富山湾と立山連峰を望む、丘の上に立つワイナリー・レストラン

 氷見の海を見ながらのドライブの後、丘に続く道をクルマでぐんぐん上がっていく。細い道を進むと、途中からいつの間にか両側にブドウ畑が広がっている。頂上近く、開けた場所にある目的地に到着し、クルマを降りたら目の前には息をのむ景色が広がっていた。足元に植えられているブドウ畑の先には、のんびりと鶏とヤギがえさを食べる小屋があり、その先には青々とした富山湾。水平線の先には、うっすらと立山連峰が見える。思わず歓声をあげてしまう絶景の地に【セイズファーム】はあった。

 “ファーム”という名のつく通り、敷地内には、野菜畑や果樹園、ワイン用のブドウ畑にワイナリーが点在する。その丘の上の一番奥に、小さなレストラン【セイズファーム キッチン】がひっそりとある。ここでしか食べられない、新鮮な富山の恵みを美しく仕上げた料理と、地のワインを楽しむために、県外からもゲストがやってくる人気の店だ。

木立の中にある平屋建てのレストラン

目の前に広がる豊かな海や山は“富山の天然の冷蔵庫”

セイズファームのレストランの店内。大きく切られた窓ごしの木立の景色が美しい

 木立の間の小道をたどりその先にあるレストランの扉を開けると、薪ストーブから生まれる暖かな空気と、木の燃えるいい香りにふわりと包まれる。真っ白な壁に木漏れ日が映す葉影が刻々と変わる様は絵画のようで、思わず見とれてしまう。シンプルでリラックスできる雰囲気ながら、クリーンな店内でほっと一息つくと、笑顔の渡邉隆二シェフが迎えてくれた。

 キッチンではすでに仕込みが始まっている。渡邉シェフの後に続くと、今日の料理に使う食材が並べられていた。
「これは、敷地内に自生しているハーブ類を摘んできたもの。それから野菜はなす、バジル、しょうが、里芋......青りんごのグラニースミス。これらはすべて自家菜園のものです。きのこは山で採ってきました。魚は目の前の氷見で今朝あがったものですね。うち、親会社が魚問屋なので魚はほんと新鮮なものが入ります」

 この店で使うのは、基本的にファーム内の食材に、富山湾の魚。そして富山県産の肉類と地元のものに限っている。「目の前が天然の冷蔵庫」とシェフが語る通り、新鮮な食材がすぐに手に入る恵まれた環境があるからだ。実は渡邉さんがこの地のシェフに就任したのは2016年の秋。それまでは銀座のカリフォルニアキュイジーヌの店でシェフをしていた。そのときに、以前一緒に仕事をしたことが縁で知り合った【セイズファーム・キッチン】のマネージャー阿部さんに“シェフにならないか”とオファーをもらっていたのだが、縁もゆかりもない富山の土地で働くイメージがつかずに、ずっと断っていたそう。しかし、あまりにも熱心に誘ってくれる阿部さんの言葉に、誘いを受けてから二年目に“一度遊びに行ってみるか”と気軽な気持ちでこの地に足を運ぶ。そのときに、目の前に広がる絶景と、豊かな自然環境に圧倒され、その場でシェフになることを即決したという。

ある日の食材の数々。ここに並ぶ食材は100%地元で獲れたものばかり

 「僕が料理研修で訪れたフィンランドのレストランを思い出しました。かの地では、海沿いで料理に使うハーブをや花を摘むことが日常でした。日本でそんなことができたらいいだろうなと思っていたんです。この土地にきて、まさにそのことがフラッシュバックしました。ここなら夢だと思っていた生活ができるかもしれない。そう思えました」

自然の流れの中に自ら溶け込み、目の前にあるもので料理をする

もともとメーカーでクルマを作っていたという渡邉シェフ。料理人になったのは25歳のとき。ベースはイタリア料理だが型にはまることなく色彩豊かな料理をつくりあげていく

 しかし、富山で仕事を始めた当初、築地に行けばなんでも手に入る東京の便利さに慣れていた渡邉さんはすぐに壁にぶつかった。富山の地の食材だけで料理をするという制約に思った以上に頭を悩ませることになったのだ。

「欲しいものがすぐには手に入らない。やりたい料理をイメージしても食材がない。あったとしても料理に使えるいいものの数がそろわない。そんな状況に最初はとまどいました」。

 けれど、目の前の港に通い、農園で採れる野菜やハーブに向き合ううちに、富山という土地が生む豊かな自然の流れの中に身をまかせる大切さを感じるようになったという。日々目の前のものに向き合う、そして自分のインスピレーションにまかせて料理を組み立てる。“なにが欲しいか”ではなく、“目の前にあるものをどう生かすか”。この地で一年料理人として暮らし、今ようやく富山の食材の魅力をわかってきたような気がすると語ってくれた。

この日の魚料理はすずきを使った一皿。セイズファームの『シャルドネ2016』をあわせて

 渡邊さんが作る料理は、素材を生かす足し算の料理。メインの食材に、さまざまな味と色を重ねていく。たとえばこのすずきの一品。すずきは5日間〜1週間寝かして塩をし、脱水。油で低温でゆっくりと火を通し、中は半生の状態で仕上げる。合わせるのは、 トラパネーゼソースというバジル、ルッコラなどのハーブとアーモンドのソース。 メインのすずきの下にはオクラとウニを忍ばせ、 トマトのフォンドボーを隠し味に。さらに付け合わせの野菜もそれぞれ真空調理をして味を変えている。仕上げにアクセントでハーブのオイルとフェンネル、そしてアーモンドのパウダーを添えた。これだけの食材が一同に皿に乗っているにもかかわらず、ひとつのハーモニーを奏でている。加わるからこそ生み出される新たな魅力。土地の食材で作るその旨みや香りの厚みはあきらかにテロワールを感じさせ、この地で生まれたセイズファームのワインと良く合う。

氷見牛の炭火焼き、ビーツのソースで。肉も地のものを使用。秋からはジビエも登場する。最近、肉は薪の火で焼くことも多いとか

 「僕の師匠でもある以前の店のアメリカ人シェフは目の前にある食材をおいしくするためなら、醤油でも味噌でもなんでも使う人でした。料理に制限はない。賛否両論あったけれど、いろんなものを柔軟に取り入れることがカリフォルニアスタイルだった。そういう人だったから食材を見て、急にひらめいたりするとメニューがバンバンかわる。そこで鍛えられたことが今生きていますね」

 そのアメリカ人シェフに誘われて研修に向かった、フィンランドやナパでの経験も料理に存分に生かされている。特にナパの【Terra】はセイズファームと同じワイナリー・レストランだった。

左から、シャルドネ2016、アルバリーニョ2016、ロゼ2016、シャルドネ2016(赤)、メルロー、など。レストランで味わえると同時に、併設のショップでも買える。数量が少なく、人気のものはここでしか買えないものも多数

 そんな渡邊シェフにワインに合う料理をどう考えるかと聞くと意外にも、「ワインに合う料理、ということを特に意識していません」という回答が。「結局目の前にある旬の食材を活かすことに集中すれば、地のワインとおのずと合うんです。マネージャーの阿部が僕の料理にぴったりのワインをセレクトしてくれるのでそこは任せています。ワイナリー・レストランの魅力は、その土地で獲れたものを同じ土地が育んだワインとともに食せるところ。目の前の料理の食材がすぐそこに見える海から揚がり、裏の山や畑で採れたもの。その環境に身を置いて食事をするというが一番の魅力だと思います」
富山の獲れたての食材を、確かな技術でガストロノミーとして昇華させる。そうして生まれた絵画のような美しい料理を、同じ大地が育んだワインとともに食す。それは、ここでしか食べることができない、これ以上ない贅沢な体験なのだ。

魚問屋の経営者の想いから生まれた、富山のテロワールを体現するワイナリー

レストランの料理に合わせるワインは、ここのワイナリーで作られている【セイズファーム】ブランドのもの

 ここ【セイズファーム】はそもそもワイナリーから始まった。2008年、江戸時代から続く鮮魚の仲卸【釣屋魚問屋】の社長の弟、故・釣 誠二さんが、耕作放棄地をブドウ畑に作り替え、氷見ブランドのワインを作ろうというという取り組みを始めたところが原点。しかしその誠二さんは2011年ワイナリーのオープンを待たずして他界してしまう。ワイナリーには彼の名前を付けて、会社の仲間で誠二さんの意思を継いだ。そして「日本一のワイナリーを作りたい」という思いを形にし、今も進化し続けている。栽培醸造責任者の田向 俊さんもそのメンバーの一人だ。

栽培醸造責任者の田向 俊さん。ステンレスタンクで醸造させるものは、ブドウそのものの味わいを活かし、テロワールの個性を感じるワイン。最近力をいれているアルバリーニョやコンクールで金賞をとった『オジコシャルドネ』もステンレス醸造だ

 地元の【釣魚問屋】に入社したのは2009年。「魚問屋に入ったのに入ったらいきなりワインの醸造やってくれ、と言われて驚きました(笑)。当時はワインに関する経験はもちろんのこと知識もありませんでしたし。ただただ、求められることを身につけたいと必死でした」。まずは玉村豊雄さんが経営する【ヴィラデスト】で働き、ブドウづくりから醸造の技術を学び、2011年竣工したワイナリーで責任者となった。その後も玉村さんにいろいろと教えてもらいながらこの土地ならではのブドウづくり、そしてワインづくりを試行錯誤していったという。

 「富山の気候はワイン向きかというとそうではないんです。ワイン用のブドウは湿気が大敵。でも海沿いですからやはり湿度は高くなります。そこで下草を刈り、葉をまびいたりしながらいかに海風を通すかということを考えます。一方日光があたりすぎて糖度があがりすぎてもバランスが悪くなる。そういう時はあえて草や葉は刈らずに影をつくる。自然環境を見極めブドウを作ることが重要なんです」

ミネラル豊富な土壌がつくる、セイズファームのワイン

下にある木樽で熟成させているカーヴ。メルローやシャルドネなどの品種が眠る

 また、ブドウの生産方法だけではなく、このテロワールを活かしたここならではのワイン造りへの研究にも努力を惜しまない。この地ではじめて植えられた品種はシャルドネとメルローだったが、その後もソーヴィニヨンブランなど、徐々に品種を増やし、どのブドウの品種が土地に合うのか少しずつ育てては相性を見続けている。

 「ここはもともと海底の土地が隆起してできた珪藻土がメイン。塩分やミネラルが豊富で、ソーヴィニヨンブランやアルバリーニョなどでつくるワインにはほんのり塩味のニュアンスを感じることもあります。最近のヒットはスペイン種のアルバリーニョですね。2016年収穫仕込みをしたものを今年リリースしたのですがこれがすごくよかった。この土地のテロワールをよく表現できている。こうしたワインができるのはドメーヌだからこそ。まだ本数が少ないのですが、これからうちの主力商品としていきたいですね」

 そのほかにも、日本ではあまりつくられていないロゼは、氷見の代名詞とも言える寒ブリに良く合うという。

 こうした企業努力は着実に良質なワインづくりに結び付き、【セイズファーム】の「オジコシャルドネ」が日本ワインコンクール2017年の欧州種系白ワイン部門で金賞を獲得。ワイナリーとしても高い評価を得つつある。

ブドウの木が植えられ、ヤギが草をはむ敷地内を散歩するだけでも楽しい

 “ここにしかない”おいしい料理とおいしいワイン。それらが揃う最高な場所を作るのは、どこにも負けない豊かな山海の幸と、恵まれたテロワールを洗練させて表現したいという人々の想いと努力。そこに惹きつけられ全国から人が集まる。それこそが【セイズファーム】の魅力だろう。

 気持ちのいい海風を感じながら、ブドウ畑が点在する農場を散策していたら「食とワインがあるところには文化が生まれる」という田向さんの言葉がふと頭に浮かんだ。

セイズファーム

セイズファーム

電話 090-7743-8288
住所 富山県氷見市余川字北山238(MAP
アクセス 富山地鉄市内線西中野駅より徒歩20分/富山駅からタクシーで10分
営業時間 ショップ・ギャラリー 10:00〜17:00
ランチ 11:00〜14:30 (予約制)
カフェ 15:00〜17:00 (L.O.16:30)
ディナー 17:30〜21:30 (3日前までに予約)
定休日 無休 年末年始、2月を除く
料理 【ランチ】2,600円、【ディナー】8,000円~

地図

写真/伊藤 信 取材・文/小松宏子、山路美佐(セイズファーム)

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