グローバルな食のパラダイスへ 香港の
TOPレストラン
Hitosara special

意欲的な東西融合や伝統復活など、シェフの挑戦を歓迎するダイナーが集まるのが、活気溢れる食い倒れの街・香港。
世界中から集まるシェフも食材も高水準な国際都市で、本場の広東料理はもちろん、
今の香港で食べるべき最先端レストランをご紹介します。

Photographs by Miyuki Kume, Billy Ha, Takuya Suzuki / Text by Miyako Kai, Shinji Yoshida
Coordination by Miyako Kai / Design by form and craft Inc.

月掲載
  • 大班樓のシンボル的一品『花蟹の紹興酒蒸し』。
    優しい甘味のある花蟹、紹興酒、三黄鶏の脂身という3つの食材が持つ天然の風味だけを使い、
    一切調味料を使わずに調理されている。ソースに浸して食べる腸粉(平たいライスヌードル)も絶品だ。

    大班樓 ザ・チェアマン

    名家のお抱えシェフの料理をイメージし
    伝統の広東の味を徹底的に再現

     都心にありながら、落ち着いた一軒屋の風情がある【大班樓】。かつては知る人ぞ知る広東料理の名店だったが、創業10年を迎えた今、「アジアのベストレストラン50」2019でも香港のレストラン中最高位の11位、「世界のベストレストラン50」2019では41位に中国料理店として唯一ランクイン。香港外での評判もうなぎ登りに高まっている。
     「昔ながらの広東料理というのは、地元の新鮮な食材を使ってつくるものだった。それが今どきの店では、高級感を出すために、トリュフやフォアグラなどを使うようになって来ているなか、広東料理の真髄を守ろうと始めたのがこの【大班樓】」とオーナーシェフのダニー・イップ氏。
     別室に設置した大きな水槽に、オーダーが入るまですべての魚介類を泳がせておく。「料理の質を安定させるには、生きた魚介類を使うことが必須。仕入れには引退した漁師を雇って、彼が毎朝6時に漁から戻ってきた漁船から魚を買い上げ、水槽設備のついた車で、店まで運んでくる」
     とても珍しいのは、「豚も鶏もすべて地産」ということ。政府の方針で香港内の養豚場・養鶏場はライセンスの更新が難しくなり、今では豚は3カ所、鶏は6カ所のみでしか生産していない。「そのため高価になるが、決して冷凍肉は使いません」とイップ氏。醤油以外のすべてのソースが自家製で、ブロッコリーや生姜などの野菜とハーブは、香港の郊外にある自家農園で育てたものを多く使用している。
     「100%中国の食材と調理法を用いて、昔ながらの広東料理を守りつつ、新しいアイデアを加えていく。昔の裕福な大家族では、お抱えシェフが自家農園の食材を使って作る料理を食べるという伝統文化を引き継いでいます」
     頑固に伝統を貫き、これ見よがしな高級感はまったく狙わない。「舌が肥えていないと理解できない料理なので、始めたときはいつまで続けられるのか分からなかった」というイップ氏だが、「僕も他のオーナーも、別の事業で資産があるから、レストランでは利益を追求しなくていいんです。趣味としてとことん好きなようにやっています」
     たとえばロブスター料理なら、小さな沢ガニの卵を取り出してまぶすというとてつもない手間をかける。ローストグースは、今では高価過ぎて誰も使わない楠を使ってスモークする。中国の山村に素晴らしい菊の花があると聞けば駆けつける。妥協なし、儲けも度外視のこだわりだ。そんな情熱と品質は、多数のゲストの舌と心に響き、クチコミだけで開店以来、昼も夜も常に満席。
     代表料理『花蟹の紹興酒とチキンオイル蒸し、腸粉添え』は、香港で多数のシェフが「いちばん好きな料理」に挙げる一品。花蟹の肉にある優しい甘味は「寒暖の両方が混ざり合う、限られた水域で獲れる蟹だからこその味」とイップ氏。これを香りのいい25年ものの紹興酒と、ソースにとろみをつけるための三黄鶏の脂身で蒸す。3点の食材以外には調味料を一切使わない。
     「添えている腸粉には、たくさんのレイヤーを付けている。普通の点心では見かけないでしょ。この料理専用にソースをたっぷり吸い込むように、特注でつくってもらっているものなんだ」
     極上のこだわりを肩の力を抜いた普段着感覚で堪能する。これこそ究極の贅沢なのかもしれない。ますます知名度が高まっているので、早めの予約をお勧めする。

    • 実業家でオーナーシェフのダニー・イップ氏。オーストラリア、香港、京都に拠点を持つ。自らが世界中の美味しいものを食べ歩くフーディー
    • いまでは香港に3軒しかない養豚農家から仕入れた香港産黒豚を2日間、生姜と20年ものの黒酢にマリネして揚げてから焼いた『黒豚スペアリブ』。生姜汁が肉を柔らかくする役割を果たす。外はカリカリ、中は柔らかで、山西省産の黒酢の濃厚な香りが効いている
    • 豚肉のラードと蟹肉を合わせて円盤形に揚げる「古法金銭雞」は広東料理の伝統メニュー。脂っぽさを出さずに調理するのに大変な手間と技術がかかる。【大班樓】では、3日間ラードを天日干しし、最初は低温でじっくり揚げることで脂が溶け出して旨みだけが残るように工夫している
    • 店内は白でシンプルにまとめられていて、気軽な雰囲気のインテリア。格式ばらない環境で最高の料理がいただける。都心の中心部ながら、落ち着いたエリアにある路面店
    シェフの流儀 ダニー・イップ氏

    年に半年は、素晴らしい食材や忘れられた伝統料理を求めて訪ね歩き、学び続けているイップ氏。その原動力にするために、有名新聞にペンネームで毎週料理に関するコラムを書いている。これが【大班樓】のイップ氏だということを最近まで誰も知らなかったとか。

  • ペルー料理の象徴であるセビーチェは、【ICHU】でも必ず頼むべきメニュー。
    5種のあるセビーチェのうち、ハマチと柚子を使った『Pez Limon(柑橘系の魚)』は人気が高い

    ICHU イチュー

    食の好奇心が刺激されっ放しになる
    ペルー料理をカジュアルに楽しもう

     香港のまさに心臓部である中環のクイーンズロード沿いに、2018年にオープンした商業ビル「H Queen’s」には、国際的な最先端レストランとアートギャラリーが多数入居している。その中でも人気を博しているのが、ペルーの名店【Central】を率いるヴィルジリオ・マルティネス氏のアジア初出店となった、本格ペルー料理店【ICHU】だ。
     海岸地帯から山岳地帯、ジャングル地帯から構成されるドラマチックなペルーの地形や自然、そしてマルティネス氏の先進的な料理をイメージして、香港の人気女性デザイナー、ジョイス・ウォン氏が手がけたインテリアは、カラフルでナチュラル、それでいてミステリアス。地球の裏側からアジアにやって来たペルー料理は、食材も風味も慣れ親しんだいつもの食とは全く異なるのが、斬新で楽しい。
     「【ICHU】はファインダイングの【Central】とは違って、カジュアルな大皿料理なんだ」とにこやかに語るのは、ヘッドシェフで韓国出身のサン・ジョン氏。【Central】でマルティネス氏の片腕として3年間活躍した後、【ICHU】を任された。「僕がアジア人であることで、ペルー料理の根幹はそのままに、アジアに合わせた微調整ができると期待してくれている」
     そんなペルーの味覚を、さっそく試してみよう。ペルー料理と言えば、まず頭に浮かぶのが、新鮮な魚貝と野菜をマリネしたセビーチェ。【ICHU】でもクラシックなものから、アジアの食材を使ったご当地ものまで、5種類のセビーチェが用意されている。
     【ICHU】のセビーチェに共通して使われているのが「レチェ・デ・ティーグレ(虎のミルク)」というスープ。もちろん本物の虎から採るものではなく、白身魚などにライムの絞り汁を加えることにより、タンパク質が乳化して出てくる白濁した汁のこと。「ペルーでは、このレチェ・デ・ティーグレは、飲むと元気が出る栄養ドリンクのように扱われているのと同時に、料理のベースとしても使用されているんだ」とジョン氏。
     開店以来の人気メニューだというのが『Pez Limon』というセビーチェ。ハラペーニョやタマネギの風味も加えられたミルキーなレチェ・デ・ティーグレに、脂の載ったハマチの刺身、紫のサツマイモの極薄切り、そして「チョコロ」と呼ばれる大粒でねっとりした食感のペルーのトウモロコシの一種があしらわれている。酸味、辛味、甘味、うま味のハーモニーは、まるで聞いたことのない音階を使って奏でられた音楽のような面白さ。
     「アジアならではのアレンジとして、このセビーチェには柚子を使ってみたんだ」とジョン氏。柚子の優しく爽やかな苦味が加わることで、全体のバランスがとても良くなり、食べやすさもぐっと増すと好評なのだとか。
     「ライムをたっぷり使った酸味こそ、まさにペルーの味なのだけれども、アジア人の平均的な味覚からするとシャープ過ぎると感じるようだ。そのため、たとえば『Pez Amazonia(アマゾンの魚)』と名付けた蒸し魚のソースには、ペルーの山のトマトと呼ばれる『タマリロ』を使って、クリーミーな風味を加えてみた。ぐっと食べやすくなって、今ではいちばん人気の料理になっている」
     きめ細やかなジョン氏の調整がツボにはまり、手頃な価格も相まって、【ICHU】には地元の若者を中心にしたリピーターが多数集まるようになった。ペルー料理が香港のダイニングシーンのなかに根付く、第一歩になったことは確かだ。

    • 2018年夏にオープン以来、【ICHU】を大切に育てている立役者のヘッドシェフ、サン・ジョン氏。ペルーにいるマルティネス氏とは毎日のようにメッセージのやり取りをして、メニューの相談をしているのだそう
    • シーバスをバナナの葉に包んで蒸した『Pez Amazonia(アマゾンの魚)』。ライムジュース、トマト、オニオン、パクチーとチョコロ(ねっとりした大粒のコーン)を混ぜた「チャラカ」と呼ばれるペルーのレリッシュを一緒に蒸している。これにクリーミーな「タマリロ」ソースをかけると、シーバスの白身の風味が一段と引き立つ
    • 紫のコーン「メイズモラダ」、大粒のコーン「チョコロ」、揚げたコーン「カンチャ」という、ペルーの人が毎日食べる3つの味を取り入れた『Tres Tacos(タコス3種)』。サーモンやソフトシェルクラブなども入って、味のバリエーションを堪能できる
    • 都会の中心にある緑溢れるルーフトップテラスは、周辺の企業に勤めるビジネスマンに人気。レストランとは別メニューながら、もちろんペルーの味を取り入れたスナックやカクテルが楽しめる
    シェフの流儀 サン・ジョン氏

    ペルー料理の大きな魅力はバラエティ豊かな食材にあるが、香港では、ペルーから直輸入できるのは全体の30%ほど。香港産や他のアジア産から、正統派の味を保てるように細心の注意を払いながら食材を選んでいる。

  • クリームやバターを使わずに、オリーブオイルとレモンをたっぷり使った『Warm Prawns with Olive Oil』は、
    【Le Petit Maison】の創業時からの代表料理。

    Le Petit Maison ル・プティ・メゾン

    アジア初出店! 香港で花開く
    ヘルシーで華やかな南仏の洗練

     2018年、「香港に【Le Petit Maison】が来る」という話題が、食通の間で持ちきりになった。歴史ある羨望のリゾート地として知られる南仏のニースで1988年に創業。ロンドン、マイアミ、ドバイ、イスタンブール、アブダビに進出して、いずれも高い人気を維持している【Le Petit Maison】は、世界中を駆け回る人たちが集まる香港では、すでに潜在ファンが多数いるブランドだったのだ。
     「初めてニースの創業店に足を踏み入れた瞬間、レモンジュース、トマト、オリーブオイルの新鮮な香りが充満していて、うっとりした」とにこやかに語る、シェフパトロンのラファエル・ダントエ氏。かつてダントエ氏がシニア・スーシェフとして勤めた【ZUMA】オーナーが、自分が大ファンだった【Le Petit Maison】ブランドの海外でのフランチャイズオーナーに。ダントエ氏が陣頭指揮を執り、2007年にロンドン店がオープンした。
     「このとき、創業店にはないコンセプトとして取り入れたのが、大皿によるシェア。当時ヨーロッパでは一人一皿が基本だから、これはセンセーショナルだった。でも実はイギリスでもフランスでも、元々、家庭ではシェアが当たり前だったんだ。それぞれの皿に違う物語があるのだから、他の人のものも試したいと感じるのは自然なことだよね」
     大皿と言っても、料理そのものは繊細で高品質。「クリームもバターも使わない。素晴らしい食材を手に入れて、オリーブオイルとレモンをふんだんに使って食材を生かすのが、【Le Petit Maison】のスタイル。方法論はフレンチだけど、発想は日本的かもしれないね」
     旬の食材の入手という点では、香港はとても有利、とダントエ氏。「たとえば冬には、ニュージーランドから旬のトマトがすんなり手に入る。近隣地域からの食材の入手経路がしっかりしているから、料理の幅が広がるよ」
     すべての料理が、太陽の恵みをたっぷり受けた食材をシンプル巧みに調理したもので、とにかくヘルシー。「【Le Petit Maison】の料理は、体に優しくて女性好み。アイテム数も多いから、週に3、4回来ても飽きない。まずは女性に好まれれば、男性は勝手についてくるからね(笑)」
     世界中の人が集まるダイナミックなアジアのゲートウェイである香港に出店を考え始めてから、オープンまで8年を要した。「立地が良くて、天井が高くて、明るい光に溢れる空間をずっと探していたんだ。地中海の食べものには光が大切だからね」。光を主役に、白を基調にしたプレーンなインテリアは、古びることがない。そこにアートを飾って色を加えるのが【Le Petit Maison】のスタイルだ。
     「レストランはステージ。マネージャーが監督。アクターであるお客様に特別な気分を味わってもらうには、空間や小道具はもちろん、温かいおもてなしが何より大切。その場所をホームにするのは、贅沢な装飾じゃなくて、そこにいる人間だから、といつもスタッフに話している」
     そんなダントエ氏の言葉通り、幸せそうに食事をするスタイリッシュな女性たちで溢れる店内には、何とも言えない華やぎがある。カトラリーがぶつかる音や笑い声が、空間の最高の仕上げになった、地元で愛されるレストランで、楽しい食事の時間を。

    • 香港店起ち上げがほぼ落ち着き、これからはロンドンと香港で月の半々を過ごすことになるというオーナーシェフのラファエル・ダントエ氏。活気あって大好きな香港にオープンできたのはとても嬉しいそう。夢は東京に【Le Petit Maison】をオープンさせること!
    • ハマチの刺身をオレンジドレッシングで和えた『Yellowtail Carpaccio』。下にはアボガドが隠れていて、フレッシュな味わいのアクセントに
    • ニースにあるLPMの創業店から引き継がれているラム料理が『Grilled Lamb Cutlets with Smoked Aubergine』。オリーブオイルでマリネして炭焼きしたラムと、風味豊かに作られたナスソースのコンビが最高
    • 最先端のアートギャラリーとファインダイニングの注目店が入居する「HQueen’s」の地上階にある。ダントエ氏お気に入りのアートが壁を埋め尽くしつつ、すっきりとした統一感のあるインテリア。涼しい季節はテラス席も気持ちが良い
    シェフの流儀 ラファエル・ダントエ氏

    実は店内だけでなく、キッチンが非常にゆったりしていて美しい。「料理の質を一定させるにはストラクチャーが重要。シェフはキッチンで長時間を過ごすから、シェフが快適に働けることが質の安定につながるんだ」

  • 可愛らしいプレゼンテーションに目を奪われてから、
    「准山」と呼ばれる中国のヤムイモとオセトラキャビアの軽やかなマリアージュに恍惚。
    『Chinese Yam Escorted with Seaweed, Jelly, Aroma of Sesame Oil with a Special Selection of Osserta Caviar』は、
    ラウ氏の代表料理になりつつある

    Tate テイト

    女性シェフならではの美意識で
    フレンチ×チャイナの麗しき融合を

     テーブルに運ばれてきたのは、海藻のゼリーをさらりと含んだカリフラワークリームの水面に浮かぶ、可憐な花。その下には、ぬるりとした舌触りの中国食材「准山」が鎮座している。めしべとおしべには、最近、香港やマカオのファインダイニングシェフからひっぱりだこの「オセトラキャビア」を麗しく敷き詰めている。4週間熟成させたキャビアが醸し出すナッツの風味をさらに高めるためにセサミオイルも加え、チャイブやハーブをあしらってフレッシュな味わいを強調している。
     目から高まる期待は、口の中で生まれるハーモニーで嬉しい驚きに姿を変える。このシェフはとにかくセンスが良い―それが客観的な事実として頭に浮かんでくるはず。
     こんな、ドラマチックに東西を融合させたフレンチが、【Tate】オーナーシェフ、ヴィッキー・ラウ氏のスタイル。そして「ピンクも大好きだし、女性らしさを隠すつもりはまったくないわ」というラウ氏の言葉通り、女性シェフならではの潔いほどの麗しさがプレゼンテーションからもインテリアからも伝わって来る。なんとこのインテリア、椅子のデザインまで含めて、すべてラウ氏が手がけていると聞けば、その美的感覚のレベルの高さが伝わって来るだろう。
     シェフになる前はグラフィック・デザイナーだったというラウ氏。バンコクのコルドンブルーに在学中から「未だかつて、あなたほど飲み込みの早い生徒は見たことがない」と講師たちに才能への太鼓判を押され、卒業後は有名フレンチレストランに9ヶ月間勤務してから独立し【Tate】を2014年に開業。2015年には「アジアのベストレストラン50」で「アジアの最優秀女性シェフ賞」を受賞している。
     「【日本料理 龍吟】の山本征治シェフを尊敬していて、懐石料理に影響を受けている」とラウ氏。単品としての料理の素晴らしさに加えて、コースとしての流れの美しさに惹かれるのだという。「【Tate】開業当時は、フレンチをベースにしながら、実は日本の要素を取り入れた料理が多かった。でも2年前に現在の場所に店を移した頃、自分が深い知識を持っていて、ゲストからも求められている中国の要素に的を絞ることを決めたの」
     どの料理にも必ず中国の要素が入っている。たとえば「准山」は、内臓を整え、疲労回復やアンチエイジングにも効果があるといわれ、漢方薬材として広く使われている、広東料理ならではの体に良いスープの定番食材でもある。そんな渋い食材が、さらりとラウ氏の華麗な世界で主役になっているのは、何とも言えない面白さ。
     ラウ氏の世界観と美意識への評価は高く、ヨーロッパの最高級ファッションブランドからは、大切なディナーイベントを企画する際のコラボ相手としても引っ張りだこ。
     「中国をフォーカスしているけれども、懐石的な発想は随所に入って来ている。日本の方は舌が肥えていて、私の料理のツボをとてもよく理解してくれるから、食べていただけるのが楽しい。私たち、シェフとゲストとして、とても相性がいいと思うわ」とラウ氏からの嬉しいお言葉も。
     この人だから、香港だから、生まれるエレガントな料理。思い出に残る食事になる。

    • 香港人女性らしくテキパキと迷い無く創作に没頭する姿勢が、アジアの若手女性シェフたちの憧れの的
    • ほどよい固さのヨーグルトメレンゲのカップに、ブルーベリーシャーベットと、ラベンダーの香りが漂うホワイトチョコレートムースが入った『Crispy Yogurt Meringue with Blueberry Sorbet, Lavender White Chocolate Mousse』。注がれるソースは、香港で火鍋の後などに口直しに飲まれる「酸梅湯」をベースにして、ハイビスカス、ミント、キンモクセイなどを合わせた爽やかで優雅な味わい
    • 脂が載った食感がラウ氏の好みだというノドグロは皮をカリッと仕上げ、フルーツトマトとサワーキャベツ、ロブスター風味の豆腐を組み合わせた『Nodoguro and Lobster Tofu』。ブイヤベース風のソースをかけて、カラフルに風味豊かに
    • 「香港名物の腐乳は、いわば豆乳を使った香港のチーズのようなもの。それならバターに入れてみたらどうかな、と思ってブリオッシュに合わせてみたら、これが最高にマッチしたの」とラウ氏が語る『Brioche with Fermented Tofu Butter』も【Tate】の名物メニューのひとつ
    • シェフが自らデザインしたというフェミニンなインテリア。ピンクの椅子は布地選びにもこだわったそう。環境も食もトータルにデザインされているから、世界観にじっくり浸れる。ロマンチックな雰囲気に惹かれて、毎日ゲストの半分は記念日に訪れるカップルだとか
    シェフの流儀 ヴィッキー・ラウ氏

    元デザイナーという経歴を持つヴィッキー・ラウ氏。「美しいものを創り出すことが大好きだったから、食は私にとって格好の媒体なの」。レストラン業界は伝統的に男性中心の世界。数少ない女性のトップシェフとして、他のアジアの女性シェフたちと連携したイベントも積極的に開催している。

  • アーモンドの木で燻製した脂の載ったサバやパイクパーチの魚卵の濃厚な風味と、
    瑞々しいグリーンアスパラガス、レモンジュースの酸味のコンビネーションが抜群の『Saba with Loire Valley Asparagus and Hen Egg』

    Belon ベロン

    ミニマル。正確無比。自由自在。
    冴え渡る若きシェフの技を堪能

     数々の映画の舞台にもなった、香港・中環の世界一長い屋外エスカレーターの途中にあるSOHO地区。ヨーロッパ、中東、アジア各国のレストランが並び、立ち飲みする西洋人でにぎわうバーがひしめきあった多国籍エリアだ。
     そんな一角にある、すっきりとした木目の外観と、窓からうかがえるアールデコ風の幻想的な照明に照らされて食事を楽しむゲストたちが醸し出す、幸せそうな雰囲気に吸い込まれそうになるレストランが、「ネオ・パリジャン・ビストロ」と称される【Belon】だ。
     2015年にオープンし、2018年にはミシュラン一ツ星を獲得するほか「アジアのベストレストラン50」にも初登場。2019年には「世界のベストレストラン」でも96位に初ランクインするなど、評価はうなぎ登りで、有名シェフたちもオフに足繁く通う店。その原動力は、【Belon】を率いる若きエグゼクティブシェフのダニエル・カルバート氏の情熱。彼の料理は一見シンプル。真っ白な皿に、飾りの要素はなく盛られて、シェアしながらいただくビストロスタイルだ。しかしその料理は、最高の旬の食材を揃えて、シェフの技とひらめき、ディテールへのこだわりでまとめあげたものであることが一目で分かるもの。
     たとえば脂の載りきったサバを主役にした『Saba with Loire Valley Asparagus and Hen Egg』。すぱっと切られた食材の断面だけでも小気味が良く、食材の美味しさを一切漏らさないようにというシェフの心意気が感じられる。口に含むと、青魚ならではの風味とともに、さまざまな味覚が次々と口のなかで弾けて混ざり合い、バランスに迷いがなく、ぴったりツボにはまっている。高品質、潔く正確、手抜き無し。「美味しいから、とにかく味わうこと!」と、カルバート氏に言われているような安心感の中、純粋に食を楽しめる爽快さが舌の肥えた人たちを惹きつけるのだろう。
     そんな【Belon】で、新しいシグネチャー料理になることを予感させる一品が登場した。「スイートブレッド」とも呼ばれる「リー・ド・ヴォー」は、「子牛の胸腺」という部位で、成長するとなくなる白い内臓肉。これを、ペースト状にした編み笠茸とボタン海老でくるみ、ブリオッシュ生地でさらに包んで焼き上げている。「ヴァン・ジョーヌ(黄ワイン)」と呼ばれる特殊な白ワインを使ったオランディッシュソースを加え、香り豊かな子牛のブイヨンソースを注いで仕上げるこの一品は、なじみのある味から逸脱していないのに、食感も風味も組み合わせもすべてが珍しくて、意欲的な料理をいただく食の楽しさが堪能できる。
     「ブリオッシュのドウをベストリーのようにして、スイートブレッドに巻くので、香りも風味もすべてが染みこんでくれるし、普通のパンとは食感が違うのもいいでしょ。スイートブレッドとブリオッシュの食感が似ていてとても合うんだ」とカルバート氏。
     香港以前は、ヨーロッパやニューヨークで修業したカルバート氏。たとえばフォアグラと福岡産あまおうを組み合わせた一品は、苺の旬が終わったら、山梨産の巨峰に入れ替わり、その後は黒トリュフなど、フォーマットは引き継ぎながらも、自由自在に旬の食材を使いこなしている。「いくらでも素晴らしい食材が見つかるから、アジアで働くのは楽しいね。【Belon】はフレンチレストランかと言われると、どうだろう、旬の食材を僕なりの調理で出す、それだけなんだ。何料理かは好きに呼んでくれていいよ」
    ひたすらキッチンで新メニューの開発と、既存メニューのブラッシュアップに心血を十分に注いでる自信がにじみ出る。頼もしい若きシェフのますますの活躍に注目していこう。

    • イギリス出身。ロンドン、ニューヨーク、パリの名店で修業後、2015年に香港の【Belon】へ。2016年からエグゼクティブシェフに就任。休日もキッチンで自家製サワードウの面倒を見に来るという根っからの料理好き
    • アールデコをイメージさせる涼しげなインテリア。テーブルクロスがないスタイリッシュなビストロのムードでリラックス
    • リー・ド・ヴォー(子牛の胸腺)を編み笠茸とボタン海老のペーストでくるみ、ブリオッシュで包んで焼いた『”Ris de Veau en Brioche” with Morel Mushrooms and Yellow Wine』は、シェフ会心の新作料理
    • デザートのように見えるのは、フランスのキャスティン社のフォアグラに福岡産あまおうを組み合わせた『“Terrie de Foie Gras” with Fukuoka Strawberries and Champagne』。あまおうの爽やかな甘味と、シャンパンの芳香で、フォアグラがとびきり優雅に
    シェフの流儀 ダニエル・カルバート氏

    調理の中でカルバート氏が重視するのが、「不変性」。たとえばローストチキンなら、必ず毎回、完璧と言える同じ仕上がりになるように、調理温度や時間などを徹底的に実験し尽くしている。そんな努力を経て名物料理になった品々も、「以前のメニューに縛られたくない」とメニューから外す。若々しい外見の裏に、頑固一徹の熱血シェフの姿が見えてくる。

月掲載
  • Amber アンバー

    留まることを知らない、
    進化し続ける“放浪シェフ”

     取材中幾度となく、冗談を言っては大きな体を揺らして笑うシェフのリチャード・エッケバス氏。最新の「アジアのベストレストラン50」で3位に選ばれた店と聞いて緊張すれば、少し拍子抜けした格好だ。そんなシェフの人柄はジャンルを超えてさまざまな料理人たちからも愛されている。その証拠に店内奥部にある通路にはこれまでコラボしてきたシェフとの写真がズラリ!
     もちろん、人柄だけではない。その実力もやはりシェフが愛される理由だ。フランスを皮切りにモーリシャスやベルギー、バルバドス、ニューヨークなどで修業を重ねてきた経験から、自らを「放浪シェフ」といい、「自分の料理はフレンチではない」とも言い切るシェフ。タコを炭火で3時間じっくりと火入れをして、カラーピーマンを3日間発酵させたソースでいただく一品などは、紛れもなくシェフの多彩な経験に裏打ちされているのが分かる。
     そんなシェフだからこそ立ち止まることを知らない。実は2018年中には4ヶ月かけて店をリニューアルする予定も。その間、シェフは台北、東京、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ミラノなどを放浪するつもりだとか。そう、放浪シェフは、さらなる高みへと向かう心づもりだ。

  • ta vie旅 タヴィ

    フレンチ×日本料理を
    香港やアジアのエッセンスで色付け

     軽井沢の名店【エルミタージュ ドゥ タムラ】で5年、世界にその名を轟かせる【龍吟】で3年、さらに香港の【天空龍吟】ではオープンニングシェフを任せられた佐藤秀明氏。フレンチと日本料理を学んできた経歴を持つが、佐藤氏はそれらをただ融合しただけの料理をつくるようなことはしない。むしろ、「そういう店は他にいくらでもある。なるべく日本的な要素は控えるようにしています」という。だからこそ、そこに加わる香港、アジアというエッセンス、自分らしさは、この店の、佐藤シェフの真骨頂ともいえる。
     たとえば、アワビが殻ごと登場したかのように見える一品。が、実はフェイク。殻に見えるのは、アワビの肝とほうれん草のペーストを折り重ねて焼いたパイで、白ワインやコニャック、香味野菜で柔らかく煮込んだアワビの身に被せている。これは、ジビエを使ったシヴェというフランスの郷土料理を、アワビに置き換えたものだ。さらに、ワインも香港らしく、中国の寧夏(ニンシャー)という産地をラインナップするほか、水出し茶と料理とのペアリングの提案にもこの店らしさが溢れる。
     「香港には街中にマーケットがいっぱいある。毎日足を運んでいるといろんな発見があったり、イメージが膨らんだり、他の店のシェフと出会ったりね」
     そうして見つけて来た食材、出会いが佐藤氏のアイディアの源。そこには旅するような新たな驚きとの邂逅が待ち受けている。

  • RONIN ローニン

    香港で楽しむ痛快なる
    日本料理と和酒のペアリング

     はて、ここは日本だったろうか? 椚のカウンターに座って、料理を楽しんでいると、そんな錯覚すら覚える。バックバーには、日本のシングルモルトが並び、冷蔵庫には名だたる日本酒銘柄がズラリ。目の前で酒を振舞ってくれる、カナダ出身のエリオット・フェイバー氏がこれまた流暢な日本語を話すから余計に頭が混乱するのである。
     それに拍車をかけるのが料理だ。たとえば、刺身の5点盛りには、福岡や築地からその日の朝に水揚げされ、夕方に店へと届いた魚も登場。それらが、タイならカラスミと柚子をのせた昆布締めに、イトヨリなら炭火で炙って醤油を和えてガーリックチップスを添えたりと、巧みに魚の旨さを引き出しているのである。NY【MASA】香港【Zuma】で研鑽を重ねたシェフ、マット・アバーゲル氏による、その素材の使い方には日本人も思わず唸ってしまうことだろう。さらに、それに合わせてすすめられるのが、日本国外への日本酒の普及に尽力した人に贈られる、「酒サムライ」の称号を持つエリオット氏が厳選した日本酒や日本のウイスキー。日本酒であれば而今や大信州、海外では珍しい生酒など、シングルモルトなら宮城峡にイチローズモルトにマルスウイスキー…。さらにはエリオット氏自ら仕込みに携わった日本酒のプライベートブランドやオリジナルのウイスキー、焼酎まで。まぎれもない、ここは香港の名酒亭である。

  • Bo Innovation ボー イノベーション

    シェフの半生が、
    料理に空間に息づくモダンカントニーズ

     「料理は舌で味わって、脳を刺激するものではない。自分の料理は、料理そのものが直接、脳を刺激するものです」
     そう話すのは、自らを「デーモン・シェフ」と名乗る料理長のアルヴィン・ラン氏。料理人とは思えぬ風貌と少し尖った発言、そしてコンセプチュアルなダイニング空間やカントニーズらしからぬ料理の品々。それらだけを掬い上げれば、確かにセルフプロデュースのうまいシェフと思うことだろう。しかし、料理を味わうほどに実感する。冒頭のシェフの言葉に偽りはない、と。
     コースの一品目から怒涛だ。『チャイルズ プレイ』と名付けられた一品はすごろく版の皿の上に、フィンガフードのアミューズが3つ。脇には香港のストリートフードをアレンジしたエッグワッフルが添えられる。これらはシェフの幼き頃の記憶が料理となったもの。それだけではない。『クラシックアップグレード』も『バック オン ザ ストリート』も、すべての品々にシェフの思い出と記憶の端々が表現されているのだ。聞けば、エントランスからダイニングへと続く壁に描かれるのは、シェフの記憶に刻み込まれた香港へのイメージを壁画にしたもの。ここは、まさしくシェフの半生が息づいたレストランといえるのではないだろうか。

  • 龍景軒 ロンケイヒン

    シェフのスペシャリテが、
    三つ星の実力を如実に物語る

     休日ともなれば3ヶ月待ち、平日でも1ヶ月待ちが当たり前。それでも人々が首を長くして待つのは、なぜだろうか。2008年に「ミシュラン香港」が刊行され、【龍景軒】が中国料理で初めて三つ星を獲得した店となったからだろうか? そして、その星の輝きを9年間保持し続けているからだろうか? いや、それらは単なるきっかけにしか過ぎない。その味を知った者は、虜になるのである。そして、店を出る頃には次なる予約を考えるのだ。
     手初めに、創業時からのスペシャリテである『まるごと鮑と若鶏のパイ包み焼き』を味わってほしい。これは香港の結婚式などで振舞われる菓子「鮑パイ」を、シェフが本物の鮑を使ってアレンジした創業時からの名物。今や香港中の広東料理店がこぞって真似をする料理でもある。パイの上に、雲南ハムやポークリブのスープで8時間かけて炊いたアワビがのり、さらにその上に鶏肉、上品な餡。サックリとしたパイの食感とほのかな甘さ、そこにアワビと鶏肉、餡の滋味が重なっていく。それだけで【龍景軒】の実力は十分に推し量れるはずだ。その後は焼き物に酔いしれるもよし、海鮮料理に舌鼓を打つもよし。ワインを楽しみ、九龍のハーバービューを楽しめば、どうだろう? そろそろ、次なる予約を考える始める頃ではないだろうか?

  • 8 1/2 Otto e Mezzo Bombana オット エ メッツォ ボンバーナ

    圧倒的な素材感を残し、
    結びつく一体感の妙味

     2011年に、イタリア国外にあるイタリア料理店でミシュラン初の三つ星に輝いて以来、その輝きを保ち続ける【オット エ メッツォ ボンバーナ】。「アジアのベストレストラン50」でも4位にランクされ、名実ともにアジアのベストイタリアンのひとつとして知られている。
     そんな店の料理だが、一見するとやや掴み所がない。どこかの郷土料理に力を注ぐわけでもなく、シェフのウンヴェルド・ボンバーナ氏曰く、「オールラウンド」という料理。かといってコンサバすぎもしないし、イノベーティブというほど攻め感はない。しかし、食べれば分かる。その圧倒的な素材感と、その見事な調和こそ、この店の凄みだと。
     たとえば、トマトソースのようなパスタは、実は赤エビの頭をミキサーにかけてソースにしたもの。迫り来るエビの香り、旨み、その僅かな隙間をドライトマトの酸味でつなぎ合わせ、パスタに絡んでいく。あるいは、ホタテの前菜。マリネした北海道産ホタテに合わせたのは青リンゴの小さなキューブと、ウニ、オーストラリア産の黒トリュフなど。海と山と大地の幸の、さまざまな香りと食感、味わいが口の中で主張しあったかと思うと、やがて得もいわれぬ一体感に包まれていくのだ。
     「大切なのは、いい食材であって、それは技術よりも優先される。それらの個性や食感、香り、風味、旨みをいかに美味しさに結びつけるかが、シェフの仕事」
     週末となれば数ヶ月待ちは当たり前。人気、実力ともにまさに香港を代表するトップレストランである。

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