肉料理の聖地とも呼ばれるフレンチの名店、銀座【マルディグラ】。
シェフの和知 徹さんは“肉の巨匠”とも呼ばれるほどの肉料理の名手だ。
つくり手としても食べ手としても真摯に肉に向き合う、
そんな和知シェフが、密かに通っている焼肉店があるという。
“肉の巨匠”がその肉質を認め、旨さにうなるお店とは……。
浅草の焼肉店が集まる区画の小さな路地にある、知る人ぞ知る焼肉の名店【冨味屋】。うっかりすると見逃してしまいそうなほどだが、“肉の巨匠”を唸らせるほどの焼肉店なのだ
今回、和知シェフとともに訪れたのが、浅草の路地に佇む老舗【冨味屋】。店主の髙山さんの祖母が、昭和35年に韓国料理店として創業し、時代の移り変わりとともに焼肉店に。昭和の面影が残る約10坪の店で、極上の焼肉を提供する。
「お肉の素晴らしさに加え、タレなどの味付けがいい意味でシンプル。一発でファンになりました。地元の人たちがワイワイ焼肉を囲む、浅草らしい風情も心地いいです」。そう語る和知シェフに、「うちの店はあくまで、“大衆焼肉”でいたいんです。開店以来、浅草の路地裏でやっていますし、焼肉を皆で囲んで食べるのは楽しいことですから」と、髙山さんは頷く。
和牛にはこだわるが、「特定銘柄にこだわると価格が高くなるため」、それを避け、味と高いコストパフォーマンスが両立した焼肉を貫いている。「日本が世界に誇る和牛に携われるのは、とてもやりがいがある。きめ細やかな肉質と香りの良さは和牛ならではです」と続ける髙山さんに、「確かに、独特の香りとなめらかな食感が素晴らしい。ご飯がほしくなる肉ですね」と和知シェフ。
かつて、和知シェフは自店のスタッフと焼肉に行くと、彼らに焼いてもらうことが多かったという。
「スタッフの焼き方がヘタだと、僕がストレートに指摘するので、鍛えられてだんだん上手になってくるんです(笑)。肉を自分で焼くと、どう焼けばおいしいのかがリアルにわかりますし、その場一緒に味わっている人も共有できる。そこが焼肉の醍醐味かな、と。食べる人が、より能動的に、より積極的に、肉に向き合えるのが焼肉屋さんだと思います」。
2017年に内装をリニューアル。座席と厨房が一体となった空間は、「お客さんとコミュニケーションをとりながら、お肉を提供するため」と髙山さん
一度に何枚も並べずに、食べる分だけを焼くのが和知シェフ流の焼肉の楽しみ方。肉一枚ごとのおいしさの違いを楽しむ工夫だ
和知シェフの大好物、牛の横隔膜にあたる『上ハラミ』。「肉を喰いちぎる感じが好き。正肉とは違う歯切れや肉感が楽しめます。肉汁が充満していますよね。こんなにジューシーな部位はないです」
和知シェフが好きで通う焼肉店には、お肉のおいしさや店の風情のほかに、もう一つの共通点がある。それが、“韓国料理をベースにした焼肉”であることだ。
「私(髙山)の祖母は、この店を韓国料理の定食屋として始めました。時代の変化に応じて、いまは焼肉店になりましたが、味のベースは韓国料理。そこはくずしません。肉はもみだれで漬け込んで下味を付けて提供し、野菜料理は自然な旨みだけで仕上げます」と髙山さんが語ると、和知シェフも深く頷く。
「そこにビビッときました。焼肉のおいしさに加え、キムチやナムルなどの副菜が主役の肉をいっそう引き立てていますよね。だからこそ、焼肉全体としての“ドラマ”ができあがる」。
この日、和知シェフが選んだ一皿は『上ハラミ』。10割は焼かずに9割ほどで留め、七分二分(片面7割、もう片面2割)もしくは八分一分で焼くのがベストだと言う。こうすると、「肉の中に汁がまわり、絶頂の時に口に入れて味わえる」のだそう。一方、髙山さんも同じ焼き方をすすめる。「牛の中心部の体温は39~40℃くらい。肉のコンディションに応じて、厚みと面積を意識してカットしています。片面焼きに近いかたちで全体に9割ほど火入れすると、おいしい一点に近づけます」と続ける。
提供された『上ハラミ』をペロリとたいらげた和知シェフが、にっこりと一言。「本当においしいものは食べた後にもたれない。幸せがずっと続きますね」。