界へと飛躍した京星ストーリー【京星】の天ぷらはサクッとして驚くほど軽い。さらには、素材の持ち味というより素材の長所が素晴らしく生かされている。例えば人参は特有の土臭さがなく、甘みがぐっと際立って人参嫌いの人も迷うことなく口にできる。
「だまされたみたいや、と言われます」と笑う主人の榊原俊徳氏。なんと素材自体には何の下味も付けてないという。魔法さながらだが、これら絶品の天ぷらに仕上げる土台にあるのは、長きにわたって守られてきた代々の技だ。
油は自家配合で、関東のようにごま油は使わず、しかも衣に卵は使わず。コースにある17、18品を食べ終えても胸焼けすることなく、最後までリズミカルに味わえる秘密のひとつはここにある。この手法は戦後すぐ、初代の頃から受け継がれてきたものだそうだ。なぜ、天ぷらをこのように独創的に、繊細に仕上げることを思いついたのか。
「創業もここ祇園でしたから、やはり花街であることを意識しての天ぷらだったのでしょう。もちろん今も同じ。花街の方に喜んでいただける天ぷらなのではないかと思います」。天ぷらを一口で食べられるような大きさにカットするのは、それを踏まえた自身のアイデアだ。
【京星】はただ、身近な客筋を創業から本当に大事にしてきたのだ。そうすることを当然のこととして気負わず貫き続けてきたことが店の飛躍へつながった。この店の唯一無二の天ぷらに、今では世界が舌鼓を打つ。 -
ふぐ料理ともえ
- オリジナルの「一文字菊」盛りで供される『てっさ』。ふぐ本来の食感や旨味を味わえる厚い部分、ポン酢が染み渡る薄い部分と、1枚の身肉のなかで厚さにメリハリをつけている
- 腹身のほか、骨付きの身、トウト身(皮と身の間の内皮)を楽しめる『焼きふぐ』。下味は塩と一味のみ
- 箸で崩れず、口中で静かに溶ける『煮凝り』。寒天を一切使わないため、河豚の旨味のみが凝縮されている
- 気取りなく、くつろげる店内。気さくで、店主同様にふぐの知識に優れる女将の接客も店の名物
- 京都府ふぐ組合理事長という顔も持つ亀井氏。自身の持つ知識や技は同業者へも惜しみなく伝えている
長きに亘る旦那衆との切磋琢磨を経て
日本を代表する “熟成ふぐ”が花開く押しも押されもせぬ、天然とらふぐの名店として名を馳せる【ふぐ料理 ともえ】。しかし、ここに至るまでの道は決して平たんではなかったという。店主の亀井一洋氏は「立地柄、お客様の舌は京料理がベース。それゆえに、新鮮さだけではご満足いただけません。鮮度プラスαを求めるお客様との切磋琢磨がお店や私を成長させてくれたのだと思っています」と振り返る。
1969年に創業。先代である父とともに京都に「ふぐ料理」を根付かせるため、この食材と徹底的に向き合い、舌の肥えた旦那衆を納得させるにはどうすれば良いか、試行錯誤の連続だったという。
その高き要望に対する【ふぐ料理 ともえ】の答えのひとつが熟成だ。ただ寝かせるだけではなく、提供するタイミングでもっとも旨味がのるよう、時間を追って少しずつ部位を解体していく徹底ぶり。この丁寧な工程を経て、ふぐは淡泊な味わいから濃厚な旨味を湛える食材へと変化を遂げる。
例えば、「一文字菊」という独自の盛付けで供される『てっさ』。「最低でも30回は咀嚼するよう、お客様におすすめしています」と話す亀井氏は、ふぐの身を通常の店よりも1枚を大きく、やや厚めに引いている。そして亀井氏の言葉どおり、この花弁は噛むほどに旨味が口の中で広がってゆくのだ。
「ふぐは奥が深い」と笑う亀井氏。天然のとらふぐというそれだけでも力のある食材を前にしてなお、下ごしらえや手間ひまを一切惜しまず、持ち味を最大限に引き出そうと日々、研鑽を続ける仕事ぶり。この繰り返しこそ、【ふぐ料理 ともえ】が名店に駆け上がった軌跡である。 -
鮨まつもと
- 「江戸前寿司と寿司に通じるものしか出さない。うちはシンプルな店ですよ。でもその範疇でなら、塩加減やシャリの量などお客様の要望にできる限りお応えしたい」と松本氏。頑固一徹ではない柔軟さもこの店の魅力
- 江戸前といえばコハダ。酢で締め、翌日寿司ネタにする。パラパラとほぐれのいいシャリとの調和が見事だ
- まぐろは漬けで。部位や脂ののりなどでその加減を決めている。この日は10分ほどさっと漬けた赤身を握った
- つまみの『戻りがつおのたたき』。冬には『あん肝』や『牡蠣の煮びたし』なども登場するが、焼物などは出さない
- 落ち着きにあるモダンな空間。奥には坪庭を配して、明るさと寛ぎ感を演出しているのも京都らしいしつらえ
東京で本当にうまい寿司と出合った
その感動を京都・祇園に伝えていく「京都に本当の江戸前寿司を広めたい」。そうきっぱりと話す松本大典氏に、江戸前寿司への熱き情熱と誇りを感じずにはいられない。松本氏は関東に生まれ、東京で腕を磨いた。独立の際は銀座や西麻布でも店舗を探したけれど、縁あって京都へ。東京にはない雅やかな雰囲気に魅了された松本氏、「ここで勝負しよう」と心に決めた。
根底に流れるのは、自らが修業した新橋【鮨しみず】での体験だ。「寿司職人となって客として行ったときに、ものすごく感動したんです。素材のよさや技術のすごさが一口食べてわかる。衝撃的でしたね。それも修業に入ってわかりました。どんなときも可能な限り最高をお出しする、という揺るぎのないこだわりが徹底されていたからです」。
松本氏にも、むろん妥協はない。時に儲けがなくとも上質のネタを仕入れている。「あのときの感動を今度は自分が伝えたい」。そんな思いにいつも突き動かされているのだ。シャリは古米と新米を混ぜて、使う赤酢は店で自身がブレンドする。塩加減はその時々で変える。その塩梅こそが、江戸前寿司の真骨頂。つまみも寿司に通じるものしか出さないという。
仕入れは築地が中心だが、蛸、穴子、寒い時期に身の締まる鯛や、寿司屋では冬が旬のさわらなど明石直送のものも多い。「雰囲気もそうですけど、うちは味わいも東京と京都のいいとこどりなんですよ」。職人気質の精鋭は、最後に柔らかな笑顔をみせた。
※このページのデータは、2016年1月上旬取材時のものです。メニュー、営業時間、定休日などの情報は変更されることもございますので、あらかじめご了承ください。