新世代のパティシエを夢中にさせる「バターのいとこ」の可能性とは
次に訪ねたのは「バターのいとこ」の販売店。その名もずばり【バターのいとこ】だ。商品の大ブレイクを受けて、2019年5月、【森林ノ牧場】と同じ那須郡那須町内に開業したばかりだが、ショップの駐車場にはクルマが所狭しと停まっていて繁盛ぶりが垣間見える。
ここでは、「バターのいとこ」の開発・運営メンバー3人が出迎えてくれた。
1人は那須塩原町にある複合施設【Chus】の代表・宮本吾一さん。マルシェ、ダイニング、ゲストハウスを一体化することで那須の魅力を発信し、その地域活性化の手法で注目を集める人物だ。それから、東京・富ヶ谷の人気レストラン【PATH】のオーナーの1人、後藤裕一さん。フランスのミシュラン三ツ星レストラン【メゾン・トロワグロ】にてアジア人初のシェフパティシエとして活躍した経歴を持つ腕利きだ。そして、東京・新宿の一流ホテル【ハイアット
リージェンシー 東京】でペストリーシェフを務めた実力派、仲村和浩さん。後藤さんと仲村さんはメニュー開発や店舗コンサルティングを手掛ける会社「Tangentes Inc.」を共に運営する仲でもある。
「バターのいとこ」のレシピを最初に開発したのは後藤さんだ。きっかけはそもそも知己の間柄だった宮本さんからの一本の電話。そこで、【森林ノ牧場】のこと、地域に根付く小さな酪農が抱えている問題などについて簡単に話を聞き、安価に取引されているスキムミルクに新しい価値を与えるために何かスイーツができないかと相談された。当時のことを後藤さんは次のように振り返る。
「共通の知人を通じて知り合った(宮本)吾一さんには、彼の生き様から信頼を寄せていました。けれど、僕はそれまでパティシエをやってきて、スキムミルクを食材として捉えたことがなかったので、一瞬、頭を悩ませました。で、しばらくして思ったのです。やるなら、スキムミルクをたっぷり使ったものにしたいなと。なぜなら、このプロジェクトの意義は、単純においしいお菓子をつくることではなく、スキムミルクをきちんと流通させることだと僕なりに悟ったからです」。
それから、後藤さんは宮本さんと一緒に【森林ノ牧場】を訪ね、代表を務める山川将弘さんと対面した。広い空の下で可愛らしいジャージー牛がのびやかに下草を食む様子を間近にした後藤さんの心に迷いはなかった。
「森林の中の牧場はただひたすらに気持ちが良かった。吾一さん、山川さん、僕(後藤さん)は、那須の豊かな自然と牛たちが織りなすバイブレーションに心を動かされたのだと思います。牛の個性を生かす。地域の資源を生かす。そうして新しい商品を生み出し、販売することが、生産者、観光客、地域の三方よしを実現する可能性を秘めていることにも素直に共感できました」。
かくして「バターのいとこ」の商品化に向けて具体的なレシピが練り上げられた。主役となるスキムミルクはミルクジャムになり、ワッフル生地の中にたっぷりとサンドされることになった。そのおいしさは、2018年3月に商品が誕生して以来、大きな話題となっている。最初は宮本さんが運営する【Chus】のショップで販売されていたのが、前述の通り、独立して専門店までオープンした。その噂は全国に広まり、今や県外からも購入する人が後を絶たない。思わず、「全国展開をする気はないのか?」と訊ねたが、その答えは「ノー」だ。
「吾一さんとも話していたのですが、僕らは儲けのために『バターのいとこ』を手掛けているのではありません。『バターのいとこ』を通して生産者、観光客、地域の方が笑顔になってほしいのです。でも、規模を拡大すると、いろんな利権が絡んできて、それがどうしても難しくなる。軸がブレるようなことはしたくないと思っています」。
「『バターのいとこ』はお菓子には違いありませんが、三方よしの取り組みそのもの」と最後に後藤さんは言った。その言葉は、【森林ノ牧場】の山川さんが発した「小さい酪農が自立できることを示したい」という一言にも繋がる。プロジェクトに携わる人たちに確かな共通認識があって、「バターのいとこ」が生まれ、今もなお展開されていることを2つの取材を通じてしみじみと実感させられた。