食通が集まる名店が割拠する築地界隈で、常連客を増やし続けている【鉄板焼Kurosawa】。コース料理のメインを飾る「いわて牛」は、客を呼ぶ“店の看板メニュー”。上質な肉を仕入れ、そのまま使用することはせず、さらに熟成して肉のポテンシャルを最大限に引き出してから客前へと供する。言ってみれば全国屈指の“いわて牛の使い手”で、取り扱い方や調理法など、すべてを知り尽くしているのが【鉄板焼 Kurosawa】だと言えるだろう。埜瀬兼仁料理長に「いわて牛」の魅力を取材した。

築地の路地裏で、芸術品と称される「いわて牛」を堪能

 地下鉄日比谷線の築地駅から徒歩2分、有楽町線の新富町駅からも徒歩5分ほど。築地界隈の路地裏にひっそりと佇む【鉄板焼Kurosawa】。戦前の1927(昭和2)年に建てられたという趣ある日本家屋の暖簾をくぐると、和洋折衷にリノベーションされたモダンな空間が広がる。
シェフの巧みな手さばきを楽しみながら食事ができるカウンター席や、草庵風の茶室を改装した座席室、鉄板カウンターのある個室など、多彩な客席を設けてあり、デートや家族の記念日、ビジネスの接待など、さまざまなグループで鉄板焼きのコース料理をいただける。シェフの温かみあふれる接客サービスやリーズナブルな値段設定(ディナーコースは8500円~)、隠れ家的な雰囲気も加わって、一度訪れるとリピーターとなる常連客も多い。

この日、入荷した「いわて牛」は、偶然にも菊地畜産の「江刺牛」。「個体識別番号を調べてすぐわかりました。何かの縁を感じますね」と埜瀬さん

 そして、常連客の心をつかむ一番の魅力は「最高の素材を見極め、さらに素材の持ち味を最大限に活かす」という店のこだわりだ。最高の素材を求めるために手間ひまはいとわないのが当たり前。魚介類は、シェフが直接魚河岸へ足を運び、新鮮な素材を仕入れて、旬の味覚を提供している。野菜類は神奈川県三浦半島や長野県東御市の契約農家から無農薬・有機栽培野菜を取り寄せている。
 人気を牽引するコース料理のメインとなる肉料理は、「いわて牛」を中心に、その季節ごとに最も状態がよい肉を厳選して提供している。

客前の鉄板カウンターで巧みな手さばきで「いわて牛」のステーキを焼き上げる埜瀬料理長

 「いわて牛を一言で表すなら“芸術品”」と絶賛するのは埜瀬料理長。「いわて牛」との出会いは、今から約12年前の2009年のこと。
「ドライエイジング(乾燥熟成肉)を始めることになり、それに適した牛肉を求めて全国各地を訪ね、探していました。そうして、だんだんと東北地方に絞られていきました。各地のブランド牛の試食はもちろん、牛舎にもお邪魔させていただき、どんな育て方をしているのかも見学しました。そのなかでいわて牛がパシッとはまった。ようやく辿り着いたという感覚でしたね」
 以来、「いわて牛」は“Kurosawa”の主役を担い、現在に至るまで常に訪問客の舌を楽しませてきた。

素材の良さを最大限に引き出すため、埜瀬料理長は「焼く時が一番緊張します」

 熟成倉庫に自ら足を運んで状態をチェックし、食べごろを見極めて水分の抜き方なども調整する。経験とカンが不可欠な職人技だ。熟成期間は30日前後で店舗に運ばれる。最大限にうまみを引き出した肉を前にして、「焼く時が一番緊張する」と語る。
 「鉄板焼きは火の入り加減が命です。焼き方次第で、美味しさを損ねてしまったら生産者さんに申し訳ないですからね。焼き色はサシの入り方で変えます。小サシの時は柔らかくつけ、赤身が多い時は瞬間的にまわりはカリッと、サシが流れているときは、焦げ目はしっかりとか、焼ける音、肉の色など、五感を研ぎ澄まして気をつけています」
 鉄板焼きカウンターの調理は、味覚だけでなく、視覚も楽しませるエンターテイメント。美しく焼きあがった「いわて牛」は食欲をそそるビジュアルを見せつける。
「やっぱり肉質がいいですよね。繊維がきめ細かくて、焼いても粗さが出ない。カットした面も美しい」

「いわて牛」という傑作は、岩手県人の県民性や人柄が仕事に表れているから

(左)ナイフを入れる瞬間も見て楽しめる、まるでクッキングショーのよう。スーっと刃が通るやわらかさが見てとれる (右)焼き上がりはミディアムレアー。表面の焼き目がうま味を閉じ込め、中身はジュワッとジューシー

 埜瀬さんは「いわて牛」の味わいをこう評する。
 「脂がさらっとしてくどくないから、口の中でいつまでも残らないんです。年輩の方など、サシが入っていると食べにくいという方は少なくありませんが、うちの肉を食べていただくと、皆、認識を改めてもらえます。細かい赤身のところまでうま味が詰まっていて、濃厚な味わいが楽しめるのです」
 個人的な意見ですけど、と前置きしながらも「いわて牛は熟成に耐えられる東北ナンバー1の和牛だと思います」と断言する。
 「程よい水分量とサシの抜け具合(最後まで同じ様なサシの入り方)、入り方の程よさ、肉質がきめ細かく、脂も熟成に耐えてくれます」

(左)ナイフを入れて食べやすく一口大にカットする。脂がさらっとしていながら濃厚な味わいが楽しめる (右)Kurosawa自慢のコース料理の主役・焼き上がって客席前に供された「いわて牛」のステーキ

 熱く語る埜瀬さんが惚れ込んだのは、実は「いわて牛」の品質だけではない。それを生み出す土地柄、人柄だという。
 「岩手の県民性とでもいうんでしょうか。人柄が仕事に表れているんじゃないかと思うんですよね」
 牛舎巡りを繰り返すうちに岩手県の生産者にどことなく共通点を感じたという。
 「みんな仕事に対して愚直なまでに真っすぐに向き合っているんです。きめ細かく、丁寧で優しい感覚を持って牛と接している。牛との距離感が近いんです。みんな温厚そうな人なんだけど、心の中ではめちゃめちゃこだわる情熱家。今では肉だけでなく、人柄にもすっかり惚れ込んじゃってます」
 牛舎巡りでは菊地畜産も訪ねた。見学させてもらい、お互いの仕事への思いを吐露し、言葉を交わした縁で、以来「菊地さんのお肉が届きましたよ」と連絡を取り合う間柄となった。

肉の魅力に惹かれ、それを生産する人たちの人柄に惚れたという埜瀬さん

「菊池さんは私の知るなかで、若くして岩手県NO1を争う,肥育者さんだと思っています。そもそも同じ組合の熟練の肥育者さんや、江刺だけでなく、岩手県の肥育者さん、県庁関係者皆さんの人柄も、自分がいわて牛に惚れ込んだ理由の一つですが、なかでも菊池さんの場合は、牛と人との距離感が特に近かった気がします。印象的だったのはシャベルでコンコンと柵を叩いた場面。叩くと牛が寄ってくるんです。そしてシャベルで背中をかいてもらい、気持ちよさそうにしている。牛も分かっているんですね。仲の良さがよくわかりました」
 情熱ある生産者と接するほど、料理人という自らの役割に気が引き締まるという。
「料理人は生産者から食材というバトンを受け取ります。そして、そのバトンをおいしく調理して、美味しさとともに生産者の熱意もお客様に提供する。菊地さんにも話しましたが、リレーのアンカーのような大事な存在だと思っています」

鉄板焼Kurosawa

電話 03-3544-9638
住所 〒104-0045 東京都中央区築地2-9-8
営業時間 ランチ 11:30~15:00(LO 14:00)、ディナー 17:00~23:00(LO 21:00)、土・祝日ランチ 11:30~15:00(LO 14:00)、ディナー 17:00~22:00(LO 20:00)
定休日 日曜日
奥州市江刺、地元の名店

べこや

電話 0197-35-1158
住所 〒023-1112岩手県奥州市江刺南大通り2-6
営業時間 18:00~22:00(要予約)
定休 水曜日

江刺牛や奥州牛など、奥州市産の「いわて牛」を中心に提供する食事処。しゃぶしゃぶやすき焼き、ステーキなど、ご当地の極上肉をリーズナブルに楽しめるので、地元の人に愛され続ける。家族のご褒美として外食や、仕事の会合、気の置けない仲間たちの宴会、グルメなカップルのデートなど、べこやの店内はいつも美味しいものを食べた満足感の笑顔で包まれている。


写真/海保竜平 取材・文/内山賢一

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