瀬戸内のテロワールを 味わう美食店 | ヒトサラ
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トモシロイノウエ
- 昼夜ともにおまかせコースのみを提供。香川産オリーブ牛が今宵の肉料理のメイン。もも肉に香川産里芋のピュレを添えた。miフォンから作るソースのほか、ミントとマッシュルームを炒めてつくるグリーンソースも。驚くほどの清涼感
- 温前菜はサザエと牡蠣。海を丸ごと頂いているような美味しさで、市内採掘の庵治石プレートに盛り付けた
- 『あまト』と苺『さぬきひめ』のカクテル。ペアリングコースはスタンダードで8杯が料理に合わせて登場
- 慶子さんの祖父母が暮らしていた一軒家を、内装のみ改めてレストランに。庭などに往時の面影も残される
- 井上知城シェフとマダムの慶子さん。高松へ移転して10年。ずっと四国と瀬戸内の食材と向き合ってきた
トモシロイノウエ
閉店しました料理もドリンクも讃岐の食材で仕立て、
地産地消のフレンチを実践「香川って、本当にいいところ」
そう言って、井上知城氏が目を細める。JR高松駅から車で、およそ10分。自身の名を冠したレストランは、海も、山も、島も、街さえも見渡せる、小山の中腹にある。
「天気が良いと対岸の岡山も見え、夜景も美しい」
今度は傍らで、マダムの慶子さんが微笑んだ。
東京・恵比寿で25年前、オーナーシェフになった井上氏だが、「いつかは田舎で」。漠たる思いをずっと抱いてきたという。それはきっとフランスの修業時代をパリだけでなく地方の町でも過ごしたから。全国、あるいは世界から食材の集まる都市と違い、そうした町では地産地消が当然。井上氏にとって、その実践の場が高松だった。
「フワッと柔らかい真鯛は女木島辺りで釣れますし、車で30分も行けばホワイトアスパラの農園もある」
ふたりが高松に移って早10年。今や勝手知る、この土地で、井上氏は嬉々として今日、仕入れてきた食材と向き合い、己の料理をつくっている。それはサービスやドリンクを担当する慶子さんも同様。
「せっかく四国でレストランをやっているわけですから、地元の食材でお料理に合うドリンクはつくれないかと」
その気持ちがオリジナルカクテルに昇華。今、ワインリストはなく、カクテルとワインが料理ごとに楽しめるペアリングコースを推奨している。この日は香川産トマト『あまト』の前菜に合わせて、同じ『あまト』を使ったウォッカベースの美しいカクテルが登場した。
「コンセプトは讃岐のFOOD(風土)」と井上氏。訪れなければ体感できない、料理と一杯の歓びがここにはある。特大の真鯛は3kg超。「東京で使っていた佐島産とは顔付きも色も違うし、味わいも違って身がフワッと柔らかく、美味しい」と井上氏。県内産レモンのほか、地元ではアラエビ、通称サルエビなど、魚介はすべて高松中央市場で毎朝、仕入れ。「10年経って、すっかり仲卸さんとも仲良くなりました(笑)」
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両忘
- 広々としていて温もりがあり、まるで洒落たギャラリーのような【両忘】の店内。「元々は20席ぐらいあった物件の居抜きで、室内だけ、改装しました。僕と妻のふたりで営んでいますから、その席数では難しくて(笑)」と中川氏。
- 一羽丸ごと火を入れた鳩は仕上げに炭火でサッと炙って香り付け。香川県『山清』のマスタードも添えた
- 瀬戸内産平目は皮目香ばしく、中はしっとりの最高の焼き加減。トロトロに煮たピュレ状の白菜をソースに
- 中川暁友氏。「自分は生魚を刺身で食べたいから、カルパッチョは作りません」。筋は通す料理人だ
- 「8割はオーガニック」を揃えるワインはほとんどがイタリア産。ほかにフランス産ワイン、日本酒も用意
素材第一主義を貫く一方で、
ジャンルを越えた自分だけの料理も探究アンティークが飾られるが、過剰に陥ることなく、何とも落ち着いた室内。設えられたテーブルもわずかだ。【両忘】は昼夜ともに完全予約制でゲストを迎えるリストランテ。昼は2組、夜で3組ほどを想定しているという。だから1日で5組ほどしか着席できない計算だ。
「妻とふたりですから」。そう言って微笑むオーナーシェフの中川暁友氏。今年で36歳と若いが、経歴は出色だ。神戸、京都、鹿児島の3つの都市、ジャンルの異なるいくつもの店で経験を重ねてきた。なかでも今、自らの料理のスタイルに似ていると考えるのが京都の割烹【なかじん】。
「とにかくシンプルで職人の凄みを体感しました」
故郷・高松で、この店を開く直前、「個性的で魅力的だった」と向かった先が鹿児島【カイノヤ】。ここでは素材に、存分に手をかけて魅力を倍増する術を学んだ。
故に、今がある。中川氏の料理はまず何を食べているか、主役が明確。さらに肉や魚の火入れに抜群のセンスを感じる。食材は、野菜などで香川を中心に四国産を多用する一方、「県外産でも良い食材なら積極的に」というスタンス。そして、常にバランスを図っている。「できる限りシンプルに手を添えてあげるだけ」を志す素材第一主義と、「僕の料理を食べに来て欲しい」と望む、いわば個人主義とのバランスを考える──思えば、『両忘』とは禅で物も我も忘れ、自然と一体化した境地に到ること──「これまで【イタリア料理店 両忘】を名乗ってきましたが、もうイタリア料理店の冠は外します」。素材を慈しむ優しさ、自分を表現する強さを併せ持ち、中川氏は唯一無二の店を指向する。野菜はハーブなど、例外を除いてすべて同じ今新町にある青果店【Sanukis本店】など信頼のおける業者から仕入れ。「情熱を持って取り組む方々で生産地にもよく足を運ばれている。愛があります」。この日はサヴォイキャベツやチンゲンサイ、紅くるり大根、菜花などが入荷。魚と肉に関しては「県内と県外産、半々の割合です」とのこと。
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長江 SORAE
- オーナーシェフの長坂松夫氏は、テレビ出演も多数で自らの著作も少なからず。「2年半かけて場所を探し、何もなかった土地に、一から建てた」この店を2010年にオープン。「この店の自慢は1位から3位まで全部、自然だよ」。快活な語り口は健在
- ブリブリの身がたまらない『ロブスターの四川風炒め』。料理は昼夜ともにおまかせコースのみを提供する
- ミディアムレアでトロトロの食感に仕上げた『オリーブ牛の豆味噌ピリ辛ソース』。豆豉が効いたソースも美味
- メインダイニングの16席のほか個室、テラスも備わる。全席オーシャンビューというのも長坂氏のこだわり
- テラスからの眺望もまた美しい。屋島は源平合戦でも知られる名勝地で、大自然の中に抱かれる喜びを実感
最高峰を追い求めて辿り着いた、
屋島の海辺で一軒家という環境最高峰のレストランとは何か? オーナーシェフの長坂松夫氏が、あるとき、自問自答したのはそんなこと。東京・西麻布で店を開き、日本が誇る中国料理のスターシェフとしてシーンを突っ走っていた頃の話だ。
「大自然に身を委ね、身体に優しい料理を、愛する人々と味わう。それに勝るレストランなんてないよ」と長坂氏。追い求めてきた最高峰がこの【長江 SORAE】。市街から少し離れた屋島の海辺に建つ、一軒家のレストランだ。
高松はキャリアの初期から縁があり、最初に独立したのも、この街。高松を拠点に、東京など、複数の店舗を手掛けていた時期もあったが、今はこの一軒で、己のすべてをかけて調理に勤しんでいる。その料理は不変。医食同源を早くから提唱し、日本の食材や調味料を、中国料理に活かしてきた長坂氏ならではの優しさに溢れている。いや、香川の食材を手にした今は、優しさに、温もりまで加わった印象。心身に染み入る滋味深い美味しさに感激していると、波の音が静かに聞こえてきた。
「だから、この店にBGMは要らないの。窓を開ければ、風や波の音、ときには鳥のさえずりだって聞こえてくる」
窓の外は檀ノ浦。テラスに出れば、その美しさにまた感激する。
「テラスでまずシャンパンを一杯、それから室内で食事を楽しんで、最後のコーヒーはまたテラスで。そんな環境だから、来た時は喧嘩していた夫婦だって、帰りにはすっかり仲良くなっている。そういうときは、本当に『やった!』って、思わずガッツポーズが出ちゃうよ(笑)」
最高峰のレストランを築いた長坂氏はもはや無敵だ。天然真鯛や讃岐オリーブ牛、アスパラガス、セレベスなど、香川産食材が大集合。葉ものは高松で「まんば」と呼ばれる高菜の仲間で、地元では豆腐と煮る「けんちゃん」という郷土料理も。「生産量が少ないものも多く、県外にほとんど流通しない品種も多い」と語る長坂氏。「小魚の豊かさにも本当に驚くよ」とも。
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L’API
- 語り口は穏やかで優しいが、鍋と向き合う瞬間、表情が引き締まる宮川圭輔氏。イタリアでの修業も含めて10年以上という経験の後、35歳で独立。2014年、愛媛に戻った。
- 舌平目を巻いて蒸し、黒キャベツとプチヴェールをあしらった。イカスミ入りでコクある魚介ソースも美味
- 愛媛・鬼北町で育つ雉の肉を詰めた『アニョロッティ・デル・プリン』。根セロリのピュレとも合う
- ワインは奥様のセレクト。自然派を心掛けており、酸がキレイで宮川氏の優しい料理に寄り添う銘柄が揃う
- 上質な天然素材が占める店内は本物を知る大人に相応しい落ち着き。大阪時代の知人がつくるリースも美しい
自然体で愛媛の食材と向き合い、
優しく心に沁みる料理に仕立てる「松山と決めて、いろいろ探したんですけど、結果的に隠れ家になっちゃいました」と、優しそうな笑みを浮かべながら、飄々と語るオーナーシェフの宮川圭輔氏。観光客も多いロープウェイ通りに面したビルの2階に、店はあるが、階段は通りから少し入ったところにあって、確かに、隠れ家。神戸を皮切りに経験を重ね、イタリアにも赴いて腕を磨いた宮川氏が奥様と最初に店を開いたのは大阪。同じ【L’API】の名で繁盛店になったが、8年を経たとき、夫婦で話し合い、帰郷を決めたという。ふたりは愛媛・宇和島の出身。愛媛の様々な食材が集結する松山を次の舞台に選び、再開したのは2014年。
「だから、愛媛はどこかで表現したいと思ってます。けど、美味しい食材があればこそって感じかなぁ」
熱く主張することはないが、宮川氏にはきっと故郷に対する強い愛がある。その証拠にこの日の料理の食材は、ほぼ愛媛産。柑橘は宇和島で家業を継いだ宮川氏の兄がつくったものだし、松山に移ってからの4年間で、様々な生産者たちと繋がりを築き、関係を深めてきた。
「県外からの若い移住者で野菜をつくる方も増えています」と今度は奥様。減農薬の野菜も積極的に仕入れ、その日の状況を見極めてコースを組み立てる。
「あまり手をかけなくても味が出る。だから、調理はシンプルを心掛けています」と宮川氏。営業が始まれば、夫婦ふたりが阿吽の呼吸で無駄なく動き、美味しい料理が次々と繰り出される。この安堵感。通いたくなる良い店とは、きっと、こういう店を指すのだ。「愛媛なら絶対!」というオコゼ、アワビ、セミエビはしまなみ海道付近で獲れたもの。紫白菜やプンタレッリ、黒キャベツなど珍しい野菜も「愛媛で西洋野菜をつくっている方がいて、そこと契約して仕入れています」。柑橘は温州みかんだけでなく「はるか」や「なつみ」といった愛媛ならではの種類も。
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日本料理 和敬
- 「これ以上なく、ふっくら炊き上がる」。信楽・雲井窯の土鍋で、植酸栽培の新潟産コシヒカリ『伝』を用いる炊き込みご飯はおまかせコースに欠かせない〆。今日は初春を感じる鯛の桜ご飯で、筍の“きぬかわ”の部分も添えて、季節感を強調
- この日のお造りは東京でメジマグロと呼ばれるヨコワとサワラの炙り、アオリイカ。乾山写しの器に盛り付けた
- 造りに続いて組肴。コース序盤で酒が進む八寸と同じ位置付け。この日は赤味噌を添えた湯葉人参豆腐など
- カウンター、テーブル席のほか、個室も用意。江戸唐紙の襖には、雲母の精緻な絵付けも見られる
- 甘みを最大限引き出すべく、アオリイカに包丁目を入れる料理長の竹村竜二氏。愛媛県旧小松町の出身だ
日本料理 和敬
089-943-3514 住所:愛媛県松山市三番町4-5-11
三番町アイビーコート3F
営業:11:00〜14:30(L.O.)/
17:30〜21:00(L.O.)
休日:日曜(祝日の場合は営業し、翌月曜休)、
月曜のランチ不易流行の信念で歩み、
和敬清寂の精神でもてなす「人がつくり、人が食べる。それが料理です」
理路整然。竹村竜二という料理人は、そんな四字熟語がよく似合う。地元食材について訊ねれば「輸送技術が進歩した今は“地”も広がっている」と明言。おまかせコースには「愛媛産をなるべく取り入れるよう考えている」と断った上で、どこ産であるかが重要ではなく、今日仕入れた、この個体の特性を見極める「固有名詞と向き合う」手法を是としているのだ。例えば、ヨコワの造りは個体の脂乗りを見極め、さっと炙って香り高く提供。どうすればそれが美味しくなるか。足すだけでなく、ときには引くことで魅力を引き出す姿は、南麻布【分とく山】の総料理長であり、師でもある野崎洋光氏にそのまま重なって映る。
松山の老舗旅館【ふなや】で腕を磨いていた竹村氏が野崎氏の元に向かったのは2006年。それから4年間、みっちり修業に明け暮れた。独立は6年前。師との出逢い、様々な出逢いを経てきたから今は冒頭で語った心境に至ったのだろう。店名の【和敬】とは和敬清寂に由来。茶道で主人と賓客が心を通わせて敬い合い、清らかに静かに同じときを過ごす調和の美学を示したもの。そんなかけがえのない時間を提供する決意を名に込めたのだ。
「日本料理で大切なのは日本の文化を知ること。本物を見て、本物に触れ、学んでいくと、日本料理でやっていいことと、やってはいけないことが見えてくる。私が今、志すのは10年経っても色褪せない現代の日本料理」
本質は見失わず、だが、新しい知見にも貪欲に。不易流行の信念を貫き、竹村氏は前進する。旨みがよく出るという銀鱗煮干しは手作業で丁寧につくられる瀬戸内食材。「煮るときの塩分量もちょうど良い」のだとか。そのほか、9kgサイズのヨコワ、宇和島で揚がったアオリイカなど。柑橘は香り良く、「種がほとんどなくて皮も薄いから料理に使いやすい」と仕入れる『せとか』。「人との出逢いが食材との出逢いの場だと思っています」