古き良き城下町・金沢の名店 | ヒトサラ
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口福 よこ山
- 店主・横山明彦氏は、金沢の料亭から料理の道を歩み始め、その後、京都などで活躍。さまざまな土地のエッセンスを取り入れながら、枠にとらわれない独自の和食を追求している
- 『京都九条ねぎと閖上産赤貝のぬた』。丁寧につくり上げた酢味噌と土佐酢ジュレで赤貝の旨みが増幅
- 『先付』。熊本水島の塩トマトは名残りの桜の葉であしらうことで、初夏を表現
- 横山氏の仕事を目前で楽しめるカウンターを中心に、個室やテーブル席も和の設えで統一された店内
- 福井の『黒龍』など、和食に寄り添う日本酒は希少銘柄も多数。海の幸と合わせて楽しみたい
見えない仕事の中にこそ
旬の味を最大に引き出す技を金沢の美食を語る上でどうしても味わって欲しい店がある、中心街の片町にのれんを掲げる【口福 よこ山】だ。『京都九条ねぎと閖上産赤貝のぬた』。この店で春の味覚を味わう前菜として供されたある日のひと品だが、そこには3か月寝かせて角を取った米酢から生み出される土佐酢のジュレにはじまり、ぬたに使う酢味噌は京都の白味噌を2時間練りあげ、国産レモンと和辛子で風味付け、そこに胡麻のペーストでコクを加える。そうして手間を惜しまずに生み出された下拵えと旬の赤貝を合わせれば、奥から奥から旨みが折り重なるような不思議な滋味が湧き上がってくるのだ。もちろんそれは、すべての料理に一貫したこの店の哲学。店主が自信を持って提供する、熊本水島の塩トマトは、湯むきのトマトにドレッシングとキャビア、金箔がのったなんとも豪華な一品なのだが、このドレッシング、店主が生米を炊くところから始め、牛乳、バター、白ワインなどを加えて生みだす特製ソースなのだ。
「出汁という和食の基本は外さずに、素材を味わってもらう。そこにほんの少し自分の料理感を加えたい」
店主の横山明彦氏はそう話すが、素材を生かす仕事、そのほんの少しの手入れこそが食材のポテンシャルを引き出すこの店の真骨頂であるのだ。金沢の旬を感じるおまかせコース一本。そこには店主が愛してやまない金沢の旬を、最大限に引き出した美味が待ち受ける。 -
日々魚数寄 東木
- 『鯛の白子』、『カワハギの肝和え』、『スルメイカの塩辛』、『バイガイ肝醤油』と珍味の数々。酒量や好みによって、さまざまな酒肴が食膳を賑わす。コース主体ながら、この自由度の高さは小さな店ならでは
- 『お造り』。マコガレイ、ハマチ、サゴシの炙り、白ガスエビと地物をそれぞれに調理し、お造りで
- 『のどぐろのタケノコ包み焼き』。醤油、酒、みりんなどで幽庵焼きにした逸品。季節の味も店の特徴
- 「メニューは仕入れ次第。その日その日で変えています」と店主の東木宏憲氏
- 地元の能登ワインが中心。和食に寄り添うを基準に日本ワインをセレクトする
名店で修業を重ねた店主の
金沢らしい酒と肴を呑兵衛にこれほどうれしい店もそうそうない。主人は、ソムリエであり、きき酒師の資格も併せ持ち、ワインでも日本酒でも、その品ぞろえはすこぶるよし。小体な店なので数こそ多くはないのだが、左党垂涎、数寄者を唸らせるいぶし銀のラインナップが揃う店なのだ。もちろん、料理に合わせ、好みの一杯を提案いただくことも可能。そして何より酒肴の演出にまた、目じりが下がる。
「全国どこでも味わえるマグロやイクラより、ヒラソウダガツオとか、朝獲れのマハタとか、イワシやアジなんかもこちらの獲れたては抜群ですよ」
店主の東木宏憲氏は、各地で修業後、地元に戻って魚の素晴らしさに気づいたと笑う。そんな金沢や能登で獲れた地の食材を、ひと仕事加え、上手く出してくれる店こそ【日々魚数寄 東木】なのだ。上手くとは表現が少々荒っぽいのだが、手を加えつつも加えすぎないその塩梅。食材の長所を引き出しつつも、酒を呼ぶアテとして成立させる、絶妙な塩加減、出汁の使い方、添えた野菜の仕事までもが、いい塩梅なのだ。
聞けば東木氏は、京都の料理旅館をはじめ、神楽坂の懐石や銀座『うち山』など、数々の名店で研鑽を重ねた人物。さまざまな店で培ったエッセンスを、この小さな名店で凝縮させて提供しているのだ。
さらに言えば、食べ手の酒量により、料理は調整も可能。飲めば飲むだけ、料理が気の利いたアテへと変化するなんていう変化球も併せ持つ。ひとりか、もしくはふたりなら金沢の夜はこの小体な店で乾杯してほしい。 -
味楽 ゆめり
- 毛ガニ、ウマヅラハギ、ガスエビ、甘エビ、サヨリ、ノドグロ、アマダイ、クジラ……。通常であれば翌日でないと届かない能登産の魚介が、独自のルートで夕方には店に到着。すぐさま仕込まれ、提供される
- 店主の前田氏を中心に、奥様とお姉さまがサポート。能登の魅力を存分に堪能させてくれる
- 『刺身盛り合わせ』。客の大半が注文するこの店の名物は能登の魚介の滋味深さ、旨みの凝縮感に誰もが驚く
- 『ホタルイカと山菜の天ぷら』。春に旬を迎えるホタルイカを、同じく旬の山菜とかき揚げにした一皿
- 奥能登にある5蔵すべての地酒が楽しめる。蔵の個性が一番出ると普通酒を中心にラインナップ
奥能登から直送される
新鮮魚介と地酒の名店「クロソイ、平目、クジラ、カワハギ、ブリ、バイ貝、サバが能登で捕れたものですね。今日は金沢港で揚がった甘エビと、北海道の水ダコ以外、刺身は全部、能登。クジラは奥能登でも珍しいので今日は運がいいですよ」
大皿で提供された『刺身の盛り合わせ』は、キラキラと艶めく。そして、店主の前田衛氏はどうだと言わんばかりの自信の表情で笑う。それもそうなのだ。朝7時に能登の宇出津漁港で競り落とされた魚介が、この店ではその日の営業に間に合うように配達され、すぐさま捌かれる。地元が能登の宇出津という強みを活かし、独自のルートで運ばれる魚介。それをどこよりもおいしく、鮮度にこだわり提供したいと、生まれた店が『味楽 ゆめり』なのだ。だから金沢でおいしい魚介が味わいたければ、旅行者はまず、この店を訪れるのが正解だ。
店は1Fがカウンター席と個室、2Fは座敷席になっており、地元民も思い思いの過ごし方で、この店の魚介を求める。地元民が愛する店、それが何よりの証だろう。そして、店の魚介に寄り添うのが、同じく奥能登から取り寄せる5蔵の地酒。
「小さな蔵が多いですが、同じ土地の水と米でつくられた酒は、ウチの料理にはぴったりだと思います」
やはり前田氏は、自信の笑み。生まれ育った土地を愛し、その土地の食材に魅了された店主。金沢で魚介を求めるならば、地元愛たっぷりのこの店へ。 -
高崎
- 『ホタルイカの石焼』。たっぷりと身の詰まった旬のホタルイカを熱々の石の上で焼くだけというシンプルな料理だが、焦げた肝の香ばしさが日本酒を呼ぶ逸品。春の時期だけのお楽しみでファンも多い酒肴
- 『鴨の治部煮』。鴨と加賀野菜、生麩を炊き、葛でとろみをつけた郷土料理。ワサビを溶かして味わう
- これから旬を迎えるアワビや、ガスエビ、甘エビのほか、名残の寒ブリまで厳選して仕入れる魚介類
- 「いい素材はシンプルが一番です」と真剣な眼差しで仕込みを続ける板長の大門晃久氏
- 少人数であればおすすめはカウンター。その日のおすすめを料理人から直接聞ける特等席だ
金沢の四季を舌で感じる
郷土の味覚溢れる割烹春の名物『ホタルイカの石焼』は、熱々に熱した石の上にのせると、透明感のある小さな身が、みるみる表情を変え赤くぷっくり香りを放ち始める。さすれば、食べ時。生のホタルイカに軽く塩をしただけという、その味は、ホタルイカのミソがしっかりと奥行きある味わいを演出してくれる。もしくは足が早く、そのほとんどが地元で消費される『ガスエビの刺身』。ぷりっとした極上の食感に、甘エビよりも甘く濃厚ともいわれる味わいは、まさに捕れたてでその味を楽しませる。金沢の地で創業45年を迎えた【高崎】。地の食材を中心に、食材の滋味を引き出す仕事が嬉しくなる老舗の割烹だ。
春であれば上記のホタルイカやガスエビ、夏は天然の岩牡蠣や加賀野菜、秋は底引き漁の甘エビや毛ガニと地の松茸を、冬は加能蟹と寒ブリ。まさに四季折々、この店には訪れて味わいたい味覚があるのだ。
現在、店の調理場を仕切るのは、18歳で同店へ入店し高崎一筋18年という大門晃久氏。先代ゆずりの丁寧な仕事は、下手に手をかけすぎないを基本とし食材の持つ味わいを丁寧に引き出していく。他にも加賀の郷土料理『鴨の治部煮』はしっかりと鴨の旨みを野菜に纏わせ、『のどぐろの塩焼き』ならば、シンプルに直球勝負。そのふくよかで脂ののった身を絶妙な焼き加減で楽しませる。これぞ、金沢の郷土の味。そんな料理がこの店では四季を問わず、待っているのだ。 -
御料理 貴船
- 『盛り込み』。季節の味を一皿に盛り込む名物は、毎回何が供されるのかお楽しみ。この日は、たけの子寿司、サヨリとワラビの酢の物、桜の葉に来るんだミンククジラなどが、春の食膳を彩った
- 金沢生まれ金沢育ちの店主・中川清一氏。ホテルの厨房や、創作和食、割烹などで腕を磨いた
- 『アワビと氷見うどんの肝みそ和え』。アワビはじっくり3時間蒸し、肝とバターで氷見うどんと和えた逸品
- 大正時代の民家を利用する店内は、金沢の情緒を感じるには最適。窓の外には浅野川を望む
- 中川氏の料理のお供には、『五凛』や『天狗舞 中三郎』など、石川県の地酒がぴったり
淀みなく進化を続ける
注目の和食の店「一貫性がないのが僕の料理の特徴ですかね。いいと思ったらすぐに影響されてしまいますから……」
古き良き金沢の面影を残すひがし茶屋街からは徒歩圏内。名店ひしめく金沢の和食の中に身をおいていても、【御料理 貴船】の主人・中川清一氏には、伝統を守るという気負いがない。風情ある浅野川沿いの古民家を使った店は、車の往来が難しいことから商売には不向きと言われ、この店ができるまでは、根無し草のように主が変わってきた。そんな立地を物ともせず、中川氏はこの店の風情に魅了され出店を決意する。
「直感です。初めて訪れてすごく気持ちよかったので」
食べ歩きが趣味で、いいと聞けば日本中を食べ歩く。そうして出会ったアイデアや調理法で、この店の料理は感性の赴くままめまぐるしく変わっていくのだ。
だから同じ食材でも、一昨年、昨年、今年とまったく違うアプローチで提供されることがしばしば。しかも、店主が現在進行で影響を受けている店や調理法が色濃く反映されるから面白いのだ。
「常連さんから『今日は中華っぽかった』とか、『同じ店とは思えない』なんて言われると、褒め言葉だと思っていますから。スペシャリテが好きではないんです。常に進化していきたいと思っています」
中川氏の言葉からは、よどみなく前を向く気概がビシビシと伝わってくる。古都で味わう、現在進行形の和食。それもまた金沢の楽しみなのかもしれない。
※このページのデータは、2016年4月上旬取材時のものです。メニュー、営業時間、定休日などの情報は変更されることもございますので、あらかじめご了承ください。