『美味しんぼ』
作品データ/『美味しんぼ』(25巻より抜粋)-原作:雁屋哲 作画:花咲アキラ 『週刊ビッグコミックスピリッツ』連載、既刊111巻 雁屋哲・花咲アキラ/小学館
1983年に連載スタートした『美味しんぼ』はテレビアニメ化、実写ドラマ化、実写映画化とひととおりのメディアミックスがされるほどの超メジャー作品。
新聞記者である山岡士郎と同僚でパートナーの栗田ゆう子が取り組む「究極のメニュー」と、山岡の父で高名な陶芸家の海原雄山が総指揮を執る「至高のメニュー」の対決を主軸とした、グルメマンガの金字塔です。
カルボナーラはシンプルゆえに奥が深く、腕が試される…
本作ではさまざまなジャンルの料理が取り上げられますが、その中でも今回はイタリア料理のスパゲッティを取り上げたエピソードを紹介しましょう。
東京のイタリア料理店を4軒ほど渡り歩き修行をし、イタリアでも勉強してきた中堀一夫は、日本でイタリア料理店を開くことになっていました。ですが、中堀自身は本格的なイタリア料理店を望んでいましたが、出資者の要望でスパゲッティメインのお店を開くことになっており、不本意で葛藤中。
しかも、そもそも中堀はパスタ料理があまり得意ではないそうで、それは決して謙遜ではない模様。というのも、アドバイスを求めていた海原雄山から出されたお題のスパゲッティ・カルボナーラを作ったところ、雄山はその中堀が作ったカルボナーラを一瞥すると、「このたわけが!」と激昂して一口も食べもせずに帰ってしまうほど。雄山からすると、中堀のカルボナーラは食べるまでもなく、見た目だけで愛情や信念が込められていない皿だということが、如実にわかったようなんですね。
茫然自失の中堀に対し、その場に同席していた山岡は、中堀にもう一度カルボナーラを作ってもらい、自身が作ったカルボナーラと比較することを提案します。
……全く同じ素材で作った両者のカルボナーラには大きな差がありました。
山岡のカルボナーラは、ソースがねっとりなめらかに麺全体に絡まっているのに対し、中堀のカルボナーラはソースがブツブツ固まって麺にこびりついている感じ。実際に試食しても、山岡のほうは濃厚でありながらやさしい味のソースがなめらかに麺を包み込み、こってりなのにくどさがなくスッキリした味わい。一方の中堀のものはなめらかさが感じられず、それどころが舌触りの悪さが目立つ始末で、風味も落ちるし味にコクがないうえにスッキリもしておらず……。
素材ひとつひとつと向き合いポテンシャルを引き出すこと
山岡のものと比較され、中堀自身も原因がすぐにわかったようです。山岡と中堀のカルボナーラが決定的に違った原因…それは、卵。
山岡は黄身しか使わなかったのに対し、中岡は白身まで使っていたうえに、卵(全卵)と生クリームのソースを麺にからめてから火を加え過ぎていたとのこと。その結果、卵は固まり、細かい炒り卵状になって麺にこびりついてしまった、と…。
この卵へのアプローチが山岡と中堀のカルボナーラの違いの原因でしたが、真の原因はもっと根深いものであることも判明します。それは、中堀がスパゲッティを軽視していた、ということです。
中堀にはもともと、「イタリア料理は、使う材料も技法も変化に富んだ豊かなもの」と考えており、日本のスパゲッティ偏重傾向に嫌気が差していたそうなんですね。しかも中堀が最初に修行した東京のイタリア料理店の日本人シェフも、スパゲッティに愛情を持っておらず、手を抜いた工程で作っていたため、「私は一層、スパゲッティを低く」見るようになっていったんだとか…。
このエピソードからわかるのは、イタリア料理を追及するならば卵といった素材ひとつをとっても、その素材にきちんと向き合う姿勢が大切であるということ。それはつまり、その素材のポテンシャルを最大限に引き出す工夫の重要性、そして手間暇を惜しまない努力の必要性を示しているとも言えそうですね。イタリアンに限らず和食でも中華でも同じことが言えるかもしれませんが、特に卵が素材の主軸を担うカルボナーラのような料理において、卵の扱い方で妥協するのは言語道断。
また、イタリア料理において、料理人がその料理ごとに格をつけて格上・格下と決めつけてしまうことの危険性も、“気付き”としてあるでしょう。
山岡も「そりゃ、イタリア料理の真髄は、肉、魚介類、野菜料理にあることはたしか」と語っていましたが、肉、魚介類、野菜料理の腕だけを磨けば一人前のイタリアンのシェフのなれるかといえば、その答えはきっと、否。
スパゲッティへも愛情・愛着を持ち、オーダーを受けたのが肉料理であろうがスパゲッティであろうが、自身の持ちうる技術、経験、知識、アイデア全てを目の前の一皿に注ぐことが、“イタリア料理の真髄”なのではないでしょうか?
