さらに造詣を深めたいなら…至高の「イタリアン」の真髄に触れられるマンガ3選

――イタリア料理。日本ではパスタのイメージが強いかもしれませんが、グルメマンガの金字塔『美味しんぼ』では、「イタリア料理の真髄は、肉、魚介類、野菜料理にある」とも語られています。
 そこで今回は、イタリア料理が登場する本格グルメマンガを3つセレクト。
 日本では、イタリアンは今や和食や中華に並ぶジャンルであり、身近に感じている方も多いでしょう。ですが言わずもがな、イタリア料理は奥深いもの。このコラムで、少しでもそのイタリア料理の深淵を覗いていただければ幸いです。

『美味しんぼ』

『美味しんぼ』

作品データ/『美味しんぼ』(25巻より抜粋)-原作:雁屋哲 作画:花咲アキラ 『週刊ビッグコミックスピリッツ』連載、既刊111巻 雁屋哲・花咲アキラ/小学館

 1983年に連載スタートした『美味しんぼ』はテレビアニメ化、実写ドラマ化、実写映画化とひととおりのメディアミックスがされるほどの超メジャー作品。
 新聞記者である山岡士郎と同僚でパートナーの栗田ゆう子が取り組む「究極のメニュー」と、山岡の父で高名な陶芸家の海原雄山が総指揮を執る「至高のメニュー」の対決を主軸とした、グルメマンガの金字塔です。

カルボナーラはシンプルゆえに奥が深く、腕が試される…

『美味しんぼ』

 本作ではさまざまなジャンルの料理が取り上げられますが、その中でも今回はイタリア料理のスパゲッティを取り上げたエピソードを紹介しましょう。
 東京のイタリア料理店を4軒ほど渡り歩き修行をし、イタリアでも勉強してきた中堀一夫は、日本でイタリア料理店を開くことになっていました。ですが、中堀自身は本格的なイタリア料理店を望んでいましたが、出資者の要望でスパゲッティメインのお店を開くことになっており、不本意で葛藤中。
 しかも、そもそも中堀はパスタ料理があまり得意ではないそうで、それは決して謙遜ではない模様。というのも、アドバイスを求めていた海原雄山から出されたお題のスパゲッティ・カルボナーラを作ったところ、雄山はその中堀が作ったカルボナーラを一瞥すると、「このたわけが!」と激昂して一口も食べもせずに帰ってしまうほど。雄山からすると、中堀のカルボナーラは食べるまでもなく、見た目だけで愛情や信念が込められていない皿だということが、如実にわかったようなんですね。
 茫然自失の中堀に対し、その場に同席していた山岡は、中堀にもう一度カルボナーラを作ってもらい、自身が作ったカルボナーラと比較することを提案します。
 ……全く同じ素材で作った両者のカルボナーラには大きな差がありました。
 山岡のカルボナーラは、ソースがねっとりなめらかに麺全体に絡まっているのに対し、中堀のカルボナーラはソースがブツブツ固まって麺にこびりついている感じ。実際に試食しても、山岡のほうは濃厚でありながらやさしい味のソースがなめらかに麺を包み込み、こってりなのにくどさがなくスッキリした味わい。一方の中堀のものはなめらかさが感じられず、それどころが舌触りの悪さが目立つ始末で、風味も落ちるし味にコクがないうえにスッキリもしておらず……。

素材ひとつひとつと向き合いポテンシャルを引き出すこと

『美味しんぼ』

 山岡のものと比較され、中堀自身も原因がすぐにわかったようです。山岡と中堀のカルボナーラが決定的に違った原因…それは、卵。
 山岡は黄身しか使わなかったのに対し、中岡は白身まで使っていたうえに、卵(全卵)と生クリームのソースを麺にからめてから火を加え過ぎていたとのこと。その結果、卵は固まり、細かい炒り卵状になって麺にこびりついてしまった、と…。
 この卵へのアプローチが山岡と中堀のカルボナーラの違いの原因でしたが、真の原因はもっと根深いものであることも判明します。それは、中堀がスパゲッティを軽視していた、ということです。
 中堀にはもともと、「イタリア料理は、使う材料も技法も変化に富んだ豊かなもの」と考えており、日本のスパゲッティ偏重傾向に嫌気が差していたそうなんですね。しかも中堀が最初に修行した東京のイタリア料理店の日本人シェフも、スパゲッティに愛情を持っておらず、手を抜いた工程で作っていたため、「私は一層、スパゲッティを低く」見るようになっていったんだとか…。
 このエピソードからわかるのは、イタリア料理を追及するならば卵といった素材ひとつをとっても、その素材にきちんと向き合う姿勢が大切であるということ。それはつまり、その素材のポテンシャルを最大限に引き出す工夫の重要性、そして手間暇を惜しまない努力の必要性を示しているとも言えそうですね。イタリアンに限らず和食でも中華でも同じことが言えるかもしれませんが、特に卵が素材の主軸を担うカルボナーラのような料理において、卵の扱い方で妥協するのは言語道断。
 また、イタリア料理において、料理人がその料理ごとに格をつけて格上・格下と決めつけてしまうことの危険性も、“気付き”としてあるでしょう。
 山岡も「そりゃ、イタリア料理の真髄は、肉、魚介類、野菜料理にあることはたしか」と語っていましたが、肉、魚介類、野菜料理の腕だけを磨けば一人前のイタリアンのシェフのなれるかといえば、その答えはきっと、否。
 スパゲッティへも愛情・愛着を持ち、オーダーを受けたのが肉料理であろうがスパゲッティであろうが、自身の持ちうる技術、経験、知識、アイデア全てを目の前の一皿に注ぐことが、“イタリア料理の真髄”なのではないでしょうか?

『食戟のソーマ』

『食戟のソーマ』

作品データ/『食戟のソーマ』(3巻より抜粋)-原作:附田祐斗 作画:佐伯俊 『週刊少年ジャンプ』連載中、既刊32巻 附田祐斗・佐伯俊/集英社

 本作は実家が下町の定食屋という主人公・幸平創真が、超名門料理学校「遠月茶寮料理學園」の高等部に編入し、ライバルたちと切磋琢磨しながら料理人としての腕を磨いていくストーリー。
 創真は日本の定食屋の厨房で腕を磨いてきたわけですが、彼のライバルにイタリアのトラットリア(大衆料理店)の厨房を任されていたという、イタリア人ハーフのタクミ・アルディーニというキャラがいます。

イタリアのトラットリア(大衆料理店)で腕を磨いた少年

『食戟のソーマ』

 日本人の父とイタリア人の母を持つハーフで、実家の料理店を5歳のときから手伝っていたという双子の兄弟、タクミ・アルディーニとイサミ・アルディーニ。
 創真とタクミは、課題をクリアしなければ即退学という恐怖の合宿(宿泊研修)にて初対面。合宿先のエリア一体は清流の川や森に囲まれており、「ここにある食材を使って 日本料理でメインとなる一品を作る」という制限時間2時間の課題が出され、その課題で創真とタクミは対決することに…!
 イタリア料理を極めんとしてきたタクミにとって、“日本料理のメイン”というお題は一見不利のようにも思えます。…が、結論から言うと、タクミ&イサミはイタリア料理の知識と技術を駆使し、見事な“日本料理のメイン”を作り上げて一番乗りで合格するのです。
 まず、タクミは素材の着眼点からイタリア的で、他の生徒たちとの違いを見せつけていました。創真をはじめとした多くの生徒たちはイワナやニジマスといった川魚を素材として選びましたが、「テーマが和食だからって魚料理っていうのは 発想の幅が狭いんじゃないか?」と挑発するタクミが選んだのは……合鴨!

イタリアンと和食を融合させて魅せた“日本料理のメイン”

「合鴨の香り焼き ~緑のソースを添えて~」と名付けたその料理は、野性味あふれる合鴨の香ばしさと、鼻に抜けるような清涼感が味の格調を高めた逸品。
 緑色のペースト状のものは、一見イタリア料理の定番ソースのひとつである「サルサ・ヴェルデ」のように見えますが、本来、塩蔵アンチョビを使うところを即席うるか(アユの塩辛)を主体にすることで、和風テイストに仕上げていました。また、イタリアンパセリを使わずに大葉とたまねぎを刻み混ぜることで、鮮やかな緑とさわやかな味を出し、和食らしい風味を与えているのです。
 審査を務める先生も、「合鴨とサルサ・ヴェルデ それぞれに和風のエッセンスをちりばめて 見事に日本料理として纏めあげている!」と称賛したように、タクミ&イサミの料理には随所に和食とイタリアンの融合が散りばめられていました。
 ――“日本料理のメイン”というお題だったからこそ、垣間見えた“イタリア料理の真髄”。いえ、さらに掘り下げて言及するなら、「和風サルサ・ヴェルデ」で魅せた大胆かつ自由な発想や、与えられた状況に応じて合鴨をメインの素材にするといった臨機応変な行動力は、“イタリアのトラットリアの真髄”と言えるのかもしれませんね。
 また、制限時間2時間のなかでタクミ&イサミは1時間で料理を仕上げ、一番乗りで合格しているのですが、タクミは「軽快さこそが イタリア料理の持ち味ですから」とも語っていました。料理のプランをゼロから考え、合鴨を狩り、合鴨をさばき、「和風サルサ・ヴェルデ」に必要なアユ、大葉、たまねぎなどを調達し、素材を手際よく調理していく――これを正味1時間で終えてしまうというのも、なんとも驚異的…!
 イタリアの大衆料理店の現場で切磋琢磨してきたからこそ身に付いた発想力とスピード感は、どんなジャンルの料理にも対応できることを証明するとともに、イタリア料理の奥深さを改めて魅せつけたとも言えますよね。

『バンビ〜ノ!SECONDO』

『バンビ〜ノ!SECONDO』

作品データ/『バンビ〜ノ!SECONDO』(7巻より抜粋)-作者:せきやてつじ 『週刊ビッグコミックスピリッツ』連載、全13巻 せきやてつじ/小学館

 前作『バンビ〜ノ!』では主人公・伴省吾が、イタリアンの一流シェフを目指して、地元である福岡から上京して東京・六本木の人気レストランへ。イタリアンレストランを舞台にした本格料理人成り上がり物語として、人気を博した作品です。
 続編である『バンビ〜ノ!SECONDO』では、舞台を横浜のイタリアンレストランに移して、引き続き主人公・伴の成長を描いています。

“日本人の作ったイタリア料理”はイタリア人にどう映る?

『バンビ〜ノ!SECONDO』

 今回、『バンビ〜ノ!SECONDO』のなかでご紹介するのは、伴が勤める横浜のイタリアンレストラン『レガーレ』に、イタリアはシチリア島出身の世界的大女優であるジュリア・ボッカルドが来店するエピソード。
 当然、見どころはイタリア出身のセレブ中のセレブに、“日本人の作ったイタリア料理”が通用するのか…というところでしょう。
 しかもこのジュリア、かなり一筋縄ではいかない性格で、「どーせモノマネ料理でしょお!?」、「イタリア人の私に日本人の作ったイタリア料理を食べさせようって訳?」などと、完全に見下した発言を連発するのです…!
 そんなジュリアに、フルコースの前にまず提供したのが、シンプルなフォカッチャ。しかし一口食べた瞬間、ジュリアは故郷・シチリア島のトラパニの情景が心の中に浮かび上がります。そのフォカッチャには、シチリア島のトラパニでとれた塩と、シチリアのオリーブオイルが使われていたのです。
 そしてフルコース開始。「兎のポルトゲーゼ」が提供された際には、ジュリアは「ちょっと…………これのどこが『兎のポルトゲーゼ』よ! 全然違うじゃない!!」と憤りますが、給仕長は冷静に「添えてあるゼリーと一緒にどうぞ。」と一言。促されて口に運ぶジュリアは「たしかに…………これは『兎のポルトゲーゼ』だわ。」と認めるのです。
 給仕長いわく、
「本来なら甘酸っぱく煮込む野菜と兎を、食材のシャキシャキ感を失くさない為に甘酸っぱさだけゼリーに凝縮して外に出しました。」
「一緒に食べると『兎のポルトゲーゼ』の本来の味と同じ――――本質は変わってないという事です。」
 とのこと。イタリア出身のセレブでさえも、認めざるを得なかった工夫が凝らされていたということですね。
 後日、六本木で行われたプロモーションイベントのステージに登壇したジュリアは、
「リストランテ、ヨコハマ・レガーレ!!」
「素晴らしいお店でした!!」
「あんなおいしいイタリア料理をいつでも食べられる皆さんがうらやましいです!!」
 と、『レガーレ』を大絶賛! このジュリアの発言をきっかけに、『レガーレ』は人気店へと発展していくのでした。

イタリア料理を愛すればこそ、ただのモノマネで終わらない

『バンビ〜ノ!SECONDO』

 ジュリアがフルコースの途中、伴に「どうしてわざわざイタリア料理なんて作ってるの!?」、「日本人なら日本料理を作ればいいじゃない!?」、こう尋ねるシーンがありました。
 これはもしかすると、イタリア料理の道を進む日本の料理人が一度はぶつけられる質問、もしくは一度は自問自答する問いかもしれませんね。
 その答えは、伴のこの言葉に集約されているのではないでしょうか。
「日本でイタリアン作っとる人は――――多分みんなイタリアを好いとるとです。カッコ良かですもん。」
 好きなものを理解したい、カッコいいと思うものを追求したい、それは人間として素直な欲求でしょう。そんな純粋なリスペクトの気持ちが、ジュリアにも少しずつ通じていきます。ジュリアはコース料理を食べていくなかで、古郷での思い出、今は亡き母との思い出が甦り、思わず号泣してしまうほど…。
『レガーレ』の料理の数々は、決してモノマネ料理ではありません。「兎のポルトゲーゼ」のように、例え一見全く別物の料理に見えても、イタリアセレブでさえも唸る創意工夫できちんと成立させているのです。
 ジュリアは六本木のプロモーションイベントで、「今は日本の皆さんが――――私の母国、イタリアをいかに愛情深く、理解してくれているのかが分かりました。」とも語っていましたが、『レガーレ』の料理がイタリア料理をただコピーしたかのような猿真似であれば、ジュリアの心にここまで刺さらなかったはず…。
 憧れているからといって、ただのコピーでは本物に認められない。もちろん最初は本場の料理を真似ることから入ってもいいのですが、本当に愛しリスペクトしているからこそ、独創的なイタリア料理を作りたいという欲求を掻き立てられ、イタリア料理を進化させたいと純粋に思えるのかもしれませんね。
 余談ですが、作中でジュリアが食べた『レガーレ』のフルコースは、実在の一流イタリア料理店『イル・テアトリーノ・ダ・サローネ』の樋口シェフが、全面監修していたとのこと。マンガの絵であっても、視覚だけでもそのおいしさが伝わってくるようなファンタスティックな料理の数々だったことにも納得です。
 ――イタリア人を前にした際、“日本人の作ったイタリア料理”という言葉は、今はまだネガティブなイメージが伴うのかもしれません。しかし、卑下する必要なんてひとつもないということです。日本人のイタリアンシェフのみなさんの努力が実り、どんなイタリア人に提供するときであっても、“日本人の作ったイタリア料理”という言葉が“上質な料理”の意味を持つ日も、そう遠くないのではないでしょうか。

※情報は記事公開日時点のものです

Back to Top