ジビエ、ふぐ、上海蟹…… 冬の三大味覚を味わい尽くす | ヒトサラ
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LATURE
- アーモンド香る生地、3種のジビエからなるコンソメのジュレ、それぞれ個性的な旨み溢れる肉など、多彩な味や食感が一皿に詰め込まられた『タルトジビエ』。鹿や熊、猪を使用し、山の恵が織りなす物語を巧みに表現している
- 「同じ味付けで万人を満足させることは難しい」と室田シェフ。ゲストの好みにも微に入り細を穿つ
- 伝統料理を模した『ショコラロワイヤル』。鹿の血を使いガトーショコラを濃厚に仕上げた
- ジビエの調理を間近で楽しめるカウンター。 アナグマ、キョン、タヌキなど珍しい食材が登場することも
- ジビエの個性に負けない赤ワインが中心。緩急を付けることができるよう多彩な品種をオンリスト
日本の自然とフランスの伝統が
眠っていた狩猟本能を刺激する均一化された家畜とは異なり、個体ごとの生息環境の違いで風味や食感に大きく特徴が出るジビエ。「それを活かすのか、抑えるのか、選択肢が豊富で扱いが難しいからこそフレンチの花形食材なのです」。そう語る室田拓人シェフは自ら狩猟もこなすハンターシェフだ。
巨匠、吉野建シェフ率いる名店【タテルヨシノ】にて伝統のフレンチを学ぶ傍ら、狩猟技術も磨き上げた修業時代。20代後半からは渋谷【deco】で活躍し、店をミシュランのビブグルマン掲載店に押し上げた。そして2016年の独立早々にフランスの人気美食ガイド『Gault&Millau』日本発刊第一号にて「明日のグランシェフ賞」を獲得。日本フレンチ界のジビエの名手として頭角を現している。
「私の一番の師は食材そのもの。命をいただく重さを実感するからこそ、少しでも美味しく調理をしたいという思いが強まり、それが日々の研鑽に繋がります」。
ジビエ料理に何よりも大切なのは経験であると室田シェフ。先人が築き上げた調理技術を重んじながら、食材の状態やゲストの好みに合わせた繊細な調整を怠らない。ジビエを育て上げた環境にほど近い農家の野菜や果実を使用するなど、日本の原風景を感じさせるコース構成も見事だ。四季の恵みを凝縮した料理の数々は洗練されながらも野性的。見た目、香り、味わい、さまざまな角度から食欲という本能に強烈なインパクトを与えてくれる。日本では狩猟禁止のライチョウだがフランスでは伝統的な秋冬の味覚。個体数が豊富なスコットランドから届いたもので「ヒノキやマツを彷彿とさせる森の良い香りがします。心地よい苦味も期待できるので、その魅力をローストで引き出したい」と室田シェフ。内臓や血はワインで煮込み、濃厚なソースに仕上げるそうだ。
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たでの葉
- 店名は「蓼食う虫も好きずき」に由来。茎や葉に苦味があるが、そんな蓼をも好む虫がいるということわざだが、「冬はジビエがメイン、夏場は鮎が主役となるような変わった店にも、好きな人は集まる」との思いを込めて命名したという
- ジビエは基本的に炭火焼か鍋で。小鶴氏の故郷である熊本から猪、鴨、北海道からヒグマ、エゾ鹿などが届く
- 『尾長鴨の炭火焼』。鴨は魚を食べる海鴨でなく、臭みのない尾長鴨や軽鴨、真鴨、小鴨などの陸鴨を使う
- 小鶴氏がひとりで調理も接客も行うため、店内は炉を囲むコの字カウンターのみのレイアウト
- 『猪の味噌鍋』。「この部分が美味しいんです」と、脂身のある肩ロース、ロースなどを使用
炭火の炉を囲むコの字カウンターで
味わうほどに深みを増すジビエの世界「本当はジビエをやるつもりはなかったんです」
確かに構想当初はそうだったかもしれない。店主の小鶴清史さんが【たでの葉】を始めた理由は、鮎漁師である父親が捕る鮎を店で出すためだった。
「中華をずっと学んできましたが、自分の中で限界を感じて。そんな時『自分にしかできない料理を』と思い、考えたのが父のとる鮎を使った料理でした」
しかし、鮎料理を出すにも、一年中鮎を出せるわけではない。そこで鮎の出せない冬の名物として思いついたのがジビエだったのだ。そのジビエを学ぶために修業した西麻布の名店【またぎ】で、小鶴氏はジビエの魅力に開眼。のべ4年の修業では料理長まで経験し、2年前には狩猟免許を取得。シーズンには自ら山へと入り、獲物を仕留めるほど、ジビエの虜になっていった。
「ただし、山に入ったからといって、料理が美味しくなるわけではありません」と小鶴氏。その真意は、ひとりで店を切り盛りするゆえ、ハンターとしての声がカウンター越しにダイレクトに食べ手に届くことにある。
「たとえば、鴨をどうやって散弾銃で仕留めるか知っていますか? こうやって流しながら…」といって小鶴氏は嬉しそうに銃を構えるフリをする。
炭火でジイジイと炙るジビエ。猟師の手により適切に処理された肉の旨さだけではない、【たでの葉】は美味しさの向こう側にある食べる喜び、知る楽しさまでをも伝えてくれる。日本のジビエの象徴となる代表格のひとつといえば、鹿肉。無論、産地は北海道産。ここではエゾ鹿を炭火焼きにして、ホースラディッシュの醤油漬けを添えて味わう。生命力溢れる鹿肉の滋味は、まさにシーズンならではの凝縮された旨み。脂の融点が高いため仕上げに炭火に近づけてしっかりと炙ることで、炭の香りも纏わせている。
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中国料理 春秋
- 『酔蟹』はいわゆる酔っぱらい蟹。甕出し紹興酒と醤油、砂糖、山椒やショウガ、ねぎを合わせたタレに活きたまま漬け込んだ。「5~6日目がベスト」と宮内シェフ。甲羅の中の黒い部分が内子。上海蟹の卵だ。コースとは別の追加注文
- かつてはグルメ不毛の地とも呼ばれたエリアで30年以上。どこかシックな大人の雰囲気が漂う店
- 『フカヒレの姿煮込み』。ヨシキリザメの尾ビレを4日がかりで戻して使用。1枚120gと食べ応え十分
- これだけを食べたいというファンも多い『ねぎ炒飯』。味の決め手はたっぷりのねぎでつくるねぎ油
- 紹興酒(手前)は甕だしのみ1種類、ワインも赤白を1種ずつだけだが、別料金で持ち込みもできる
常連に愛され続け31年の名店
この季節の主役は太湖産上海蟹今や日本でも、すっかりお馴染みとなった上海蟹。中国では太閘蟹と呼ばれているこの蟹は、中国各地で捕れるものの、江蘇省の陽澄湖と近くにある太湖のものが有名。最も美味とされている。“九雌十雄”とは中国でよく言われる言葉だが、これは、旧暦の9月は卵を持つ雌が旨く、10月になると白子が身にたっぷりと入る雄の方に味がのって食べ頃になるという意味だとか。今の暦で言うならば、10月から12月にかけてが、まさに上海蟹のベストシーズンというわけだ。
「うちで、数年前から使っているのは太湖産。色々食べてみて、ここの上海蟹が一番美味しいと思ったからです。卵が美味しい雌は、紹興酒漬けにして内子のねっとりした旨みを。対して雄の方は、白子のまったり感を味わって頂きたくてシンプルな蒸し蟹にしています」
穏やかな笑みを浮かべ説明してくれたのは、上海料理の名店【春秋】の店主・宮内敏也シェフ。日本の旬の味覚を随所に取り入れた緩急自在なおまかせコースが評判の同店だが、この時期のメインはやはり上海蟹。やや甘めな味付けの紹興酒タレが染み込んだ『酔蟹』の蟹味噌や内子の凝縮されたような滋味、そして蒸した白子は舌に纏りつくような食感が官能的だ。蒸し蟹は食べやすいよう綺麗にむき身にしてくれるので、初心者でも大丈夫。豆豉炒めなどメニューにない料理も、出来る範囲でリクエストに応えてくれる。〆のねぎ炒飯も絶品だ。12月になれば、脂がのりはじめ美味しくなるというのが上海蟹の雄。「同じような形をしたもくず蟹でつくってみたこともあるけど、上海蟹には到底敵わない。脂の美味しさはこの時期だけの楽しみですね」と宮内シェフ。黒酢にショウガ、氷砂糖を加えたタレにつけていただく。さっぱとしながらも、上海蟹の白子の美味しさを巧みに引き立てる。
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ふぐ福治
- 『ふぐさし』とは異なる、ふっくらとしたやわらかさが楽しめる『ふぐちり』。まずふぐのアラで出汁を取ることで、野菜や豆腐にも旨みが移り、店主が吟味したふぐの味を堪能できる。アラは豪快に手でいただくのが【ふぐ福治】流
- 『ふぐさし』の身は、透き通るほど薄く切られ、まさに職人技。皮、身皮との違いを楽しめる
- ピンク色で弾力があるのが良いふぐだ。料理ごとに種類は分けずに、すべて最高品質のふぐを使用
- 日本酒は女将のセレクトしている。淡麗辛口の「ふぐの邪魔をしないもの」がメイン
- 店内は個室がメイン。テーブルと堀りごたつの2タイプがある。カウンター席も
実直にふぐに向き合い続け
40年愛されるふぐの名店『ふぐさし』や『ふぐちり』といったシンプルな料理として供される食材だからこそ、素材そのものの質に並々ならぬこだわりを持っているという【ふぐ福治】。
「うちで扱うのは天然の白フグ。それも豊後水道などの内海で水揚げされたものの中から、より抜きして質の良いものを選んでいます」と語るのは、店主の矢菅健さん。27歳で店を始めて41年、ふぐと向き合い続けてきた、生粋の職人である。
「何よりも、ほかのふぐとは味が違う。分かりやすいのは『ふぐちり』の〆のおじやで、これがよく出汁が出るんです」。それだけではなく、刺身はポン酢でも旨いが、「搾ったすだちと塩で十分美味しい。食べればその意味が分かりますよ」と語気を強める。
豊後水道の荒波に揉まれたふぐは、身が引き締まり、噛めば噛むほどじんわりと旨みや甘みが広がる。淡白ながらも奥深い旨みがあるのは、店で熟成させているからだ。
そして、ふぐ料理に欠かせないポン酢にもこだわりが。使うのはグリーンダイダイで、店でひとつひとつ皮をむき、まだ緑のうちに果汁に。果実が熟す前に搾るため、1シーズンで使う600kgのグリーンダイダイすべてを11月のうちに処理しないといけない。ふぐの味わいを引き立てる爽やかな酸味を出すには、この作業が必要なのだそう。それもこれも、「ただ真摯に美味しいものを提供したい」という想いから。その積み重ねが、日本の冬の味覚をより確固たるものにしているのだ。四季折々の料理が堪能できる【ふぐ福治】の冬の味覚は、ふぐの他にも多数。越前ガニは、11月の解禁日から禁漁3月末までの間のみ、予約制で提供される。活けのまま仕入れボイルする蟹は絶品だ。また、すっぽんは通年用意してあるが、冬は全国の名店も取り寄せる浜名湖産で生育されたものを使用する。
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ELEZO HOUSE
- 『蝦夷鹿のフィレとハツ、青首鴨のロースト盛り合わせ』。写真は2歳の雌鹿。手前からフィレ、ハツ、青首鴨の胸肉。しっとり焼きあげたフィレは、口当たりは優しくも味わうほどに野生ならではの逞しい歯応えと猛々しい旨みが滲み出る
- 【ELEZO】のオーナーで【ELEZO HOUSE】のシェフでもある佐々木氏。その料理はダイナミックで繊細
- 一階のカウンター席は、7席。紹介制ゆえか、どこかサロンのような雰囲気。二階には落ち着いた個室もある
- 店では火曜・水曜限定で物販も。シャルキュトリーを購入すれば、紹介がなくとも予約ができる
- 『鹿のブーダンノワール』。下にはリンゴのピュレを敷いてある。ねっとりとして深みのある味わいだ
野生の生命をいただくことを実感
ジビエの奥深きを知る一軒ヨーロッパでは、古くから貴族の伝統料理として発展してきた食文化のひとつ“ジビエ”。フランス語で、狩猟で得た野生鳥獣の食肉を意味する言葉だ。そのジビエに魅せられ、北海道は十勝で、流通、製造、料理までを手がける史上初!? の食肉料理人集団【ELEZO】を、12年前に立ち上げたのが店主の佐々木章太さん。その集大成とも言える一軒家レストラン【ELEZO HOUSE】が松濤のお屋敷街にオープンしたのは去年6月のことだ。
こだわりは半端でなく、佐々木さん曰く「十勝の現場では、いつも仕留めてからラボまで1時間以内で持ち帰れる範囲内で狩りをすることにしています。それ以上時間がかかると、肉に臭みが出てきてしまいますから」。さらに雌鹿なら4歳、雄なら3歳までと月齢まで制限。それも、ジビエを少しでも美味しく食べてもらいたいとの思いゆえだ。料理人としての矜持とともに、肉一片、血の一滴たりとも無駄にせず食べ切らなくては、ハンターとして尊い命に申し訳がないー。常にそういう思いで、佐々木氏は厨房に立っているのだ。
そのおまかせコースでは、血はブーダンノワールとなり、骨や筋、脛はコンソメとなって登場。中でも、圧巻はメインのジビエのローストだろう。この日の一皿のように、鹿のフィレとハツ、真鴨というように必ず異なる2~3種の肉を盛り合せ、食べ比べを楽しんで貰おうとの趣向も粋。噛みしめるほどに精気漲る野生ならではの醍醐味を味わいたい。「自分たちの強みは、食材の命から見られること。フランスやスペインのように保存食としてのジビエ料理は目指していません」と佐々木さん。そのため調理は素材の持ち味を最大限に活かすのが最大の真骨頂。ジビエの見識がまだ浅い日本の食文化を深めようと、月齢の異なる蝦夷鹿の食べ比べなども行なっている。