今注目の鮨職人、5つの店 | ヒトサラ
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早川 光 はやかわ ひかり
1961年生まれ、東京都出身。マンガ原作者、著述家。鮨に関する造詣が深く、
『早川光の最高に旨い寿司』(BS12 トゥエルビ)ではナビゲーターを担当する。
漫画『ごほうびおひとり鮨』の原作のほか、『日本一江戸前鮨がわかる本』(文春文庫)など鮨にまつわる著書多数。
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鮨わたなべ
- 食材を主体に置き引き算で完成形を探る日本料理と、全体のバランスを考えながら精密に味を加減する鮨。両者の技法を用い、その素材が最高に輝く一点を見極める。「過程が違っていても、おいしさを追求するという目的は同じ」と渡邉氏
- 『ウニの4種盛り』は、渡邉氏のスペシャリテ。この日は淡路島、佐賀唐津、岩手山田湾、北海道から
- 品数の多いコースは、提供のタイミングも大切。L字カウンターを設え、客席の隅々まで目を届かせる
- 夏場の赤身は厚めに切って存在感を際立たせる。シャリのサイズはゲストの希望に応じて調整
- 鮨の激戦区・荒木町。この街を舞台にしても「やりたいようにやってみるだけ」と気負いはない
日本料理と鮨。二つの道の粋を集めた
少量多皿のおまかせコース握りとつまみの二枚看板、少量多皿の展開で魅了するのが、ここ【鮨わたなべ】の持ち味。たとえばある日のおまかせ。焼き茶豆とじゅんさいにはじまり、白身のつまみが2種。青魚、甲殻類もそれぞれ2種、さらにアワビとタコの煮物が出て、焼き物は西京焼きと燻製。箸休めの茶碗蒸しを挟み、そこから握りとなる。つまみだけで、10種以上。それぞれに繊細な仕事が施され、小ポーションでありながら、どの料理も明確な個性を主張する。「四季それぞれにおいしいものがある国。少しずつでも色々食べて頂きたい」と店主・渡邉匡康氏。京都の料亭でも腕を振るった人物だけに、鮨職人と料理人の両面から旬の美味を追求できるのだろう。
無論、おいしさの礎となるのは、食材選びだ。「試してみて駄目ならそれでいい。知らないままで終わるのが嫌なんです」。そんな一心から、時間を見つけては食材を探して各地へ足を運ぶ。淡路のタコや北陸のウニ、ほかではお目にかかれない産直魚介が品書きに並ぶのは、そんな努力の賜物だ。
おまかせは前述のつまみの後、握りが10~11貫。普通に食べても3時間ほどかかるだろうか。この口福に浸る幸せな3時間は、訪れる誰しもの心に長い余韻を残すことだろう。 -
鮨 ふじ田
- 仕込みで柔らかく炊きあげた『アナゴ』も冷蔵庫へ入れれば、温度が下がり食感もやや堅くなる。そのため握る直前に炭火で焼くというよりも、温めるイメージで炙ることで、炊きたての柔らかさを引き出す
- 『タコの柔らか煮』。アナゴのツメ同様、このひと皿にも醤油との相性がいいコニャックを隠し味に加えた
- 「シャリとネタが口の中で一緒に消えていくような一体感のある鮨が理想」と藤田氏は話す
- 鮨が立体的に、より美味しそうに見えるようにと、つけ台の角度にまでこだわったという欅のカウンター
- 『旭興』『醸し人九平次』など、鮨、肴との相性を考えた日本酒を4種オンリスト。季節の酒も数種ある
正統と遊びがない交ぜに
セオリーに囚われぬ江戸前鮨「外してはいけない王道の部分と、形にはまらずあえて崩す部分。自分の鮨はノンセオリーが信条です」
そう話すのは店主の藤田真一郎氏。その言葉は店内の雰囲気からして瞭然だ。鮨屋というと一般的に檜の白木カウンターのイメージが強い。しかも、ここが銀座の鮨屋となれば、それもことさらかも知れない。が、ここはあえて檜ではなく欅のカウンターが使われている。
「欅は、長い年月をかけて味を出していけますし、檜よりも堅く丈夫なんです」と藤田氏。理由はそれだけでない。温かみのある色合いはゲストの緊張を解くのにも効果覿面。そして、そのリラックスした心は、何より鮨の味をも鮮明にするのだ。
また、握りと料理にも藤田氏の信条は顕著に現れる。七輪の炭火で軽く炙ってから握るアナゴは、握る直前に芯から温めなおすことで、シャリとの一体感を引き出し、柔らかさを強調。炙るという仕事も、パフォーマンスとしてゲストの視覚、嗅覚を刺激するのである。さらにアナゴのツメには、わずかなコニャックを加えアクセントにするという隠し技まである。
銀座の地にオープンしてからまだ2年が経ったばかり。気負いない、若き職人・藤田氏の仕事に、江戸前鮨の魅力と可能性を垣間見る。 -
銀座 鮨 わたなべ
- 15歳で宮崎から上京し、鮨の世界へと足を踏み入れた渡部氏。25年以上にわたり板長を務めた湯島【鮨 一心】で加藤大親方と出会い、江戸前鮨の何たるかを学ぶ。この道40年以上になるベテラン職人だ
- 『こはだ』は開いて、塩をし、酢洗いを施してから本漬けへ。旨みがしっかりと引き出されているのが分かる
- 『ホタテと酒盗の明太和え』。塩漬けにしたカツオを3日間軟水に漬け塩抜き。ホタテ、明太と合わせた
- 「カウンターは舞台」と親方から教えられた言葉を守り、檜のカウンターはL字型にこだわった
- 今では作る職人も少なくなったという氷の冷蔵庫がカウンターの後ろに鎮座。ネタの乾燥を防いでくれる
握りの神様から受けた薫陶を胸に
江戸前鮨の在り方を追求「マグロのづけも、昆布締めも、今は江戸前鮨の仕事ともてはやされていますが、昔の職人は必ずしもそれをよしとしていなかったんですよ」
そう言うと店主の渡部氏は苦笑いを浮かべる。【柳橋 美家古鮨】の大親方であり、握りの神様とも称された故・加藤博章氏。その最後の弟子として長年の修業を積んだ渡部氏だけに、その言葉は余計に重みがある。
本物の江戸前鮨を突き詰め、大親方から学んだすべてを鮨に込めること。それがこの店の、今の渡部氏の根源をなしていることは間違いない。
そのひとつの例がシンコ。今では店側はいち早く仕入れ、客はそれを味わうことが粋だとされる。それゆえ、市場には10枚漬けサイズの小さなものが出回っている。しかし、渡部氏はそれを嘆く。
「小さなシンコは身が脆いので、形を留めるためミョウバンを使っていたりすることもある。だから、ここでは小さすぎるシンコは使うことはありません」
まぐろを漬けにすることもない。昆布締めもネタに施すことはあるものの、あくまで遊びの一貫としてで、主となるのは師から受け継いだ江戸前の鮨である。
銀座という一等地にありながら、おまかせで1万3000円~という価格。江戸前鮨のなんたるかを知り、味わうにはあまりにも贅沢すぎる店である。 -
くろ﨑
- 高校卒業後、この道に入り、ほどなくして「35歳で独立する」夢を思い描き、精進してきた黒﨑一希氏。理に適った仕事ぶりは早くも鮨好きの間で評判。特注の氷の冷蔵庫など、夢を形にした店内の、つけ場に立つ姿も凛々しい
- 『中トロ』。「産直もあるが」仕入れは基本的に築地。おまかせで肴8品、握り13貫に巻物、汁碗、玉子が目安
- 『稚鮎のペースト』。初夏の酒肴で稚鮎の旨みを凝縮。肴は常に新しい味を模索。飽きさせないよう心掛ける
- 黒を基調とした店内に映える白木のカウンター。「料理に集中できますから」。こだわりは店内の随所に
- ゲストの多くが飲むという日本酒は「余韻が長過ぎないこと」を前提に、辛口、フルーティなど、多彩に揃える
握りも酒肴も秀逸。卓越した
技とセンスで魅了する若き職人素材を活かす。それが鮨屋の本分だとしたら、これほど真っ当な仕事はきっと、ないのでは? 店主・黒﨑一希氏の肴と握りから得た、偽らざる印象だ。そして、氏はまだ36歳。その若さに改めて驚く。
浅草の老舗で10年、世田谷の鮨店で大将まで務めて昨年2月、自身の店を開いた氏は「どちらも街場の鮨屋でした」と謙遜する。が、老舗でみっちり江戸前の仕事を学び、大将として任せられた世田谷の店で現代に則して工夫する技量を身につけたからこそ、今がある。この日に供された肴は、たとえば、『稚鮎のペースト』。稚鮎を丸ごと焼いてから熊本の赤酒、山椒と炊き、裏漉しした一品で、『鱧の茶碗蒸し』は中骨と頭、身の下三分の一からとった出汁が決め手。素材を丸ごと活かし切る手法を貫いている。握りなら、軽く昆布締めにした白海老がある一方で、シンコや中トロなどの王道もキッチリ。おまかせを主体に、肴と握りが入れ替わり立ち替わり登場する流れも心地よく、供するタイミングも絶妙。これがまだ独立して一年とちょっとの職人の仕事かと嘆息するのだ。通の間で評判となるのも大いに頷ける。
「長く続けなければ意味がないですから。一年やそこらで評判がどうなんて言っていられないです(笑)」
玄関から少し行った先に現れる尾州檜のカウンターをはじめ、店内にも「ずっと愛される鮨屋」でありたいと願う氏の思いが横溢。真っ当であること。それは真っ直ぐな志があって初めて伝わるのだと知る。 -
鮨 鈴木
- 師である【鮨 青木】の店主・青木利勝氏を「旦那」と慕いながらも、負けられないという気概ものぞかせる鈴木氏。伝統に裏付けられた技と、その上に成り立つ研ぎ澄まされた感性が、他にはないおいしさを生み出している
- 静岡のシンコ、香川の赤貝、愛知のミル貝、平貝。築地でも最高クラスの逸品がネタケースに並ぶ
- おまかせに登場するつまみは6~7品。「何を食べたかわかるもの」とボリューム感あるサイズで提供
- まろやかな赤酢と、キリッとした白酢を独自の配合でブレンド。このシャリに魅了されるファンも多い
- 気持ち良い白木のカウンター。凛とした空気に鈴木氏の明るい人柄がぬくもりを添えている
正しく受け継ぐ江戸前の技と
妥協を許さぬ職人の信念王道も、突き詰めれば個性となる。最高の食材を吟味し、繊細な仕事を施し、丁寧に握る。何ら奇をてらうことのない江戸前。しかし目の前に差し出されるのは、他に類を見ない【鮨 鈴木】の鮨なのだ。
銀座の地でひときわ存在感を放つ鮨。その魅力について紐解いてみよう。まず食材。店主・鈴木孝尚氏が「最も妥協してはならないところ」という通り、どんな技術でもごまかすことのできない部分。ゆえに、いつも考え得る最高の食材を調達する。もちろん名店【鮨 青木 西麻布店】の料理長として長年築地に通い続けたことも、大きな利点。仲買人たちも鈴木氏の選別眼を知るからこそ、自信ある魚だけを提案するのだ。
握りの技術やつまみの仕立ても、名店仕込み。しかし鈴木氏はそこで満足するような人物ではない。「同じことをやっているだけでは勝てませんから」と、さらなる進化を求めて研鑽を続ける。たとえば赤酢と白酢をブレンドした独自のシャリ、あるいはあえてシンプルに仕上げ素材の持ち味を活かす酒肴。長年の経験で身につけた正統派の技、そこに自分なりの解釈を加えて、さらなる飛躍につなげるのだ。
貫き通すのは、江戸前の技と自分らしさ。揺るがぬ信念が支えるこの店は、開店1年にして、すでに名店の風格が漂っている。
※このページのデータは、2016年7月上旬取材時のものです。営業時間、定休日などの情報は変更されることもございますので、あらかじめご了承ください。