幸せのとんかつ | ヒトサラ
『東京とんかつ会議』(BS-TBS)とは?

2016年11月よりスタートしたBS-TBSの新番組。とんかつをこよなく愛する、料理評論家の山本益博氏、タベアルキストのマッキー牧元氏、グルメアナリストの河田剛氏の3名が毎回とんかつの名店を紹介していく。毎月最終土曜、不定時の放送。
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ぽん多本家
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日本における『カツレツ』の元祖といわれる逸品。肉は国産にこだわるが、産地は決めずに問屋から理想の状態の肉を仕入れる。「まずは何もつけずに味わって甘さを感じてほしい」という言葉が素材への自信の表れ
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『キスフライ』に使うのは一本釣りによる江戸前のキス。身が厚く、ふっくらとした食感が楽しめる
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『タンシチュー』。黒毛和種の牛タンを煮て、3週間かけて仕込むデミグラスソースを絡めて仕上げる
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島田良彦氏で4代目。100年以上の長い店の歴史のなかでは文人、咄家など、多くの著名人に愛されてきた
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1階はカウンター席のみ。2階にはテーブル席、3階にはコースの予約で利用できる個室もある
美しすぎる黄金色のカツレツ
気品に満ちた肉の甘みとコク揚げムラの一切ない、美しい黄金色のカツレツを箸でひとつまみ。鋭い人はすぐにこの店のカツレツが他所のそれとは一線を画すことに気づくはずだ。そう、そのロース肉に、いわゆる脂身が見当たらない。
「乱暴にいえば、カツレツは肉に衣を纏わせ、油で揚げるだけ。これが焼くのなら熱の入れ方に強弱がつけられますが、油にいれたらどうすることもできないんです」 だからこそ、赤身部分と固さが異なり、熱の入り方も違う脂身の部分は仕込みの段階で取り除いてしまう。では、その脂身をどうするか。そこが【ぽん多本家】流。ラードにして、揚げ油に使うのである。
約130度と低めの温度の油に肉を入れ、160度前後まで徐々に温度を上げながら7分ほど。完成したカツレツを、まずは何もつけずにひと口食べる。と、軽やかな衣が小気味いい食感を残した後、ふくよかな肉の甘みとコクが広がり、そして芳しい香りが鼻を抜けていく。これがカツレツの元祖といわれる味。宮内庁出身の料理人だった初代が、ミラノ風カツレツをアレンジし、仔牛肉を豚肉に変え、天ぷら式に揚げたとされる名物なのだ。
「いい素材を使い、いい脂をとること。そして、技を磨くこと。それが初代から受け継がれる哲学です」とは4代目の島田良彦氏。美しすぎるカツレツ同様、どこまでも実直な仕事に、老舗の矜恃を垣間見た。明治の洋食屋の匂いを残しながら、誠実にして、質の高い仕事は東京の料理屋のお手本と言ってよい。この店では「とんかつ」ではなく『カツレツ』と呼ぶ。これがロースかと思うほど、肉質は無駄なく柔らかく、衣も穏やかな色合い。キャベツ、ご飯、味噌汁、お新香、すべてに抜かりなく、『カツレツ』が和食であることを見事に証明している。
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成蔵
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『特ロース(250g)』。食べ応えを重視し、厚切りで提供。メインとして使うのは品質が均一な霧降高原豚。あっさりとした味わいは、厚切りでも飽きずに味わえる。その他、霧島黒豚や岩中豚、雪室熟成豚なども定期的に登場
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開店当初はシンプルな白壁だった店内。女性ひとりでも気軽に入れるよう、徐々にデコレーションを増やした
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調理工程に科学的裏付けを求める三谷氏。だが揚げ上がりを判断するのはパン粉の立ち方や色、音など五感頼り
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ロースは繊維質が細やかで脂がしっかりしたもの、ヒレなら筋が少なく太さが均一なものを厳選して仕入れる
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希少な腸間膜油を主に使用。融点が高く冷めにくい特性があり、外はサクッと、中はジューシーに仕上がる
淡色の衣のなかに潜む
ジューシーで旨み濃い豚淡く色づいた大ぶりのとんかつ。口に入れると確かに感じられる、サクッと軽快な食感。しかしそれは一瞬のこと。衣の存在は幻のように消え去り、奥から肉のジューシーな旨みが立ち上がってくる。口のなかで変化する、香ばしさと力強い旨み。畳みかけるようなおいしさに箸は止まらず、気づけば大ぶりの肉塊が皿から消えている。これはまるで魔法だ。
無論、タネも仕掛けもある。その筆頭が、揚げ油の温度だろう。たとえばロースならおよそ110度からスタートし、徐々に温度を高めながらじっくりと揚げる。油から取り出す段階でも、温度は150度程度だ。温度を上げないことでパン粉の水分は抜けるが、内部の豚は蒸し焼き状態。衣の香ばしさと柔らかい肉の両立は、こうして実現されるのだ。
ただ低温で揚げる、という単純な話ではない。全方向から均一に熱が入る純銅製鍋、融点の高い腸間膜油、糖度の低い特注パン粉、こだわり抜いた豚肉、そして揚げ上がりの一点を見極める職人の技。それらすべてが合わさって、はじめてこの極上のとんかつが生まれるのだ。とんかつという料理を未知なる次元にまで高めた職人の熱意には、ただ感服するしかない。【成蔵】の魅力は、優しさにある。低温から温度を上げて揚げられた肉の断面は、うっすらとロゼ色で、なんとも艶っぽい。衣はサクッと軽やかな音を立て、脂は口どけよく、ほの甘い肉汁が滲み出る。肉は柔らかいながら、噛んで肉のエキスを溢れさせる喜びがある。これぞとんかつの醍醐味である。また都度手切りされるキャベツは、細く、甘く、みずみずしい。
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特選とんかつ すぎ田
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『とんかつ ロース』には、千葉県産を主とした国産豚肉を使う。佐藤氏が豚肉に求めるのは、無理な味のしない、素直な旨み。過剰な甘みやエグみは必要ないという。それが大衆食のなかのご馳走の根幹だ
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赤身の旨みが楽しめる『とんかつ ヒレ』。リーペリンソースか、自家製ブレンドソースでいただく
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香りとコクを出すため、オランダ産のカメリアというラードを使い、温度の異なる2種の鍋で揚げていく
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下町の家庭的な温かさを感じられる店内。毎日手入れを欠かさない檜のカウンターも自慢のひとつ
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日本酒は『神亀』一筋。「とんかつに合う、合わないでなく、自分が好きなだけ」と佐藤氏は話す
真っ当な仕事の積み重ねが生む
スタンダードのなかの極上の味「自分は料理人ではないんです。日々、同じものを変えずにつくり、その完成度を高めていく。ニュアンスとしては職人といった方が近いかもしれません」
揚げ方がレアだったりするわけでもなく、衣が変わっているわけでもない。ましてや大きな肉塊を使って奇を衒うことなどもってのほかである。
「あくまで大衆食。だけど、つくるからには、ご馳走と呼ばれるような味を目指します」
そう話す2代目の佐藤光朗氏が目指すとんかつは、ずばりスタンダードのなかの美味しさだ。
佐藤氏は「つくる人が違えば味は変わるのは当然」と割り切る一方で、先代からの精神を受け継ぎ、とんかつと真摯に向き合う。油はオランダ産のラードを使い、豚肉はエグみが出しゃばらない国産のフレッシュな肉を丁寧に下処理。もちろん、熟成なども試みたが、納得する【すぎ田】の味にはならなかった。衣は肉の味を誤魔化したくないと、薄めが信条。高温の油に潜らせてから、じっくりと低温で熱を入れていき、色づけと油ぎれをよくするため、再び高温の鍋へと戻し仕上げていく。
衣は隙間なくみっちりと肉にまとわり、噛みしめると旨みがジワリと溢れ出る。品のある脂は舌の上でスッととけて、旨みに絡み合っていく。これが【すぎ田】のとんかつ。大衆食のなかのご馳走なのである。細い幅で切られたロースカツを口に運べば、細かい衣が痛快な音を立て、きめ細かい肉質に歯が入って甘い肉汁がこぼれ、幸せな気分となる。細く切られたキャベツ。光輝き、粒が立ったご飯、香り高い豚汁、お新香、添えた辛子まで、一つ一つが誠意をもってつくられ、余分な見栄がない。これぞ日本の正しき定食である。日本が誇るべき、美しき精神である。
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あげづき
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『特ロースかつ』。南の島豚は、保科氏が「今まで食べて試してきた豚肉のなかでも断トツの美味しさ」という食材。脂の融点が低く、肉質は柔らか、旨みや甘みも申し分ない。すっきりとした自家製ソースがよく合う
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『特ヒレかつ』。南の島豚でもヒレは他ではなかなか出会えない部位。「都内ではうちだけかも」と保科氏
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揚げムラをなくすため衣に使う小麦粉やパン粉の配合なども徹底。揚げるまでの工程にも徹底してこだわる
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日本酒のラインナップからも、燗酒を愛する保科氏の好みを垣間見る。味がしっかりした、芯のある酒が揃う
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店はテーブル席中心。平日のランチは行列もできるが、夜は予約も可能。並ばずとも名店の味を楽しめる
28年のとんかつ道を歩んでなお、
究極の味を探求し続ける店主の保科剛氏が、将来、とんかつ店を持つことを決意したのは高校在学中の時。卒業後は料理の基本を学ぶため和食店で修業し、その間もとんかつは独学で追求した。その礎となったのは、給料の大半をつぎ込んで名店を食べ歩き、そして培った舌の記憶である。
とんかつ一筋ですでに28年。そんな保科氏が惚れ込んだのが、宮崎県産の南の島豚である。生産量が限られ、全国でも一部の高級レストランなどにしか卸されていないという希少な豚肉は、長年かけて出会った最高の食材。だからこそ、保科氏に一切の妥協はない。
揚げムラをなくすことに神経を注ぎ、油の管理、揚げ方を長年研究。独立してから7年にわたって取り続けるノートには、その日の気温、湿度まで細かに記してあるという。油はオランダ産の高級油をベースに独自にブレンド。低温でじっくりと15分ほどかけてから高温の油へと移し、さらに余熱を使って熱を通していく。
噛み締めれば、まず驚くのがその香りだ。それはラード由来の風味とは異なり、素材そのものの上品な、大げさにいえば果物のような香り。肉からは甘みと旨みが押し寄せ、キレのある脂が微かな余韻を残して消えていく。
「目指すのは究極のとんかつです」とこともなげに話す保科氏。28年に渡るとんかつ道。非の打ち所がないとんかつ。しかし、保科氏の見据える“究極”はまだ先にある。アグー豚に黒豚などを掛け合わせた宮崎の南の島豚という希少な品種を使用している。温度が異なる鍋を二つ用意しており、低温でじっくり揚げる。癖がなく、脂身も軽く菓子のような味わい。ご飯、味噌汁も美味しい。とんかつの他に、酒のつまみになるような料理が色々と用意されており、日本酒の品揃えも豊富である。
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のもと家
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『特選 厚切りロースかつ定食』。鹿児島県産の六白黒豚は、ほんのりと甘く香りのいい脂と赤身の旨みに優れている。そのまま味わって美味しいように下味がつく。茎山葵×鹿児島醤油、ソース、塩など味わい方は自在
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国産の白豚を使った『ロースかつ定食』は、コストパフォーマンス抜群の逸品。火入れの技術の高さが際立つ
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鍋から揚げしっかりと油切り。衣から滴り落ちる、油の透明感や色合いを見て、火の通り具合を確かめる
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「静かに大人ひとりが食事を楽しめる店」がコンセプト。定食だけのメニューも“食事”にこだわったがゆえ
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鹿児島産の六白黒豚。余分な脂は惜しげもなく削ぎ落とす。切り落とした肉の部分は定食に付く豚汁に使用
六白黒豚と熟練の仕事が
食べ手に幸せを運ぶ「よく『何度で何分かけて揚げるのか』『余熱はどのくらい入れるのか』と聞かれますが、それを数字で答えられたら苦労はしないんです」
そう笑う【のもと家】の店主・岩井三博さん。そして、岩井さんは「修業時代を含め、もう何十万のとんかつをつくりましたが、今こうして揚げている瞬間にも新たな発見ばかりあります」と続ける。
肉に衣をまとわせ揚げるだけ。シンプルな料理ゆえ、肉の状態が違えば、揚げ方が変わるのは当然のこと。とんかつとは実に奥が深い“生き物”である。だから、岩井さんは油から上げてから何秒で切り分け、皿に盛り、テーブルへ運ぶか、そして食べ手が口にするまでの時間を逆算して調理する。それは、経験を積み重ねたものだけができる職人の仕事だ。
そうしてつくられる六白黒豚を使う名物『特選 厚切りロースかつ定食』とはどんな逸品か。暑さ4cmほどの、もはや肉塊と呼べるひと切れをまずはそのまま噛みしめれば、肉汁がじわりと溢れ旨みが押し寄せる。そして品のある脂に舌を巻く。次は岩塩をつけて…。すると、今度は隠れていた甘みが顔を出し脂に溶けていく。その後も、茎ワサビをたっぷりとのせて鹿児島醤油でいただき、自家製ブレンドソースを試し、レモンを搾り変化をつけて…。
人々が行列に並んでまでこの店へ訪れる理由は簡単。この店のとんかつは食べ手を幸せにする力がある。今いちばん勢いを感じる店のひとつ。主人の岩井さんはパン粉や揚げ油の改良を重ねている。行くたびに味が良くなっている印象である。食材のメインは鹿児島の六白黒豚である。黒豚はしっかりした旨みがあり、さっくりした衣もよく合う。『かつ丼』や『カツカレー』も特筆すべき美味しさ。ランチは白豚も使用しているがコスパは都内屈指。
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