『ミスター味っ子 幕末編』
作品データ/『ミスター味っ子 幕末編』(1巻より抜粋) 作者:寺沢大介 『週刊朝日増刊 真田太平記』連載中、既刊3巻 ©2016 Daisuke Terasawa,Published in Japan by Asahi Shimbun Publications Inc./
1986年から『週刊少年マガジン』(講談社)で連載され、少年誌におけるグルメマンガの先駆けとなった『ミスター味っ子』。その番外編とも言える新シリーズが、2015年から『週刊朝日増刊 真田太平記』(朝日新聞出版)で連載がスタートした本作『ミスター味っ子 幕末編』です!
『ミスター味っ子』の主人公・味吉陽一(中学生)が、幕末にタイムスリップするというSFのエッセンスを盛り込みながらも、きちんとグルメマンガの金字塔の続編として、本格的な料理を紹介していく作品になっています。
黒船のペリーに振る舞ったのは…まだこの時代にはないカツ丼
亡くなった父の意思を継ぎ、日之出食堂を守ってきた味吉陽一は、常識に縛られない独創的なアイデアで魅せる天才少年料理人。陽一は味皇に勝利し、名実ともに日本一の料理人となったその晩、眠りについて目覚めるとそこはもう幕末の日本…!
その時代で出会った勝麟太郎(勝海舟)から、黒船が来航していることを知らされ、日本料理を小馬鹿にしているというアメリカ人たちに、「あっと言わせる料理を作って度肝を抜いてくれ!」と頼まれるのでした。
その依頼を引き受けた陽一が、黒船のペリー提督たちに振る舞ったのは…カツ丼!
問題は、この時代の豚肉がまだ固くて臭いもきつく、あまり質がよくないこと。そして、パン粉や玉ネギが手に入らないこと。けれど陽一は持ち前の発想力で、パン粉の代わりに高野豆腐を砕いて使ってサクサクフワッの食感を再現し、玉ネギの代わりに長ネギを使うことで獣肉の臭みも抜いて一石二鳥に! さらには、ヤマグミの枝を牛乳に一晩つけてヨーグルトを作り、そのヨーグルトに豚肉を漬けることでやわらかくするというアイデアも披露!
このカツ丼を食べたペリーは、
「何という柔らかさだ…!! 魚食いの日本人にこんなに柔らかく香り高い肉の調理ができたのか…!!」
「日本人というのは恐るべき可能性をもった民族らしい」
「カツ丼はたいへん美味しかった」
と大絶賛するのでした。
日本料理代表として選んだのが“洋食から生まれた和食”
「トンカツ」の“カツ”は「カツレツ」の略で、語源はフランス語の「コートレット」と言われていますから、実はトンカツ自体は西洋料理。日本で初めてポークカツレツが登場したのは明治時代、ある洋食店が提供したのが起源と言われています。
しかし、そんなトンカツを卵でとじ、ご飯の上に乗せて丼料理とするという日本ならではのアレンジが加えられているので、カツ丼は“近代和食”と言えるのではないでしょうか。
さて、陽一がアメリカ人を見返すための日本料理として選んだのが、まだ幕末の時代には存在しないはずのカツ丼だったわけです。『ミスター味っ子』ファンならば当然ご存じと思いますが、カツ丼と言えば『ミスター味っ子』第1話で陽一が味皇に振る舞った料理であり、陽一自身も「俺の一番得意な肉料理」と豪語している逸品。
つまり、カツ丼は『ミスター味っ子』シリーズにおける原点回帰とも言える和食だったわけですね。その時代では手に入らない食材は創意工夫で代用し、さらにはアメリカ人が美味しいと思えるようなアレンジを加えるなど、陽一の発想力は健在で、進化したカツ丼となっていた点も見逃せません。
前述したようにトンカツは西洋料理であり、卵でとじてご飯に乗せるというアレンジで日本料理に昇華させたのがカツ丼ですから、陽一はあえて洋食と和食の良さをどちらも兼ね備えたカツ丼を、アメリカ人に食べてもらいたかったのだろうと深読みすることも…。“洋食から生まれた和食”であるカツ丼を、日本料理代表として振る舞ったのは、意味深いように感じます。
懐石料理といった伝統を重んじる和食ももちろん大切にしていくべきですが、洋食から着想を得た“近代和食”とも言えるカツ丼も立派な和食。ですから、このエピソードからは、「和食」の懐の大きさや振り幅の広さが学べるのではないでしょうか。
余談ですが、本作の作者である寺沢大介先生は、寿司マンガ『将太の寿司』も代表作に持っているマンガ家です。グルメマンガ家のなかでも、特に和食愛溢れる大御所と言える寺沢先生が送る『ミスター味っ子 幕末編』は、和食の真髄がそこかしこに詰め込まれているので、和食の心を学ぶのにうってつけの作品と言えるかもしれませんね。
