コツコツと4年間かけて信頼関係をつくってきたから、今の里山十帖の料理がある

 桑木野さんから、「これから生産者さんのところにお野菜を取りに伺うので、ご一緒しませんか」と声をかけられた。いただいた料理の数々を頭に思い浮かべながら、二つ返事で桑木野さんの軽自動車に乗り込んだ。

【里山十帖】で取り引きのある生産者は今や50箇所にのぼる。しかし、この生産者とのつながりをつくるのは、簡単ではなかったと話してくれた。こうしたつながりができたのは、宿のオーナーである岩佐さんが、“米作りを手掛けたい”とこの地に会社の拠点を移した2004年からの努力が実を結んだからだという。毎年一回米作りをするごとに近隣の農家さんに助言をもとめた。最初は都会から物好きが来たと遠巻きで見ていた人々も、毎年の米作りを真剣に向き合う姿勢にどんどん協力をしてくれるようになった。移住から8年経ち、宿のオープンを迎える時には、そうした人たちから農家さんを紹介してもらい、一軒一軒岩佐さんや北崎さんらと話をしにいった。

上村農園で収穫した無農薬の大根。ずんぐり太いのが特徴

「それでも、最初はやはりなかなか野菜を買わせていただくところまではいかなかったです」。と当時を振り返る。「【里山十帖】の料理としてお出ししたいのはやはりこの土地ならではの在来種などの野菜でしたが、まず市場には出回りません。そうした野菜はなかなか見つからなくて。」見つかったとしても取引をしたい農家さんは、在来種を細々とそだてている小さな農家ばかり。自分たちが食べる分と道の駅に出すだけ、というような小規模農家も多かった。そういうところで宿のゲストの料理をまかなう数量を手に入れるのにも苦労した。それでも、きちんとつくられた野菜をおいしく料理して、みんなに知ってもらいたい。そういう思いを丁寧に伝えていった。そうしてつながった信頼関係で4年たった今、ようやくネットワークが確立できたかもしれないと実感しているという。

農を通じて食の原点を知る。無駄なものは何一つないという発見の毎日

阿部さんの畑は少量多品種の畑。年間を通じて50種類の野菜をつくる

 最初に訪れたのは、農家の阿部正昭さん。実は、桑木野さんと阿部さんの最初の出会いは、町の地域歌舞伎の交流会だったという。阿部さんがその地域歌舞伎の役者で、話をするうちに農家で在来種を育てていることを知り、畑に行ったことから交流が始まった。

「今はシーズンじゃないんですけれど、阿部さんが育てていらっしゃる在来種の”大沢ナス“がおいしいんです。ほかにもたくさんの在来種をつくっていらっしゃるんですよ。ナスのシーズンは、ナスだけで何品も料理をつくったりします」

 大沢ナスは、阿部さんが親の代から自家採種でつくっている在来種。阿部さんはこの地で年間50種育て、露地だけで作物をつくっている。繰り返し自家採種で作物をつくると、土地に合ってくるか作物自体が強くなり枯れないという。

右は小粒でもかなり辛い“かぐらなんばん”。左は生け花につかわれることが多いという“かどりまめ”

 この日の収穫はアスパラ菜に、在来種のかぐらなんばん。アスパラ菜の花も食べてみて、“おいしい!”と収穫。さらには畑の隅にひっそりとつくられていた“かどりまめ”を見つけた桑木野さん。小さな大豆のような豆をかじって、“これもきっとおいしい”とこちらも購入。

「畑はいつ行っても新しい発見があって、飽きませんね」と笑った。

 次に訪れたのは、農家の上村一昭さん。無農薬で野菜を育てている農家さんだ。もともとは都内でサラリーマンとして働いていた上村さんは、地元に帰り、実家の農家を継いだ。どうせなら、とびきりおいしくて安全な野菜を作りたいと、試行錯誤しながら完全無農薬で農作物をつくるようになったという。

「農閑期も野菜をつくりたいから、ハウスもやってます。やっぱりこの土地は水がいいからね。地下水を循環させて農業用水にしています。水田もやっててこっちは合鴨農法。一年間働いてもらった鴨は役目がおわったらちゃんと食べるし、脱穀したもみ殻は、こうして土にかぶせて土の温度を保って育苗できるようにしているの。肥料は卵の殻をベースにしたものや焦土に牛糞ともみ殻をあわせたもの。無駄なものなんてなにもないんですよ」

農家の上村さんと桑木野さん。「うこんの葉は蒸し物に使いたいですね」

 上村さんの野菜もとにかくおいしい、と桑木野さん。

「年に二回農家の方をご招待して料理を食べてもらうんです。根っこや葉っぱや花なんかも、こうして料理していますよ、って見てもらうんですね。そうすると、“こんなの桑木野さん欲しいんじゃないかな”ってみんないろんなもの持ってきてくれるんです」

 この日も、上村さんから、ウコンの葉っぱがいい香りするんだよ、と教えてもらい、”蒸し物に使えるかもしれない!“と収穫。

「もともと標高差があり、霧が出て寒暖差があるこの土地の気候風土は良質な野菜が育つ場所。そこに情熱と愛情をもってつくってくださる生産者さんのつくるものは、本当に“おいしい”んです」

北国ならではの発酵文化も欠かせない料理のエッセンス

木津醸造所の味噌を仕込んでいる大樽

 そして、最後にどうしてもご紹介したい、と立ち寄ったのが明治23年の【木津醸造所】。ここは、地場の大豆と八海山からの伏流水を使い、味噌、醤油、麹を昔ながらの手法でつくっているところだ。桑木野さんは、ここの味噌・醤油を料理に使い、ここの麹と野菜やきのこで自家製の麹をつくっている。

 「今は、“へぎづくり”で麹つくっているところも少ないんじゃないかな」と語る木津醸造所の社長・木津誠さん。国産米を蒸して、麹菌をまぶし、4日間置く。へぎに菌をつけた蒸米を入れて、手入れ作業をし、寝かせることによって甘味が増す。こうしてつくられた麹は、酒蔵などに卸される。もともとは麹のみをつくっていたが、その延長で、味噌もつくるようになったそうだが、これも杉の大樽でつくる昔ながらの手法。地場の”エンレイ“という大豆をふかし、塩と麹を混ぜる。大樽で熟成し、ひと夏超えれば完成だ。樽は熱の伝わり方が緩やかで、ゆっくりと熟成していくという。ここの味噌は、【里山十帖】の味噌汁として使われている。

上/へぎづくりでつくられる麹。ほわほわとした菌をまとった生麹はほのかに甘い香り。右下/もろみと溜まり汁を分けたもの。左下/熟成されて小分けされるのを待つ味噌

「これはもろみ味噌。こっちは木樽でつくった味噌の下に液体がたまったやつ。言ってみれば味噌のたまり汁かな。」という木津さんの説明に「わあ、これ絶対料理に使ったらおいしいですよね」と興味深々の桑木野さん。ここでもまた新たな発見があった。

地域に残る素晴らしい食文化とともに料理に向き合うこと

【里山十帖】のあるエリアを桑木野さんとこうしてまわってみれば、実に日本の豊さにあふれている場所なのだと気づかされる。

「空気も水も本当にいいんです。うちのコースのメインは土鍋で炊くご飯、と位置付けているのですが、お米は自社で無農薬栽培したものと、近隣の素晴らしい生産者さんのものを使っています。南魚沼のコシヒカリはブランドとして全国的な認知度はすでに高い。そこにさらに料理を通じて様々な在来種や伝統野菜を知ってもらえたら」

新米の季節には里山十帖がつくっている無農薬の米と、三ツ星の料理人が惚れ込んだ樺野沢村の鈴木清さんのコシヒカリが登場する

 太陽が昇り、沈み、芽吹きの季節がきて、花が咲き、実りの季節が訪れ、やがて雪で閉ざされる。そうした巡る自然のなかで育まれる恵みのサイクルにあわせて料理をする。ただひたすら実直に、必死に、そこに向かっていったら、奇しくも自分が最初に学んだアーユルヴェーダの考え方につながったという。「アーユルヴェーダは季節によって取るべき味が決まっているんです。でも、難しいことを考えなくても旬のものは自然にそうなっている。旬の野菜を使うということは、自然の摂理にあっていることなんだと腑に落ちました。」

 まだここに来たばかりのころ、岩佐さんや北崎さんの期待に応えられず悔しくて全国のレストランを食べ歩いて自分なりに勉強しようともがいていたときに、ひとつだけ明確にわかったのは“料理人の想いは皿から伝わる”ということだったと話す。その人がその場にいなくても、なにを伝えたいかが伝わった。それを自分も大切にしたいと思ったという。

その日の野菜の状態を見極めながら、今日も桑木野さんは料理をする

 その土地に暮らし、生産者と語り、食材と向き合い、4年間毎日料理を作り続けてきた桑木野さん。日々届く食材を無駄にせずにおいしくするにはどうしたらいいのか、必死で考えてきた。余裕なんてまったくないと笑う。毎日毎日真剣に、かつ自由な発想で向き合っているからこそ、彼女の料理には生産者への愛が、食材への愛が、思いが溢れている。

 訪れたゲストは、きっと彼女の料理を食べて、その想いをしっかりと感じることができるに違いない。そして、それが【里山十帖】にまた訪れたい、というゲストたちの想いに繋がっているのだ。

昔の暮らしと今の暮らしがつながる里山で体験する美しい日本【里山十帖】

食、住、衣、農、環境、芸術、遊、癒、健康、集うという10の角度で様々な体験、感動の物語を紡ぎたいというコンセプトのもと開館。古民家を移築し、リノベーションした館内はエアサイクルを導入し、冬でも温かい。北欧家具などが随所に置かれたモダンなパブリックスペースも心地良い。12ある部屋はそれぞれ趣向が違い、季節ごと、訪れるたびに発見があるのも楽しい。日本百名山を望む温泉は『絶景露天風呂ランキング』でも一位をとったほどの名湯。トロリとした泉質は美肌にもいいと評判だ。メインダイニング【早苗饗】は宿泊以外でも利用可能だが、ぜひ宿泊して里山の魅力を堪能したい。

里山十帖
住所:新潟県南魚沼市大沢1209-6
電話番号:025-783-6777
1泊朝食付きルームチャージ一室40,000円~
早苗饗での食事は要予約。夜コース9,800円~
*料金は税別です

地図

撮影/工藤憲二 取材・文/山路美佐(ヒトサラ編集部)

PAGES